13 tredici 軽快なメロディのような呼び鈴の応酬。焼けたコード線の匂い。 本部ができる以前も今も、彼の根城は変わらない。 ベルナルドのシノギが情報と電話であるかぎり、それは死ぬまで変わらないだろう。 もはや慣れた居心地のいい戦場で、書類整理と平行して商談の取引を行っていた時だった。 ジャンが部屋にやってきたのは。 「チャオ。ベルナルド。一緒にお茶会でもどーお?」 片手にポットとティーセット、クッキーが乗った盆を持って現れたボスに苦笑し、ベルナルドは微笑んだ。 「嬉しいね。帽子屋の為にアリスが用意してくれたのかい?」 「そ。たっかいぞ〜、俺の給仕は」 「ははは。ハニーの愛が金で買えるならいくらでも惜しまんさ」 いつもの戯言を交わしあいながら、ベルナルドは手を止めてソファーに腰掛けたジャンの隣に座る。 「ほい」と、とって渡されたのは、予想に反してコーヒーだった。 真っ黒いそれに「ありがとう」と礼を言って一口啜る。 ジャンは自分の分にミルクを入れて、飲むこともせずにクッキーを口にいれた。 「あー、ウメー。 イギリス人の飯は涙がでるほどマズイけど、アフタヌーンティーだけは素晴らしい伝統だと思うね」 「俺たちには縁遠いがね。優雅に飲む暇があるならサインに手を動かせと鞭が出る」 「ヤダー、そんなコワーイ女王様のいる城なんてウサギでも逃げ出しちゃうわん。 あー…そういえば、シエスタいつからしてないっけか……」 本気でぼやくジャンにベルナルドはすまなそうに笑みを浮かべ頭を下げた。 「我らがボスには頭が下がるよ」 「いやぁ。俺なんてずいぶん立つけど、まーだぺーぺーから抜けてないぜ? ベルナルドたちが立ち回ってくれてるから俺でなんとかなるんだ。 ホント、感謝シテオリマスヨ。グラーツィエ」 「もったいないお言葉です」 ジャンと寛ぎ喋りながら、しかし楽しい時間はすぐに過ぎていく。 他にも下らない仲間達の話や仕事の話などを続けて、気付けばずいぶんと時間が過ぎていた。 「今回の。の試験っつーより、追い出したいのが本当の所だろ」 切り出してきた次の話題に、ベルナルドは笑みを張りつけた。 ジャンもにやにやと笑っている。こちらの心を見透かしているかの様に。 「なんのことだい?」 「とぼけんなよ。お前らがを気に入らないってのは、わかってたんだからさ」 表情から感じた通り、見透かされていたことに嘆息し、ベルナルドは仮面を取り払った。 「わかっているのなら心労を増やさないで貰いたいのだがね。ハニーは俺の前髪が可愛くないのかい?」 「んー、時々むしりたい位には愛してるぜ? ―――だったら顔見せの時に文句の一つでも言やあよかったんでないの?」 ジャンの問いにあの時を思い出す。 アレッサンドロ顧問はともかく、カヴァッリ顧問は説教を落とすと思っていたのだ。 しかし二人は、好きにしろと容認した。 「顧問達が抗議すると思ったんだがね。当てが外れてしまった」 なぜなのかは分からないが、2人は既に結論をつけていたようだった。 それとも、ジャンが選ぶ人間に間違いはないと判断したのだろうか。 「運任せにしようとしたのか?ダーリンにしては珍しい」 「俺はいつでもラッキードッグの運を信じているけどね」 本気で思っているが、嫌味を込めて冗談のように言う。 残り少ないコーヒーを飲み干して、再び溜息を吐いた。 「ルキーノとジュリオと話し合ったが、いい案が浮かばなかった。能力から考えれば、いて損はないだろうからな。 1週間の拘束にも文句はなく、嘘はつけない性格だろうともわかった。 だかな、それでもいきなりボス直属だけは、不安で仕方ないんだよ」 ジュリオとルキーノの報告から、あの男の戦闘能力の高さは伺える。ジャンとともに見た手錠の事でも充分だ。 身元も調べた。人となりも知った。 だが信頼関係はどこにも築かれていない。 「怖いものはフタしろって?」 ジャンの例えに頷く。 「納得できると判断すれば俺が安心できる。部下の我儘を聞いてほしいな」 そう言ったものの、おそらく自分はどんなことになっても納得などしないだろうと思う。 結局のところ、一瞬で気に入られた彼に嫉妬しているのだ。 「ボスが我儘だと部下は大変ねぇ。――主よ。憐れな子羊にどうか救いを」 その真意を知ってか知らずか、元凶であるジャンは胸元で十字を切った。 「ジャン、一つ聞きたい」 どうしても納得できない。 なぜ彼だったのか。 ジャンが欲しいと言えば信用できる人物をつけた。 今まで何度かあったことを、遠慮していたのはジャンだった。 「なぜ―――彼を、引き入れようと思った?」 自分自身で選び取りたかったと、ただそれだけなのか。 それとももっと別の何かなのか。 ジャンは一度瞬いた後、うっそりと微笑み片目を閉じた。 そして。 「ひ・と・め・ボ・レ」 秘密を隠す婦人のような柔和な顔で、ゆったりとそう言った。 (気まぐれな女神の悪戯) |