2 due まずいメシとコーラで体力を回復してからは、あまり暑さが気にならなくなった。 日に当たりすぎただけらしい。 幾分かラクになった体で町を歩く。 とりあえず職探しだ。寝床を探すのは夕方からでもいいだろう。 暑さでまたやられたくないので、大通りから少し離れて裏道を進んだ。 こういう所はどこも同じで汚いが、相手どもは運がいいのか、付属でついているゴロツキに遭遇することはなかった。 そうして足を進めていけば、大きな港に出た。 磯の匂いと活気のある喧騒。魚市場らしい。 さて、ここに仕事はあるだろうか? とりあえず手当たり次第に声をかけようとして。 もっとも忌まわしい場面を見てしまった。 ガキが、転けている。 転けさせた男は露店のおっさんに野次を飛ばし、店の物を強奪しようとしていた。 男の仲間5人に脅されつつ、おっさんは勇ましく反抗している。 その横で子供は打ち所が悪かったのか泣き続けていた。 男が子供に罵声を吐く。 別の男がおっさんの襟首を締めあげ、恐喝する。 そのあたりで、 ドッガァァァァァッ!! 「な?」 手近にあった箱を、ぶん投げた。 レンガの壁を砕き、瓦礫にした箱には石炭が詰め込まれていた。 真下にいた男たちと露店は、黒い煙に塗れる。 「なんだこれは!」 咳き込んで野次を飛ばす男たち。 その中に飛び込んで、一番手近にいた男を片手で引っ張りだす。 海に放り込んでも良かったが、微調整して係船柱へひっかけるように投げた。 起き上がったら叩きのめす。 投げた反対の手で子供を掴み、絶対に落としそうにない屈強な体付きの男へ弧を描いて投げた。 「うお」と声がしたが子供の声はしなかったから平気だろう。 「なんだテメェ!」 ようやく気がついたのか、男たちが自分へガン飛ばしてきた。 「なんだじゃねぇよ。この、どチンピラが!」 それを怯ませる勢いでさらにきついガン飛ばしと怒声をあげて、露店の屋根の鉄枠に手をかけた。 その鉄枠は簡単にひしゃげ、バターのように力なく折れ曲がる。 男たちの引きつる顔が実に見ものだが、ハラワタが煮えくりかえる感覚は収まらない。 「どこも同じだよなあ、てめぇらみたいな糞野郎はよぉっ!」 男たちはありえないものを見たように鉄枠を凝視し続けていた。 そしてその手の主を、自分を見る。 「反吐が出るっ」 振り上げた拳は、重なっていた男二人をまだ無事だった壁にめり込ませた。 壁は床まで粉々になり、二つの塊を埋めて崩れる。 あと二人。 残った奴らは怯えの見える顔で、それでも意気がろうとしていた。 「テメェ、俺たちはCR:5だぞ!わかってやってんのかっ!」 「シーアールファイブゥ?知るかよ。そんなん」 「な」 「とりあえず。今すぐ消えるか、魚の餌になるか選択しな」 そして返事を待たず二人を蹴り上げた。 4階はありそうな建物よりも高く飛んで地に落ちる。真上には飛ばさなかったため、落下地点は海だった。運のないやつが船の淵に当たった。 可哀相に。選択もなく魚の餌か。 そして、瓦礫の下にいる後の奴らをどうするかと見つめて。 「何の騒ぎだ!」 黒いスーツを着込んだ男達がやってきた。 その中の一人の首筋には、CR:5の文字。 「ああ!?」 せっかく落ちかけていた怒りがまた沸き上がる。 そして瓦礫からすくい上げた男を 「テメェらも」 振りかぶり 「こいつの」 スーツ野郎共へ 「仲間かぁ!!」 投げた。 体が地面と平行に横になって投げられたそれは、スーツ野郎4人を巻き込んでさらに吹っ飛ばされる。 「このっ」 巻き込まれなかった男は懐に手を入れ。 パンパンパン! 銃をぶっぱなしてきた。 弾丸は左肩と右腕を貫通する。 「イテェなこの野郎」 だが怯まない。むしろボルテージが上がった。 この辺りから、考えるより本能で体が動いた。 