21 ventuno うざったい採寸と色合わせも終わり、再びルキーノに引きずりいれられた車で、またどこかへ移動する事になった。 既に日も傾いて、ビル陰の中に朱色に燃える夕日が見えては隠れを繰り返し、建物の間のわずかな隙間を赤い光の筋が照らしている。 てっきり帰るのかと思ったのに、車は見たことのない場所を進んでいる。一抹の不安を覚えて、ルキーノへ問いかけた 「おい。今度はどこ行くんだよ」 「一応ボスには俺のシノギを見せるってことで連れ回しているからな」 「つまり、次はお前のとこのシノギってことか」 「そういうことだ。察しはいいらしいな」 それ、ほめてねーっつの。 ちっと舌打ちしたい気分だが、一応こいつは上司、上司、上司・・・・・・・既に言葉使いが失礼千万な事になっているがそこは無視だ。 第一ボスのジャンにすら今のところ敬語を使ってない。 ・・・・・・・・・・・・・・・・さすがに自重した方がいい気がしてきた。 いや、いまさらか。 「一応着いたらその言葉使いはやめておけよ。そういうのが嫌な客もいるからな」 「・・・・・・・・・・おう」 やっぱりというかなんというか、釘を刺されて一応頷いた。 まあ、何とかなるだろう。 そう思っていたのに・・・・・・・・・・・・・・着いた後、盛大に後悔した。 「あぁん、シニョーレ! 来て下さったのねっ」 「待ってたのよ〜」 「ひっ!!?」 ルキーノのシノギの店・・・・・そこから出てきてルキーノを迎えたのは、何人もの年若い女の人たちだった。 自分と同じか、それより下の年だろうか。きらびやかなドレスを着て、暑く化粧を塗り、そのドレスはふくよかな胸と細い腰を強調する様な作りだったり、それをさらに際立たせるようにシナを作ったり。 そういう女達がルキーノに飛びつきすり寄っていた。 その光景に、頭の血が一気に下に落ちる感覚がきた。 車から降りたその場から、脚がちっとも進まなくなってしまった。 こんなに血の気が引くのは本当に久しぶりだった。 「るっ ルキーノ!!」 「んん?なんだ」 「なんだよここ!?なんでこんな・・・女の子ばっかいんだよ!」 なんとか自分を奮わすための呼びかけも、声が震えてままならない。 見渡す限りの女、女、女。 ルキーノはその渦の中ではべらせるだけはべらせて、そしておかしなものでも見るようにこちらへ首を傾げた。 「何言ってんだお前。ここはクラブだぞ。女ばっかに決まってるだろ」 「く、くらぶ??」 「クラブも知らんのか。どんだけ山奥に潜んでいたんだ」 いつもなら「やかましい!」とでも叫んでいるが、そんな気力は今どこにもない。 やばい。足が震えてきやがった。 歯が知らぬ間にカチカチ鳴っている。 早くここから逃げ出さなければ。 そんな俺の様子にルキーノは怪訝を表し、一人の女性が自分を指してルキーノを見上げた。 「シニョーレ・グレゴレッティ、こちらの方は?」 「今度からカポ・デルモンテの直属になる予定の奴だ。おい、なんで隠れるんだ。出てこい」 「む、無理・・・! オレ、ここにいるから!」 女達だらけの店になんて入れるわけがない! 後ずさり、その場にあった鉄柱の後ろに逃げ込んで、ルキーノを遠巻きに見ることくらいしかできなかった。 しかし、ルキーノは今日初めて顔をしかめ、自分を引きづり出そうと襟首を掴んだ。 「何言ってんだ。とっとと来い!」 「やだ・・・ヤダー!!!」 だが、こっちも必死なのだ。 ルキーノの連行を、鉄柱に抱きついて拒んだ。 力を入れ過ぎたのかギギギと不快な音をたてたが、鉄柱はそのまま自分を守ってくれている。 「駄々こねてんじゃ・・・ねえ! くそ、この馬鹿力め・・!」 今ならどんな悪態でも受け入れる。 というか、耳に入らない。 とにかくこの女性の群れから早く逃げたくて仕方が無かった。 それなのに、ルキーノと攻防している間に女たちは周囲に群れだし、気付けば手を伸ばせば届く範囲に近付いていた。 「ひっ」 「って言うの?あら、可愛い顔してる。好みよ」 「まあ、私にも見せて〜」 栗毛の女が無遠慮に自分の顔を手に取り、他の女にも見えるようにひねってきた。 鉄柱に捕まって縋りついていた腕は、――ルキーノの時にはびくともしなかった腕は、抵抗することすら忘れ、いつの間にか女の群れのまん中に立たされていた。 「ひ・・・ひ・・・っ・」 「あらあ!素敵!!今日はアタシと遊ばない?」 「う・・・うぅ・・・」 くすんだ金髪の少女に頬を撫でられた時には、もう限界だった。 目から涙が零れた。 「おい、どうした?」 「る・・・るき・・・たすけて・・・」 自分の状態が明らかに変だと察したのか、ルキーノが女の群れの向こうから声をかけてきた。 そのデカ物に向かって手を伸ばし、救いを求める。 願い通りに自分の手はルキーノに取られ、引き寄せてくれた。 