14 quattordici ジュリオの仕事に付き合って片付け、そのまま歩きで本部に戻った時だった。 何も気にせず上階に上がろうとした所で、ジュリオがこちらを怪訝な目で見てきた。 「お前、その状態でジャンさんに報告するつもりか?」 「え?別にいいだろ?ちゃんと拭いたんだし」 言われた事に目を瞬かせる。自分の今の格好は、まあ確かに綺麗とは言い難かった。 殺した奴の血を真っ正面から被ったから、顔や髪の毛、服だって血だらけだ。 でも顔はついてすぐに拭って落として、一応窓ガラスで観察したからついてないはず。服の・・・まあシャツはしょうがないが、ジャケットなんかは黒いから全然わからないし、髪の毛も以下同文。ちょっと湿ってる?ってくらいに見えるはずだ。 自分的には問題ないんだが、ジュリオはうんざりと溜息をついて却下した。 「駄目だ。ジャンさんが感染症にかかったらどうする。きちんと洗え。服も着替えろ」 「・・・・・・オレはかかってもイーのかよ」 んっとに・・・こいつの思考回路はジャンに直結かよ。 呆れてこっちまで溜息が出そうだ。と思っている所に、話題の当人がやってきた。 「あんれ、2人ともおかえり〜」 「ぁ、ジャン、さん」 迎えてくれたジャンに、ジュリオの表情が一瞬で変わった。 うわ。目がキラキラしてる・・・人間こういう風になるのか。 なんだか感心してしまう変わり様に、どうしようもねえなとか思ったりする。まあ、自分に害がなければいいか。 「帰ったぞ〜、ボス。って、どわっ!」 自分も上司に挨拶して――――――――いきなり首元に冷たい予感がして真後ろに体をのけ反らせた。 そして一瞬前まで自分首があった位置にナイフがあるのを捉えて、さすがに冷や汗が流れる。 今の・・・・避けてなかったら確実に死んでただろ。 殺そうとしたジュリオは冷々と声を凍らせて・・・いや、怒ってるのか?コレ・・・こっちにバシバシ殺気を飛ばしてくる。 「礼儀正しくしろと言ったはずだ」 「だからってナイフで突こうとすんなよな!」 確かにこっちが悪いのかもしれないが、殺される程悪いことか!! まったくこいつは!!腹が立つな! 「あらまぁ。すっかり仲良くなっちゃって・・・」 ギリギリと睨みあって火花を散らしていると、そんなのんきな声が場を緩ませた。 「やめてくださいジャンさん。不名誉です」 「なんだと、ォラ!!」 それにマジで本気で返すジュリオに、自分の堪忍袋も切れる。 コイツ・・・・・マジでぶっ殺す!! 一触即発の空気が膨れ上がる。だが、結局また縮むことになった。 「アハハ。それに―――ハデにやったね〜コレ」 ジャンが血に濡れたジャケットを指さして、さすがに気が引けてきた。 ジャンの顔は「いや、これはどうよ?」と語っていて、これじゃ駄目なんだって気にさせる。 「ぅ・・・やっぱダメか?」 「そう言っているだろう」 もう一回ジュリオの追い打ち。 「めんどくせぇぇぇ・・・・・・」 正直また風呂に入るとか、しかも着替えるとか本気で嫌で、盛大な溜息をこぼした。 くそー、いーじゃんかちょっとくらい汚れてたってさー・・・・ そうブチブチ内心腐っていると、ジャンはくくと笑って、ジュリオはまたきつい眼差しをくれてきた。 「しかしすげぇな。俺だってまだジュリオのシノギ見るのはきつい時あんのに」 「!・・す、すみま、せ・・・・・・!」 「わ!ちがっ、違うからな!ジュリオっ」 ジャンの言葉に、ジュリオが今にもどこかへ飛び降りそうな青ざめた顔になった。「責任・・とり・・ま・・・」と、こっちにつきつけていたナイフを自分の首に向けて、自殺しようとするジュリオを必死にジャンが止めている。 「なん?これ」 余りに突然すぎて、さすがに意味が分からなくなった。 しばらくジャンが宥めて、ようやくジュリオはナイフをしまう。そして胸を撫で下ろしたジャンに頭を撫でられて、心底嬉しそうにしていた。 その姿がなんだか・・・飼い主と犬ッコロみたいで、・・・・・・あーいやいや。大の男に可愛いはねえよ。可愛いは。 「も。お疲れチャン」 その撫でていた手が、自分の頭にも下りた。 やさしく撫でてくるその手は思ったよりもでかくて、頭をがっしりと掴まれそうな感じだった。 「ジャン・・・」 安心するような、思わず慌てたくなるような、そんな感覚。 なんだか懐かしい。こんなことされたのは、いつ以来だったか。 「実は頭にもついてる」 「ぇ!?ォワッ!!」 そんな懐かしさに浸りながらも指摘すると、あっさりと撫でる手は離れてしまった。 思った通り、ジャンの手は返り血がついて赤くなってしまっていた。 乾いた笑いを浮かべて「・・・・・・俺も手ぇ洗ってくるわ」と、ジャンはどこにも手をつけないように気をつけて抱える。 そして「後でな」と手を振って別れた。 残った自分とジュリオはしばらくそれを見送って。 「お前も早く洗ってこい。急げよ。ベルナルドへの報告は俺一人でする」 さっきの可愛さはどこへやら。また冷たい視線を向けるジュリオに、そんな展開になるだろうと慣れつつ頷いた。 「へーい。オレはそのまま休んでいいのか?」 