11 undici ベルナルドに連れてこられた部屋は、ジリジリとうるさく、そして変な匂いのする部屋で、鼻が曲がらないように鼻をつまんでしまいたい衝動に駆られるくらいだった。 匂いが鼻に来た瞬間、鼻をつまもうと思ったが、それをを止めたのもこの部屋のせいだ。机にも床にも壁にも。いたるところにそれの店なんじゃないかっていうほどの電話が大量にある。そんな光景に呆気にとられて、つい鼻をふさぐことを忘れてしまった。 黒服の男共が黒い受話器をいくつも持ち、入れ替わり立ち替わり対応しては、別の電話のダイヤルを回し、あるいは呼び出し鈴のなったそれを取っていく。 そこにいた男たちがベルナルドを見るなり、「コマンダンテ」と、何人かが近寄り、ベルナルドを囲んで話しだした。男たち一人一人の話を聞いて、ベルナルドが対応している。 話の内容は・・・・まったくわからない。 上がった。下がった。西のうんたらさんが〜。と、ナゾな言葉だらけだ。 まあそれでも、どうやらここはベルナルドの仕事部屋らしいということはわかった。 眼鏡を取り囲んで円になっているそこから擦り抜けて、ふと一番大きいデスクの前に立つ男と目が合った。 恐ろしいほど整った、氷の視線を向けている優男。たしかジュリオだったか。 毎度こいつの向けてくる視線や殺気は、身震いがして嫌だ。 どうやったらこんな人間ができるんだか。 目を逸らさずに見ていると、話が終わったのか、ベルナルドが手真似いた。 こっちもこっちで殺気立ってるけど、実に落ち着く。 人間超えたらいけないものってあるよな。うん。 「ターゲットは先日の騒ぎの元凶の一掃だ。人数は不明だがそう多くはないだろう」 二人距離を置いて揃った所で、今回の仕事の話が始まった。 先日の騒ぎと聞いて、自分が騒ぎを大きくさせたあれかと頷く。 ベルナルドはこちらを見ずにジュリオに紙を渡す。覗き込むと住所が書かれていた。これがアジト・・・か?でも住所だけって・・・他の情報とか書くものあるだろうに。 「皆殺し・・・で、いいんだな?」 「ああ。情報はすべて手に入れた」 見つめあう男たちの眼は息を詰めてしまいそうなほど重く、暗い。 「わかった」とジュリオが頷き、一瞬自分へ視線だけよこしてさっさと出て行ってしまう。 なんか指示とかないのかよ。この野郎。 ムカつくけど、それともこれが普通なのか?と考えて思い込もうとして、ベルナルドに一応礼をしてからジュリオを追っかけた。 エレベーターを待つジュリオに追いつき、ジュリオを見上げると、一瞬目を寄こされただけで結局何もない。 「えと、よろしく」 無口で無表情。正直仲良くなれる気がしない。向こうもしようなんて思ってないだろうけど。 周りには誰もいない。自分とジュリオの二人だけ。 居心地の悪い状況で「ま、いいか」とやってきたエレベーターに乗り込んで、やっとジュリオが口を開いた。 「もし、ジャンさんに傷一つでもおわせたら・・・お前を、殺す」 開口一番言うことがそれか。そこまで気に入られていないのかといっそ呆れるが、それよりもただよい突き刺すその殺気がきつくて、ため息も吐けなかった。 武器すら持ってない、睨まれているだけなのに。 (今までで一番の寒気だな) そんなにもこいつは、ジャンに、カポに忠誠を誓っているってことなんだろうか。 なんかぜんっぜんこいつのことが分からないから、どうにも言い難いけど。 でも、ジャンはいいやつで、安心して、面白いやつだ。 それに雇ってくれた恩もある。 「肝に命じとく。なにがあってもジャンを守る」 だからきちんと自分の役目は全うする。 そう思って言ったが、ますます気に入らないと言いたげに睨まれてしまった。 「カポ・デルモンテ、だ。お前にジャンさんの名を口にする権利はない」 ええー、呼び方かよ。 まさかその部分を指摘されるとは思わなくって、ポカンとしちまった。 でもジュリオの目はマジだった。殺ル気と間違えそうだ。 「・・・わかったよ。この身に代えてもボスを守るさ。アンタに言われなくてもな」 ジャンは、守る。 きちんと真面目に言ったのに、さらにきつく睨まれてしまった。 なんだよケ・バッレ! どう言やいいんだよファンクーロッ!! だんだんムカムカしてきて殴りたいっ!!いや、殴るっ!!! 握り拳を作ろうとして――――そいつの横顔が泣きそうに歪んでいくのに気がついた。 「仕事の最中は隅にいろ。指示するまで動くな」 声は相変わらず冷たくて何にも感じられない。 でも・・・・ああクソったれ! 捨て犬みたいな顔すんじゃねーよっ。 「リョーカイ」 そう返すしか、できねーじゃねーか。 アジトに着いたその後は、―――――罵声、怒声、悲鳴、命乞いのオーケストラ。 発砲音と倒れる音と壊される音と静かな、でも一番恐ろしいナイフの空気を切る音だけが生み出された。 