1




夏といえば海
夏といえば砂浜
夏といえば海の家
 
海は人を開放的にさせ、平等に現実を忘れさせてくれる。
そして海は全てのものを平等に迎え入れてくれる。


・・・・・・・と、いう玉城のまったく説得にならない説得の元、黒の騎士団の面々はエリア11内、イズ租界の海水浴場にやってきていた。
 

「おおおおおおーーーーーーーーー!!! 海よ!! 俺は帰ってきたぞーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!」


「玉城が海産物だったとは思わなかったな・・・」
「いや、ライ。アレは言葉のアヤというもので・・・」
「冗談だよ」
「・・・・・」

ツッこんだ扇は淡々と言い切ったライに笑顔を引きつらせた。
相手が相手なだけに、本気なのか冗談なのかまったく判らない。
 
「みんなー! 集まってくれ」

横で対応に困っている人間がいるのを知ってか知らずか、ライは周りに呼びかけラジカセを用意した。
何故ラジカセ。
 
「いや、雰囲気で」
「誰に話しているんだ?」
「・・・気にしないでくれ。みんな、これからゼロからの言葉がある。良く聞いてくれ」
 
集まった、もう遊ぶ気満々の格好の黒の騎士団メンバーたちは、それぞれライに向いて何事かと目を向ける。
ライはラジカセのスイッチを押して、テープを再生した。
 
『黒の騎士団たちよ、私はゼロ!
 海に来て開放的になる者もいるだろうが、日本人として、何よりもいい大人だと自覚して行動するように!
 以上だ。今日という日を楽しむがいい!!』


プチッ
 

「それじゃあ各自自由行動。今日中に帰る人は定時にここへ集合するように」


――――学校の遠足か。


と思った団員の割合は、かなりのパーセンテージとなった。
 







「そういやあよぉ、なんでゼロは来てねーんだよ」
「ん?」

イの一番に海へと駆け出すと思っていた玉城が、ラジカセをどこかへ片付けるライに向かって訊いてきた。
ライは隣にいる人物――ルルーシュを一瞥して、

「ゼロは紫外線アレルギーだから来ても遊べないって、言っていたんだ」

とても残念そうにそう言った。

「紫外線アレルギーぃ・・?」
「そう。あの仮面も、自分の正体を隠すだけじゃなくて、アレルギー対策の為のものなんだ」
「そうだったのか・・・・なんだよ、そう言ってくれりゃあいいのによ・・・」
 
ライの説得に玉城は顔を俯かせ、次の瞬間には「じゃあ留守番してるゼロの為に美味いもん一杯取ってきてやらねえとな!」と、海へ駆け出していった。
 
「・・・・・誰が紫外線アレルギーだ?」
「ゼロのことだよ。ルルーシュとは言っていない」

ルルーシュは大きく溜息を吐いた。
 
「ところでルルーシュ・・・」
「なんだ?」
「このパーカー脱いでもいいかい?暑くて堪らないんだけど・・・海にも入りたいし」
「駄目だ。入るときでも絶対に脱ぐんじゃないぞ」
(ライの肌をそこらの奴に晒してたまるかっ)

なんて思っているルルーシュを、ライは不思議そうに見つめていた。








    2


とにもかくにも、楽しい海水浴は始まったのである。


童心に返る騎士団の面々を横目に、ライとルルーシュもそれなりに楽しもうと海へ足を踏み入れた。

「少し冷たいな」

寄せては引いていく波を追いかけるように足首まで海へ入ったライは、暑い気温から予想していた水温よりも冷めていることを漏らした。
しかしこの暑さから考えればとても気持ちがいい。
全身で浸かれば涼しくて気持ちいいだろう。
隣にルルーシュが立つ。ライはふうと深呼吸した。

「そういえば、ライは海は初めてなのか?」
「ああ。僕がいたところは内陸に近くて・・・・でも、海まで続く大きな川があったな」

ふと祖国のことをライは思い浮かべた。
川を遡って上がってくる船からは、各国折々の特産品が国へ運ばれてきていた。
時にははるか遠い、母の母国のものまで。

(あの頃はまさか母上の祖国の地へ足をつけることができるなんて、思ってもいなかったなあ・・・)

そして世界も、とても小さくなったような気になる。
自分が生まれた時代では、海を渡ることだけでも死を覚悟することだったのに。
そういえば、最近読んだ日本の童話にそんな話があったな。と思い出して、その主人公の気持ちにシンクロしたライは、深く頷いた。
しかし彼と違い、年を取ることもなければ、死にたいと思うほど絶望しなかったが。

「何を考えているんだ?」
「僕は幸せ者だなと、噛み締めていたんだ」

訝しむルルーシュにライは微笑み、持っていた浮き輪をルルーシュへ被せて海へと踏み出した。

「せっかくだから、楽しもう。泳ぎ方とか、レクチャーする?」
「お前こそ、海は初めてなんだろう?不慣れなところなんだ。溺れるなよ」

二人は水なれをしつつ、沖へと向かっていった。


そんな二人を見つめている6つの瞳があることも知らず。


「あーの二人、何処までバカップルな雰囲気醸し出してるか気付いていないんでしょうねぇ〜・・・」
「まあ、目の前で濃密にならなければそれで良いですけどね・・・」
「濃密最高じゃない!美少年が戯れる姿なんて滅多に拝めないわよ!!」
「・・・・(呆)」
「・・・井上さんって・・・もしかして腐女子?」