適当なものを掴んで投てき。片手で投げられるものはいくらでもある。 いつのまにか活気に満ちていた市場は、自分とスーツ野郎か、目付きの悪い奴らだけになっていた。 取り囲む男共。10m間合いを取ったそいつらは隙間なく自分の周りを囲んでいる。たった一人にずいぶん集まったもんだ。 ズボンのポケットに手を突っ込んで出方を悠々と伺うと、きれいな顔をした優男が前に出てきた。 周りの強面なんかよりよほどひょろいが、空気が違う。 親玉か。まあいい。こいつをぶっ倒せば終わりだ。 やけにタッパのあるそいつを見上げて、だが、かまえはしない。 男は腕を振り、目前に突っ込んできた。 その間、瞬き程度。 ――――はやっっ 予想以上の俊敏に目を見張ったが、身体は条件反射で3歩引いていた。 男の腕が目の前を掠める。その手には、ナイフが一振り掴まれていた。 首筋が寒い。これは避けなかったら死んでたな。 男の腕に対する感想を思いつつ、また5歩分の距離を一足飛びで遠のく。男の間合いの範囲から離れられない。 いつもならナイフ程度避ける気にもならないが、本能が死の匂いを感じていた。 初めてだな。こんな冷汗は。 切り返してやりたいがそんな暇も与えられない。避けるだけで他のモーションを起こせそうにない。 「ちっ」 だがやられてばかりも腹が立つ。 大きく飛んで相手が入り込めない味方たちの中に飛び込んだ。 そして手近にいる男を掴み、息を込めて投げた。 「!」 仲間の投てきに、男はさすがに避けた。 切り刻まないのを確認して、既に補充していた次の投てき物を連続で投げる。 弾はいくらでもある。 こいつの仲間は腐るほど。 「おらぁっ!」 手の届く範囲の男どもを、その腕を、足を、首を、ジャケットを掴んで持ち上げ投げつける。 優男は始めは動揺していたが、次第に簡単に避ける様になっていた。 ち。もう無駄か。 優男との間隔を開けるための弾は諦め、一掃するために樽を蹴った。 身の丈半分位の樽は、折れまがったような音を立てて地面と平行に飛び、優男へ迫る。 樽でふさがれて、こちらからも男からも、お互いの動きは死角になって見えない! 切り結ぼうが、避けようが、相手の行動はどうでもよかった。 自ら投げた樽へ追いつき、自分で樽をぶち壊す。 樽の木片と中の液体がぶちまけられる。それを挟むのは自分と優男の顔。 優男の手が閃く。樽を壊した拳をさらに伸ばす! 「っ!」 今度こそ男は目を見開いた。 ナイフを掴む手を握りこむ別の手。 多少手に傷がついたがそんなものはどうということもない。 掴んだこっちの勝ちだ!! 浮かぶ笑みを堪えず反対の手は既に振りおろしている。 ドン!! 「ジュリオ!」 背後からの衝撃と声。反射で固まった身体は、形勢が逆転することを意味していた。 優男の影が視界から消え、身体が自分の意図に反してひっくり返る。 「捕えるだけにしろ!ジュリオ」 また声だ。 首へ一直線に降ろされようとしていた煌めきは、皮一枚の所で止まった。 寒気と死、同義語の目線が刺さる。額を抑えられ、馬乗りにされて拘束された身体。 優男に乗られて、完全に決着がついてしまった。 左腿が痛い。撃たれたのはそこらしい。 まだ暴れる力は残っていたが、首元に当てられ続ける冷たさが、抵抗を諦めさせた。 そして大量の男たちが飛びかかり、自分の身体を抑え込んでくる。 そんなことをされなくても、この死神のような優男に拘束されれば抵抗なんてする気がしない。 何人もの男たちが手を足を肩を拘束して、ナイフを突き付けたままようやく優男が立ちあがり、視界が開いた。 身体を持ち上げられ、上半身だけをぶら下げられて、目の前に、優男よりさらにでかい赤毛の男が迫った。 銃を持ったその右手の甲にはCR:5の文字。 