1 夏 夏といえば海 夏といえば砂浜 夏といえば海の家 海は人を開放的にさせ、平等に現実を忘れさせてくれる。 そして海は全てのものを平等に迎え入れてくれる。 ・・・・・・・と、いう玉城のまったく説得にならない説得の元、黒の騎士団の面々はエリア11内、イズ租界の海水浴場にやってきていた。 「おおおおおおーーーーーーーーー!!! 海よ!! 俺は帰ってきたぞーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!」 「玉城が海産物だったとは思わなかったな・・・」 「いや、ライ。アレは言葉のアヤというもので・・・」 「冗談だよ」 「・・・・・」 ツッこんだ扇は淡々と言い切ったライに笑顔を引きつらせた。 相手が相手なだけに、本気なのか冗談なのかまったく判らない。 「みんなー! 集まってくれ」 横で対応に困っている人間がいるのを知ってか知らずか、ライは周りに呼びかけラジカセを用意した。 何故ラジカセ。 「いや、雰囲気で」 「誰に話しているんだ?」 「・・・気にしないでくれ。みんな、これからゼロからの言葉がある。良く聞いてくれ」 集まった、もう遊ぶ気満々の格好の黒の騎士団メンバーたちは、それぞれライに向いて何事かと目を向ける。 ライはラジカセのスイッチを押して、テープを再生した。 『黒の騎士団たちよ、私はゼロ! 海に来て開放的になる者もいるだろうが、日本人として、何よりもいい大人だと自覚して行動するように! 以上だ。今日という日を楽しむがいい!!』 プチッ 「それじゃあ各自自由行動。今日中に帰る人は定時にここへ集合するように」 ――――学校の遠足か。 と思った団員の割合は、かなりのパーセンテージとなった。 「そういやあよぉ、なんでゼロは来てねーんだよ」 「ん?」 イの一番に海へと駆け出すと思っていた玉城が、ラジカセをどこかへ片付けるライに向かって訊いてきた。 ライは隣にいる人物――ルルーシュを一瞥して、 「ゼロは紫外線アレルギーだから来ても遊べないって、言っていたんだ」 とても残念そうにそう言った。 「紫外線アレルギーぃ・・?」 「そう。あの仮面も、自分の正体を隠すだけじゃなくて、アレルギー対策の為のものなんだ」 「そうだったのか・・・・なんだよ、そう言ってくれりゃあいいのによ・・・」 ライの説得に玉城は顔を俯かせ、次の瞬間には「じゃあ留守番してるゼロの為に美味いもん一杯取ってきてやらねえとな!」と、海へ駆け出していった。 「・・・・・誰が紫外線アレルギーだ?」 「ゼロのことだよ。ルルーシュとは言っていない」 ルルーシュは大きく溜息を吐いた。 「ところでルルーシュ・・・」 「なんだ?」 「このパーカー脱いでもいいかい?暑くて堪らないんだけど・・・海にも入りたいし」 「駄目だ。入るときでも絶対に脱ぐんじゃないぞ」 (ライの肌をそこらの奴に晒してたまるかっ) なんて思っているルルーシュを、ライは不思議そうに見つめていた。 2 とにもかくにも、楽しい海水浴は始まったのである。 童心に返る騎士団の面々を横目に、ライとルルーシュもそれなりに楽しもうと海へ足を踏み入れた。 「少し冷たいな」 寄せては引いていく波を追いかけるように足首まで海へ入ったライは、暑い気温から予想していた水温よりも冷めていることを漏らした。 しかしこの暑さから考えればとても気持ちがいい。 全身で浸かれば涼しくて気持ちいいだろう。 隣にルルーシュが立つ。ライはふうと深呼吸した。 「そういえば、ライは海は初めてなのか?」 「ああ。僕がいたところは内陸に近くて・・・・でも、海まで続く大きな川があったな」 ふと祖国のことをライは思い浮かべた。 川を遡って上がってくる船からは、各国折々の特産品が国へ運ばれてきていた。 時にははるか遠い、母の母国のものまで。 (あの頃はまさか母上の祖国の地へ足をつけることができるなんて、思ってもいなかったなあ・・・) そして世界も、とても小さくなったような気になる。 自分が生まれた時代では、海を渡ることだけでも死を覚悟することだったのに。 そういえば、最近読んだ日本の童話にそんな話があったな。と思い出して、その主人公の気持ちにシンクロしたライは、深く頷いた。 しかし彼と違い、年を取ることもなければ、死にたいと思うほど絶望しなかったが。 「何を考えているんだ?」 「僕は幸せ者だなと、噛み締めていたんだ」 訝しむルルーシュにライは微笑み、持っていた浮き輪をルルーシュへ被せて海へと踏み出した。 「せっかくだから、楽しもう。泳ぎ方とか、レクチャーする?」 「お前こそ、海は初めてなんだろう?不慣れなところなんだ。溺れるなよ」 二人は水なれをしつつ、沖へと向かっていった。 そんな二人を見つめている6つの瞳があることも知らず。 「あーの二人、何処までバカップルな雰囲気醸し出してるか気付いていないんでしょうねぇ〜・・・」 「まあ、目の前で濃密にならなければそれで良いですけどね・・・」 「濃密最高じゃない!美少年が戯れる姿なんて滅多に拝めないわよ!!」 「・・・・(呆)」 「・・・井上さんって・・・もしかして腐女子?」 パラソルの下の女性人は、三者三様の意見を述べていた。 ゆらゆらゆらゆら 波に漂って、二人は寛いでいた。ルルーシュは浮き輪の穴の中。ライはその浮き輪の端に腕と顎を乗せてのんびり。 「極楽極楽」 「親父臭いぞ。ライ。で、どうして俺が浮き輪なんかつけなければならないんだ」 「スザクが言っていたじゃないか。泳ぎがあまり得意じゃない人は浮き輪をつけていたほうが良いって。ここは足がつかないし、ルルーシュはプールで泳げても足がつかないと辛いだろう?」 「それはお前も同じ条件だろうが」 「僕はここからなら岸へ泳いで帰れるから」 平然と言うライに、ルルーシュはさらに眉間に皺を寄せた。 実際ここへ連れて来られた時も、ルルーシュはライに引っ張ってもらって来れたのだ。 自分一人の力ならこんな沖まで来れないし、来ようとも思わない。 「くそ・・・スザクといいお前といい、とことん俺の運動神経を馬鹿にしてくれるな」 「そうは言っても・・・・運動でルルーシュに勝てる人はいくらでもいると思うけど」 「やかましい!」 「わっ、ぷ!」 事実は一番人を傷つける。 たとえそれが比べるには及ばないほどの運動神経の差があったとしてもだ。 ルルーシュは怒りのままライを支えている浮き輪の一角を海へ押し込んで、ライを落とした。 突然支えを失ったライは一瞬海に沈み、すぐに別の場所を掴んで浮き上がった。 「危ないよルルーシュ」 「泳げるんだから掴まっていなくても良いんだろう?」 「酷いな・・・・ああ、海水を飲んだじゃないか・・・・・・・あ」 「? なんだ」 舌を出して海水を吐き出そうとするライは、何かを思い出したように空を見上げた。 そして首を傾げるルルーシュに目を向ける。少し戸惑っているようだった。 「いや・・・そういえば僕は海に入るのは初めてじゃないんだったと・・・」 「なんだ?昔行ったことがあるのか?」 「いや・・・そうじゃなく・・・ルルーシュ、神根島を覚えているかい?」 「大していい思い出がないがな。そこがどうした」 「そこで、海に落ちたんだ」 「へぇ、はぁ!?」 ライの爆弾発言に、ルルーシュは一度頷いて、声を荒げた。 「どういうことだ!詳しく説明しろ」 「え・・ええと」 ああやっぱりこうなるよな。と思いつつ、ライは神根島のことを話し出した。 ルルーシュとカレンを探すために神根島に向かったこと。 辿り着いてからすぐに奇妙な少年に出会ったこと。 その少年に無差別に襲われ、何とか逃げ出そうとして海へ落ちたこと。 