このところ、全然眠れません。 「ちゃん。起きてください」 「はっ ご、ごめ・・ありがと新八くん」 誰か教えてください。 どうやったらいつも通りの生活ができるんでしょうか。 <今日も明日も恋とは爆発> バイトのない休みの日、人出が欲しいということで、今日は久しぶりに万事屋の手伝いをすることになった。 銀ちゃんと神楽ちゃんは土木作業のお手伝い。 あたしと新八くんは猫の捜索だ。 どっちもまあ、依頼額はそう大したものじゃないけど、そもそも仕事が不定期にしか入ってこない万事屋ではどれも貴重な収入源だ。 こうやって依頼が複数の日などそうそうない。 きっちりこなして明日のご飯の心配をしないようにしなくてはと、会計係に勝手になってしまった新八くんとあたしの意見は一致していた。 好きなことに使いたがる銀ちゃんと大食感の神楽ちゃんへ、いかにして金を使わせないようにするかは万事屋内の命題になっている。 今回の依頼に神楽ちゃんは「男臭いとこ行くなんて嫌ヨ」とやや渋っていたけれど、なんとかなだめて行ってもらった。 歯止め役がいないことは不安に思うけど、暴走しなければ仕事はきちんとしてくれると信じている。 それに、こっちも心の平穏が保てるし。 猫の捜索を開始してからお昼を回った頃、ひとまず休憩を取ろうと昼食になって、ご飯を食べたそのすぐ後だった。 眠気を覚えた瞬間意識がなくなり、あたしは新八くんに起こされるまで目を開けられなかった。 今も上と下の瞼が、うっかりするとくっついてしまいそうである。 うう。歩きっぱなしだったせいだな。 「ちゃん、最近いつもそんななの?シフト大変?」 「う、えと。そういう訳じゃ、ないんだけど・・・」 単なる寝不足だけど、その理由を追及されることが怖くて、あたしはごにょごにょと口ごもった。 そんなあたしに新八くんは「何か困ったことがあるならいつでも相談に乗るよ」と言ってきてくれて、ありがたさと申し訳なさに涙が出そうだ。 とても「君の雇い主が原因なの」なんて言えない。というか言いたくない。 正直誰にも根掘り葉掘りほじくり返されたくないのが、あたしの結論だ。自分に返ってくるダメージのリスクが高すぎて怖い。 突っ込まれるところも多すぎて怖い。 銀ちゃんに「俺の女になれ」発言から、暇ができればそれがぶり返してきて正直困っている。 特に夜中に言われたものだから、その時間に外に出ると反復してしまう末期症状だ。 それもこれもすべて坂田銀時のせいだ。坂田銀時め。一体どうしてくれようか。 「あ、!ちゃん!猫いた!!」 「え!?」 新八くんが駆けだし、あたしもそれに続く。 追いかける方向を見れば、真っ白な猫が塀の向こうに去っていくのが見えた。 二人で塀の向こうを見れば、庭の軒先でまったりと毛づくろいをしているのが見えた。 なるべく猫が警戒しないようにゆっくりと塀から離れて頷きあう。 そのお宅に新八くんが断りを入れて、あたしは猫がどこかに行かないかを監視する。 ほんの少し周りが騒がしくなったのに気付いた猫が顔を上げるけど、動くことはない。 その隙を狙って、新八くんが猫に飛びかかった。 当然猫は驚いて逃げる。 でもそれは私が待ち構えている塀の方角。 塀を飛び越えた猫の着地点で両手を広げて、猫を確保。当然暴れる猫を逃げないように抱きかかえて、宥めすかした。 「よーしよしよし。よーしよしよし。ごろごろ〜ごろごろごろごろ〜」 「ミギャアアアア!!」 「いたたたたたたたいたいたたあたあたっ にげないでぇぇっひだぃ!」 腕の中から逃げ出そうと爪を立てる猫は、あたしの首やら顔やらあごやらをひっかいていく。 とても痛い。でももう追いかけるのは勘弁したい。 うずくまって全身で捕獲していると、ようやく新八くんがケージを持って駆けつけてくれた。 「ちゃん大丈夫!?」 「新八くん早くケージ、ケージ!」 