<きみのために>



「ゼロ。この書類はどうしておけばいい?」
「それは扇に渡してくれ。こっちの案件は出来次第私へ回せ。後はお前の判断に任せる」
「了解した」

黒の騎士団の司令室。
そこで『特区・日本』への山済みの案件に追われて、ゼロの仮面を外したルルーシュとライは缶詰めていた。
書類内容は申請者名簿から特区の政策まで、やけに重要なものから、ここに回さなくてもいいのではないかというようなものまで多種多様だ。
それもこれも黒の騎士団が『特区・日本』に関わることになり、ゼロが全ての書類に目を通したいからと言ったからだった。
ブリタニア第3皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアが考案した『特区・日本』の設立案は、本人の未熟さがあるのか、少々穴があり、それを見越したルルーシュは自分で補修できる所を直していこうと考えたのだろう。
実際、大分直した箇所がある。他にも書類ミスや制度の穴など、それを見つけてはルルーシュとライは修正をし、見やすくまとめ上げ・・・全ての書類を補正しようとしていた。

しかし、街1つ分ほどの大きさと言っても、国を1つ作り上げたようなものなのだ。
その膨大な量は計り知れなく、今まで直した分や、この後来るであろう書類の総数は、今二人がいて有り余るこの部屋を紙で埋めてしまう量になる。

さらに、無謀なことに黒の騎士団の移住も同時進行で進めていた。
せめてどちらか片方を終わらせないかと言ったライに、「ここまで来たらさらに何を背負っても同じことだ」と言ったルルーシュは半ばヤケの様になっていた気もする。
そういうわけで、今二人は馬車馬のように働いていた。

「この後の予定はどうなっている?」
「『特区』の視察、ユーフェミア皇女との会談、その後総督も交えての話し合いだな。騎士団の方はKMFの輸送があるが、ディートハルトが何とかしてくれる。団員の移動はそろそろ完了すると、扇さんから連絡があった。データ等は、ラクシャータがもうしばらくかかると言っていた」
「そうすると騎士団はもう終盤だな。後はこれらの始末か・・・」

ふう・・・とルルーシュは書類の束を投げ出し、眉間の下を捏ねた。目が疲れているようだ。

「これならもう、ここでやることもないだろう。そろそろ僕たちも向こうに場所を変えようか」
「そうだな。廃棄データ処理も何もかも終わったことだし、明日からでも移動するとしよう」
「後の問題は・・・・僕たちの住処だな・・・・」

調えた書類をまとめて、ライがそう呟く。その言葉に、ルルーシュも手を止めた。

ギアスが暴走したことにより、アッシュフォードから離れざるおえなくなったルルーシュは、ナナリーを学園に預けたまま、今はトウキョウ租界の外れにある家に暮らしている。
ライも、C.Cも共にそこに暮らしていて、そこを地点にして仕事をこなしていた。
今までは、黒の騎士団の後始末ということがあったため、そこでも構わなかったが。

「さすがに日帰りするには離れているな」

多忙を極める今では、トウキョウからフジという距離はネックだった。

「だが、ナナリーを放っておくわけにもいかないだろう?」

ルルーシュの唯一の血の繋がった家族であり、何よりも大切に守り続けている妹のことを、ライは話しに出す。
するとルルーシュは眉間に皺を寄せて唸った。
彼としても、ナナリーの傍を離れることは意ではないのだ。

「いつ、ナナリーにすべてを話すんだ?」

ナナリーは、未だルルーシュが何をしてきたかを知らない。
学園生徒会の面々には、ルルーシュが皇子であることを言わないまでも、相応の地位にいる貴族の子息だと言って、そしてユーフェミアに協力してほしいと頼まれたことだけを告げて去った。
つまり、ルルーシュがゼロであるということを、彼らは知らない。

「・・・・・」

ルルーシュは答えない。
眉間に皺を刻ませて、小さく低く唸る。
純粋で心優しいナナリーに、黒い部分を見せることが躊躇われるのだろう。
だがいつかは言わなければならないことだ。

