屋上では呆然となり静まり返っていた。 ありえない出来事が目の前で起こり、誰もが混乱していた。 「フィアースドッグ・・・・・・・」 1人の呟きが漏れる。 「奴が暴れた後には残骸しか残らない。俺の故郷にいた、・・・・・化物っ!」 その街では暗黙の了解になっていた、一つの約束事。 猛犬に近づくな。近寄れば、その牙で噛み殺される。 「なんで、デイバンにいるんだ!?」 男の悲鳴は、絶望に染まっていた。 26 ventisei が相当な怪力の持ち主だということは、ジュリオとルキーノから聞いていた。 報告では5人掛かりで押さえ付けてものともしなかったらしい。 それだけでもジューブン怖い。 でもさ、こんなの見せられたら、怖いどころの騒ぎじゃなくね? 俺は場に流されるまま走って、後ろを振り返る。 7階建てのアパートメントの屋上。ひしゃげて曲がって粉々になった壁に埋まり、今にもこちらに発進してきそうな車が、王様のごとく鎮座していた。 UFOの出現並にぶっ飛んだ光景だった。 それを作り上げたのがこいつ、・。 屈強な男が何人かかっても不可能なことをすんなりとやらかした、見た目が非力そうな男。 想像以上の、化け物だ。 「うわ、びびったー」 それなのに、今のこいつの姿はただの人間だ。 銃弾の雨から逃れ、今更動揺がやってきたのか、ビル影に隠れられた所での膝がガクガクと笑いだしていた。 「都会ってコエェ。日常的にバカスカ撃ってくんのかよ」 「うん、コッチもびっくり」 お前の中と外のちぐはぐさが。 そうだ。俺が知っている、この数日間のは目の前のこいつだ。 さっきの怪力は夢か幻だ。でなきゃトリックだ。 「ジャン、ケガないか?」 「おかげさまで。は・・・・心配するまでもなさそうね」 「ん?ケガなら屁でもねぇよ」 「あ、ソゥ」 心配するに、内心戸惑っている俺は、やや皮肉を込めて訪ねたが、さらりと返されて脱力した。 ダメだ。この子ピュアだわ。ひょっとしてジュリオ並に鈍い子かしら。 変な悩みの種が生まれるが、今はそんな場合ではない。 別動隊がいたのか、今度は上からでなく道の向こうから弾が飛んで、俺たちはその場にしゃがみこんだ。 「・・・さすがマフィアの街・・・シホーハッポー敵だらけ」 「のわりに、なんか余裕じゃね?ちゃん。 ひょっとして経験があるのコト?」 いくら数日前まで一般人でもこれは冷静すぎだ。 突っ込んで聞いてみるとはすい、と記憶を辿るように視線を宙に泳がせて。 「・・・・・まあ、3回位」 と、やっぱりあり得ない返答が返ってきた。 「波乱万丈な人生送ってきたのネ。ママ泣きそう・・・」 どう考えても不幸だろう人生に同情する。俺も幸せかどうかは微妙だけど。 なのにはケロリとしていて、またしても爆弾発言をしだした。 「別になんてことねーぞ? 弾が当たったって、たんに腹に穴があいて、腹に穴があいて、腹に穴があくだけだ」 「いやフツーそんなんなったら死ぬっつの!」 はあ・・・デイバンびっくり人間博覧会でも開けそうだな。ホントなんなのこの子。 もう訳わかんない。 恐がっていいんだか、たしなめなきゃいけないんだか、面白がればいいんだか。 事態は崖っぷちのはずなのに、気が抜けていくのがわかる。 ネガティブでいるのが難しい。 そうだ。変なんだこいつは。 はなんかがずれている。 「ジャン。こうしてる間にも包囲網が狭まる」 ベルナルドが口を挟んでくれて助かった。 現状を見直して、俺は頭を切り替えた。 「ああ。わかってる。どっか抜け出せる方法はあるか?」 「残念ながら。だがこの近くに手入れのボックスがある。そこから本部へ応援を呼ぼう」 ベルナルドの提案に、満場一致の決が出た。 「いたぞ!こっちだ」 「ヤベッ!ベルナルド!道案内頼む」 再び銃弾が襲うのを合図に走りだし、路地の奥へと駆ける。 ふと、がまた隣についた。 「ジャン、いっこ聞いていいか?」 「手短にねっ」 「これから襲う奴ら、殺しても大丈夫か?」 吐き出したい息を、飲み込んだ。 俺が、俺たちが、そしてこいつがマフィア――コーサ・ノストラになった以上、命のやり取りは豚バコ以上に当たり前になる。 だが、でも―――――― 「―――――なるべく、殺すな」 「うん。半殺しになるようにしてみる」 感情の出所が見つからないまま俺は答え、はご主人様の命令を聞く忠犬のようにあっさり頷いた。 そして目付きを気の抜けたそれから突き刺さるものへぐるりと変えた後、一番前に飛び出した。 「ベルナルド!どっちに行けばいい?」 「3時の方向だ。そこに手つきのボックスがある」 「了解。後ろはまかせる!」 後ろを振り向くと、数人が追い掛けて来ていた。 そして前には、待ち構えている奴らまで。 「死にたくねえなら道開けろ!」 その中に何の躊躇もなくツッコミ、の両腕が動いた。 