できれば寝たい。そのまま明日を迎えたい。 「顔を出すに決まっているだろう」 「リョーカイ・・・」 ま、その願望も叶わないっていうのは・・・・わかってたけどさー・・・ そうこうしてジュリオと別れ、与えられた部屋のバスルームで血を落とした。 まさか1日も開けずに風呂に入ることになるなんて・・・・今までの生活からしたらびっくりだ。 まあ・・状況が状況だかっていうのもあんだろうけど。 流れるお湯の中に血が混ざってないのを確認してから風呂を出て、適当に体を拭いて。 ふと、着替えってどうなっているんだ?と疑問に思った。 始めの時はジャンが用意してくれて、自分が始めから来ていた服はボロきれになったまま、却ってきてない。 まさかまたあの血だらけを着るとか・・・ありえねーし・・・ 実はジャン・・・何着も揃えてくれてるとか・・・してねえかな? そんな希望をこめて部屋のクローゼットを開けると。 「おお」 本当に何着も同じ形のスーツとシャツが並んでいた。 比べるまでもなくみんな同じサイズだ。そしてその下には寝巻きや下着なんかまで置いてあった。 すげー・・・コレ、ジャンにあとでお礼言っとかないと駄目だな。 いや、ホント助かります。と服一式を取り出して着替えた。 いつも履いている下着と違うからなんだか違和感が残るが、まあだんだん慣れるだろう。そこのところ横着だからな。自分。 ネクタイもあったけどつけ方を知らないし、さっきもつけてなかったからいらないか。とネクタイをつけないまま部屋を出る。 さてと、これから報告か。どんな事言えばいいんだろうな。 ジュリオがベルナルドの部屋に行く、と言っていたので、まずはベルナルドの部屋に行くことにした。 一度ジャンと一緒に通った道をその通りに歩く。このアジトは別に入り組んだ構造になってはいないが、まだ慣れてない自分が行き方を変えて辿り着くとも思えなかったので、ルートを変えないで歩いた。 その内散策するかな。なんて考えつつベルナルドの部屋の前に着く。扉の前にはグラサンスーツの男が二人立っていた。 その二人に会釈して「中に入る」と合図を送り、 『めんどくせーな。別にんなことしなくてもいいだろうが』 『預からせるものが大きすぎる。協力してくれ』 中からの声に、つい耳をそばだてた。 『あらまぁ。愛されてるのね〜アタシ』 『お前のことだろうが。少しは考えろ』 ジャンの砕けた声に、大男・・・確かルキーノだったか?の声もする。 さっき聞こえたのはベルナルドとイヴァンだったし。ジュリオ、の声は聞こえなかったが・・・たぶん、中にいるんだろうな。 『んなこと言ったってさぁ。結局堂々巡りだと思わん? ジュリオ並のチートなんてもう青田買いできるチャンスないぜ? だったら今のうちに確保しとかんと。誰に拾われるかわかんねーし』 ジャンが言い、けれど誰も賛成の声は上げなかった。 特にベルナルドは何か反論を言っているようだ。声はくぐもって聞き取れないが、その声音は良い事を言っているとは思えなかった。 ふと、心の中が重く冷える。 受け入れてくれそうにないジュリオに「置いてくれ」とは言ったが、それはジュリオがこっちを嫌煙して信じてくれないから言っただけだった。 ただ信じてほしくて言っただけだ。 ジャンに、ここに人達に迷惑かけちまって、それを体で返す為にここに入った。 だけど、誰も、信用しない。 受け入れていない。 ―――――――だったら、ここにいたって、無意味じゃないか? 「お、来たな」 ドアを開けて一番に振り向いたのはジャンだった。 その表情は明るくて、いつもだったら笑い返す位したけど、そんな気分にはなれなかった。 「オレが邪魔なら、追い出してくれたって構わないぜ」 開口一番言い放ってやった。 周りの奴らがほんの少し目を見開いて、けれどすぐに動揺は収まる。 ああ、こっちも、腹の虫がうろうろしてざわつく。 「オレは迷惑かけちまったケジメとしてここにいるんだ。必要ないならさっさと出ていくさ」 受け入れられていない場所に、長くい続けた所で意味はない。 完全に出て行く気満々でそのまま踵を返して、 「チョップ」 「っ!?」 後ろから小突かれた。 振り返るとジャンが目の前にいて、右手をぷらぷらと振っていた。 その顔は相変わらず笑顔で。 「ナーニ言ってんの?チミは。誰が手放すかよ」 でも、今まで感じていた和む感じなんて微塵もなくなって。 ―――今は胸の奥まで締め付けられるみたいな威圧感があった。 普通の人間じゃ出てこない、殺気とはまた違う人をすくませる圧迫感。 「それに、どういう経緯だろうとお前はヤクザ者の世界に入り込んだんだ。 ――――――抜け出すならそれ相応の代償を受けてもらうぜ?」 「・・・っ」 言葉が出てこなかった。 初めて、だと思う。ジャンの気迫に押されて、体が動けない。 「な?ここにいろって」 そう言ってポンと肩を叩かれて、でもまだ残る威圧感に、まだ思うように動けなかった。 それは、怖いなんて言う恐怖なんかじゃなくて。 ――――――――かっこいいと憧れからくるものだった。 (畏敬の意味を、体で知る) |