パラソルの下の女性人は、三者三様の意見を述べていた。





ゆらゆらゆらゆら

波に漂って、二人は寛いでいた。ルルーシュは浮き輪の穴の中。ライはその浮き輪の端に腕と顎を乗せてのんびり。

「極楽極楽」
「親父臭いぞ。ライ。で、どうして俺が浮き輪なんかつけなければならないんだ」
「スザクが言っていたじゃないか。泳ぎがあまり得意じゃない人は浮き輪をつけていたほうが良いって。ここは足がつかないし、ルルーシュはプールで泳げても足がつかないと辛いだろう?」
「それはお前も同じ条件だろうが」
「僕はここからなら岸へ泳いで帰れるから」

平然と言うライに、ルルーシュはさらに眉間に皺を寄せた。
実際ここへ連れて来られた時も、ルルーシュはライに引っ張ってもらって来れたのだ。
自分一人の力ならこんな沖まで来れないし、来ようとも思わない。

「くそ・・・スザクといいお前といい、とことん俺の運動神経を馬鹿にしてくれるな」
「そうは言っても・・・・運動でルルーシュに勝てる人はいくらでもいると思うけど」
「やかましい!」
「わっ、ぷ!」

事実は一番人を傷つける。
たとえそれが比べるには及ばないほどの運動神経の差があったとしてもだ。
ルルーシュは怒りのままライを支えている浮き輪の一角を海へ押し込んで、ライを落とした。
突然支えを失ったライは一瞬海に沈み、すぐに別の場所を掴んで浮き上がった。

「危ないよルルーシュ」
「泳げるんだから掴まっていなくても良いんだろう?」
「酷いな・・・・ああ、海水を飲んだじゃないか・・・・・・・あ」
「? なんだ」

舌を出して海水を吐き出そうとするライは、何かを思い出したように空を見上げた。
そして首を傾げるルルーシュに目を向ける。少し戸惑っているようだった。

「いや・・・そういえば僕は海に入るのは初めてじゃないんだったと・・・」
「なんだ?昔行ったことがあるのか?」
「いや・・・そうじゃなく・・・ルルーシュ、神根島を覚えているかい?」
「大していい思い出がないがな。そこがどうした」
「そこで、海に落ちたんだ」
「へぇ、はぁ!?」

ライの爆弾発言に、ルルーシュは一度頷いて、声を荒げた。

「どういうことだ!詳しく説明しろ」
「え・・ええと」

ああやっぱりこうなるよな。と思いつつ、ライは神根島のことを話し出した。

ルルーシュとカレンを探すために神根島に向かったこと。
辿り着いてからすぐに奇妙な少年に出会ったこと。
その少年に無差別に襲われ、何とか逃げ出そうとして海へ落ちたこと。
そのせいで足を挫き、脱出するタイミングを外してしまったこと。

「あの時はひとつ間違えれば死んでいたのかもしれないな」
「平然と言うことか!!この馬鹿がっ」

さも他人事のように言うライにルルーシュは毒吐く。
まったく。この男はどうしてこうも自分の命に関して楽観的なんだ!

「でも、今生きているわけだし」
「当たり前だ!」

死んでいたかもしれないなんて考えたくもない。

ルルーシュは頭を振って思考を別のことへ移行した。いつまでも怒っていても目の前の男の病気は治らない。

「それにしても・・・・そいつ、なぜ神根島にいた?そもそも、正体は何だ」
「・・・わからない・・・な。でも、ブリタニア兵とも思えない。とっさに使ったギアスでブリタニア兵を盾にしたとき、彼は何の躊躇もなく殺していた。確実に僕を殺そうとね」
「またお前はそういう発言をっ」
「ルルーシュ落ち着いて。ほら、水の掛け合いでもしようか?」
「子供か俺はっ」

海水をライへ激しく飛ばして、結局怒鳴る羽目になるのかとルルーシュは毒吐く。
そして、ルルーシュの怒りと比例して笑みを浮かべるライがいた。
堪えきれないというように、ライは声を立てて笑い出した。

「何が可笑しい?」
「ごめんっ、嬉しいんだよ。君が心配してくれるからね」
「どこかの誰かが自分のことを顧みないせいでな」
「そうだね。すまない。ふふっ」

くつくつと笑うライ。

(ああ、くそ。まるで敵わないのは俺のほうじゃないか)

ルルーシュは自分の浮き輪をライへと被せた。ライの驚く声がするが、構わず今度はルルーシュが浮き輪の端を掴んで浮かんだ。
消波ブロックの中にいるとはいえ、波は来ないわけではない。時折顎より上へ襲ってくる波を鬱陶しげにしながら、ルルーシュはふんと鼻を鳴らした。

「ルルーシュ?」
「命を粗末にする誰かさんのほうが、これは相応しいだろう?さて、そろそろ上がるぞ。身体がふやけて仕方がない」
「ルルーシュが連れて行ってくれるのかい?」
「生憎と俺は頭脳担当なんだ」

そう言ってルルーシュはライの後ろに周り、「さあ俺を岸まで連れて行け」と横柄に言った。

「イエス・ユア・マジェスティ」

我侭な王様の命令にそう答えて、くすくすとライは笑いながら岸を目指した。





二人を書いていると癒されるのは何故だろう・・・?
可愛い子が戯れてじゃれあってるのが大好きだからかしら。








    3



「うおおおおおお!! とったどーーーーーーーーーーーー!!!」

「!?」


二人でとろとろと岸まで向かっていた時、雄叫びを上げて何かを鷲掴みにした玉城が海面から、しかも二人の間近から飛び出してきた。
あまりの激しさにルルーシュは驚き、ライは眼を瞬かせた。
そして雄叫びを上げた張本人は、そんな二人に気付いたが、悪びれもなく振り向いて手を上げた。
その上げた手に持っている赤い物体が気になるが、玉城が近くにいるのもなんとなく嫌な気持ちになるな、とルルーシュは思った。

