10月10日、あたしは悩んでいた。

「銀ちゃんの誕生日、祝ってあげたほうが・・・いいよ・・ねえ?」

付き合いが長いようで長くない、銀ちゃんの誕生日に向けて。







<誕生日の意味は年齢によってかなり変わる>







・・・・まあ、別に祝わなくてもいいんだと思うけど。

本人は絶対自分の誕生日とか意識してないだろうし、あたしたちの関係的にはまだ居候っていうか・・・友達?みたいな感じだし。

向こうはよくセクハラしてくるけど。
この間っからよく抱きしめられてますけどおおおっ・・・・・!!

恥ずかしさで死ねる描写を思い出して、血が頭に昇る。
そうなのだ。あの拗ね拗ねモードからこっち、ずっと何かしらこっちに接触してくるのだあの人は。
冗談だったり本気っぽく見えたり、こっちを翻弄して何を企んでるんですかあの人はこっちを動揺させて殺したいんですか。

うう・・・いつもだらけた顔してるのに、どーして時々めちゃめちゃ真面目でカッコ良くなるかな。あの顔があたしの弱点だって、知られてるんじゃなかろうか。
そーなんだよ。結局素材はいいんだよあの人は。いつもはマダオ臭が濃すぎてどうしようもないおっさんに見えるけど。
くっそアラサーだかアラフォーだかわからん年齢のくせしてこっちにコナかけるなんてどういうこと。それに絆されそうになってる自分もどういういうこと。


・・・・・って、違う違う。いまは銀ちゃんの誕生日プレゼントについてでしょうが!


いかんいかん。頭切り替えないと。天パ菌に侵されてはいかんいかん。

極力冷静になって、ふむ、と考える。
実際に万時屋の仕事ってほとんどしてないけど、住まわせてもらってるし――まあ寝るときは危ないからってお登勢さんの所だけど――これからも付き合っていくことは間違いないんだ。
・・ま、適当なもの選んで渡そうかな。これからもよろしくって意味合いも含めて、あっさりと・・ケーキかな。銀ちゃんの大好物だし。誕生日の鉄板だし。
じゃあ・・・あそこのケーキ屋さんで買って・・・・バイト帰りに渡して・・・・

ちゃーん」
「ふにゃああああ!!?」

プレゼントの計画に思考を囚われていたら、後ろから羽交い絞めにされて、あたしは盛大に驚き叫んだ。

「おっ、いい悲鳴」

あたしを捕まえている腕が、さらに体をきつく締める。って・・いうか、これ抱きしめられてるよね?後ろから。

「銀ちゃん・・・」
「ん?どーした。

ハグしてきた相手を、何とか首をめぐらせて睨んでみる。
銀ちゃんは、いつものだらけた顔で平然とあたしを見返してきた。むかっなんかむかつくんですけどっ。

「いきなりなにするのさ!離してくださいー!」
「いやあ、あんまり無防備な背中だったからさあ。しかも『銀ちゃん、抱きしめてvv』って言ってるからさぁ」
「言ってねーーーーーー!!」

しかもここ往来!往来なんですけど!!
お馬鹿の腕から逃れようと身をひねるが、捕まえている腕はちっとも離してくれなかった。
それどころかどんどん逃げられないような状態になってるんですけど!

うううっ は・ら・た・つ!!!

「離してよ! セクハラ!!」
「あー、ちゃんにセクハラできんならおにーさん捕まってもいいわぁ」
「助けてーーーーっ!! おまわりさーん!!」

この人変質者です〜!!

