<しあわせのかたち> ゼロが撃たれる事件から4日目。 ライはスザクとユフィの前で深々と頭を下げていた。 「この度は・・・色々と面倒をかけて本当にすまない」 誠心誠意、心から言うライ。 ルルーシュが撃たれて倒れただけでも大惨事だろうに、さらには自己管理を放棄していたライが倒れて。きっと驚いたことだろう。 心配と不安をかけてしまったことを、ライはどうしても謝らずにいられなかった。 「いいんだよ、それより、元気になってくれて本当によかった」 スザクはそう言って、嬉しそうに笑った。事実、ライが何事も無かったことを本当に喜んでいた。 「スザク、ありがとう」 そんなスザクに、ライはほっと胸を撫で下ろす。 しかし、ユフィは俯いた顔を上げ、キッとライを睨み付けた。 「私は許しません!」 「ユフィ?」 本気で怒っているユフィを、ライとスザクは目を瞬いた。 「ライはずるいです。私達をたくさん助けてくれるのに、私達に手助けもさせてくれない。頼りないかもしれないですけど、相談くらいのれるんです!」 そう訴える言葉と同時に、ユフィは自分を責めていた。 ルルーシュとスザクが京都へ行ってから、一番ライと一緒にいたのはユフィだ。 それなのにライの体調に気付くことができなかった。 甘えて、頼って、結局一番大切なことを見逃してしまった。 その事がたまらなく悔しかった。 頼ってくれないライが寂しかった。 「ユフィ・・・でもそれは」 「それもそうだね。それなら僕も君の事を許さない」 「スザクまで・・・」 手のひらを返すスザクに、ライは焦る。 困り果てる友人にスザクはにこりと笑みを向けた。 ユフィの気持ちは自分と同じなのだ。そして、ライが自分を大切にしてくれればいいと常々思っていた。 「約束して下さい!今度何かあった時はちゃんと話して、隠さないで」 ユフィはライの手を取り、縋りつく。ライが困り顔でスザクを見ても、助けてくれない。 ユフィは今にも泣きそうだ。その顔は、ライにとって一番苦手なものだ。 「また突然倒れたら、目の前でずーっと泣くんですから!」 「それは辛いな」 安心させる為に、ライは穏やかに笑ってみせた。ユフィの顔が一瞬緩むが、すぐに治ってしまう。 「ライが何言っても、やめてなんてあげませんっ」 確認して、約束を違えないように念を押すユフィ。 「ユフィ、ありがとう」 ライは、そこまでユフィに心配をかけてしまったことを悔い、心配されるくすぐったさに首を竦めて頷いた。 ユフィがライに抱きつき、スザクがライの肩に手を置く。とても優しい感情が溢れているそのぬくもり。 「ライ、覚えていて。みんなが君を大好きなんだってこと」 「ああ。ありがとう。本当に。ありがとう」 今まではっきりと意識しなかった人の思いが伝わることが、感じられることが、ライにとってとても嬉しかった。 「あら?」 「どうしたの?ユフィ」 今までの空気とは打って変わったことに気付いて、スザクが訪ねた。 ユフィはライの身体から少し離れて、不思議そうに一点を注視していた。 そして、 「ライ。ここどうしたの?」 そこを指差した。 しかし、ライにはそこがどこか分からない。 ユフィが指しているであろう場所へと首を動かし、スザクも覗き込むようにライの隣へやって来た。 「ここ?」 「この首の・・・」 そうして僅かに離れたユフィの指が見え、辿り・・・ 「!!」 何を指されているのかと、いつぞやの記憶が思い出されて。 ライは思い切りユフィから身を引き、首元を、指差された場所を手で被った。 「え、ええと・・・虫刺され?かな」 混乱と罵りで思考が一杯になっていくライは、真っ白い陶器の肌を桃色に染めてそう搾り出した。 しかし、ユフィとスザクはライの必死に捻り出した答えを聞いてはいなかった。 「ライ、ひょっとしてルルーシュに襲われた?」 「まぁ!」 「っ・・!?」 スザクがあっけなく聞き、ユフィの顔が赤くなって――その顔は好奇心に満ちていたが――、ライの首から上が心配になるほど真っ赤に染まった。 襲われたというにはあまりにささやかで、語弊があるが、思考が停止してしまったライは何も言うことができない。 脳裏に浮かぶのはルルーシュの腕と、ぬくもりと―――― (って、何を思い出してるんだ!!) 