そのせいで足を挫き、脱出するタイミングを外してしまったこと。 「あの時はひとつ間違えれば死んでいたのかもしれないな」 「平然と言うことか!!この馬鹿がっ」 さも他人事のように言うライにルルーシュは毒吐く。 まったく。この男はどうしてこうも自分の命に関して楽観的なんだ! 「でも、今生きているわけだし」 「当たり前だ!」 死んでいたかもしれないなんて考えたくもない。 ルルーシュは頭を振って思考を別のことへ移行した。いつまでも怒っていても目の前の男の病気は治らない。 「それにしても・・・・そいつ、なぜ神根島にいた?そもそも、正体は何だ」 「・・・わからない・・・な。でも、ブリタニア兵とも思えない。とっさに使ったギアスでブリタニア兵を盾にしたとき、彼は何の躊躇もなく殺していた。確実に僕を殺そうとね」 「またお前はそういう発言をっ」 「ルルーシュ落ち着いて。ほら、水の掛け合いでもしようか?」 「子供か俺はっ」 海水をライへ激しく飛ばして、結局怒鳴る羽目になるのかとルルーシュは毒吐く。 そして、ルルーシュの怒りと比例して笑みを浮かべるライがいた。 堪えきれないというように、ライは声を立てて笑い出した。 「何が可笑しい?」 「ごめんっ、嬉しいんだよ。君が心配してくれるからね」 「どこかの誰かが自分のことを顧みないせいでな」 「そうだね。すまない。ふふっ」 くつくつと笑うライ。 (ああ、くそ。まるで敵わないのは俺のほうじゃないか) ルルーシュは自分の浮き輪をライへと被せた。ライの驚く声がするが、構わず今度はルルーシュが浮き輪の端を掴んで浮かんだ。 消波ブロックの中にいるとはいえ、波は来ないわけではない。時折顎より上へ襲ってくる波を鬱陶しげにしながら、ルルーシュはふんと鼻を鳴らした。 「ルルーシュ?」 「命を粗末にする誰かさんのほうが、これは相応しいだろう?さて、そろそろ上がるぞ。身体がふやけて仕方がない」 「ルルーシュが連れて行ってくれるのかい?」 「生憎と俺は頭脳担当なんだ」 そう言ってルルーシュはライの後ろに周り、「さあ俺を岸まで連れて行け」と横柄に言った。 「イエス・ユア・マジェスティ」 我侭な王様の命令にそう答えて、くすくすとライは笑いながら岸を目指した。 二人を書いていると癒されるのは何故だろう・・・? 可愛い子が戯れてじゃれあってるのが大好きだからかしら。 3 「うおおおおおお!! とったどーーーーーーーーーーーー!!!」 「!?」 二人でとろとろと岸まで向かっていた時、雄叫びを上げて何かを鷲掴みにした玉城が海面から、しかも二人の間近から飛び出してきた。 あまりの激しさにルルーシュは驚き、ライは眼を瞬かせた。 そして雄叫びを上げた張本人は、そんな二人に気付いたが、悪びれもなく振り向いて手を上げた。 その上げた手に持っている赤い物体が気になるが、玉城が近くにいるのもなんとなく嫌な気持ちになるな、とルルーシュは思った。 「んあ?お前ら、何してんだ」 「玉城こそ、何をしているんだ?」 「見てわかんねーか?漁だよ漁」 「漁?」 「おうよ。ほれ」 そして手に持っていた赤い物体・・・イカを見せ付けた。 玉城の手の中でスミを吐き、威嚇を続けるイカ。うねうねと足を手に巻きつけて、何とか玉城から逃れようとしていた。 「なぜこんな岸辺でイカが取れるんだ・・・」 「ルルーシュ、とても正常なツッコミだけど今回それを言ってしまうと話が成り立たなくなるから」 二人の呟きを玉城は聞いていないらしく、イカを器用に袋に入れて自慢気に笑っている。 そして袋、というか籠・・・というか。それをライたちに手渡した。 「浜の奴らは今イカ焼きパーティーしてんぜ。お前らも急いでいかねーと全部なくなっちまうぞ」 「このイカはみんな玉城が?」 「おうよ!海は俺のテリトリーだからなっ!」 