「んあ?お前ら、何してんだ」
「玉城こそ、何をしているんだ?」
「見てわかんねーか?漁だよ漁」
「漁?」
「おうよ。ほれ」

そして手に持っていた赤い物体・・・イカを見せ付けた。
玉城の手の中でスミを吐き、威嚇を続けるイカ。うねうねと足を手に巻きつけて、何とか玉城から逃れようとしていた。

「なぜこんな岸辺でイカが取れるんだ・・・」
「ルルーシュ、とても正常なツッコミだけど今回それを言ってしまうと話が成り立たなくなるから」

二人の呟きを玉城は聞いていないらしく、イカを器用に袋に入れて自慢気に笑っている。
そして袋、というか籠・・・というか。それをライたちに手渡した。

「浜の奴らは今イカ焼きパーティーしてんぜ。お前らも急いでいかねーと全部なくなっちまうぞ」
「このイカはみんな玉城が?」
「おうよ!海は俺のテリトリーだからなっ!」
「・・・・(海産物説は本当だったのか)・・・・」

貰った籠からはイカの足がうぞうぞと蠢いている。
受け付けない人にはかなりグロテスクなそれを見て、ルルーシュは口元を押さえた。
どうしてこれを間に挟んで会話ができるのか。不思議でならない。
玉城はとても活き活きとした顔で、腕まくるジェスチャーをした。

「俺はこれからさらに沖に行ってゼロのための土産を捕ってくっからよ!!大物狙うぜぇ!」

そして、筋骨隆々の親父が先頭に立った一隻の船が、三人へと近付いてきた。

「だからなんで海水浴場に船が入ってこれるんだ・・・」
「うん。もうツッコむ方が疲れるだろうからやめようね」

置いてけぼりの二人を置いて、玉城は当たり前のようにその船に乗り込み、手を振った。

「じゃーな!!」

そして船は力強く沖へと出港した。
二人はただ無言でそれを眺め、

「行こうか」
「そうだな・・・」

今までの一連をなかったことにして、岸へとまた泳ぎだした







     4



「なぜ、なぜだ」

ルルーシュは今、打ちひしがれていた。
このあってはならない状況に。

「ルルーシュ、言わないで」

沈痛な面持ちで、ライはルルーシュを止めようとした。

「いいや言わせてくれ。なぜなんだライ!」

しかしルルーシュはどうしても言わなければ気がすまなかった。
この事実を、受け入れるために。



「どうしてずっと泳いでいたお前のほうがピンピンしているんだ!」



シートの上で寝る自分とそれを見下ろすライ。この状況を整理するために。

海へ出て浜に着いた時、ルルーシュは襲ってきた疲労感と軽い日射病とで足が縺れた。
決して崩れ落ちると言うほどでもなかったのだが、それを見て心配したライはルルーシュを担ぎ、急いでパラソルの下へ移動してきたのである。
その後もタオルをかけたり、飲料を持ってきてくれたりと、甲斐甲斐しく世話をしてくれていた。自分の事も、ルルーシュのこともすべてをてきぱきとこなすライは、手を出そうとも思わない的確さだった。
そんな風に世話をされてとても有難い。嬉しい。・・・・・・が、何故いつまでもフットワークが軽いままなのかっ!!
同じどころか倍以上の運動をしていたはずなのに、どうして疲労すらないのか!!そしてずっと水につかっていたはずのパーカーをいつの間に絞って乾かしたのか!!(結構どうでもいい)
言い放ったルルーシュに、ライは困ったように眉を寄せた。
なんと言っていいのかわからない。いや判っているが、どう言えば良いのだろうか・・・?

「体力の差でしょーぉ」
「!!」

が、そんな杞憂もイカ焼きを食むラクシャータの鋭利なツッコミで片付いた。
事実を指摘されたルルーシュは項垂れ、目を手で覆ってぶつぶつと何かを呟き始める。
それは気体と液体の抵抗率だったり、水中の運動時に生じる現象だったり、法則だったり、二人の体力だったり、運動能力だったり、体積だったり、今日の気温だったり、湿度だったり、天候だったり。

「ル、ルルーシュ?」

呪文のように唱え続け蹲っているルルーシュへ、ライは心配して声をかけたが、唐突にギロッ!と睨まれた。
そして一言。

「この体力魔神がっ」
「酷いよルルーシュ・・・・」

どう取っても褒め言葉ではないそれに、さすがにライは傷ついた。

「まーまー二人とも、ほら、イカでも食べて。ね!」
「ああ。ありがとうカレン」

間に入ったカレンがライへイカ焼きを差し出して、不穏なじゃれあいはとりあえず止まることに成功した。
萎んでいたライも真っ白いイカの焦げ目をしげしげと興味深く見て、少しずつ元気を取り戻していった。
こんなヘンテコなものを食べようと思った最初の人に、敬意を払うなぁとか考えて。
ルルーシュも起き上がり、同じくイカ焼きをカレンから貰った。

「捌きたて、焼きたてよ!美味しいんだから!」
「・・・・生臭い・・・いや、磯臭いか」
「ルルーシュ・・・・」

一口食べて出された感想に、ライはつい口を挟んでしまう。
確かに磯臭くはあるが。
しかし結局ルルーシュはそれから何も言わず、食べることに専念しだしたので、ライも落ち着いて食べることができた。