消えてくれ!とライは頭を横に乱暴に振った。 しかし、結局ライの願いは叶わずその記憶は頭に張り付いたままで、さらに追い討ちをかけるようにユフィとスザクの話は盛り上がっていく。 「じゃあ、これってあの、キスマ――」 「ちっ違っ」 「違うの?」 スザクが、ユフィが、子供のような瞳でライを見る。 力いっぱい頷いて否定したいのに、とうとうこの騒ぎの一端を生み出した時の感触を思い出してしまったライは、身体を動かせなくなり、何も言えなくなってしまった。 言いたいのに、言い訳をしたいのにまったく言葉が出てこない。 「え、あ、その・・・」 どうすれば、どうすればいい!? こういう時、僕はどう対処すればいいんだ?! しかし、回らない頭はいつまでも回らない。 そして、さらに、スザクの言葉がライを崖から突き落とした。 「ルルーシュもとうとう我慢が利かなくなったかぁ」 「なぁっ!?」 ライがこれ以上ないほど狼狽る。それが二人にはとても可愛らしく見えて、ついつい苛めてしまいたくなるとは、被害者は思いもよらなかった。 二人はこれ見よがしに、あえて残念そうに見えるように、溜息を吐く。 「祝福していたのに・・・少し複雑なのはどうしてかしら」 ユフィが本心も混ぜ合わせてそう呟いて、ライはたじろぐ。 「ふ、二人とも・・・」 「これからもっとルルーシュに束縛されちゃうね」 「ライの独り占めはさせたりしません!」 ライの言い分を言わせないように、二人はライを無視して会話を進めていく。 「あの・・・」 とうとう心も会話も置いてきぼりにされたライは傍観するしかなく。 「はは、ユフィはライのお母さんみたいだね」 「ならスザクはお父さんかしら?」 「そうすると僕はルルーシュに『うちの息子はやれん!』って殴り飛ばさなきゃいけないかな?」 「加減してあげて下さいね?」 「・・・」 今後の意気込みを交えた戯れの二人の会話を、ただただ聞いていることしかできなくなっていた。 二人と分かれた後で、なんだか遊ばれた気がして――決して間違っていない――少々疲労したライは、肩を落として緩く首を振った。 ユフィもスザクも祝福しているのか楽しんでいるのか――どちらともなのだが、ライにはとても見当がつかない。 「まったく・・・みんなして・・・・」 呟いて、ふと首元に手を添えた。無意識だったその仕草を意識して、足が止まる。 さっきユフィに指摘されたその場所は――― 今、この場に誰も通らなくて良かったと、窓に縋り付いて蹲ったライは心底思った。 窓に映った自分の顔は火照り、なんとも情けない顔になっている。 「よりによって、服にも隠れないところにしなくてもいいだろうに・・・」 首元まで隠れる制服の襟を下顎につくまで引き寄せて、ライはぼやいた。 流されてしまった自分にも責任はあるが、嫌と思わせないルルーシュにも問題があるとライは考える。 ルルーシュの手は、ライの脳を麻痺させる力がある。 ルルーシュの言葉は、ライの手足を従順に従わせる力がある。 ルルーシュに触れられるだけで、自分が別のものへとコントロールを奪われてしまう。 感覚だけが取り残され、自分ではどうすることもできなくなるのだ。 だから、絶対にこれはルルーシュのせいだ。 (とんだ恋人を持ってしまったんだな・・・) 一生ルルーシュには勝てないかもしれない。ついそう考えて、またライは自分の思考に撃沈した。 たった一つの単語に。 (恋人・・・・恋人なのか・・・ルルーシュが) 確認する度にライの心拍数と血圧が上昇するが、間違いようのない事実だ。 互いの想いを打ち明け、合意の上で行為に――この場合生憎とキスとソフトタッチまでだが――及んで恋人でない訳もなく。許容量オーバーとなった心を、ライは取って投げ飛ばしたい気分になった。 (今顔をあわせたら、心臓がどこかへ飛んでいってしまいそうだ) 真剣にライはそう思う。えらく重症にルルーシュを想っていると、まだいた冷静な自分が笑っているが、きっと虚勢だ。 姿を見た瞬間に、それは破裂して粉々になるだろう。 なのに、現実とは良くできている。 (顔を合わせるのが恥ずかしいが・・・・今日は無理な話だな) なぜならルルーシュの退院が今日だからだ。 