拳が相手の体に入り込み、その拳の動きの延長線に沿って、噴水の様に人間が空高く飛んでいく。 それは俺たちが全員通り過ぎた所で地面に着地し、山となって折り重なる。 アニメのコメディを、現実に見ることになるとは思わなかった。 「・・・・ありえねー」 本日何度目になるか。 いや。ないわ。 ホントない。 俺たちの心境が引いて行くのと同じように、の破壊力に向こう側も消沈していっていた。 知ってか知らずか、はまったく変わらず突き進んで行く分、どんどんこっちが優勢になっていく。 それでもなんとか持ち直して我に返った向こう側は、やけくそに弾丸を飛ばしてきた。 こっちもそれに応戦しつつ突き進んでいく。前はがどうにでもしてくれる分、後方だけに気をやればいいのはずいぶん楽だった。 「あった」 殆ど妨害がないまま進み、目的のボックスにたどり着いたのはすぐだった。 息を切らせたベルナルドが飛び付き、その隣に俺が押し込められ、周りを固められて。 「ジャン!」 ドンッ!と発砲音がした後に振りかえると、両腕を広げたの腕に真っ赤な穴が空いた。 「!」 すぐに武器を持った部下達が応戦し、向こう側が闇に消える。 銃撃戦の中、俺はすぐさまの腕を掴み、傷の状態を確かめた。 袖を引き裂いて露わにしたの傷は酷かった。 この間手のひらをナイフで空けたばかりだっつーのに、今度は腕に風穴かよ! 「おま、こんな」 「へーきだよ。こんなもんすぐ治るし」 「治るかバカ!」 弾が抜けかけてるのは幸いだった。 皮膚ぎりぎりで止まっている弾を抜き出し、止血のためにのシャツの袖を肩から全部引きちぎって、二の腕をきつく縛る。 ボタボタ滴れていた血は弱くなってはいるが、それでも流れ続けての腕を赤く染めている。 早く処置しなければ出血が危ない。 「ベルナルド、どれくらいかかる?」 応援の指示を終わらせたのを読みとって語気強く聞くと、受話器を下ろしたベルナルドが肩をすくめ、頷いた。その表情は硬いが笑みを浮かべている。 とにかくどうにかできる算段はできたようだ。 あーもう。頼りになるね。おじさん大好き。 「合流ポイントへ向かってマラソンだ。ジャンは、大丈夫か?」 「俺はいいけど、お前の方が息切れてるじゃねーか」 「ふ、ハハ。確かに。歳は取りたくないものだ」 「ダーリンの場合は引きこもってるからでしょ」 「何、まだまだ若い者には」 「ああ!じれってえ!」 冗談を言い合う俺たちの間に割って入った声に、目の前の眼鏡が飛び上がった。 比喩じゃなくて、身体ごと。 「うわっ!」 「道案内が消えたらダメだろが!担がれてろっ」 浮き上がったおじさんの体は、小柄な体の引き寄せられ、お姫様抱っこされてしまった。 あー、・・・・・・・・・・・・なんてお似合いなのかしら? ・・・・って、何言ってんだ俺は。 「おい、まて。この体勢は」 「うるせぇぇえ!!俵抱えで内臓揺らされるよりマシだろうが!」 いやお前ケガしてんだろうが! なに言っちゃってるのこの子!?と止める前に、猪突猛進っ子は「うおおおぉ!!」と人一人を担いだまま走りだしてしまった。 つーかあいつ、道ちゃんとわかってるの!? ああもう!ヴァッファンクーロ!!自分をもっと大切にしなさいよ! 「!1人で突っ走んな!!」 俺が追いかけ、他の奴らも慌てて後に続く。 その後、合流地点に着くまで、大した障害はなかった。 まあ、最初のところ以外あんましなかったけどさ! どうものあばれっぷりのところで奇襲は諦めたらしい。というのは、後で判明したことだ。 仕方ないよね。俺だってびびる。 「ジャンさん!」 合流地点では、ジュリオと引っ張ってきた戦闘員とバンが待ち構えていた。 俺たちは駆け込むように乗り込み、バンは慌てて走りだした。 あー、息が、うまく吸えない。 「っジュリオ!客の方は」 「避難させました。会談は後日に延期です」 ジュリオには今日の客の護衛を任せていた。 返ってきた答えに安堵して、ほうと息を吐く。それと同時に今日の落とし前を考えると憂鬱になった。 それでもテンションが高いのはハイになってるせいだろう。 「グラッツェ。さすがジュリオだ。・・・・・あーああ。後のフォロー考えるとビミョー」 軽くおどけたようにそう呟くと、肩で息したがけろりと言い放った。 「命あってのモノマネだろ」 「物種だ」 それを即効でベルナルドに訂正されて、そのリズムのよさに俺は「ぶっ」と吹き出した。 これが笑わずにいられるだろうか。 「あーもう。襲われてたっつーのに。緊張感ヌケル〜」 走りまくったおかげで腹筋が辛い。 ケタケタと笑って更に腹筋が痛い。 咳き込んでまで笑い続ける俺に、ベルナルドがつられて笑いだし、とジュリオはきょとんとしだして。 とんでもなくブッソーで乱暴な、ファンキーでユニークな宝物を手に入れた俺は、笑いがとまりそうになかった。 (ほんと、信じらんない!) |