「うん。おいしい!」
「ね? レモンとか、お醤油とかかけるとまた違った味で美味しいのよ?」
「そうなのかい?」

そしてイカ談議から広がって、日本の定番屋台食へと話は変わっていった。

「焼きそばとか、かき氷とか、ラムネとか・・・・こう海に来ると食べたくなるのよねぇ」
「焼きそば・・・そういえば、スザクがお祭りにたこ焼きやお好み焼き、焼きそばは欠かせないとか言っていたな」
「お祭りならりんご飴よ!!あんず飴もいいわ。綿菓子、ハッカ飴、ソース煎餅、チョコバナナ・・・」
「甘いものばかりだな」
「いいでしょう、別に!」
「そういえば、いつだったかラムネというお菓子を見たけど・・・」
「ああ、それは別のラムネよ。私の言ったのは飲み物でね、炭酸飲料なの。ビンの形が独特なのよ」
「へえ。・・・・お祭りかぁ、楽しそうだな」

ライは呟いて、ちらりとルルーシュを見た。ルルーシュはほんの少し期待を含ませたその視線に苦笑し、

「お前が全面的に受け持つのならやっても良いぞ。何事も息抜きというものは必要だからな」
「ありがとうルルーシュ!」

許可が下りたことに、ライは満面の笑みを浮かべた。

「!?」
「っ・・・」

その笑顔を真正面から見た二人は動揺し。

「・・?どうしたんだい二人とも」
「あー・・・・お前は・・・本当に・・・」
(胸をくすぐるどころか、心臓もぎ取られそうな破壊力ね・・・)

良く分かっていないライを、ルルーシュは抱きしめること、カレンはそっぽを向いてイカを食べることで動揺を抑えることに全力を尽くした。





    5



「あのー・・・すみませぇん」
「はい?」

砂浜を散策中に呼び止められて、ライは振り返った。
そこには二人の少女がやけに機嫌良さそうに笑っていた。
その笑みははっきりと媚びた笑みで、水着の露出を計算した仕草で身をくねらせた。
ライにはまったく効き目がなかったが。

(なるほど。これがナンパというものか)

少女達の様子を見て、ライはしみじみと頷いた。
ルルーシュに今日は特に気をつけろと言われていたが、実際こうなるとは思っていなかったので、なんとなく物珍しいもののように凝視してしまった。
その目線を彼女たちはどうとったのかキャアキャアと騒ぎ始める。

「お一人なんですかぁ?私たちそこの海の家でバイトしてるんですけどぉ・・・よかったらどうですかぁ?」

聞かれて、ライはどうしようかと小さく首を傾げた。
ルルーシュがまだ復活していないので、カレンに頼んで小用と散策をかねて歩いていたのだが、そう長く留守にするのも悪い気がした。
どうにも過保護の気があるルルーシュは、ライが傍を離れるのを嫌がるからだ。

(でも、海の家か・・・)

カレンとの会話で海の家の食べ物にも興味が湧いていた。ちょっと覗いてみたい。
なんて考えている間に、少女たちはライを挟んで腕を絡めてきた。
無理にでもしないと抜けそうにないその腕に、結局ライは海の家に行くことになった。


「1名様ご案内でーす!」


木造トタン屋根の、それなりにしっかりと建てられたそこは、結構繁盛しているようだった。
今がお昼時ということもあるだろうが、男女比も変わらず、年齢層も幅広い。
しかし、その中の女性たちと一部の男性が一瞬色めき立ったのを、ライは気付いていなかった。

「こちらの席へどーぞぉ!」

中で仕事をしていたやはり若い女性がライへ一番に駆けつけ、席へと連れて行こうとする。

「ああ、すみません。ここで食べるんじゃないんです」

ここの人たちはやけに触ってくるなぁと思いつつ、ライはやんわり断ってカウンターへと歩いた。
中では日本人らしいおばちゃん二人と親父がまかないをになっていた。

「すみません。ここの食べ物、持ち帰ることってできるでしょうか?」
「あら!かっこいいねお兄さん!」

愛想良く笑うおばちゃんはライの頼みを快く承諾してくれ、(元々持ち帰り用の客の為の準備はしてあった)メニューからじっくり選んで注文した料理を包んでくれた。

「ありがとうございます」
「いいええ。それよりすごい量だね。ずいぶん大所帯で来たの?」
「ええ。まあ」

たしかに半端のない量だったので、ライは苦笑して言葉を濁した。
一人で持ち運べる量までと決めていたが、実際には2〜3人いないと運べないだろう。
まぁ何とかなるか。とライは思っているが。

「それにしてもねぇ。まさかブリタニアの人とこうして会話できる日が来るとはねぇ」

どの荷物からかけていくかを考えていたライに、おばちゃんの呟きが落ちてきた。
独り言にしてはやけに大きいそれは、答えてくれなくてもいいけれど聞いて欲しい話だというのが良くわかった。

「もうずっと、ブリタニアに虐げられ続けるもんだと思っていたけど・・・特区が出来て、また人間にしてもらえたように感じるよ。
 皇女さまと黒の騎士団には感謝しないとね」

屈託なく感謝されて、それは自分達がしてきたことが間違っていなかったんだと言っていて。ライはただ嬉しくなった。
今までの、そしてこれからの苦労が報われる。

「ありがとうございます」

ライはそう小さく呟いた。耳に届いたのだろう。「何がだい?」と聞き返してくる。

「包んでくれてありがとうございます」

これからも、世界がよりよくなっていける様に頑張ります。と心の中で呟いて。
おばちゃんの顔がぽっと赤くなり、「お安い御用だよ」と照れ笑った。



荷物運びの際に、大勢の人が不埒な心か親切心で手伝うと申し出たが、それを全て断り、ライは海の家を後にした。

そろそろルルーシュの機嫌が落ちてくるころかなと考えながら。





     6



そして、ライの推測通りルルーシュの機嫌は急下降していた。
理由は勿論、ライがいないからだ。

「まったく!あいつは何処までほっつき歩いて行っているんだっ」

実際、出て行ってから30分たっても帰ってこないライを心配して、もうすっかり回復したルルーシュはライの捜索をしだしたのだ。
散歩にしても遅すぎる!