可愛そうだけど無理矢理ケージに猫を押し込んで、あたしたちはほっと息を着いたのだった。 猫探しの仕事も終わって、万事屋に戻ると一気に疲れが出てきてしまった。 もう眠くて仕方ない。うああ。固いソファが今は高級ベッドに見えるよう。 「ちゃん、お登勢さんのとこでお風呂入ってきなよ。って、あれ」 遠くで新八くんの声がする。 「ああ、こんなとこで寝ちゃったら風邪引くよ」 ごめんなさいお母さ・・・新八くん。は悪い子の烙印を張られても今ここで寝たいです。 ずっと寝不足だった私は、とうとう疲れに負けて深く眠ってしまった。 大きな手に撫でられた気がするけど、気のせいかな。 すっかり眠り込んでいたのか、ぱかりと目が覚めた時あたりはかなり暗くなっていた。 目覚めたばかりで心地よい眠気が「まだ寝てろよ」と囁くのを無視して、窓を見ると西日がオレンジ色をしていてほとんど入ってきていない。 それと同時に、見てはいけないものが目の前にある気がする。 一瞬で眠りの世界から現実に引き上げられて、背中に冷や汗が流れる。 黒いズボンの太ももが、あるんですけど、これ、何ですか・・・・・? 太ももから続く体を上へ辿ると、恐れていた顔が、死んだ魚の目をこちらに向けていた。 「・・っ」 「おー、起きたか」 死んだ魚の目をした人と目があって、蛇に睨まれたカエルってこんな感じかなあと、硬直した自分を遠くで見る。 銀ちゃんは頭をめんどくさそうにボリボリかいて、テーブルへ向かって前屈みになった。 「起きたんなら、手当て、すんぞ」 片手で引き寄せた薬箱を持ち上げて、いまだに固まり続けるあたしへ進言した。 頭は回らないながらも、体は銀ちゃんがやりやすいように体制を変える。 ティッシュを使って消毒薬が塗られて、カットバンを鼻や頬に張られた。 「・・・・ちゃんさあ」 終わったかな?終わったら逃げたいな。お登勢さんとこ行きたいなと逃げ腰になってたところで銀ちゃんが呟き、ギクリとする。 なに言われるんでしょうか。 逃げた方がいいでしょうか。 「そんな警戒心丸出しにしなくてもいいんじゃないの?」 「・・・ムリ」 思わず言葉が漏れた。 「ムリってなんでだよ。銀さんそんな野獣に見えんのか?まあ事実だけど」 自分で言うなよ。 「でもさすがの野獣も怯えられたら傷つくのよ?わかる?」 「・・・・っ、銀ちゃんのせいじゃんっ」 飛び出た反論は、すごい震えてた。 もう心臓壊れるんじゃないかってくらい早鐘で、頭はごちゃごちゃ。自分が何したいのかもわかんない。 「夜全然寝れないし、銀ちゃんにすっごい過敏になっちゃうし、あたしだって、こんなのどうにかしたいのにっ」 ボロボロ涙が出るよ。 訳わかんない。 「銀ちゃんがあたしをす、好きだって、言うたび、苦しいのにっ!もうやだ!!・・・しんどい・・・」 銀ちゃんの想いを踏みにじることしか言えない。 そんなこと本心じゃないから自分で自分を傷つける。 最近眠れないのは、ずっとこの矛盾と葛藤していたからだった。 ずっとずっと、この世界に飛ばされてから、あたしは矛盾した気持ちでいた。 ――――早く元の現実に帰りたい。 ――――――少しでも長くこの世界の人たちと一緒にいたい。 初めは前者の方がずっと強かったのに、一緒に暮らしていく度に、どんどん愛着が増えていって、結果あたしは自分で自分の気持ちに首を絞め続けることになった。 このまま好きっていう気持ちが膨らんでしまったら、行為を寄せてくれる人にも、同じように返したら辛くなるだけだって思って。 「いつか、いなくなるかもしれないのにっ・・っ・・そんなこと言わないでよ」 お別れは、笑ってしたい。 だから、この気持ちを蓋が閉まったままにしたいのに。あたしの本心はそう思ってなくて、どんどん大きく蓋を押し上げていた。 この人に本気で迫られた後から、もう自分じゃ抑えきれなくなっている。 泣きじゃくるあたしを銀ちゃんは見下ろして、涙を拭う両手を捕った。 