第一いつも何時間かに様子を見に行くし、来ないとルルーシュが知ったら不審に思うだろう。 帰る時には一緒にと、既に約束までしているし。 ・・・・どうしてその時は平然としていられたのか。不思議で仕方がない。 今ライは、ルルーシュのことを考えるだけでいっぱいいっぱいになっているというのに。 「そんな所で何をへたれているんだ?」 「っ!」 気恥ずかしさで悶絶している所にやって来たのは、C.Cだった。 一瞬まずい人物に出会ってしまったかと身を固くしたが、出会った当初から優勢位置に立たれている彼女にはなんとなくライは気を許して、今の状況を見られても、むしろ来てくれたことで少し冷静になれた気がした。 すかさずライの脳裏に疑問が浮かぶ。 「ヘたれて・・・って僕のことか?」 「他にいないだろう?そんなに顔を真っ赤にさせて、壁に張り付いて・・・・・・ああ」 何かに納得したように、C.Cはにやりと悪い笑みを浮かばせた。 ライはすぐさま身の危険を感じた。この魔女は、人を揶揄うこともするのだ。 「おめでとう。ルルーシュととうとう結ばれたか。漸く固まってくれて私も嬉しいぞ」 そして直球だ。 また動悸が激しくなったのをライは自覚した。 「とてもそうとは聞こえないんだが・・・」 「何を言う。快く祝福するに決まっているだろう。一番迷惑を被っていたのは私だぞ?これで我儘坊やの八つ当りもなくなって楽になるというものだ」 完全に自分のためだけの発言に、ライはふっとつい苦笑してしまった。 「なんだそれは」 くくっと笑い声が漏らすライ。それを見てC.Cが「まるで馬鹿のようだぞ」と言ってくるが、ライにはどうしても笑いが止められなかった。 「それで、今日は一体どうしたんだ?こんなところまで」 ようやく落ち着きを取り戻したライは、C.Cに向き直った。 彼女がここに来ることは本当に、滅多な事では起きない。放浪癖で、自分の好きなように行動する彼女だが、ある意味追っ手の巣窟であるここに来ることは危険だと三人が分かっているからだ。 「今日、あいつが帰ってくるんだろう?」 C.Cは表情を何も現さずにそう尋ねた。 「ああ」 ルルーシュのことだとすぐにわかったライは、頷く。 すると、C.Cは長い裾で見えなかった手を、ライに差し出した。 その手には、手のひら大の小箱。 「これは?」 渡されたその箱を手にとって聞くと、 「退院祝いと祝福だ。ルルーシュへな」 中身を確認して、ライは「渡しておく」と懐にしまった。それで用件は済んだと思ったのだが、彼女はそこから立ち去ることをしなかった。 何を考えているのか分からない金の瞳で、ライを見つめている。 「C.C?」 何かあるのかと、ライは見返す。 C.Cの周りの空気は、さらに透明になっていく気がした。透明と感じるのに、その空気はなぜか暖かい。 「もうお前は、自分を責めていないのか?」 ライは、しばらく目を瞑った後に、答えた。 「いや、僕の業は一生かけても償えない。でも、今失いたくないものまで手放すのは、違うことだと分かったから」 ルルーシュの背を見送って、身動きできず、それが悲しいと気付かぬまま涙を流していたあの時の自分。 その時、C.Cは叱るでもなく、諭すでもなく、ただ尋ねた。 あの時答えられなかったその質問の答えを、ライはもう持っている。 「1つ成長したということだな」 また嫌みったらしく魔女が笑った。 「僕は子供か」 「お前はルルーシュに輪をかけてそういうことに疎いからな」 ぐうの音も出ない。ルルーシュも人の感情に全体的に疎いが、ライも同じくらい、さらに色恋沙汰が壊滅的に駄目だと思い知ったばかりだ。 それで自分も相手も傷付けてしまったのは記憶に新しい。 「今度は仲良くしすぎて、私をないがしろにしないようにしてくれよ?一応まだ疎外感というものに腹は立つからな」 そう言って、C.Cは帰っていった。 それを見送って、ライも歩き出した。 いままで気がつかなかったものが、分かる様になる。 晴れやかな気持ちでそれを受け入れてしまう自分がとても面白い。 どうして、今まで気付かずにいられたんだろう? こんなに溢れている人に気持ちに。
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