(まさか、変な連中に絡まれていたりしてないだろうな・・・)

もしそうなっていたらを考えて、ルルーシュはギアスを使ってでもそいつらをこの世から葬ってやろうと心に決めた。

(まったく、この俺がナナリー以外、しかも大の男を心配する日が来るとはな)

昔の・・・いや、ゼロの仮面を被ろうと決めた時の自分ですら、想像できなかっただろう。
けれど、それはルルーシュにとって、とても喜ぶべきことだった。
大切なものを失い続けてきた自分に、どんなことをしてでも失いたくないと願うものが増えることは。
それゆえに、過保護になってしまっていることに自覚はあるのだが・・・・

黒の騎士団、ゼロの参謀。団員の中でも年若く、入った時期も遅かったライがそこまで上り詰め、信頼を得たのは彼の能力と人徳があってこそだ。
それにより何度もルルーシュは助けられたし、その力を誰よりも信頼している。

が、いかんせんあの男は自分というものに自覚がないのだ。
今日だって、一体何人がライを見て色目になったことか。

思い出しただけで腹が立つ。と周囲に目くじらを立てていると。


前から、荷物の化け物が歩いてきた。


訂正しよう。唖然とする量の荷物を持った人間が、ルルーシュのほうへ向かっている。
二箱のプラスチック箱とそれぞれ片手に4つの袋と、その量があんまりだった為、足が見えているのに一瞬人だと認識できなかった。

「ルルーシュ!」

そしてその人間は、ルルーシュが探していたその人だった。
ライはルルーシュがここにいることに多少驚きつつも、笑いかけてくる。
ルルーシュも自らライに近付き、置いた荷物とライを見比べた。

「ライ・・・一体何をやっているんだ。その荷物は?」
「海の家の食べ物なんだけど・・・お祭りを計画する時の参考にならないかと思って・・・あと、みんなに差し入れ」
「だからって・・この量は・・・・」

大所帯の黒の騎士団ならすぐに片付く量かもしれないが、一人で持つのは半端ない。ルルーシュならラムネ二箱を持つのが精一杯だ。
それをここまで運んできたライに賞賛を贈った。
と同時に、いつだったか似たようなことをしていた幼馴染のことも思い出した。
(体力も運動能力も近いと思っていたが、ここまで似なくてもいいものを・・・)

「ちょっと色々目移りしてしまって・・・・」

そんな風に思われている本人は、照れ笑い、さすがに重かったかなと、正常な呼吸で言った。

「俺も持とう」
「ありがとう。じゃあ、ビン箱1つお願いできるかな?」

いろんなことに対して呆れかえったルルーシュは、ずっしりと重たいラムネ箱を抱えて、ライと来た道を戻った。

「あ、そうそう、これを買うきっかけだったんだけど・・・さっきナンパされたよ」
「はぁあ!?」

一瞬冷静さを取り戻した思考は、結局ライの爆弾発言によってまたボルテージが上がってしまったが。

(やはりこいつには色々と言って聞かせないとダメだ!!)



その後、その大量の「海の定番セット」は、騎士団の胃袋に形も残さず収められた。





    7



「じゃあ、僕らはこれからこの辺りを散策してくるから」
「ええ?もう海で遊ばないの?」
「せっかく観光地に来て、他の場所も巡らないのもなんだろう。夕方前には戻ってくる」

屋台料理で腹ごしらえもして、只今昼には少し早めの時間。
そう言ってライとルルーシュは海水浴場を一時後にした。

「しかし、よく自転車なんて借りられたな」
「海の家の人が快く貸してくれたんだ。たくさん買ってくれたからサービスだって」

ルルーシュを後ろに乗せて、ライは海岸線を自転車で走る。
今まで自転車なんてものに乗った事がないだろうに、ライは易々とルルーシュとの二人乗りをやってのけた。
ライ曰く、馬に乗るバランスよりも遥かに楽だそうだが、そういう問題でもないだろうとルルーシュは思った。

「それで、どこへ行くんだい?」
「ああ、この近くに鼈甲を取り扱っている店があると聞いたんだ。そこへ行く」
「了解」

言って、自転車の速度が速くなり、バランスを崩すかもしれないと危惧したルルーシュは、ライの腰に回していた腕を少し強めた。

海風と、自転車の速度によって生じた空気抵抗によって生じた風が身体を吹き抜けていく。
その風がルルーシュとライの髪を揺らして、ルルーシュの視界に、銀の髪がなびく。
真夏の太陽の下で揺れるその髪の目映さに、ルルーシュは目を閉じた。
海を見ればそこでも反射し、アスファルトは光を照り返し、どこもかしこも眩しくて仕方がない。
茹だる暑さは確実にルルーシュの体力を奪っていて、肌を貫く太陽光も忌々しく、目を瞑ったままライの背中に頭を預けて、ただ風を感じるだけに決めた。

そうしてみて、ルルーシュは寄りかかっている背中の薄さに気付く。
両腕を揃えて一周回せる細い腰も、けれどルルーシュには持ち合わせていない引き締まった筋で覆われた背中も、頼りないようでとても力強い。
傍から見れば折れそうに見えるのにな。と、嘯いて、さらに腕に力を込めると。