「・・・・(海産物説は本当だったのか)・・・・」 貰った籠からはイカの足がうぞうぞと蠢いている。 受け付けない人にはかなりグロテスクなそれを見て、ルルーシュは口元を押さえた。 どうしてこれを間に挟んで会話ができるのか。不思議でならない。 玉城はとても活き活きとした顔で、腕まくるジェスチャーをした。 「俺はこれからさらに沖に行ってゼロのための土産を捕ってくっからよ!!大物狙うぜぇ!」 そして、筋骨隆々の親父が先頭に立った一隻の船が、三人へと近付いてきた。 「だからなんで海水浴場に船が入ってこれるんだ・・・」 「うん。もうツッコむ方が疲れるだろうからやめようね」 置いてけぼりの二人を置いて、玉城は当たり前のようにその船に乗り込み、手を振った。 「じゃーな!!」 そして船は力強く沖へと出港した。 二人はただ無言でそれを眺め、 「行こうか」 「そうだな・・・」 今までの一連をなかったことにして、岸へとまた泳ぎだした 4 「なぜ、なぜだ」 ルルーシュは今、打ちひしがれていた。 このあってはならない状況に。 「ルルーシュ、言わないで」 沈痛な面持ちで、ライはルルーシュを止めようとした。 「いいや言わせてくれ。なぜなんだライ!」 しかしルルーシュはどうしても言わなければ気がすまなかった。 この事実を、受け入れるために。 「どうしてずっと泳いでいたお前のほうがピンピンしているんだ!」 シートの上で寝る自分とそれを見下ろすライ。この状況を整理するために。 海へ出て浜に着いた時、ルルーシュは襲ってきた疲労感と軽い日射病とで足が縺れた。 決して崩れ落ちると言うほどでもなかったのだが、それを見て心配したライはルルーシュを担ぎ、急いでパラソルの下へ移動してきたのである。 その後もタオルをかけたり、飲料を持ってきてくれたりと、甲斐甲斐しく世話をしてくれていた。自分の事も、ルルーシュのこともすべてをてきぱきとこなすライは、手を出そうとも思わない的確さだった。 そんな風に世話をされてとても有難い。嬉しい。・・・・・・が、何故いつまでもフットワークが軽いままなのかっ!! 同じどころか倍以上の運動をしていたはずなのに、どうして疲労すらないのか!!そしてずっと水につかっていたはずのパーカーをいつの間に絞って乾かしたのか!!(結構どうでもいい) 言い放ったルルーシュに、ライは困ったように眉を寄せた。 なんと言っていいのかわからない。いや判っているが、どう言えば良いのだろうか・・・? 「体力の差でしょーぉ」 「!!」 が、そんな杞憂もイカ焼きを食むラクシャータの鋭利なツッコミで片付いた。 事実を指摘されたルルーシュは項垂れ、目を手で覆ってぶつぶつと何かを呟き始める。 それは気体と液体の抵抗率だったり、水中の運動時に生じる現象だったり、法則だったり、二人の体力だったり、運動能力だったり、体積だったり、今日の気温だったり、湿度だったり、天候だったり。 「ル、ルルーシュ?」 呪文のように唱え続け蹲っているルルーシュへ、ライは心配して声をかけたが、唐突にギロッ!と睨まれた。 そして一言。 「この体力魔神がっ」 「酷いよルルーシュ・・・・」 どう取っても褒め言葉ではないそれに、さすがにライは傷ついた。 「まーまー二人とも、ほら、イカでも食べて。ね!」 「ああ。ありがとうカレン」 間に入ったカレンがライへイカ焼きを差し出して、不穏なじゃれあいはとりあえず止まることに成功した。 萎んでいたライも真っ白いイカの焦げ目をしげしげと興味深く見て、少しずつ元気を取り戻していった。 こんなヘンテコなものを食べようと思った最初の人に、敬意を払うなぁとか考えて。 ルルーシュも起き上がり、同じくイカ焼きをカレンから貰った。 「捌きたて、焼きたてよ!美味しいんだから!」 