19 diciannove











その次の朝は、ここに来て初めての騒々しい目覚めだった。



「いつまで寝てやがる。とっとと支度しろ!」
「!?」

部屋に入り込んできた人物によるドアのけたたましい音に飛び起こされ、さらにでかい声が覚醒を揺さ振る。

「・・・・は・・・・・・な?」

何事かと布団の中から見れば、仁王立ちしたルキーノがいた。
昨日とは違うスーツで、がっちりと完璧に着こなしたそいつは、鬼親のような形相で睨んでくる。

「寝呆けんな。今日は時間が押してんだ。急げ」

イライラした声の割に、自らクローゼットから一式を出して渡してくれた。

いや、まあ、着替えるけど・・・・・・・・

「・・・・・・・なぁ、急ぐから出てってくれよ」

人のいるところで着替えるのは嫌でそう言えば。

「見られて困る体でもないだろうが。さっさとここで着替えろ」

暴君の発言で切り捨てられた。

二の句がつげられなくなったが、なんとか脱衣室に逃げ込むことに成功した。
ルキーノも追い掛けて来なかったから、当たり前なんだが。

文句を言われないように5分で着替え、髪を手櫛でまとめて結んだ昨日と同じ姿で出る。
自分の姿を上から下まで眺め見たルキーノは溜息を吐き、昨日と同じ目で見つめてきた。

む。なんだよ。
文句があるなら言いやがれ。


「よし、行くぞ」


が、ルキーノは何も言わず、さっさと来るように促した。
身なりにうるさそうに見えるのに、嫌味も何もないとは。それとも諦められてるんだろうか。

会った時が会った時だしな・・・・・

ふと遭遇したそう古くない記憶を思い出す。
ぼろぼろよれよれの、立派とは言えないシャツ(現在はボロ雑巾になってしまったが)を着て、一週間以上風呂に入ってなかった姿は、スラムの人間そのものだったろう。
生まれ育ちも計れるってもんだ。


ルキーノを追いかけて、暴君の命令に従い、待っていた黒塗りの車に乗り込んだ。

うわ。空がまだ暗いじゃねーか。イヴァンの時より早いんじゃねーか?これ。
そう思うと眠気がどっと押し寄せてきた。
イヴァンのときだって我慢するのがきつかったのに、今回は耐えられるんだろうか。
そして今回はどこに行くのか。



遠いのは嫌だな、と思っていると、案外早く車が止まった。



昨日来た港とは違う漁港だ。
あそこは積み荷全般が主だったが、ここは漁業中心のようだ。
昨日の生臭さよりキツい潮の匂いと、正反対のスッキリしたさわやかさが交ざりあっていた。


ドアを開けて今日も清々しい空を仰ぐ。残念なことに、青くないが。

「は〜、ねみ〜」

体を伸ばしつつ呟けば、コツと頭をこづかれた。

「だらけんな。こいつを持ってろ」

言われて手元に落とされたのは、コインの束だ。
10セントコイン――マーキュリー・ダイムの束。
他にもクォーター、ハーフダラー、ダラーまで。
それも1個や2個じゃなく、両手の平にやっと収まる位の数を渡されて、ルキーノを伺った。

「駄賃?」
「お前用じゃないからな。勝手に使うなよ」

まさか自分の報酬かと思ったが、違うらしい。釘を刺されたので「へい」と素直に頷いておいた。
ちょっと贅沢すれば1日で消えるような額でも金は金。貰えるんなら貰いたかったがしょうがない。

くそ暑い中着てるジャケットのポケットに詰めて、ルキーノの後に続いた。

店の並びに入るなり、店をたててあがってきた魚を並べていた店の人たちが揃ってルキーノを向き、「シニョーレ・グレゴレッティ!」と笑顔で寄ってきた。

ある奴は今日の調子を、ある奴はお裾分けを、ある奴は強引に売り付けてきて、それ全部にルキーノは丁寧にあしらって一人一人にコイン、または紙幣を渡していた。
金を渡された時の顔は誰も彼もにやついていたが、でもどっちかっていうと、誰も彼もルキーノ自身を気に入って近くに来ている印象だった。
金に左右されて一目置いているだけではなさそうな雰囲気だ。

