時がくれば、それは訪れる。
誰の所へも。
どんな繋がりだろうと。
そして、その時が来た時に、君へ笑うことができるだろうか。


君へ笑って手を振ることが出来る日が、来るのだろうか。



   <悲しい願い 優しい願い >



ふと、何かに引かれた気がして、ライは後ろを振り返った。

荒廃したビル郡以外、後ろには何もない。人すらも通っていなかった。
そんなことはライにはわかりきっていることだ。
そして後ろへ引き寄せようとしたものが、自分の心だということも理解していた。

「ライ、何をしている」

導くように先を進む緑髪の少女がライへ振り返る。

「なんでもないよ。C.C.」

その少女へ向けてライは無意識に微笑んだ。
心配をかけまいと、後悔を取り除くためにライの心が作り出したものだったが、C.C.にはその笑みが今にも泣きそうに見えた。
しかし、彼が何を思い、決断したのかを知っている彼女には、それを指摘する気も追及する気も起きなかった。
ただ無言で頷き、再び足を進める。それについてくるライがいれば、彼女の役目は果たされる。
夕闇によって光を失っていく廃都を歩く男女は、もうそれ以降一言も話さなくなった。
ただ黙々と目的地へ歩き続ける。
それは巡礼のような、断頭台への道のような、現実とはかけ離れた意味を持っていた。
そしてそれは間違いであり、正しいのだ。

これからライは眠りに着く。
深い深い眠りに、もう二度と、目覚めることのないようにと。
その為の永い道だ。

ライには幸福な世界が二つあった。
1つは母と妹がいた世界。
何よりも大切で大事な家族が笑っていられる世界。懐かしく優しい世界。
もう1つは生徒会グループやその周りにいる人たちの世界。
穏やかとは到底言い切れないあの一時は、確かにライへ家族とは違う優しさと幸福を与えてくれた。
そして、その世界はとても脆いのだと、ライは知っている。

何が悪いわけではない。
誰のせいでもない。
あるのならそれは自分の不甲斐無さと、そして残酷に裏切り続ける世界だ。
その世界すら、悲しみに嘆いている。

母と妹はライのせいで死んだ。
母と妹を守るために得た力――絶対遵守のギアスの使い方を誤り、死なせてしまった。
目の前で赤くなった母と妹は、死の間際にもギアスの呪いで正気ではなかった。
それは人の意思を捻じ曲げて、ライの守りたかった世界を粉々に砕き、踏みにじった。
それをしたのは、自分自身だった。

心は砕け、堕ち、死すら望んだ身体は死を受け入れてくれない。
まるでもう二度と引き合わせないという世界の意思が、ライを閉じ込めている気がした。
死ぬことすら許されない呪いで壊れたライは、永い永い眠りへと付いた。
それは僅かな癒しになるはずだった。

だが、ライは目覚めてしまった。

再び目覚めた世界は、やはり残酷で悲しみに満ちていたが、それでもライは幸せを見出していた。
再び大切にしたいと思い始めた人たちとの出会い。
背中を預けていられる仲間。
守ると誓った、背中。
そして、幸福が壊れないようにと心から願った人を。
新たな人生を、ライは見つけようとしていたのに。

それでも、呪いはいつまでも続く。
永遠に。ライを蝕み続ける。
世界はライにいつも残酷で、希望を与えた先に必ず絶望を見せる。
幸せな世界を奪おうとする。

それだけは、もうしたくなかった。
誰かの幸せを踏みにじることも、引き裂くこともしたくはない。
自分は咎人だ。幸せでいてはならない。許されていない。
だからこそ、ライは大切な人たちの大切な『幸福な世界』を守るために自分の幸福を棄てた。
また眠りに付くのだ。

それはとても寂しく、悲しく、孤独で冷たく、ライを突き落とす。
戻れるのなら、戻りたい。

だからこそ。

「未練はない」

学園で呟いた言葉を、ライはもう一度口に出した。

別れもした。みんなが納得してくれたかどうかはライにはわからないが、告げることができた。
告げることができなかった母と妹の時を顧みれば、上出来だ。

後は、皆が傷付かない様に、悲しまないように、自分を忘れていってくれればいい。
記憶の片隅にも残らなければいい。
記憶は切なさを呼び起こす。だからそんなものは邪魔なだけだ。
執着するのは自分だけでいい。