「どこにもやらねえ」 あっという間に、銀ちゃんはあたしを抱き込んでた。 「帰さねえ」 「ぎ、ん・・・・・・ちゃ・・・」 死んだ魚の目は何処に捨ててきたのってくらい、吸い込まれそうな綺麗な赤い目。 時々見せる、それが好きで。 あたしはとっくの昔に銀ちゃんに参っていたんだと、もう、諸手を上げて認めよう。 「諦めろ。俺のもんだ」 「ば・・か・・・・」 重ねられた唇は、とても優しかった。 しばらく重ねられ続けて、すごくゆっくり離れていく。 その後は銀ちゃんの脚の間に座らされて、緩く拘束された。 その中が無性に落ち着いて、なんだかゆりかごの中にいるみたいだ。 沈黙が心地よかったけど、どうやら銀ちゃんはそうじゃなかったらしく、「あのさ」、と声をかけてきた。 「いちおー確認すっけどさ・・・ちゃんは銀さんがす、す、好きってことでいいんだよな」 「銀ちゃん、どもんないでよ。・・・恥ずかしい」 「どどどどもってねーよバカヤロー!」 どもってんじゃん。とは心のなかで突っ込んで、あたしは銀ちゃんの胸に寄りかかった。 認めてしまえば簡単にあたしは甘えられるんだなあって、変わり身の早さにビックリだ。 「じゃ、じゃあさ?俺ら恋人ってことで・・・・・・いいんだよな?」 声がなんか銀ちゃんらしく間抜けだなあ。中学生でももうちょっとスマートな言い方するだろうに。 そうは思っても、堅苦しく言われたら今より心臓が壊れそうだから、言わないけど。 「・・・・うん」と頷くのも、顔が暑くて仕方ない。 「っ」と銀ちゃんが息を詰めたのがわかった。 どうしたのかと見上げれば、悶絶してそうと人目でわかるほど相貌を崩した顔を、片手で覆って悶えていた。 間抜けだあ。 しばらくそのままでいた後、ぎゅうぎゅうと息が詰まるくらいに出し決められた。 またバクバクの心臓がドンドコと音を鳴らして、百連打だドン☆とか、遠くで言われた気がする。 「今襲わなかった銀さんの理性を褒め称えて欲しいっ」 「はっ!?」 堪えるような声でそんなこと言われて、間抜けに声が上がる。 耳にかかる息が荒くて怖い。心的と外的要因で。 「さっきもよー膝枕させてんの辛かったんだよー銀さん。を目の前にして賢者モードなんて、すぐ終わるっつーのに、素数数えて頑張ったんだよ。 あんま可愛くてこのまま実物目の前にマスかいてやろうかと思った!でもやめた銀さんを褒めて欲しい!!」 「最低だあああああああっっ!! ばかああああああああああっっ!!」 本能のままに私は銀ちゃんにの顎を拳で殴った。 「ほおっぶ!!」と銀ちゃんが仰け反る。 信じらんない信じらんない信じらんない! この最低男!乙女になんてこと聞かせるのよ。そう言うのは思ってても頃の中に秘めておいてよ!! 「しんっじらんないっ 近寄らないで!この変態色情狂!!離せ!!」 「色情狂大いに結構!」 じたばた体をよじって銀ちゃんから逃げようとするけどうまくいかない。 鼻血だして目を見開かないで欲しい。怖い。 「いいか。男ってもんはなぁ。惚れた女には全力でエロいことしか考えねーんだよ!股間に直結してんだよ。LOVE=〈ピー〉!」 「やっぱ最低だああああ!!」 少しでもこんなのにときめきしか覚えなかった自分を後悔する。 誰か助けてください。 この色情魔の手からあたしを解放させてください。 「つーわけで、だ。――――」 「や、ヤダ。近付くなコノヤロウ」 暴れてるのをものともせずに銀ちゃんはがっちり体を身動きとれなくさせて、顔を寄せてきた。 あたしはさっきとは別の意味で涙目だ。 「諦めろよ」 「うう、うーっ」 低い声で喋らないでよお。あたしはその声弱いんだよ。 息が触れ合う近さで銀ちゃんがニヤリと悪く笑う。 「これから覚悟しとけよ。 お前のこと、早く抱きてえんだから」 「銀ちゃんの、ばかぁっ」 こんな男に落ちてしまったあたしも、相当のバカ女だ。 |