一気に気分が悪くなった。 ――――こいつらも同じか。 そのまま睨め付けると、右頬にでかい傷がある赤毛の男はゴロツキよりも危ない、静かな目つきで見下ろしてくる。 「俺のシマで、よくぞここまで暴れたもんだ?」 「は、シマ?テメエらヤクザか。どおりでクソ迷惑なことしかしない訳だな」 「迷惑ものは手前だろうがストロンツォ。今ここで死にたいか?」 ん?イタリア語か。 英語の中に混ざったスラングで、こいつらがイタリア系だということが分かった。 そう言えばイタリアはヤクザ多いんだったか? 「殺すなら殺せよペッツォ・ディ・メルダが。殺せるもんならな」 大男の靴へ唾を吐き捨てせせら笑う。 挑発は効果的だった。大男が手に持つ銃をゆっくりと動かした。 優男の距離は少し離れた。ナイフも向けられていない。 掴んでる奴らを吹き飛ばせば逃走はできる。 後はタイミングだ。 「なるほど?どうやら自殺志願者らしいな」 大男からの殺気が強まる。眉間に銃が突き付けられる。 まだ。まだだ。 トリガーを引く指が振れる。 優男の距離がまた少し開く。 ―――今! 胸筋と背筋、腹筋腕筋をフル活用して、腕を捕まえている男共8人を大男へ向かって吹っ飛ばす! 呼吸か呻きか、どよめきと風を切る音と同時に真後ろに後退。腿の傷を無視して全速力で走った。 港の奥には行かず、すぐさま裏路地に入って、撒くことだけを考えて突き進んだ。 それにしても初日から。なんだ、この馬鹿な真似! ほとほと自分の頭の軽さと沸点の低さに呆れる。 これはすぐこの町からトンズラか。と考えて角を曲がると。 「うお!?」 暑い日差しも入らない薄暗い道で、キラキラ光るものが眼に飛び込んできた。 「っ!?くっ」 勢いを殺す為に足をわざと縺れさせる。 その後ダンスのターンのように翻るが、衝突が避けられない。 「んっの!」 キラキラ光るもの――金髪の男を押し倒し抱き込んで、自分を下敷きにして地面を滑った。 勢いは止まり、静寂。 追いかけてくる大量の靴音と男たちの怒声がこだましている。 「ってぇ。・・・なんだよ?」 上にいる金髪の男が動いた。 ああ。背中が痛い。これは服が破けたかもしれない。 ・・・・・・・・・・・一張羅だったのに。 「悪いな。ちょっと急いで・・・て・・」 言い訳しながら色々あったせいで視界がくらむのを何とか耐え、男を見上げて。 絶句した。 「あ・・・・」 ホットドッグをくれた・・兄ちゃんだ。 「あれ?お前・・・」 上にいたそいつも気がついたらしい。 目を丸めて指さしてきて。 ああ。お礼を言いたいが。それどころじゃないか? 「ケガ、してないよな?」 「ん?お、おう。なんともないぜ」 「そか。よかった」 自分の上からどかして立たせて、少し上にあるその顔へヘラりとほほ笑む。 さっきの気分は吹き飛んでいた。 怒りは消え失せている。 だが、事態は悪路を転がる。 「見つけたぞ化物!」 「っ、ジャン、さん・・・!」 今いる路地の前後から、挟みこむように大男と優男、その部下共が現れた。 「ジャン!そいつから離れろ!」 大男が叫び、優男が迫る! 「ぅおわっ!」 一体どうやったらそうなったのか、金髪の兄ちゃんが、一拍遅れて足を滑らせた。 その位置は優男のナイフの軌道上で――――――― ドッ! 「っぁ」 「!?」 「な・・・」 とっさに兄ちゃんを庇い、両手を犠牲にして、ナイフを止めた。 貫かれた手が痛い。・・・くそ。目が回ってきた。 「兄ちゃん、無事か?」 「無事かって・・・お前・・・!」 ああ。良かった。 無事だ。 恩返しになっただろうか。 「はは・・・モー、最悪・・・だ」 行きついた街でも、こんなことになっちまうなんて。 本当に自分は、どうしようもない。 (なんでくりかえしちまうんだろ・・・) |