23 ventitre










疲れた。マジで疲れた。
もう二度とルキーノのとこには行かねえ。
何があっても行かねえ。


本部に帰って早々、そんな誓いを胸に刻んだ。
ジュリオとイヴァンのシノギを見て回った時なんかとは比べ物にならない精神的な疲労に、ぐったりと身体が重い。全然体動かしてねーってのに。
とにかく自分の部屋に戻って寝たい。眠りにつきたい。


「何されたのん?」
「いや、もう、なんか、女の子の群れに放りこまれて、珍獣並みに見られ触られ・・・」

ブツブツ呟きながら廊下を歩いていると、傍から質問が放たれた。
げんなりしながらそれに答えようとして、一体誰かと振り返る。

そして目の前に飛び込んできたのは、キラキラと柔らかく照明に光る金色だ。
しかもすごい距離が近い。

「うわ!ジャン!?」

一体いつの間にいたんだ。
なんで気がつかなかったんだろうと疑問に思う距離にジャンの顔があって、ものすごく驚いた。

ジャンは特に気にせずに、自分の感想を言ってくる。

「えー、なんかすげえうらやましい状況。女の子にペタペタ触られちゃうなんて。俺なら触り返すね」
「オレ、女の子苦手なんだよ・・・」
「あらモッタイナイ」

女の子に囲まれるなんて男のロマンだろうに、と呟くジャンは、けれど自分の事をきちんと慮って、労わるように肩を叩いた。

「でも、そっか。じゃあ今日は辛かったろ。頑張ったネ。お疲れ様」

そんな小さな事で少し疲れが軽くなってしまった。
なんともゲンキンな自分に驚く。ジャンは何か魔法でも使えるのだろうか。

今日はジャンも仕事が終わるらしく、下には夕食を食べるために来たらしい。
夕飯といえば・・・と、ルキーノの店で出されたご飯を思い出した。
女にもみくちゃにされた自分だが、あそこで食べたピッツァは旨かったとハンスウする。魚介類ののったものは食べるのが初めてだった。その内もっと自分好みに味を変えて作りたいものだ。

上の私室がある階に行く間に、ジャンと少し話した。
この建物は表向きは映画の制作会社だということ。
部下全員が部屋を持っている訳ではないが、幹部は皆個室があること。
ご飯はお抱えのコックが食堂にいて、朝から夕方なら自由に食べる事ができる事などを話してくれた。
今のところ使えるようなタイミングはなかったが、これからはぜひ使わせてもらおうと思う。
タダ飯に勝るものはない。

「明日はベルナルドんとこだろ?」
「おう」
「予定じゃあ、午後はたぶん俺も一緒になると思う」
「え?そうなのか」
「書類が全部片付いたらだけどね〜」

肩を竦めてそう言ったジャンの顔は、嬉しくもなければ不満もなさそうな、どっちつかずな表情だ。
紙面と睨んでいようが、人と会うことだろうが、所詮仕事というものはあまり変わらないのかもしれない。

「ま、ちょっとは頑張るか」

が、さっきとは裏腹に、今度はガキが悪戯できるものを見つけたような笑みを浮かべた。

「ヒヒ爺の相手はベルナルドに任せようかと思ったけどな〜。まあくんもいることだし?」
「・・・ぅ」

やっぱ自分は、ジャンにとっては楽しいオモチャ要員の認識か。
いつもなら嫌な顔一つ現しているのだが、・・・・・・なんとなく、ジャンならいいかと思ってしまう自分がいる。
ジャンの笑う顔を見るのはまんざらでもない。
どういう顔でも、嫌にならない。
今まで誰にも起こらなかった感情が、ジャンだとポンと出てしまう自分に戸惑ってしまう。

それに、なんかドキドキする・・・

「じゃな〜」

不思議な自分のボスに手を振り返そうとして、ふと、思いたった。
自分のこと、勘違いされている性別は、このままでいいのだろうか。
今まで勘違いされたまま仕事をしていたことも何度かある。どっちに転ぼうが、結局自分の仕事は変わらなかったし、能力がものをいうのは理解している。
でも、やっぱり、ジャンには女だって、言っといたほうがいいのかな。