「なんだよ。こんな麗しいレディたちをはべらせて、死にそうな顔するなんて失礼だろ」 「や・・・やだ・・・こわいいい」 振り切れた恐怖感から、ボロボロと涙を零して立ちすくむ。 酷い緊張感のせいでもう頭は真っ白だ。 大泣きする自分にルキーノは溜息を吐き、女たちはどう慰めればいいのかと手をこまねいている。 「まあ、大変」 「・・・気を悪くしてすまない。少し離れて貰ってもかまわないか」 「ええ。・・・本当に大丈夫?シニョーレ」 「ひっ・・・ひ・・・っく」 「ほら、これ使え」 ほんの少し遠巻きに見守るように間を広げた女達に、ようやく生きた心地がよみがえる。 それでも余韻で泣き続ける自分に、ルキーノはハンカチを渡してくれた。 それで涙まみれの顔を乱暴に拭い、垂れていた鼻水をブビーっとかんだ。 「・・・・う・っ・うく・・」 「ほら、落ち着け」 涙と気持ちは治まりつつある。それを少しでも早く止めようというのか、ルキーノは背中をポンポンと子供をあやすように叩いた。 大きな手に叩かれ続けていると、かなり気分が落ち着いてくる。 それでもまだ周りにいる女の群れが恐ろしい。 「どうした。こんなもん、男投げるより簡単だろ」 「や、ヤダ・・・だって。怖い」 「なにが?お前、女性恐怖症なのか」 「ち、違う・・けど。だって女の子って・・柔らかくて、もろくてさ・・・触ったら、壊れちまいそうで、怖いんだ・・・」 「はあ?・・・ああ」 そう。女という生き物は弱い。脆い。儚い。 子供もそうだが、女はどんな年だろうがダメだ。華奢すぎる。 少し触っただけで壊れてしまいそうな身体が、本当に怖くてたまらない。 自分も女のはずだが、まったく別の生き物のように感じるのだ。 リスとか、ウサギとか、ネコとか・・・・小動物と同じだ。 丁寧に扱わなければすぐに手の中でひねりつぶせてしまう。 少しの力を入れただけで、潰れてしまう。 力の加減が苦手な自分では、触っただけで壊してしまいかねない。 「力加減とか・・・うっかり、間違えたらって、思うと、すごい、怖くて」 だから、触れる範囲にいるだけで怖いのだというと、「なるほどな」とルキーノは頷いた。 「ああ。アネッサ、来てくれ」 「!!?」 しかし、ルキーノは女の人を呼び、目の前に来るように促した。 現れたのは、この若い女の中では年がはるかに上に見える、妙齢の女性だった。 ややふっくらとした体つきは、他の女と比べれば逞しく見えるが、自分にはマッチ棒と変わらない。 「御用かしら?シニョーレ」 「こいつの相手を頼む。みっちりここの仕事を見せてやってくれ」 「るっ・ルキーノ!!」 いきなり何言いだすんだよ!! 「その内ジャン以外の護衛だってする時があるかもしれないだろ。その時に女だからって守れないじゃあ困るからな」 んなムチャな! 昔っから女に対しては恐怖感からほとんど近寄れず、遠巻きにするかしかなかった自分に、今ここで克服しろとか・・・・ジーザス!なんつー鬼畜野郎なんだ。 「ほら、コイツを抱きしめてみろって」 「だ・・・でも・・・っ」 ルキーノに促されるが、いきなりできるものじゃない。 行動しない自分にアネッサが柔和に微笑んで近付いてきた。 ぎく、と身体が固まる自分を気にせず、アネッサは手を広げて迫ってくる。 「シニョーレ、お名前は?」 「チ・・・・・っ!?」 ぎゅう、とアネッサが抱きついてきた。 「・・・あら?抱きしめて下さらないの?」 「う、・・・えと・・・」 見上げてくるアネッサを引き離すこともできず、身じろぐにもがっちり背中まで回された腕は離れそうにない。 どうすればいいのかと意味もなく目線を泳がせていると、早くしろよと言わんばかりにルキーノが顎で促した。 うう。ハラ、くくるか。 「い、痛かったらすぐ言ってくれな・・・」 今にも割れそうなガラスを触るように優しく、ゆっくりと背中に腕を回す。 そうして受け入れてしまえば、懐かしい感覚に安心する様な錯覚を覚えた。 「あら。優しいハグね。まるで少女時代を思い出すわ」 「ほら、大丈夫だろうが」 「う・・・うん」 でもこれって、前置きがあったからできることだよな。 騙されてる感じもあるけれど、それでもなぜか気が抜けてまともに息が吐けるようになった。 「でも、残念ね。新しいお客様ができると思ったのに・・・」 「すまないな。アネッサ」 「うふふ、今度は他のことでこの子と遊びたいわ」 「考えておくよ。も、忘れないようにな」 「え?・・んん?」 意味ありげな話の意図が分からず首を傾げる。 アネッサはくすくすと笑い「ケ カリーナ!」と言って自分を抱き寄せ、ルキーノは肩をすくめやれやれというように首を振った。 (この世界のやつらって、こういうもったいぶったのがフツーなのか??) |