それでも、どうしても伝えたくないというのなら・・・・

「もし全てが落ち着いたら、ゼロを、やめてもいいんだぞ」
「ライ?」

ルルーシュがライを見る。
ライはゼロの仮面を手にとって、両手で抱えた。

「僕では君程の能力は出せないが、代わりになることはできる。ゼロは象徴であって、中身が必要という訳じゃない。
ルルーシュがナナリーと離れたくないというのなら、僕はそうしてもいいと思っている」

真摯にそう言うライをルルーシュは僅かに瞠目し、額に手を当て目元を隠した。
そして、しばらくした後に見えた顔には、壮麗な笑みが浮かんでいた。

「お前は、俺が傍にいなくてもいいというのか?」
「そうは言っていない。ただ、家族なのだから、一緒にいてほしいと思ったんだ」

ライには失われていた記憶がある。

今も思い出すだけで心から血が溢れて止まらなくなるほどの、凄惨な記憶。
その記憶の中で、ライは最も愛し、大切にしてきた母と妹を失った。

だからこそ、ルルーシュには自分と同じ様になってほしくはないと、思ったのだ。

「確かに俺は、ナナリーを何よりも大切にしている」

ルルーシュは立ち上がって、ライへ近付く。

「だが、お前は忘れていないか?」

伸ばした両腕を仮面を持つライの手に添えて、目が離せなくなるほどに美しいその笑みに、ライは見惚れていた。

「傍にいろと、俺はお前に言ったんだぞ?」
「・・・・・ゼロ」

仮面を取り上げ、机に置くルルーシュをライは戸惑うように見つめた。
その感情の根本がどこから来るのか、はっきりしなかった。

「二人でいるときくらい、その呼称はなくてもいいだろう?」
「だが、他の人たちが来るかもしれない」
「俺の了承がなければ入れないんだ。でなければ俺はこの仮面をずっと着けていなければならないぞ」
「・・・示しがつかないだろう。そういうのは」
「なんのための?」

ここは黒の騎士団本部だ。
ゼロが作り上げ、叩き上げ、形になった集団だ。
そして、ライもその一人。ゼロの駒の一人。

だが、ルルーシュの言わんとしていることはまったく別なことは、ライにも分かっていた。
自分がゼロは象徴でしかないと言ったのだ。

「ライ。お前は俺が離れてもいいのか?」

再び、ルルーシュは問いかけた。
その笑みは自身が満ち溢れている。絶対に自分の思い通りになるという自信が。
それがライの癪に障り、なんてずるい人だろうと溜息を吐きたくなる。

「僕には君以外にも一緒にいてくれる人はいる」

だから、少し仕返しとばかりにライは言った。
ルルーシュの眉が跳ねる。

「ほぅ、例えば?」
「スザクやカレン、黒の騎士団のメンバーや・・それからユーフェミア殿下とも最近親しくなった」

だから寂しくなどない。
そう言い切ると、柳眉が歪められ、アメジストの瞳に不満の色が浮かぶ。

「一人が嫌なら、スザクにでも相談したら一緒に暮らしてくれるかもしれないな。いい友達だし、楽しいかもしれない」
「本気で言っているのか」
「勿論」

とうとう気分を害したルルーシュが、ライから離れていった。
それに少し寂しいと思いつつ、ライはほ、と安堵する。
それがなんの安堵なのか、また分からなかったが。

「・・・お前は、約束を忘れたのか」

ぽつりと零れた、ルルーシュの呟き。
それはライの耳には届かず、空気と同化して消えてしまう。

「ナナリーには、いつか必ず話すさ」

ライを見ずに、ルルーシュはそう言って席へと戻った。

「休憩しないのか?ろくに休んでいないだろう?」
「いらん。それより、さっさと終わらせる方が先だ。誰かさんは俺をさっさと追い出したいらしいからな」
「・・・ゼロ」

その後は、ライが何を言ってもルルーシュは何の返答も返さなかった。
そしてようやく、ライはルルーシュが完全に臍を曲げたことを知ったのだった。




夜中にようやく今日の仕事が終わって帰ったあとも、ルルーシュは一言も言葉を交わそうとしなかった。
その様子にC.Cは呆れ、「犬も食わないものに構っていられるか」とさっさと自室へ行ってしまった。
その言葉にライは首を傾げたが、ルルーシュの方が気になって、追求はできなかった。

