22 ventidue が起こした騒動の後に、ジャンがこいつをを本部に連れて行くと言い出した後。俺が・という名を知る前の話だ。 融通の利く闇医者を手配して、死なない程度の治療を頼み、処置が終わった後、その医者は妙な顔をしていた。 「処置はした。可哀相だが跡が残っちまうだろうな」 その言い方に違和感を感じたが、気にせずに手切れ金を手に押しつけた。 医者はそれを黙って黄ばんだ白衣のポケットに詰め込み、ものも言わず去る。 それが常だったが、今回はそうはならなかった。 手切れ金を持ったまま、医者は俺を、泣く子も黙るルキーノ・グレゴレッティ幹部を見上げて酒で濁った眼をよこした。 「何をしたか知らんが、あまり惨いことはせんでくれ」 「あんたにとやかく言われる筋合いはないが?」 「ああ、わかっちゃいるが・・・・女に手をあげられるのは辛え」 「なに?」 その言葉に、今度は俺が妙な顔になる。 「聞き間違いか? 女だと?」 ここで話題に上る奴など一人しかいない。 あのドラム缶や人間を片手でぶん回し、投げまくっていたあれが? CR:5随一の戦闘力を誇り、狂犬と恐れられ、ジャンにはチートと呼ばれたジュリオと互角に戦ったあれが? 銃弾をいくらくらっても倒れず、血だらけでも闘志を消さなかったあれが? 女? まさか。 「俺にも娘がいた。生きてたら・・・あれっ位だ。あんたも娘を持ってた身なら、分かんだろ?」 いまだに訝しむ俺の横を通り過ぎ、医者はそう言い残して去って行った。 これは、ジャンに言っておいた方がいいだろうか。 いや、その前に自分の目で確認しないことには納得しかねる。 たしかに小柄で、細身だが、あの程度の体つきの男なら貧困街にゴマンといる。 そしてなによりあの怪力が、俺の中の女の枠にはどうにも当てはまらない。 そう思っていたのだ。 完全に疑っていた。 しかし、よくよく観察してみれば、なるほど、確かにこいつは女だった。 腕や脚に筋肉があるため女とは違う太さがあるが、男のような骨格も体格も一切なく、円やかな身体をしている。 女にしては低い声だが、そういう声質の女がいないわけではない。 あの怪力と胸の薄さにだまされたが、それを外してしまえば女以外の何物でもなかった。 下手をするとあのシスター・テレサよりも凶悪な怪物女がいることにも驚くが、納得してしまった自分にも驚いた。 いや、一番驚かされたのは、ジャンがこの女を部下にすると言い出したことだが。 突拍子もない発言をするのはいつもの事だが、さすがにその場にいた全員が狼狽えた。 しかし、冷静になれば、それは確かに幸運と言えるのだとも思える。 もしもあの騒動で捕まえることができていなければ、今頃はごく普通にデイバンに住み着き、そしてその怪力で名が知れ渡ることだろう。 そうなれば、おそらくGDも黙ってはいまい。 奴らはCR:5を潰す為なら何をしてもいとわない。 そこにどこにも属していないが現れ、GDに加わり、即戦力になれば、今後俺たちの力は徐々に消耗していっていたかもしれない。 後々の事などジャンはおそらく考えていないだろうが、それでも勘でCR:5の危機を回避したのだ。 やはりあいつはラッキードッグ。俺たちCR:5の幸運だ。 とはいえ、いきなりボスの直属じゃあ不満が出るのもわかってはいた。 何よりベルナルドとジュリオ。あいつらはジャンを好きすぎだ。 もめごとの中心になるのは目に見えている。 俺は反対派のポーズをとりつつ、現状を観察し、傍観することに決めた。 他の奴らの反応を見ている中で、がただの短絡的な子供だということもだんだんわかってきた。 だが・・・な。 が女と分かって、許せないことが一つある。 なんであいつは見目を気にしないんだ。 髪はボサボサ。 服は同じもの。 化粧の一つもしねえのは・・・・・まあそもそも持ってないだろうから置いとくとしてもだ。 