「・・・・生臭い・・・いや、磯臭いか」 「ルルーシュ・・・・」 一口食べて出された感想に、ライはつい口を挟んでしまう。 確かに磯臭くはあるが。 しかし結局ルルーシュはそれから何も言わず、食べることに専念しだしたので、ライも落ち着いて食べることができた。 「うん。おいしい!」 「ね? レモンとか、お醤油とかかけるとまた違った味で美味しいのよ?」 「そうなのかい?」 そしてイカ談議から広がって、日本の定番屋台食へと話は変わっていった。 「焼きそばとか、かき氷とか、ラムネとか・・・・こう海に来ると食べたくなるのよねぇ」 「焼きそば・・・そういえば、スザクがお祭りにたこ焼きやお好み焼き、焼きそばは欠かせないとか言っていたな」 「お祭りならりんご飴よ!!あんず飴もいいわ。綿菓子、ハッカ飴、ソース煎餅、チョコバナナ・・・」 「甘いものばかりだな」 「いいでしょう、別に!」 「そういえば、いつだったかラムネというお菓子を見たけど・・・」 「ああ、それは別のラムネよ。私の言ったのは飲み物でね、炭酸飲料なの。ビンの形が独特なのよ」 「へえ。・・・・お祭りかぁ、楽しそうだな」 ライは呟いて、ちらりとルルーシュを見た。ルルーシュはほんの少し期待を含ませたその視線に苦笑し、 「お前が全面的に受け持つのならやっても良いぞ。何事も息抜きというものは必要だからな」 「ありがとうルルーシュ!」 許可が下りたことに、ライは満面の笑みを浮かべた。 「!?」 「っ・・・」 その笑顔を真正面から見た二人は動揺し。 「・・?どうしたんだい二人とも」 「あー・・・・お前は・・・本当に・・・」 (胸をくすぐるどころか、心臓もぎ取られそうな破壊力ね・・・) 良く分かっていないライを、ルルーシュは抱きしめること、カレンはそっぽを向いてイカを食べることで動揺を抑えることに全力を尽くした。 5 「あのー・・・すみませぇん」 「はい?」 砂浜を散策中に呼び止められて、ライは振り返った。 そこには二人の少女がやけに機嫌良さそうに笑っていた。 その笑みははっきりと媚びた笑みで、水着の露出を計算した仕草で身をくねらせた。 ライにはまったく効き目がなかったが。 (なるほど。これがナンパというものか) 少女達の様子を見て、ライはしみじみと頷いた。 ルルーシュに今日は特に気をつけろと言われていたが、実際こうなるとは思っていなかったので、なんとなく物珍しいもののように凝視してしまった。 その目線を彼女たちはどうとったのかキャアキャアと騒ぎ始める。 「お一人なんですかぁ?私たちそこの海の家でバイトしてるんですけどぉ・・・よかったらどうですかぁ?」 聞かれて、ライはどうしようかと小さく首を傾げた。 ルルーシュがまだ復活していないので、カレンに頼んで小用と散策をかねて歩いていたのだが、そう長く留守にするのも悪い気がした。 どうにも過保護の気があるルルーシュは、ライが傍を離れるのを嫌がるからだ。 (でも、海の家か・・・) カレンとの会話で海の家の食べ物にも興味が湧いていた。ちょっと覗いてみたい。 なんて考えている間に、少女たちはライを挟んで腕を絡めてきた。 無理にでもしないと抜けそうにないその腕に、結局ライは海の家に行くことになった。 「1名様ご案内でーす!」 木造トタン屋根の、それなりにしっかりと建てられたそこは、結構繁盛しているようだった。 今がお昼時ということもあるだろうが、男女比も変わらず、年齢層も幅広い。 しかし、その中の女性たちと一部の男性が一瞬色めき立ったのを、ライは気付いていなかった。 「こちらの席へどーぞぉ!」 中で仕事をしていたやはり若い女性がライへ一番に駆けつけ、席へと連れて行こうとする。 「ああ、すみません。ここで食べるんじゃないんです」 ここの人たちはやけに触ってくるなぁと思いつつ、ライはやんわり断ってカウンターへと歩いた。 