音がなくなった時は、すべてが完了した合図だ。 目の前の一方的な残虐シーンを眺めながら、そう確信する。 部屋の中は血、内蔵の匂い。汚物。肉だまり。 そんな物の匂いでいっぱい。死体博覧会だ。 正直、気持ち悪くて堪らなかった。 だけどこれが自分の選んだ道だ。受け入れなければ。と耐える。 ・・・それにしても。 (こいつ、殺してく度に反応が早くなってる) 沢山の血だまりの中で、目の前の殺戮人形は、その空間だけ切り取ったみたいに綺麗だった。 獲物はちっさいナイフだけのはずなのに、まったく血に汚れない。 飛んでくる血すら避けてる。そしてかすり傷一つ負わない。 銃だってブッ放されてるってのに。ありえねえ。 (・・・まあ、自分も似たようなもんか) でも自分の場合は土埃に汚れるけど。 それにしても、ホントに何もやることがない。危なかったら手伝おうかと思ってたけど、ホントに必要がない。なさそうなんて言うと失礼なくらいに。 ここまですごいとホラーサスペンスを眺めてる気分だ。なんて生欠伸一つ。 すると、泣きそうな男と目が合い、男がこっちに駆け出してきた。 男の手にはゴテッとした銃。 こっちに向けてくる目には狂気とヤケクソ。 そして男が銃をこちらに掲げ。 「おっとぉ」 ブッ放される前に撃鉄を手で止めた。 「な!?」 「あぶねーよおっさん。人にこんなもん向けんな?」 信じられないと目を丸める男に注意する。 でも男はまるで聞く耳を持たず、「クソックソッ」と何度も引き金を引こうと指を動かし、銃を掴んでいる手を引き直そうと奮闘していた。 それにしてもこいつ、動揺してるにしても力よえぇなー。手が引っ張られる感じもしない。 手の中のトリガーは完全に引き絞られている。 自分が手を離せば弾が吐き出されるだろう。 止め方も知らないし、あるかも知らないので、とりあえず銃を捻って男に向けた。 「ひぎぁっ!」 男の指がありえない方向に向く。ご愁傷様。 その男の頭を引っ掴んで、眉間に銃を押しつけた。 「た、たすけてくれ・・・たのむ。わるかった、すまない」 あーあ。可哀相な命乞い。 「悪いけど、皆殺しって命令だから」 言って、撃鉄を押さえていた手を離した。 耳の奥に響く重低音。 耳が破れそうな音で耳鳴りがする。 重力だかで落下した男の銃は、持ち主の鼻頭より少し上に穴を作り出した。 ああ。気分が悪い。 泥人形のようにぐしゃと潰れた生物だったそれに、哀れみと侮蔑を送った。 「・・・汚れている」 全て終わって、優男がハンカチを取り出した。 差し出されたハンカチが、一体なんの真似かと訝しむ。 息も切らさず汚れもせず、ここにいた奴らを殺し尽くしたそいつは、ただ無表情にハンカチを顔に押しつけてきた。 顔を拭われたそれをを忌々しく見て。 「うお!? なんだコレ」 緑のハンカチがいっきに黒斑に変わっていた。近くでやったせいでずいぶん血を浴びたらしい。 うげー、最悪。 今度は手にハンカチを渡されて、今度はありがたくその布で顔を拭った。 「・・・人を殺すのは初めてか」 心底嫌々顔を拭う自分に、優男が問う。 「んん?・・・いや。経験はあるよ」 一通り拭って、真っ黒いハンカチをどうしようかと手でもてあそぶ。 血って、たしか乾くと落ちにくいんじゃなかったか・・・ 「別にやった時は何にも感じないさ。その後で不愉快になるのはオレの問題」 「・・・そうか」 別段このやりとりに意味があるとも思えなかったが、一応付け足してみる。 クソ野郎をぶちのめすのに理由はいらない。存在そのものがクソなんだからな。 だったら死んだって別にかまわない。 でも、そうやって思っていても、殺した後は色んなモヤモヤがわいてきて、気分が悪くなる。 ザイアクカンって、やつなんだろうか。 「あ、これ。洗って返すな」 借りたハンカチを示して言うと、「勝手に処分しろ」と制された。 血だらけの今はそうでもなくなったけど、これ、手触りよかったよな。 それなのにいらないとか。もったいない。 「ん〜、じゃあ貰っとく。 ありがとな。えーと・・・・・」 「・・・ジュリオ」 覚えたはずの名前が出てこなくて唸ると、名乗ってくれた。 「ジュリオ!・・・あれ?アンタの名前は呼んでいいのか?」 ここに来る前にジャンの呼び方云々で言ってきたから、てっきり「名字呼び」とか「コマンダンテと呼べ」とか何かあるのかと思ったのに。 「・・・好きにしろ」 だけど、ジュリオの答えは真逆だった。 好きにしろってことは、つまり名前で呼んでいいってことだよな。敬語とかいらないってことでいいんだよな? 「じゃ、ジュリオって呼ぶ」 確認と確定するために言ってみた。 ジュリオは特に何の反論もなく、無言。 それを肯定と勝手に受け取って、ややこしい呼び名をしなくていいことを単純に喜んだ。 (かたっくるしーのってホント苦手) |