一応見目はいい部類にあるのに、なんてもったいねえんだ。 そう思ってしまったが最後。俺にはこの選択をとるしかなかった。 まったく。ジャンといい。といい。 まだ会って間もないというのに、なんでこんなに似てるんだ? 自分に頓着しないのも、着せ替えが楽しいのも。 ―――女を飾り付けるのは嫌いじゃない。 そういう意味では、ジャンの方が別格なんだろうが・・・・ 世話焼かせることに関しては同レベルだ。 物おじしない性格も、礼儀のねえ馬鹿面も、女が恐いと泣きわめく姿も。 こいつが素直だという証だ。 裏も何もねえ、ガキと同じ。 その純粋さが。周りにはいない稀有さが。 おそらくジャンが気に入ったものなんだろう。 「お前、・・・いつまで固まっているんだ」 「う、ううるさいな」 絶世の女どもに囲まれて大分経ったというのに、店の外にいたころと変わらずは石のように身を固くしている。 周りにいる女と接触しそうになると身を引き、とにかく小さくなろうと頑張っているせいか、隣にいる俺との距離はゼロどころかマイナスになっている。 苦手なら仕方ないだろうが、ちょっと異常だろう。 「うっふふ。ほぉんとにカワイイ」 「ぎゃっ・・・うう・・・あんま近づくなよ」 俺は俺で逆隣りにいる女を抱きよせて楽しみ、チヅルの反応もそれなりに楽しんで伺っていた。 につかせたアネッサはアネッサで、の反応を楽しむことに決めたらしい。 それと同時にとの接触面積をだんだん広めているのだから、さすがだ。 始めは触ること自体を拒否していたも、次第にほだされて指、手、腕とアネッサの両腕にとらわれていく。 それでも体や顔が急激に近づくと、のけ反って避けるを繰り返していた。 それは草食的な動物というか。皮すら自分でムケない童貞の過剰反応というか。 まあ、その手の店の女にとっては格好の、意地悪や悪戯をしたくなる反応のため、それがハマったらしい。 アネッサは無理に抱きついてを愛でだした。 「あぁん!もう食べちゃいたい!」 「はぃっ!??」 アネッサの発言には本気でビビっていた。言葉通り食われると思ったらしい。 んな真面目にとるなよ。言葉のあやだろう。と、思わず内心で思うくらいに動揺する。 ああまったく。こっちの女に集中できねえじゃねえか。 そう隣の人間のせいにしながら、俺自身も楽しんでいた。 まあ、寄り集まってる女たちのほとんどが、の反応に面白みを感じているんだろうがな。 女が苦手な人間が、そうそう来る場所でもないからな。新鮮なんだろう。 「そういや。お前、イヴァンの店にも行ったんだろ。その時も大泣きしたのか?」 「へ? なんでイヴァン?」 「あいつも似たような店作ってるからな。・・・行ってないのか」 「マジでか・・・・あんま寄らないようにしよ・・・」 心底嫌そうに呟く。 イヴァンのシマじゃなくても女がいる店なんてこの辺にはゴロゴロあるが・・・その所は言わないでおこう。 「むー」と唸るの、短い前髪が眼に入る。 アイスブルーが惜しげもなくさらされている状態は好ましいが、ぐしゃぐしゃと至る方向に向いているその前髪のハネが気に入らない。 こう、もっと整わせて、横に流すか、もしくはカーラーでまとめて・・・・ 「・・・・・なんだよ」 じ、と見ていたのが気になったのか、嫌そうな顔をしてがこっちを向いた。 「この前髪、しばらく伸ばせ」 「なんで?」 「スタイリングしにくいだろうが」 「意味わかんねえし・・・」 本気で理解不能だと嫌そうな顔をする。 「あん、妬けちゃう」「ずるいわ」と女たちから不満の声が上がるが、その表情は楽しいと如実に語っている。 ひとりわかっていない子羊は不満そうにむくれ、背後から抱きすくめられてまた石のように固まった。 (おまえのこと、結構気に入ってるぜ?) |