12 dodici 「あれの試験を頼む、見込み無しなら即刻追い出せ」 ベルナルドに言われるまでもなく、俺はそのつもりだった。 唯一違う部分は、どんな理由だろうとこの街から追い出す気だったことだ。 どんな人間だろうと、どんなに利用価値があろうと、絶対に許せない。 ジャンさんの護衛にこんな異分子を置くなんて許せない。 たとえジャンさんが気に入っていようが許せない。 どうして、ジャンさんはあれを部下にするなんて言ったんだ。 護衛には、俺がいるのに。 いつだって。 どこだって。 どんな、時だって。 俺は、絶対にジャンさんを守るのに。 俺では駄目だということなんだろうか。 俺は・・・・・――――いらないのだろうか。 切っても切っても、いつもの昂揚感はない。 身体の中が湧き立つような、あの感覚がない。 部屋の隅であくびしている奴が意識から離れない。 集中できない。 ふと、的の一つがそいつへ向かっていった。 俺は追わない。一人行ったところであれが死ぬと思えない。 そこでふと、思い立った。 そうだ。あれは俺と立ちまわれる腕前だ。銃に撃たれようとものともせず暴れまわる、俺ですら思う化物。 そんな奴に、試験なんて無意味だ。 結局あれの強さは始めに証明されている。俺が証明した。 なら、こいつはなんだ。 ジャンさんを脅かすものか、それとも。 「悪いけど皆殺しって命令だから」 しごくつまらない顔で言ったそれは、敵から奪った銃で襲った相手を殺した。 相手の顔から血が吹きだす。 避けることもせず顔から浴びたそれは、不愉快と悔恨の目で地面に倒れたものを見下ろしていた。 ――ふと、擬視感が生まれる。 あの目を、どこかで見たことがある。 「・・・汚れている」 全てを片付けて、血まみれのそれに近付き、取り出したハンカチを差し出すと、それは不可解な状況と考えているのか目を細めた。 こんなもので全ての血が拭き取れる訳はないが、放っておけば乾いて水無しでは取れなくなる上、下手をすれば何かに感染する恐れがある。 俺は受け取らないそれの顔を拭い手に押しつけた。 「うお!なんだこれ」 ハンカチの汚れに気付いたそれは、今度はせっせと顔を吹き出した。まったく気付いてなかったらしい。 動揺もない。息も荒くない。この場合血圧もそう高くはないだろう。 「・・・人を殺すのは、初めてか」 「んん?・・・いや。経験はあるよ」 おそらく違うだろうと思った。予想通りそいつは否定する。 「別にやった時は何にも感じないさ。その後で不愉快になるのはオレの問題」 憂いたそれ。 たとえ一般人でも、これの力ならば勢い余ってとなることもあっただろう。 実際あの港での戦闘で、仲間内に死者が出なかったことのほうが奇跡だった。 「・・・そうか」 同感することはないが、頷く。 「あ、これ。洗って返すな」 ハンカチを返そうとしたのを拒否すると、「じゃ、貰っとく」と言ってそれは笑った。 「ありがとな。えーと」 「・・・ジュリオ」 何の為かわからない礼をして、首を捻る。 おそらく名を呼ぼうとしているのだと思って、改めて名乗った。名乗らなくてもいいだろうに、律義に言った自分に自嘲する。 「ジュリオ!・・・あれ?アンタの名前は呼んでいいのか?」 再びの問い。 確かに序列を言えば、これにはドンボンドーネと呼ばせるのが普通だ。第3位幹部と新米では当然。 しかし、なぜだろう。そんなことはどうでもよかった。 取るに足らないことに思えた。 俺自身が己の呼称に頓着がなかったからと言うのもある。目の前の対象に呼ばれて、不愉快でもなかった。 「・・・好きにしろ」 なら、どうでもいい。 それだけだ。 好意を向けられて、舞踊るほどに嬉しいのはただ一人。 それ以外に関心など、彼が絡まなければどうでもよかった。 なぜジャンさんは、これをCR:5にいれるなんて言いだしたんだろう。 単純に部下が欲しいというのなら、ジャンさんの下につく人間は沢山いるだろうに。 欲しいというならベルナルドもルキーノもイヴァンも、俺だって、ふさわしい部下を自分たちの配下の中から選りすぐる。 実際今までそうやってきていたのに。 どうして、こんな見ず知らずの人間を、入れようなんて思う? 「なあ、ボスってさ」 後始末もすませて、報告に帰る途中、呟かれたそれに俺は反応した。 ジャンさんのことならなんだって耳に飛び込んでくる。 促すようにそれを見ると 「なんか、キラキラしてるよな〜。 オレあんな人初めて見た」 まるで褒められた子供のように嬉しそうに笑っている。 「ジャンさんの良さは、お前にはわからない」 ジャンさんはすごい。 あの人が起こす何気ない奇跡に、俺は何度も救われた。 「そんなことねーし」 「わかるわけが、ない」 不機嫌に返すそれに、全否定する。 こんな本能の塊みたいな人物に、ジャンさんの全てがわかる訳がない。 ジャンさんのことは、俺が知っていれば、いい。 「ジュリオって、ボスが好きなのか」 「!」 まるで思考を読み取ったかのような質問だった。 「違うのか?」 首を傾げて再度聞いてくる。 ああ、そうか。本能で動く人間だから、勘が鋭いのか。 「そっか」 俺の沈黙をどう受け取ったのか、何か納得するようにそれは頷いた。 どう解釈されたのかなどどうでもいい。聞き返す気もない。 「オレさ、頑張るからさ。これからよろしくな」 そんなことを俺に言ってどうなる。 俺に媚を売ったところで意味などないだろう。それともお前はジャンだけでなく俺に取り入ろうという腹か。 「お前は・・・」 馬鹿か。 そう一蹴しようとした。 「オレがいるの、迷惑なのわかってるよ。でもさ、オレ、行くとこねーから。置いてほしい」 そして、馬鹿なんだったと思い出した。 腹芸も何もできない。素直な人間なんだったと。 「・・・お前のことは、ジャンさんが決める」 捨て犬がまた捨てられるのに気付いたような顔で見てくるそいつは、憐れで。 「・・・ジャンさんを裏切るな」 ただ一言、何にも許されない重要事項を伝える。 もしも守れないのなら、その時は殺す。たとえジャンさんが止めようとしても。 俺の心とは逆に、それは全身で喜んで「Chiaramente(もちろん)!」と胸をたたいた。 なぜ、ジャンさんはこんな人間をとりいれようと思ったのだろう。 こんな、身体能力以外は平凡な、精神年齢の幼い人間を。 (・・・・・) ジャンさんが選んだ、人間。 その答えは一生理解できない予感がした。 (狂犬は憂う) |