中では日本人らしいおばちゃん二人と親父がまかないをになっていた。 「すみません。ここの食べ物、持ち帰ることってできるでしょうか?」 「あら!かっこいいねお兄さん!」 愛想良く笑うおばちゃんはライの頼みを快く承諾してくれ、(元々持ち帰り用の客の為の準備はしてあった)メニューからじっくり選んで注文した料理を包んでくれた。 「ありがとうございます」 「いいええ。それよりすごい量だね。ずいぶん大所帯で来たの?」 「ええ。まあ」 たしかに半端のない量だったので、ライは苦笑して言葉を濁した。 一人で持ち運べる量までと決めていたが、実際には2〜3人いないと運べないだろう。 まぁ何とかなるか。とライは思っているが。 「それにしてもねぇ。まさかブリタニアの人とこうして会話できる日が来るとはねぇ」 どの荷物からかけていくかを考えていたライに、おばちゃんの呟きが落ちてきた。 独り言にしてはやけに大きいそれは、答えてくれなくてもいいけれど聞いて欲しい話だというのが良くわかった。 「もうずっと、ブリタニアに虐げられ続けるもんだと思っていたけど・・・特区が出来て、また人間にしてもらえたように感じるよ。 皇女さまと黒の騎士団には感謝しないとね」 屈託なく感謝されて、それは自分達がしてきたことが間違っていなかったんだと言っていて。ライはただ嬉しくなった。 今までの、そしてこれからの苦労が報われる。 「ありがとうございます」 ライはそう小さく呟いた。耳に届いたのだろう。「何がだい?」と聞き返してくる。 「包んでくれてありがとうございます」 これからも、世界がよりよくなっていける様に頑張ります。と心の中で呟いて。 おばちゃんの顔がぽっと赤くなり、「お安い御用だよ」と照れ笑った。 荷物運びの際に、大勢の人が不埒な心か親切心で手伝うと申し出たが、それを全て断り、ライは海の家を後にした。 そろそろルルーシュの機嫌が落ちてくるころかなと考えながら。
そしてルルーシュは、ライがどこかへ行ったのを頭の隅で確認しつつ、ナナリーへのプレゼントを選ぶのに全力を注いでいた。 「おかえり」 と、日の光が遮られて視界がうす暗くなった。 「ライ」 横を向くと麦藁帽子を被ったライがいる。 「これからさらに日差しが強くなると思って、ね」 同じく買ったのであろう飲み物も手渡された。 「この暑い中、外で待っていたのか?」 確かに飲料も冷たく冷えているし、これを買ったのはそんなに前でないことは判るが。とルルーシュは訝しんだが、実際ライは本当に今しがた戻ってきたばかりだった。 「まあ、それより。いい品物は買えたかい?」 自転車に跨ったライの後ろにルルーシュが乗り、談笑しあいながら二人はその店を後にした。 「次はお遍路さん?それとも観光地巡る?」 (言っても聞かない奴らだとは判っていたが・・・・ここまでとは) 頭痛が発生したのは、気のせいではないだろう。 「ルルーシュ、ライ!ゴメン。止められなかった・・・・」 戻ってきた二人を迎えたのはカレンで、この惨事を止められなかったことを詫びた。 「気にしなくて良いよカレン。ありがとう」 ライは項垂れるカレンを慰め、むしろ頑張ってくれた事を称えた。 が、一体この場をどうすればいいのか、は、また別の問題である。 「さて・・・どうしたものかな・・・」 黒の騎士団ゼロの参謀として、ライはふうと嘆息を吐いた。 「だから、ルルーシュ。その仮面はカバンに眠らせておいてね」 腕を組み考えるライの横で、ゼロの仮面を取り出したルルーシュに釘を指す。 (かと言って・・・僕で止められるとも思えない) 今までの騎士団での活躍や人徳の為に、騎士団内のライの位置付けは案外高い所にあることは自覚している。 おそらく「いい大人が恥ずかしいですね」とにっこり笑って言えば、止まるだろうなと考えたのはルルーシュとカレンだ。