偏見的なイメージで、ヤクザものっていうのは縄張りに恐怖政治を強いていると思っていたのだが、ここはどうも違うらしい。

「なんだ。意外そうな顔だな」

今度はガキどもにコインをバラ撒いているルキーノに、持たされた分を渡しつつ思っていたことをそのまま言うと、ルキーノはニヤといやらしい笑みを自分だけに見せた。

「イタリアンマフィアは紳士がウリだからな。
 地元民を敵に回しても、得する事もない。こうして地固めしておくのも、立派な仕事なんだよ」

紳士と言うには胡散臭い笑みだが、まあ、自分もそういう世界につっこんでしまったのだ。
ちゃちゃ入れて拗らせても自分に不利になるだけだから止めておく。



その後、活気に満ちてからもしばらくそこでバラまいて、待っていた車で出たのは昼より少し前位の時間だった。



別に疲れちゃいないが、同じ所をくまなく歩き回るのは面倒くさかった。
顔色一つ変えないルキーノはすごい。
ここの連中はどこかしらに尊敬する部分がある。伊達にマフィアの幹部じゃないってことか。
自分と年齢変わんねーのにな。


「次はどこ行くんだよ」

何気なくそう聞いたら、ルキーノは「いいところだ」と、また含み笑いを作って悠々とシートに身体をもたれかけている。

「ホントかよ」

胡散臭そうに呟くがルキーノの表情は変わらない。
こっちの反応を見て逆に楽しんでいるような節があった。普通、嫌いな人間にこんな態度をするだろうか。

なんなんだ? こいつは自分の事が嫌いなんだと思っていたんだが・・・



浅知恵しかない自分には結局考えても分かる訳もなく、車はストリートを進み、一軒の店の前に止まった。
ルキーノに来るように目線と顎で促され、一緒に扉をくぐる。
すぐさま人が近くに来て、恭しく頭を下げた。

「ようこそドン・グレゴレッティ。先日のお品物は出来上がっております」
「さすが。仕事が早いな」

店員らしい初老の男は、まるでルキーノの執事のように身を寄せてかしこまっている。
ルキーノも言葉少なに受け答えして、勝手知ったるなんとやらで奥へ向かって行った。

かくいう自分は、所在なくドア前で立ち止まっていた。
正直、あまりにも場違いだったからだ。

ガラス張りの出窓と扉、中は重厚なカーテンが引かれ、一見して何の店だかわからないが、ここがそうとう高い、何かしらの高級店ということは分かった。
だって店員がなんか違う。露店を出す店主なんかとは比べ物にならない。
空気が明らかに違うのだ。

「なにしてる。早く来い」

一度はカーテンの奥へと消えた赤毛の巨漢が、また顔を出して来るように促した。

うそだろ?
小市民がこんな所に来ていいのかよ。
しかも下っ端の自分が。

無理だろ。と目線で送るが、ルキーノの目はそれを許さず、ずっと立っていた初老の男が「どうぞこちらへ」と案内しだした。

「さっさとしろ。今日はお前の為に来たんだ」

再びルキーノに促されて、なんでだよと本気で思いつつ、結局逆らえずに心底申し訳ない気持ちで奥へ進んだ。
後ろにいる初老の店員・・・たぶん店主なんだろう――の気配が嫌だ。そわそわする。

「それでは、お召しものを脱いで頂いてよろしいですかな」

うわ、オメシモノですってよ。はじめて聞いたわそんな言葉。

「―――――――ん?・・・・・脱ぐ?」
「上着だけでかまいません。お預かりいたします」
「は?」

意味がわからず固まる自分をよそに、店主がジャケットを勝手に脱がした。
手際良すぎだ。

「そうだな。仕事用一式を5着。オールラウンドに着れるものと夏、冬様を一着づつ。後はドレスコード用に3着。色と形はそちらに任せる」
「かしこまりました」

知らない呪文を言うようにスラスラ注文するルキーノと承る店主。そして置いていかれているのは当事者の自分だ。

「ちょ、ルキーノ・・・」

説明してほしいんだが・・・!

「店のものは壊すなよ。 見回りが終わった後にまた寄る」
「は!?」

それなのにルキーノはさっさと踵を返して外に出て行ってしまった。

「ちょっと待てよっ!」
「お客様。お静かに。じっとしてらして下さい」

力を入れたら飛んでいきそうな初老の男に阻まれて、ルキーノを追いかけることができなかった。
イライラムカムカがつのるが、暴れられない状況に、


「説明しろこの赤毛ぇぇっ!!」


どうして叫ばずにいられるだろうか。




とりあえず、物を壊さず人もふっ飛ばさなかった自分を褒めてやりたかった。






(意味分からん!)



伊達男さんは振りまわすのが好き?
まだ引っ張るんですってよ。奥さん。
2010.12.10