うう。もうヤダ。辛い。泣けてきた。
本気でこっちが泣きそうになってやっと、銀ちゃんはあたしを離してくれた。
沈まない動悸を持て余してぎっと銀ちゃんを睨みつける。しかしそんなの銀ちゃんにはまったく通用しなかった。
どころか慰めるみたいに頭をなでてくる。誰のせいで泣きそうになってると思ってんだこのやろうっ。

「銀ちゃんの馬鹿っ!!」
「あー、泣くな泣くな。悪かったって〜。どーもさあ、周りにいる女共がゴリラ並みに強くってクセあっからさあ。お前の反応が新鮮で可愛くて、ついなあ」
「そんな理由でセクハラすんな!!」
「お前・・・可愛いって最高の理由だろうが」
「ぎゃー!!馬鹿!!そういうことどうしてサラっというのっ恥ずかしい!!」

それにあたしはいうほど可愛くありませんよ!普通!並!平凡という名を欲しい儘にしているモブ子ですよ!
そもそも今まで真剣に好かれたことなんてありませんよ!あー言ってて悲しくなってきた。

銀ちゃんがこういう行動を気にいってるとわかっていつつも、私はぎゃーっと喚いて地団駄した。

「あ・・・・・やっぱもう一回抱かせろ。 ムラムラしてたまらん」
「ぎゃああ!変質者ーーーーっっ」

っていうかさ、明らかに銀ちゃんあたしに対してフィルターかかってるよね。現実見ようよ!
正気にかえろう! 明らかにおかしいからさぁ!

しかしそんな必死の抵抗はむなしく、銀ちゃんの手はあたしに向かって伸ばされ肩を掴まれる。
うあああああ!またしても往来でこんな羞恥プレイ!


「あらあら。大変。女の敵がこんな往来を闊歩してるなんて、最悪だわ」
「銀ちゃん、今すぐを離すアル。お前の粗末なシロモノ吹っ飛ばされたくなかったらな

「お妙さん!神楽ちゃんっ!」


現れた救いの手に、追いつめられていた気持ちが一気に解消された。
あからさまに安心するあたしに対して、銀ちゃんは「げ・・・・」と、引きつった顔になる。
男に対して容赦がない相手に怯んだ手をすりぬけて、あたしは神楽ちゃんの胸に飛び込んだ。

「よしよし。大丈夫だったか?〜 あの男に変な菌つけられてないアルか?」
「災難だったわね。家にいらっしゃいな。あんな最低なマダオ菌なんて、つけてても百害どころか万害にしかならないんだから」
「ちょっとおおおおおおおお!!それさすがに酷くない!?生きてる理由すら抹殺されそうな感じなんですけどおおおおおお!」
「あら、よくわかっているじゃない」

二人の後ろに隠されて、神楽ちゃんとお妙さんが銀ちゃんへ対峙する。
その二人は一体どんな表情をしているのだろうか、正面にいる銀ちゃんは「ひっ」と、顔を引きつらせて身構えた。

そして、お妙さんの胸元辺りでゴキッと何かがなった後、銀ちゃんは二人の息の合ったコンボ技でボコボコにされてしまった。

「ふ、二人とも・・・それくらいで・・・」
「駄目ヨ、。これでもまだ全然足りないアル」

銀ちゃんの顔の形が左右共に歪んできたころ、さすがにもういいんじゃないかと声をかけると、血のりを浴びた神楽ちゃんの綺麗で純真な笑顔が振り返ってそう言った。

「そうそう。しつけはきっちりしておかないと。体で恐怖を教え込ませないと悪さをするのが男なんだから」
「は、はあ・・・・」

ごめんなさいお妙さん。あたしの方がその赤い拳に恐怖を覚えています。

・・・ちゃん・・・・・・たすけて〜」

銀ちゃんの救いを求める声に、あたしはふぃっと顔を反らして拒否した。
銀ちゃんの顔が可哀相過ぎて見れなかったのと、自分の無力さを意思表示するのもあって。

ごめん。銀ちゃん。
あたしにこの人たちを止めるすべは持ってないよ・・・・・









その後、銀ちゃんは万事屋に隔離され、あたしはお登勢さんの所に保護された。
今日一日は万事屋に近寄ってはいけないと釘を刺されて、なのにあたしは万事屋への階段を上っています。

いや、やっぱりさ。誕生日当日に祝ってあげたいよね。
バイトからはまっすぐ帰るようにと言われてはいたけど、せっかくケーキも買ったし、玄関に置いておくくらいならいいかなって。