「ルルーシュ?あまりくっつかれるとこっちも扱ぎ辛いし・・・何より暑くないか?」
「暑いな。だが風があるからそこまで辛くはない」
「・・・そう?」

ライの苦笑の混じった声が背中越しにルルーシュの頭に響く。

高くもなく、低くもないライの声はこの暑さの中でただ1つの涼しさをルルーシュに与えてくれた。
背中から伝わる振動音も、汗で濡れてくる服も嫌だと思わない。
ライの存在そのものが好ましく、纏う空気が居心地良くなる。

まるでどこかの恋するヒロインのようだな、とルルーシュは自嘲し、腰に回している手で大きく脇を掴んで。

「っやっぱりルルーシュ離れてくれ!」
「何故だ?」
「手が怪しい!!」
「何のことだろうな?」

途端に慌てだして身をよじるライの脇腹をさりげなく撫でて。

「っ!!?・・・っこの確信犯!」

一瞬、自転車のバランスが崩れた。

転んでは堪らないとすぐにライが体勢を立て直して免れたが、さすがにこれ以上扱げないと自転車が止まり、ライは後ろへと激昂した。

それでもルルーシュを落とす真似をしないライに、ルルーシュはとても満足そうな笑みを浮かべた。





   8



そんなこんなで(主にルルーシュが)戯れながら、二人は目的の店へと辿り着いた。
主に鼈甲と紅珊瑚のアクセサリーを売っているその店で、ルルーシュはナナリーへのプレゼントを買うと言う。
目の見えないナナリーが楽しめて、且つナナリーに似合うものを探す為に思考の海に入り込んだルルーシュの邪魔にならないよう、ライはこの辺りを散策してくる。と言って店から出た。
一緒に考えるのも良かったのだが、ここへ来るまでの間に必要だと思ったものを優先しようと思ったからだ。
さて、どこに行けば売っているだろうか?

 

そしてルルーシュは、ライがどこかへ行ったのを頭の隅で確認しつつ、ナナリーへのプレゼントを選ぶのに全力を注いでいた。
大量にあるアクセサリの中から取捨選択し、最終的に簡単に髪を一括りに出来る蝶を模した髪留めと、桜の花がアクセントに付いた簪のどちらかにするかで30分程迷い、後者を選んだ。
最近のナナリーのお気に入りは桜らしく、桜の折り紙を大切に持っている。
気に入ってくれるといい。と包まれたそれを手に妹を想う。
先日ライと遊びに行った時に見た妹の幸せな笑顔を思い浮かべて、ルルーシュの顔も緩んだ。

「おかえり」

と、日の光が遮られて視界がうす暗くなった。

「ライ」

横を向くと麦藁帽子を被ったライがいる。
光線が緩んだのも、ライが被せてくれた麦藁帽子で、「何だこれは」とルルーシュは尋ねた。

「これからさらに日差しが強くなると思って、ね」

同じく買ったのであろう飲み物も手渡された。
これを買いに行くために外に出たのかと納得して、そつのない男だ。と感心する。
被せられた帽子の大きなつばで、首まで影が降りたことで視覚的に涼しくなる。
冷たい飲料も冷気を与えてくれるし。さっきまで空調の効いた室内にいたのもあって、自転車に乗っていた頃の暑さから解放された気分になった。

「この暑い中、外で待っていたのか?」
「いや。ついさっきだったんだ。戻ってきたのは」
「本当か?」

確かに飲料も冷たく冷えているし、これを買ったのはそんなに前でないことは判るが。とルルーシュは訝しんだが、実際ライは本当に今しがた戻ってきたばかりだった。
まあ、言っても中々信じてもらえないのは判っているから、ライは特に気にしなかった。

「まあ、それより。いい品物は買えたかい?」
「ああ。お前がいれば、もう少し早く決められたんだがな」
「それはすまない」

自転車に跨ったライの後ろにルルーシュが乗り、談笑しあいながら二人はその店を後にした。

「次はお遍路さん?それとも観光地巡る?」
「・・・・お前・・・日本に住んでなかった割に、そういうことは知ってるんだな・・・」
「昔からあることだったら、母さんから色々聞かされたからね」





    9



ぐるぐると観光スポットを廻って二人が帰ってきた時には、まだまだメンバーたちのはしゃぎように力が入っていた。

いや、出て行く以前よりもヒートアップしているといった方が正しいか。
なぜかトーナメント試合になっているビーチバレーや遠泳、素潜り大会などなど。そして一体どこからそんな体力とパワーがみなぎるのかと呆れる熱気と歓声。
他の海水浴客は完全にドン引いて遠巻きになっていて、その光景にライはただ目を丸くし、ルルーシュは頭を抱えた。
事前にゼロとして言った釘刺しも、やはり校長の話程度にしか効果がなかったらしい。

(言っても聞かない奴らだとは判っていたが・・・・ここまでとは)

頭痛が発生したのは、気のせいではないだろう。
もはやでっかい子供と化した騎士団達の引き止め役である扇は、砂に埋められ顔だけ出されて拘束されていて。常識人だと思っていた藤堂は我感ぜずを決め込み千葉とパラソルの下。(常識人だからこそ、他人の振りをしたいのかもしれない)
卜部も朝比奈も仙波も誰かに何かを触発されたのか、勝負事で白熱していた。

「ルルーシュ、ライ!ゴメン。止められなかった・・・・」

戻ってきた二人を迎えたのはカレンで、この惨事を止められなかったことを詫びた。
初期からのメンバーとはいえ、若輩グループのカレンを申し訳なくさせる大きな子供たちは、もうどうしようもない。
そもそも、総大将も若者だというのもあるが・・・間違いなく若者達の方が遥かにしっかりしていることが立証された瞬間だ。