「ルルーシュ、何か言ってくれないか」

広さの割に部屋数のあまりない家の為、二人共同で使っている寝室の、自分のベットで寛ぐルルーシュに、ライはとうとう根負けした。

「何かとは?」

ようやくルルーシュが返事を返してくれたが、その声は冷たい。

「どうしてそんなに怒っているのか、分からない」

だからライは、正直に聞いた。
だが、

「何故お前がそんなことを問題にする?いつか別れる相手の感情など、気にしなくていいだろう」
「っ」

切り捨てたルルーシュの言葉がライに突き刺さる。
鋭利な刃物で刺された心はとても苦しく、寂しい。

「僕は、君と離れたい訳では・・・・」

ベッドの縁にルルーシュへ背中を向けて座って、ライは溜息を吐いた。
後ろの反応はなく、ライは拳をあわせて握り締める。

離れたいわけじゃない。
いられるのなら、ルルーシュとずっと共にいたいと、ライは願う。
だが、血を分けた、愛する家族と無理に引き離したくないのだ。
だから。


「ライ」


耳元で囁かれた声に、ライはビクリと肩を震わせた。
よほど沈んでいたのか、ルルーシュの動きを感じ取れず、後ろからルルーシュの腕が自分の体に巻きつかれていた。

「お前は、どうありたいんだ?」
「僕は・・・」

吐息によって外耳を撫でられる感覚に戸惑う。
どっからか湧き上がってくる何かを堪えつつ、それでも、ルルーシュの問いに答えようとライは思考を巡らせた。

「僕は、君が幸せでいてくれればそれで良いんだ」

そう。ルルーシュが幸せでいてくれるなら。
ライはそれだけで十分だった。

絡む腕の力が強くなる。軽い眩暈も、通常より高い鼓動も、全て悟られそうで怖いと思う。

「俺は、俺たちは、誓っただろう」

ルルーシュの手が、ライの手を取り、手の甲を撫でる。

誓いをたて、たてられたその場所。


決して離れないと
共にいると誓いあった。


「俺の幸せを、お前は自ら奪うのか?」


艶やかなその色に、目が眩む。


「ルルーシュ」
「ライ。傍にいてくれ」


その温かさに、涙が出そうになる。


自分の望みが叶い、相手もそれを願っていることが、こんなに胸を締め付けるとは思わなかった。
とうとう零れた涙がライの決め細やかな肌を流れ、濡らす。

望まれている喜びに、ライの心は天上にも昇るような心地だった。

「ルルーシュ・・」

顔がみたいと、ライは後ろを振り向いた。
ルルーシュもライの顔を覗き込んでくる。

「っ・・・」

ルルーシュの唇が、ライの頬を、涙の後を辿る。それはそのまま目尻へ到達し、溢れかけている雫を舐め取っていった。
離れた唇は反対側も吸い取り、額へと落ちる。
満ちる気持ちは、ライを酩酊させていく。


「傍に、いてもいいのか・・・・?」


ライの問いかけにルルーシュは答えず、ただ、愛しい存在を見る優しく揺らめいた瞳で見つめ、ライの唇へと自分のそれを重ねた。

「明日も速い。もう休まなくてはな」

離れていく唇が名残惜しいとライは思った。

「また明日も、激務になるからな」
「ああ、そう、だな」

その思考を読み取ったのか、ルルーシュは音を立ててライの手の甲に降らせる。
ライは、ぼんやりとしたまま、こくりと頷いた。

「よい夢を」
「ああ。君も・・・」

ふわふわとした身体を持て余して、ライは自分のベットへと歩いていった。
床について、ルルーシュのほうを見れば、こちらに背を向いてもう眠りに入る体制になっており、ライの方を向こうとはしなかった。
ライも掛け布団を引っ張り、真綿で包まれた感覚のままで眠りについた。
ルルーシュに触れられた箇所を撫でて。



その翌日に、そのことについて気恥ずかしくなりルルーシュの顔を見られなくなったのは、また別の話。
そして、ライは二度と、ルルーシュと二人きりの時に「ゼロ」とは呼ばなくなったのは、二人だけが知っていることである。



    了



騙されてる!騙されてるよライ!
てかライ白っ ライしっろーーーーーーー!!乙女だ乙女っ

・・・・なんか・・・頭いいのかと疑いたくなる話だな・・・・・(爆)