「どういうことだ?C.C.」 C.C.の言葉に、三人は揃って首を傾げた。
「うおおおおおおおーーーーい!!みんなーーーーーーーーっ!!」
雄叫びに似たその呼びかけをする主は、その波飛沫と共にやってきた。 一隻の漁船の船頭に立ち、何をどうすればそうなるのか、日焼けサロンに行っても焼けないだろうと思うほど浅黒くなった肌と誇らしげな笑みを作り、白い歯を晒す男がこちらへ手を振っている。
ああ、何人かが空へ舞っている・・・・・ 遠く傍観者の気分でそれを眺めているライへ、玉城がまるでヒーローのように船から降り、鮫を持ってライへ駆け寄ってきた。 「見てくれよライ!この大物をっ!ゼロもビックリだぜ?」 そりゃびっくりするだろう。いきなり鮫を丸々突きつけられれば。 この場にいて見ていなければ普通、与太話と思うはずだ。
一連の騒動に当てられて、ルルーシュが呻く。 「その気持ち、よく分かるよ」 ライもしみじみと頷いて、はあ・・・と大きく息を吐いた。
いい加減遊ぶことに飽きた者、はしゃぎすぎて倒れた者、その付き添い、向こうで待ち人がいる者、 「ライーこれから買出しに行って来るけど、他に何か必要なものあるか?」 そんな二人のもとへ杉山がメモを持ってやってきた。ライとルルーシュは渡されたメモを覗き込み、 「じゃあ扇さんに費用を貰って行ってくる」 ライの言葉に、ルルーシュと杉山は揃って首を傾げた。 「そういえば、ライは初めてか」 二人の会話を遮って、杉山が乱入し、「つまり・・・」今までの話を整理する。 「ライは花火をやった事がないのか」 ほんの少し憮然となって、ルルーシュが頷く。 「ま、大量に買ってくるから、楽しめよ」 「じゃあ」と扇の方へ向かう杉山を見送って、 「これでしばらくは問題も起きないだろう。休憩するぞ」 二人は暗くなっていく海岸を少し離れた。 海へ沈む夕日が空を赤く染め、海を金色に光らせて行く横を連れ添って歩く。 「やっと息がつけるな」 ライは偽りなくそう言った。巫山戯あって、馬鹿をして、戯れて、そういうことをしたことのなかったライにとって、今日はとても新鮮で楽しかった。 「あいつらがいなければ、もっと楽に過ごせたと思うんだがな」 忙しくても、気を揉んでも、良かったと思える。 「俺は、お前と二人でいる時の方が、何倍もいいがな」 自分の考えと逆のほうが良いと言われて、ライはほんの少し気持ちが落ちた。 「俺がお前を笑わせているならともかく、他の奴のおかげでお前が笑うのは、あまり良い気分になれないんだ。 髪へ触れてくるその手をさせるままにして、ライはパチリと目を瞬く。 ああ。本当に、僕は、この人に愛されていて。僕は、この人を、愛しているんだな・・・・ 「違うよ。ルルーシュ」 君は僕に、色を与えてくれるただ一人の人だから。 瞠目したルルーシュにライは唇を寄せ、我に返ったルルーシュも笑みを浮かべてそれを受け入れた。
「ライ!ルルーシュ!」 打ち上げられていく花火を囲んだ面々に近付くと、カレンや杉山が手持ち花火を抱えてやってきた。 「ほら、ライ。お前の分」 花火一袋はある束を渡されて、戸惑いながらもライは笑った。 「やっぱり、みんなと何かをするのは、とても楽しいよ」 今度は素直に同意するルルーシュに、ライはとても満足した。
そしてその翌日。 特区納涼祭り計画書を認めていたライと、書類整理するゼロの下に、忘れていた災厄がやってきた。 「ゼローーーー!!昨日は早々に帰っちまってて渡せなかった土産だぜーーーーー!!」 「・・・・・・・」 イイ笑顔で寄こされた海の土産に、ライとルルーシュはただただ絶句し、馬鹿の高笑いを見送った。
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