20 venti







そうして置き去りにしたルキーノが戻ってきたのは、そろそろ日が傾いて来そうな時間になった頃だった。


採寸などとっくに終わり、ネチネチネチネチ色合わせして、ベースの色の服を何度も着ては脱いでを繰り返して、相当うんざりしていた自分は、面の皮厚い紳士な店主に殺意さえ覚えていた。
一般人には手を出さないことを心情にしているのを、取り消そうかと思う程。

もともと嫌なことは避けて好きにやることが多く、短気な性分の自分にとって我慢は拷問よりも辛いのだ。


だから今日の鬱憤を今日の元凶で晴らそうと思ったって悪くない。
絶対悪くない。



「テメエ・・・・どういうつもりだ」
「おー、よく似合ってんじゃねえか」

襟を掴んで持ち上げる自分を気にせず、赤毛伊達男はニヤと笑って見下ろしてくる。

遊ばれている事実にムカムカムカハラワタが煮える。
ああ持ち上げるだけじゃ気がすまん。地平線の彼方までぶっとばしたい。いや待てこいつは仮にも上司だ。オチツケハラタツぶっとばすぶっとばす、だからマテ自分いけ好かん整った顔を物理的にヘコましたいコロスコロス・・・・・

「赤はどうかと思ってたが、案外いいじゃねぇか。他はどうなってる?」
「職務用の御召物はもう季節物はパターンに、スーツは裁断に取りかからせております。後はこちらの配色をどうするかで少々決めかねておりまして」
「・・・そうだな。パートナーが映えるようなのがいい。うちのボスに合うイメージで頼む」
「かしこまりました」

「って! 何事もないように話進めてんじゃねーよっ!!」

手を離したとたん何事もないように服を正し、店主と話しだすルキーノにつっこむ。
そもそもこっちの質問には何一つ答えてねえんだ!
苛立って床を力一杯踏むと、ゴガッと絨毯下のコンクリが砕けた。

損害なんてもう知るか!


「大体、なんでオレがこんなもん着なきゃなんねーんだっ!」


訳のわからない自分の服作りも、スーツだけならまだなんとかなった。
仮にもカポの部下ならば、ヒラだろうと服装に気を配る必要があるんじゃないかと、まあ納得することはできる。

だが、今着ているこれは、紛れもなく仕事服ではない!

ボンボンのお嬢が着るようなドレスだ!!
なんで自分がそんなものを着なきゃならんのだ!

しかし、心からの抗議も虚しく、ルキーノは至極簡単に言い切った。

「女は自己満足のためにドレスを着るのか?
 いざという時ボスの同伴者になるために決まってるだろ」


―――――は?


「はあぁあ!!?」


ここしばらく出した事のない盛大なマヌケ声だった。
自分では見れないが、表情もまたマヌケな面になっているだろう。

なんだそりゃ。

今の自分には『セーテンノヘキレキ』なんて言葉がピッタリ当てはまるだろう。
考えもつかなかった答えは、納得するよりも疑問が湧いて出た。

この自分を。
巷じゃ通るだけで人の子が散り、畏怖され続けた自分を。

よりによってこんなムダにヒラヒラしてズルズルうっとおしい、女が「可愛い(エクセレンテ)!」と泣いて喜ぶこんな服を着て、しかもジャンの相手役だと??



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・アリエネェ。



そりゃ素っ頓狂な声も上げたくなる。

つーか・・・こいつら確か、自分の事男だと思ってたよな?
だとしたら何か? こいつらはそういう趣味があんのか?
それともこいつの性癖か?


「お前・・・・・フザケてんのか?」
「大真面目だぜ? シニョール。でなきゃ――――」

ルキーノが近付く。
そして、まるでブルジョワナルシストがするような手つきで自分の手を取り、口付けてきやがった。

「こんな服は着せないだろ?」

寒気がするその行為に固まった自分をルキーノは引き寄せ、でかくて長い腕の中に体をガッチリホールドされた。
さらには自分の身体が硬直から復活する間に、色んな所を撫でていきやがった。


間違いない。―――――――――――――――こいつ、変態だ。


「・・・・・・いきなり尻触って腰持って胸揉むのは、お前の挨拶か何かか?」
「つまらねえ反応だなあ。 可愛らしく悲鳴あげたりしてみたらどうだ」
「そんな神経オレにあると思うか?」
「ないだろうな」

唾つけられた手を相手の服に擦りつけつつ半眼でルキーノを睨めば、極上の笑顔で返された。
その間も胸に置かれた手は怪しく動いて実に気分が悪い。今すぐこの巨体を地面に叩きつけたい。


それは置いておいて、―――さすがにこれだけ出揃えば、疑い用の余地がない。
こいつは気付いている。

自分が女だということに。


「・・・・・・・・いつから気付いてた」
「結構最初から・・・な。まあ始めは気付かなかったが」

と、いうか、今まで誰一人としてツッコまなかったおまえらのオスとしての遺伝子が残念でならない。
自分がメスとして残念であるということにはツッコミをいれてはならない。悲しくなる。

「隠してるつもりだったのか?」
「別にそういう訳じゃねーけど、都合がよかったし。 っつーか、勘違いして確認もしないのはそっちだろ?」
「まあ、確かに。 というか、調べたベルナルドが完全に誤解している理由が俺には分からん」
「第一、あんただってオレのこと言ってないってことだろ?」
「まあな。俺は男だろうが女だろうが・・・まあ多少は気にするが、お前の馬鹿力をその場で見てるからな。お前が戦力になるならこれ以上ない。
 お前は考えなしの馬鹿だが、ヘタな奴より信頼はできると思ってる。
 が、ジャンがお前の性別を知った後でどう出るかはわからん。なんだかんだ、フェミニストだからな」

つまり、言えば自分はこうしてCR:5に入ることはなく、今もデイバンをうろついていたかもしれない。ということだろう。
はたして自分にとって今の状況がいいことなのかはわからないが、ルキーノは今の状況が最善だと思っているようだった。

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは」
「褒めてんだよ。この世の中擦れて歪んだ奴らが多いってのに、お前は本能で動くからな。そういう純粋さが気にいったんだ」

ちっとも褒められてる気がしない。
胡散臭いと睨めば、ひょいとルキーノの片眉が上がり、額から頭へ向かって指先で撫でられた。
動物か何かのように扱われている気がして、なんだかムカつく。
今日はこの男に振りまわされてばかりだ。ファンクーロ。

「それにしてもお前・・・かわいそうな位胸がねぇな。良い医者紹介してやろうか?」
巨大なお世話だっ!!

少々コンプレックスだったことを刺されて、ルキーノの腕に噛み付いた。
叩きつけられなかっただけマシと思え!!




(今日は厄日だ)



バレました。
2011.1.8