そう思っていたのにね。

なんでこんなことになってるのかな。


「銀ちゃん・・・・」


真っ暗な夜でも白く染まっている視界に、あたしの心臓はバクバクと音を鳴らしている。怖さと驚きで。

「さすがに・・階段半ばでやられるのは、本気で、怖いんですけどっ・・・」

ぎゅうぎゅうに銀ちゃんに抱きしめられて、本気でびっくりしたあたしは、不満をぼやいた。
階段を誰かが上ってくるのを聞きつけたのか、銀ちゃんが万事屋から飛び出し、あたしを見るなり駆けつけがっちりと腕に抑えつけたのだ。
階段を上っている途中ですよ?しかもある意味体当たりみたいな勢いで。
あたしは落とされると思いましたね。

そんな文句も、銀ちゃんにはまったく通用しなくて、ただただ抱きしめられるばっかり。

「だってがいたんだぞ。好きな女見て飛びつきたくなるし、離したくないって思うだろうが」
「また恥ずかしいことを・・・っていうか、またボコボコにされても知らないよ」
「男はめげない生き物なんだ」
「学習しないってことですか・・・?」

これだからマダオは・・・・・

「お前こそ、何しに来たんだよ。こんな遅くに」
「・・・・これ」

聞かれて、あたしは何とか持ったままでいたケーキ箱を持ち上げた。
さっきの衝撃で崩れていないかとても心配です。

いぶかしむのと、何か期待するような目でそれを見つめた銀ちゃんは、あたしを抱きしめるのをやめて――それでも片手はあたしの腕を握っているんですけどね――その紙箱を片手で持ってあたしに開けさせた。


『銀ちゃん おたんじょうび おめでとう』


真っ白くて、苺やクリームがどころどころ傾いたケーキの真ん中には、誕生日を祝福するプレートがやっぱりちょっと傾いて鎮座している。
あーあ。さっき盛大に揺らしたからやっぱり崩れた。なんて暢気なこと思ってたら、また銀ちゃんの胸に身体を押し付けられた。


「・・・・・・・・・・お前、これ以上俺メロメロにして、どーしたいの・・・?」

「は?え? いやいや、ただの――――――――」


付き合い的な意味なんですけど・・・・・って、言いたかったのに。


銀ちゃんに口をふさがれて、何も言えなくなった。



「・・・・・・なんでお前、俺のじゃないんだ」



器用に片手でケーキのバランス取って、片手であたしのこと抱きしめて、頭にすり寄ってきて。



「もーヤダ。銀さん耐えられない。死ぬわ。リアルに萌え死ぬわ」


なんか、また心臓バクバクしてきた。





呼ばれて、ぎくりとした。
やばい。この声はやばい。
あたしが弱い銀ちゃんの顔してる時の声だ。


「俺の女に、なってくれよ・・・・・・」










なんで。

なんで。なんで?なんで?



なんであたし、こんなに泣けてくるんだろう。





どうやって銀ちゃんから逃げたのかも。
お登勢さんの所に帰ってきたのかもよく覚えてない。


今日はダメだ。
なんか一日中心臓バクバクしてる。
平安平穏が好きなのに。


今日はずっと、ずっと。
銀ちゃんに振り回されてる。



「銀ちゃんの・・・・ばかぁっっ」



脚が震えて、声も震えて、結局は、身体全部で動揺して、ボロボロ泣いてしまった。


なのに、なんでかな。



銀ちゃんはいつまでたっても、嫌いになれなかった。













「姉御、いつまで銀ちゃんの邪魔するネ?」
「そうねえ。ちゃんがきちんと自分の気持ちに素直になれたら、かしら」
「気が遠くなりそうヨ。 なんではあんなに自分に鈍いアル」
「そうねえ。どうしてかしらね」
「ま、一生気付かない方がにはいいと思うアル。あんなダメ男に引っかかったらこの世の終りネ」
「まったくだわ。 それでも好きになっちゃうと、どうでもよくなっちゃうものなのかしらね」
「ほんと恋は難儀ヨ」
2011.10.17