「気にしなくて良いよカレン。ありがとう」

ライは項垂れるカレンを慰め、むしろ頑張ってくれた事を称えた。

が、一体この場をどうすればいいのか、は、また別の問題である。

「さて・・・どうしたものかな・・・」

黒の騎士団ゼロの参謀として、ライはふうと嘆息を吐いた。
こうなってしまってはゼロが出てくるのが一番簡単な方法だが、ここへは騎士団としてではなく、仲間同士の親睦を交えた一観光者としてきたのだ。
第一、ここでゼロが本当に出てきたら、辺りは色んな意味で参事になることだろう。

「だから、ルルーシュ。その仮面はカバンに眠らせておいてね」

腕を組み考えるライの横で、ゼロの仮面を取り出したルルーシュに釘を指す。
小さな舌打ちがルルーシュから漏れた気がしたが、聞かなかったことにしよう。
堪った怒りの発散をそんな形でされて、さらに面倒事が増えるよりはましだ。

(かと言って・・・僕で止められるとも思えない)

今までの騎士団での活躍や人徳の為に、騎士団内のライの位置付けは案外高い所にあることは自覚している。
藤堂にも古株の仲間にも、何よりゼロに一目置かれているのだから当然といえば当然だが、自分の声はゼロほどには届かないだろうと、ライは自己を過小評価していた。

おそらく「いい大人が恥ずかしいですね」とにっこり笑って言えば、止まるだろうなと考えたのはルルーシュとカレンだ。




「放っておけ」



三人が三人、色々思考をめぐらせているところへ割り込んできたのは、真っ白い水着に身を包んだC.C.だった。
誰かに作らせたのか、売っていたのか、海鮮がたっぷりと乗ったシーフードピザを器用に持って咀嚼する彼女の表情は、呆れと無関心がありありと浮かんでいた。

「どういうことだ?C.C.」
「人が我に返る時というものは、えてして自分以上の馬鹿を見た時だということだ」
「は?」

C.C.の言葉に、三人は揃って首を傾げた。
そしてC.C.は遠く、海の方向を見つめて――――――


突如。その海から波とは違ううねりが重低音と共にこちらに向かってきた。




その大きさと響く振動に、誰もが目を向け・・・・・・・・目を点にさせた。

 

うおおおおおおおーーーーい!!みんなーーーーーーーーっ!!

 

雄叫びに似たその呼びかけをする主は、その波飛沫と共にやってきた。

一隻の漁船の船頭に立ち、何をどうすればそうなるのか、日焼けサロンに行っても焼けないだろうと思うほど浅黒くなった肌と誇らしげな笑みを作り、白い歯を晒す男がこちらへ手を振っている。
そしてその男の後ろには、大漁旗と吊るされた鮫。


 何 故 鮫 


伝説の馬鹿、玉城を乗せた漁船は陸へとフルスピードで乗り上げ、もはや手の付け様の無いほどヒートアップしていた騎士団メンバーの一部集団へ突っ込んだ。

ああ、何人かが空へ舞っている・・・・・

遠く傍観者の気分でそれを眺めているライへ、玉城がまるでヒーローのように船から降り、鮫を持ってライへ駆け寄ってきた。
ライがものすごく嫌な気分になったのは、仕方が無いことだろう。
そして空気を読めない玉城は、まるで子供が親に褒めてもらえることをしたかのような、誇らしげな笑みを浮かべてライへ鮫を見せ付けた。

「見てくれよライ!この大物をっ!ゼロもビックリだぜ?」

そりゃびっくりするだろう。いきなり鮫を丸々突きつけられれば。

この場にいて見ていなければ普通、与太話と思うはずだ。
そしてこの玉城はそれをやってのけた天才馬鹿。

実際、その受け取る側にいるルルーシュを横目で見れば、口を開閉して完全に唖然としていた。

そして、しっかりと判るほどに、玉城とその周囲の人間の温度差が激しく、波の様に広がっていくのを、ライは感じた。


全ての騒動は、玉城へと持っていかれたのだ。



「な?言った通りだろう」


漢泣きして漁師との別れを惜しむ抱擁を交わしている最強KY馬鹿と、それを見て冷静になり、ああはなるまいと固く誓い解散していく面々を指して言ったC.C.に、ただライは苦笑するしかなかった。


「ルルーシュ。ルルーシュ大丈夫か?」
「・・・・・・・・・・胃に穴が開きそうだ」

一連の騒動に当てられて、ルルーシュが呻く。

「その気持ち、よく分かるよ」

ライもしみじみと頷いて、はあ・・・と大きく息を吐いた。







    10



なんだかんだと色々あったこの濃い休暇も、そろそろ終盤を迎えていた。

いい加減遊ぶことに飽きた者、はしゃぎすぎて倒れた者、その付き添い、向こうで待ち人がいる者、
仕事が貯まっているからと帰る面々をバスまで見送って、とりあえず一息付いたな、と二人は肩を落とした。
一番の安らぎは嵐を呼ぶ風雲児、玉城が鮫ごといなくなってくれたことだろう。
たとえ、それがあまり間を置かず自分たちへの下に来ようとも、今はいなくなってくれることを喜んだ。

「ライーこれから買出しに行って来るけど、他に何か必要なものあるか?」

そんな二人のもとへ杉山がメモを持ってやってきた。ライとルルーシュは渡されたメモを覗き込み、
しばらく首を傾げて互いに目配せしてから、「これでお願いします」とメモを返した。