C.C.と二人やってきた地下港には、一隻の船がライを待っていた。
無人の船は沈黙を保ち、二度と帰らない旅路を待っている。
C.C.の足が船へ向かう途中で止まり、ライはC.C.を追い越して向かい合った。
C.C.の顔は何も示さない。
皮肉も、呆れも、何もない。
それがライには有難かった。
感情をむき出しにされたほうが辛い。

「さようなら」

二人の声が、地下港へ吸収される。
ライは船へと振り返り、C.C.もその場から去っていった。

もう二度と会うことはないだろう。
誰一人とも。
もう誰と別れることもないだろう。
全てに別れを告げたのだから。


―――――――――ただ、一人だけを除いて。


「ライ」

物音が、誰もいないはずの船から上がった。
闇の中から現れたその影に、小波もなかったライの心がざわめきたった。

喉の奥が、急速に乾く。
名を呼ぼうとして口を開くが、声帯は機能しなかった。

「私は、お前を手放した覚えはない」

変声機を使用した奇妙な声だったが、それはライにとって特別な意味を持っていた。
闇色のマント、その中に隠れた華奢な手足。そして、異形の角を生やした漆黒の仮面。
悪の帝王にも、テロリストにも、義賊にも、正義の味方にも変幻するその漆黒の姿に、ライの目は釘刺さった。

どうして・・・・

「ゼロ」

船から下りてくる仮面の人物へ、ライは呟いた。
呼びかけた訳ではない。むしろ、今最も傍に来ないで欲しい人物だった。
自然に下がる足の幅の倍、ゼロはライへと近付いてくる。
竦む足が止まっても近付き、ライの目の前にフルフェイスが立ちはだかった。

「まさか今日中に姿をくらますつもりだったとはな。調べるのが後少し遅ければ間に合わなかった」
「・・・何故。ここに」

ライはざわめき続ける心に抗えず、冷静でいようと制御をかけても、四肢でまともに動くのは舌だけだった。
足元は、もはや縫いとめられて動けない。

「お前には黒の騎士団の団員としてまだ役目がある。お前を失う損害はあまりにも重大だ」
「僕は、いつ死ぬかわからないんだぞ?そんな人間を置いておくなんて非効率的だ」
「それを推しても、お前の存在は重要だから私がここにいる」

なんとか外聞だけでも持ち直し、ライはゼロへの説得で使った話を持ち上げるが、まったく効かなかった。
ゼロは躊躇なくライへ切り込む。
手を伸ばし、ライの腕を取って捕らえる。

「ライ。お前は私と共に世界を変えるんだ」

変声機越しでも伝わる、真摯な声だった。
その声だけで、彼にとってのライがどれだけ必要なのかが分かるような。
嬉しい言葉だ。
ライが望んでいた言葉だ。
だが。

「・・・・・無理だ」

ライは、最後の希望を吐き捨てた。

「僕は災厄を撒き散らす。そんな人間が傍にいれば、多くの人の幸福が奪われる。僕には、できない」

曖昧な言葉で真実を言う。それがライにとって真摯に受け止めようとしてくれているものに対しての精一杯の答えだ。
ギアスの力は御伽噺じみていて、とても正気だと思われないだろう。
ゼロはその言葉をどう受け取ったか、僅かに首を傾げた。

「悪の権化とでも言うか」
「似たようなものだ」

望む望まざるとに関わらず、関わってきた人間は最終的に不幸になっていった。
なら、意味合いでは同じことだ。と、ライは俯き、吐き棄てた。
ゼロはしかし、別の方向へ思考を巡らせた。

