24 ventiquattro ああ。なぜだ。 なぜこんな問答をしなければならない。 「だめだ」 「なんでだよ」 「駄目だったら駄目だ」 「だからなんでっつってんだろ」 いつもなら拗ねるジャンの顔も気持ち良く受け入れられるというのに、今日はなぜか苛立ちが募る。 俺は気を静めるために額に手を当て嘆息を吐いた。 「ジャン・・・聞き分けのない事言わないでくれ」 「ダーリンこそ、ずいぶんと横暴だと思いますワ」 どこかの夫人のような言葉に対して、ジャンの表情は不愉快を形作り横柄にソファーに凭れている。 説得しているのはこちらなのに、本物の我儘はお前の方だろうと態度で示すジャンに、ますます気分も下降する。 「・・・・別にオレ、どうでもいいんだけど」 そんな俺たちを見つめて、揉め事の中心にいる男―――ジャン直属の部下候補(俺は全く認めていない)であるは、少し離れたところでぼそりと呟いた。 「んん〜? 何か言ったかネ?・ク・ン?」 「い、いえ。ナニモ・・・」 それを聞き、問いただすジャンの表情と威圧感に、は肩をすくめて視線を落とした。 そして一体なぜこんなことになっているんだろうと首を傾げている。その能天気さに腹の底がぐらついた。 そもそもすべてはお前のせいだろう。 お前がいなければこんなことで言い合いなど、たとえ太陽が黒く染まろうとすることなどなかったのだ。 事の顛末は今日の夕刻に予定している要人との会談に、が着いていくか着いていかないかでジャンと揉めたことだった。 合流してきたジャンに、今日の予定確認をして、はこのまま留守を任せることを伝えたとき、ジャンの顔が不機嫌に歪んだのだ。 こいつを幹部周りに回してるのは、行動を共にすることで見極めさせるためなのにどういうことかと。 確かにそういう約束だったが、そもそも俺のフィールドワークはここを拠点にしている。たまたま今日は出る用事があったためであって、仕事を見せるということはすでに終わらせているのだ。 それがジャンの意図でないこともわかっているが、俺はそれに折れる気はなかった。 そもそもこの男自体、俺は認めてなどいない。 たとえ他の幹部たちが許そうと、俺は許さない。 「とにかく、護衛にはも同行させる。そもそも俺直属なんだから当たり前だろ」 「ジャン・・・どうしてお前は・・・・」 しかしジャンは俺の気持ちをくみ取ってくれず、を引き入れることに執着する。 見ず知らずの人間をなぜそうまでして入れ込もうとしているのか理解しがたい。 「ベルナルド。がどれだけの力量持ってるかはもうわかってんだろ? いい加減認めてやれよ」 「それとこれとは話が別だ」 確かに兵士としては申し分ない要素があるだろうが、紙面上でしか信頼できない人物なんだぞ?そんな奴を他の奴ならともかく、ジャンに付けるなんて我慢ならない。 そんな俺の心情を見透かしたように、ジャンの目が細められた。 「なーにが別なのケ〜?」 「いや・・・とにかく、彼にはここで留守番をしてもらう」 過保護も大概にしろよと訴えるその目が見れず、俺は視線を反らした。そんな俺の様子を見据えて、ジャンはまた口を開く。 「別に交渉の場で使うなんて言ってないんだ。後ろにつき従う兵隊の一人。なんの問題がある」 ジャンの言葉は確かに正論だ。 だが俺の感情と勘が彼の同席を許さないのだからしょうがない。 あまり当たらない勘だが、今回のはどうしても杞憂とは思えないのだ。 首を縦に振らない俺にジャンは、今度は突拍子もない提案をしだした。 「それとも、この場で証明させるか?ここにいる奴ら全員とを戦わせて」 「え、ぅええっっ!?」 ジャン以外の全員が何事かと目を見張る。その中でも一番狼狽えたのはだった。 「や、やめろよジャン!そんなことされたらオレ、加減できなくて殺しちまうよ!」 激しく首と振って両手を前に出すは、本気で焦っていた。 本気でできると確信しているようだ。 「―――――――ですってよ」 その様子にジャンの目も一度瞬いたが、すぐに揶揄うように細められ、俺を見る。 この男の言い分はにわかに信じがたいが、たとえをここから放り出す事ができても部下とて無事に済むはずもない。 それに、こんな論述をしている時間も惜しいことは間違いないのだ。 ――――いい加減、潮時か。 「連れていく人数は7人だ。その内6人は、俺の方で決めさせてもらう」 苦虫を噛み潰して言った俺に、ジャンの表情がにこりと笑顔に変わった。 正直胃が痛くて仕方なかったのだが。 その笑顔を見ただけで報われると思ってしまった自分に、相当まいっているなと内心で嘆息した。 その後はすぐに準備をさせるため、俺は部屋を後にした。 部下も各々の仕事を片付けるために動いている中、特別急ぐ必要のないジャンとが言葉を交わし合っている事を俺は知らなかった。 「なあ、ジャ・・・・ボス。なんでそんな、オレにこだわるんだよ」 「別にこだわってる訳じゃねーよ。どっちかっつーと、こだわってんのはベルナルドだろ」 できるだけ声を潜めて聞くに、ジャンは肩をすくめて答える。 「あいつ、俺がスゲー大事らしくって。箱入り娘並に、守りてえんだろうよ」 「俺はそんなのごめんだけどなー」というのは、俺がいないから言えたことだったのだろう。 俺たちがジャンを、カポを守ることは当然のことだし、ジャンもそれを分かっている。ジャンとてカポとして部下を保護するために奮闘している。 そして、俺個人の感情の問題で、俺はジャンを守ろうとしていた。なるべく汚いものに触れさせないように。ジャンの心を痛めないように。それを煩わしいと態度に示されたことはなかったが、ジャンの本意でないこともわかっていた。 「色んなシマやコネができて、確実にCR:5はでかくなってる。そうすれば人数なんて自然と増えるし、お前みたいな不確定要素だっていつの間にかとりこんでる事がある。 全部に蓋をできるほどCR:5は閉鎖されてねえし、取り締まれるほどの目はねえ。 だけど、ここがそう簡単に潰されるなんて思えねぇんだ。お前がいたって俺にはネズミが一匹住み着いたくらいのモンだよ」 お前が杞憂する事は何もないとに目で訴えて、この話はもう終わりというようにジャンはにぃと人の悪い笑みを浮かべた。 は目を瞬かせる。 「さて、ちゃんと俺のこと守ってくれよ。俺のラッキーアイテム」 「・・・へ?」 何の事かと眼に疑問を浮かべる。 ジャンは彼の背中を叩いて。 「今日はお前の気がすんのヨネ。俺のカン、かなり当たるんだぜ」 そう言い放った。 (ジャンの小悪魔ぶりはその内どうにかしないとな) |