「ジャン!」

引き止めて、ジャンが振り返る。
顔を見た瞬間、ルキーノの言葉を思い出してしまった。


――――もしかしたら、ここにいられなくなるかもしれない。


「ん?」
「・・・・なんでもない」

言おうとしたことは、一つも出なかった。
架けていた言葉の橋が外されて、見失う。

「そうけ?じゃ、明日な」

言葉が詰まって、言えなかった。
言ってしまったら、嫌なことが起きそうで。

なのに、その答えははっきりと浮かばなかった。







翌日、ベルナルドという名の自動式文句発生眼鏡型装置は、その機能に則って、やや眠くなる口上+説明×文句を浴びせてくれた。

「―――それから、その態度もどうにかしろ。カポ直属だろうがお前は新米だ。どの人間にも敬語を使え」
「・・・・・・ワカリマシタ」

うんざりを通り越してもうめんどくさい。
それでもなんとか従順な返答をする。表情に関しては目を瞑ってほしい。
朝から説教されるのは誰だって嫌だろう?


「えーと。それで、何をしてればいいんだ?ぁ…っと、何かできることはありますか?」
「・・・とりあえず電話番をしろ。そこの電話がかかったら、用件と誰かを聞いて適所に回せ」
「わかりました」

逃れるために話を進めると、ベルナルドは渋々と割り当て指示した。
その目は本当に自分を邪魔そうにしている目だ。

「たいしてかかってこないだろうがな。ついでにこの書類整理もだ。分類して日付順に並び替えておけばいい」
「わかりました・・・」

幹部4人の中でも、こいつが一番自分のことを毛嫌いしているのだろう。
ジュリオはジャンに関してだけそう感じるが、こいつは自分の存在そのものって感じか?
別にいいけどな。嫌われるのは慣れてるし。
あくまで喧嘩腰の不機嫌極まりないベルナルドに内心で舌を出して、与えられた持ち場についた。

貰った紙束に目を落とす。ざっとめくると、紙の大きさも内容もまちまちだった。
小さい紙はメモだったり、領収書だったり。うげ、こんな値段何に使ったらなるんだよ・・・
今度こそ顔を歪めて舌を出した所で、一番近くにあった電話が鳴った。

「こちら本部」
『コマンダンテに報告です。北地区のバーノンは片が着いたと』
「わかりました。隊長に繋ぎますか?」
『いや、いい。それだけ伝えてくれ』
「一応、名前をお伺いします」

要件を聞いて二言三言交わし、一息間を入れてからベルナルドへ報告するため立ち上がる。

「コールから、北地区のバーノンは片付いたと報告がありました。今から戻るそうです」
「わかった」

こちらを一瞥して頷いたあと、ベルナルドは意外そうに見上げてきた。
「何か?」と聞くと、「いや」と目を細められた。
ああ、この目は馬鹿にしていた目だと直感して、こっちも目を細める。

「色々仕事をこなしてきたので、大体のことはできます。電話番も相手への対応もやり方は知ってますよ」
「敬語は杜撰だがな。もういい」

言われて、こくりと頷いた。

「ああ、それと。これは本当に経費で落ちるのでしょうか?」

それから持っていた紙束の中から数枚引き出してベルナルドに渡す。
見た瞬間、ベルナルドの口元とこめかみがヒクつき、「ファンクーロ・・」と底に響く悪態を吐いた。

まあ。そうだよな。自分が今までの生活で10年働いてやっと捻出できる額が書かれてる領収書なんて、誰も見たくない。

「これは預かっておく。早く持ち場に戻れ」

疲れた様子でしっしと手で追い払う彼に、もう一度頷いて、今度こそ持ち場へ戻った。

遠くからでも、ベルナルドの眉間に皺があるのがわかった。
そういえば、ベルナルドの表情は、驚いたものか嫌そうな顔か、そういうのしか見たことがない。
今も、神経質に支持を出してるし。


あいつ・・・苦労してるんだなぁ・・・・


かなりの同情を相手に送った。





(あ、髪の毛が落ちてった・・・)



区切るにはどっちも微妙な長さだったので、繋げました。
2011.3.16