「やはり、病というのは嘘だったな」
「・・・似たようなものだ。ただ、自分が死ぬか、周りが死ぬかの違いだけだ」

それに対しても、ライは自棄になって項垂れる。

「それは大きく違うな。ライ」

それでもゼロは決して態度を変えず、淡々と語りかけ続ける。

「多くの人々が死ぬことは確かに痛みをもたらすが、お前自身が死ぬということは、存在そのものすら失うということだ。
 感覚、記憶、感情、心理、倫理、相対、相互、お前を形成する、お前が見る世界が消えるということだ」

ならば、殺していった者たちの世界を、ライが消滅させたということだ。
その代償に自分の世界が消え去ろうとも、対価と思えば安いものだろう。

「帰って来い。ライ」

ゼロはライへ訴え続ける。

「お前の帰る場所は、私が作る」

言えば言うほどライが苦しむと、わかっていないのか。

「やめてくれ」

耐え切れずに、ライは片耳を覆った。
両耳を押さえたかったが、片腕はゼロが掴んでいるせいで動かなかった。
ライは頭を振ってゼロの言葉を止めさせる。
どんな言葉を聞いたところで、全て罪業を語られている気分にしかならない。

「僕は、もう、いいんだ。もう、無意味だ」

自らが死ねないというのなら、永遠に孤独の中、悲しみの中で生きていく。
それがライにできる唯一の方法だ。
死なせてしまった人たちの分まで他の誰かを助けようとしても、結局自分でそれを砕いてしまうなら、しないほうがいい。

「もう、いいんだ」

もう一度息吐いて、地下港に静寂が生まれる。

「何が不満だ。お前は」
「不満とかそういうことじゃない。僕にはもう何も残っていない。残せない」

ゼロの問いにも、他の答えなど出ない。

「僕には、そんな資格なんて、ない」

あの日、力を手に入れた瞬間から。
ギアスを手に入れた瞬間から。

ライは意識してギアス能力者の証である赤い、鳥の文様の浮いた瞳を浮かび上がらせた。
その瞳を見て、ゼロが息を呑む。

「この瞳を持った瞬間から、僕は・・・いや、生まれた時から、僕は世界から弾かれ続けてきた」

全ての歯車は自分を裏切り続けてきたのだ。

「それでも、しがみついて、縋り付いて、世界が変わるように、変えようと努力した時もあった」

しかし、その為に手に入れた力すら、狂った歯車を促進させる機能しか持っていなかった。

「世界は、僕にいつでも牙を向く。僕を弾くために僕の世界を壊す」

結局同じ道を繰り返すことになるのなら、その道を断ってしまえばいい。
そうすれば、理想には近付けなくとも、今より酷いことにはならない。

「もう、疲れた。もう、反抗することは、無意味だ」

所詮勝てるわけがないのだ。
巨大すぎて、眼前の壁は高く、横へ長く、越える事も避けることもできない。
砕こうとしても、結局手が壊れるのだ。

なら、受け入れよう。それによって、再び愛した人たちが災厄に巻き込まれないというのなら。

「これは、咎の、証だ」

この力が自分を孤独にするのなら、それを受け入れよう。

 

「なら、俺も、咎人だな」

 

途端、変声機が機能しなくなった。
聞こえた声に、ライはゼロを見る。
ゼロの手がマスクの後ろへ廻り、その仮面をゆっくりと取ったその容姿は。

「る・・・」

漆黒の髪。紫の瞳。
女性とまではいかないが、中性的な整った顔。

「お前と同じく、災厄を撒き散らす存在なんだろう」

ライは、この顔を良く知っていた。

「ルルー・・・シュ」

仮面を外し、現れたその容姿に、ライは目を見開いた。
ルルーシュ・ランペルージ。アッシュフォード学園生徒会の副会長であり、ライを見つけた第一発見者だ。
だがライは、ゼロがルルーシュだったことに驚いている訳ではなかった。
勿論その事実について多少の驚きはあるが、なんとなく正体には気付いていたし、今までの彼の動向を考えれば納得もあった。
だが。それよりも。