「じゃあ扇さんに費用を貰って行ってくる」
「お願いします。・・・でも」
「ん?」
「本当にそんな低価格で買えるものなんですか?」
「は?」

ライの言葉に、ルルーシュと杉山は揃って首を傾げた。
杉山は完全に何を言っているんだと顔に出ている。
そして、すぐに納得したのはルルーシュだった。

「そういえば、ライは初めてか」
「え?生徒会の慰安旅行で見たけれど」
「アレとは規模が違う。今回やるのは一般家庭で出来るものだから」
「そうなのか」
「おーい。話に混ぜてくれよ」

二人の会話を遮って、杉山が乱入し、「つまり・・・」今までの話を整理する。
案外寂しがり屋だなと誰かが思った。

「ライは花火をやった事がないのか」
「そうらしい」
「ライが見たのは打ち上げ花火だ」
「へぇ。で、そっちはあるのか」
「・・・まぁな」

ほんの少し憮然となって、ルルーシュが頷く。
ルルーシュがゼロと知らないとはいえ、ずいぶんな違いである。
まあ、今回、ライとカレンの友人で、いつも多忙を極めているルルーシュに仕事を忘れて欲しいから(生徒会役員だと伝えてある)連れてきたという名目なので、仕方がないといえば仕方がないのだが。
その意味を知ってか知らずか杉山は「へぇ」と頷いた。単に日本の文化に詳しいブリタニア人が珍しいだけかもしれない。

「ま、大量に買ってくるから、楽しめよ」
「はい」

「じゃあ」と扇の方へ向かう杉山を見送って、

「これでしばらくは問題も起きないだろう。休憩するぞ」
「そうだね」

二人は暗くなっていく海岸を少し離れた。

海へ沈む夕日が空を赤く染め、海を金色に光らせて行く横を連れ添って歩く。
この時間になれば海岸はもう人気もなく、いるのは残った黒の騎士団と、他には気の早い花火目的の人間くらいだ。
ルルーシュたちは人の疎らな砂浜ではなく、国道からも遠くなっている岩璧の方へ歩き、その岩で誰からも死角になっている場所で腰を落とした。

「やっと息がつけるな」
「はは。まだ終わってないけどね」
「まったく・・・でかい子供ほどタチが悪い」
「でも、とても楽しかったよ」

ライは偽りなくそう言った。巫山戯あって、馬鹿をして、戯れて、そういうことをしたことのなかったライにとって、今日はとても新鮮で楽しかった。
その時は大変だと思ったことでも、まるで宝物のように光り輝いている。

「あいつらがいなければ、もっと楽に過ごせたと思うんだがな」
「そんなことはないよ。みんながいたから楽しかったんだと思う。みんなが笑っていたから」

忙しくても、気を揉んでも、良かったと思える。
ルルーシュと二人きりでいるだけでは得られない幸福だ。
人の感情を感じ取れるようになってから、ライにとって分かち合える幸福が何よりも素晴らしい事なのだと思えるようになったから。
そしてそこに、何者よりも大切な人が加わっているなら、他に勝るものなんてないだろう。

「俺は、お前と二人でいる時の方が、何倍もいいがな」
「ルルーシュ・・・」

自分の考えと逆のほうが良いと言われて、ライはほんの少し気持ちが落ちた。
ルルーシュも同じ気持ちでいてくれるとは思っていないが、それでも、共有したかったのに。

「俺がお前を笑わせているならともかく、他の奴のおかげでお前が笑うのは、あまり良い気分になれないんだ。
 お前の笑顔は、俺だけに見せて欲しいからな」

髪へ触れてくるその手をさせるままにして、ライはパチリと目を瞬く。
ルルーシュの子供のような嫉妬心を知って、海の中で感じたくすぐったさがまたライの中で芽生えた。

ああ。本当に、僕は、この人に愛されていて。僕は、この人を、愛しているんだな・・・・

「違うよ。ルルーシュ」
「ん?」
「ルルーシュがいるから、何もかもが眩しいんだよ」

君は僕に、色を与えてくれるただ一人の人だから。

瞠目したルルーシュにライは唇を寄せ、我に返ったルルーシュも笑みを浮かべてそれを受け入れた。


日の光が消え、星が瞬いて、焔の花が空へ上がるまで。
二人はそこに留まっていた。


「行くか?」
「そうだね」


打ちあがった花火を見つめて、同じ気持ちで笑いあう。
繋いだ手が互いの気持ちを同調させたかように。

「ライ!ルルーシュ!」

打ち上げられていく花火を囲んだ面々に近付くと、カレンや杉山が手持ち花火を抱えてやってきた。

「ほら、ライ。お前の分」
「え・・・?にしては・・やけに多い気が」
「やったことがない分、一番楽しまなきゃ、だろう?」

花火一袋はある束を渡されて、戸惑いながらもライは笑った。
子ども扱いされるくすぐったさが、こそばゆい。
大きな子供だと、思ったばかりなのに。

「やっぱり、みんなと何かをするのは、とても楽しいよ」
「そうだな」

今度は素直に同意するルルーシュに、ライはとても満足した。




 

 

そしてその翌日。

特区納涼祭り計画書を認めていたライと、書類整理するゼロの下に、忘れていた災厄がやってきた。

「ゼローーーー!!昨日は早々に帰っちまってて渡せなかった土産だぜーーーーー!!」

「・・・・・・・」
「・・・・ふ、増えてる」

イイ笑顔で寄こされた海の土産に、ライとルルーシュはただただ絶句し、馬鹿の高笑いを見送った。


「こんなもの・・・・・・一個人で処分できるかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!


そうして玉城献上の海産物セット(鮫、鮪、鮑、蛸、烏賊、鯛etc)は、特区の食堂に引き取らせ、日替わりが海鮮定食になったのは言うまでもないことだろう。



終。