左眼に宿る、赤い鳥の紋様。

ライにとって予想外だったもの。それはルルーシュがギアスを持っていることだった。
同じ呪いが、ルルーシュに。

「どうして、君がそれを持っている!」

言って、すぐにさっきまで一緒にいた緑髪の少女の存在を思い出した。
彼女がルルーシュと一緒にいる理由がそれならば納得が付く。

「何故、それを手に入れようなんて・・・!!」
「お前と同じ理由だ」

その言葉に愕然となる。

「世界を変えるために、ナナリーの幸せの為に、俺は力が欲しかった。ギアスがあれば、叶うことだと確信した。
 だから俺は黒の騎士団を作り上げた」

「ナナリーの・・ため」

それは。その考え方は。

「お前も、同じだろう」

指摘されて、ライはこの男が自分の過去を知っているのではないのかと思った。

「誰かの為に、お前は力を手に入れた。違うか?」

どんな導きでその答えを出せたのか。不思議で仕方ない。

「・・・なぜ?」

その疑問が口から出る。ルルーシュはただ静かに笑みを作った。
何かを教えるときの彼の顔は少し不遜な笑みになる。
けれど今向けられているものは、とても優しい笑みだった。

「お前は、優しいからな」

一言が、静かにライへ入ってくる。

「お前は、自分に対してあまり執着しない。カレンの時も、俺の時も、ナナリーの時も誰かのためのものだった。
 そんなお前が、自分の為にこの力を欲しがるわけがない。
 ・・・・・・・・いや、そうであって欲しい・・・か?」

どうして、彼の声は、僕を惑わすんだろう。

「お前が何をしてきて、何を失ったのか。どうしてここにいるのか。傷は、何か。
 それは俺にはわからない。お前も、俺に知られたくはないんだろう」

どうして、彼の言葉は、胸に残るんだろう。

「だがお前は、俺たちの元から去らなくたっていいんだ。お前がいなくなることなんて、ない」

それは。

「いや、違うな。いなくならないで欲しい。俺が、お前を失いたくないんだ」

それは。

「誰一人。失いたくないんだ。もう。大切な人を」

僕が、この人を、大切だと心から思っているから。

「ルルーシュ・・・」

無意識に唇が彼を呼ぶ。
そう。分かり切っている事だ。
沢山の今迄関わってきた人たちへ別れを告げておいて、ルルーシュにだけはできなかったのは。
ルルーシュと離れることが、再び会ったら、できなくなるからだ。
決心を、砕いてしまう人だから。

「不幸を呼ぶというのなら、俺が阻止してやる」

彼がまた、不敵に笑う。

「俺は、奇跡を起こす『ゼロ』だからな」

成し遂げられないものなんてない顔で、笑う。
その笑顔が、憎らしくて、大好きで。

失いたくない。

「・・・僕は」

責と望みの間で、心が揺れ動く。
このままいて、またあの日のようなことが続いたら、僕はきっと自分自身を呪うのだろう。
出会ってしまったことすら、呪うのだろう。

「これでもどこかへ行くというのなら。俺は、最終手段に出る」

僕の迷いを断ち切るように、ルルーシュの瞳が、赤く輝いた。
そして、絶対遵守の命令を、僕へ紡ぐ。


「一生、俺のそばを離れるな。ライ」


それは、僕が心に秘めていた本当の願い。
誰よりも大切になってしまった君へ寄せた、僕の本心。

「・・・・・っ」

涙が零れた。

もうずいぶんと忘れていたその感触を、拭っても止まらないそれを止めようとして、無意味で。


ギアスにかかっていてもいい。
そう思った。


だから僕は、彼の手を取り、強く握り締めた。
その手を離すことにならない様にするために、これからの未来を、暗くさせないために。

 



いつか、いつか別れが来るだろう。
それが、悲しい結末でも。
笑って別れられる時でも。
それは必ず訪れる。


それが、笑って迎えられるようにするために。

僕は、戦いたい。



END


 


ギアスED設定手前で頑張ったんですが・・・うーん・・・
なんか前に書いたのとめっさダブったな・・・(汗)
やはりシリアスは難しい・・・