27 ventisette 「あー終わっったーー!解放感バンッザイッ・・!!」 デスクに座ったジャンが大きく伸びをして両手を上げた。 解放感に包まれたジャンは、その姿勢のまま悦びを満喫しているようだ。 ―――ってぇ、・・・あれ?まだあったよな。書類。 と、数分前まで、まだ結構な量の書類が積んであった方を見ると、そのままだった。 何度見てもそのまま。 これはいいんだろうかとか考えて、ジャンはきっと今日はしないだろうなと思って進言するのはやめておいた。 逃避したいことってあるよな。うん。 あの唐突な襲撃に会ってから、3日が経った。 やはりあれは対立しているというGDのものだったらしい。 その落とし前でジュリオとイヴァンが直接手を下し、追い出すことができ、今はもうデイバン内は穏やかなものだ。 しかし、それも付け焼刃なんだそうだ。デイバンではGDの乗り込みなど、そう珍しいことではないらしい。 「あいつらは害虫並にしつこい。どんな殺虫剤を蒔いても蒔いても湧いてきやがる」とぼやいたのはルキーノだ。 それでもしばらくは鳴りを潜めるだろうというのが、全員の一致だった。 そのごたごたの後片付けが今日でやっと終わった。あとはできなかった会談さえ終われば損失分は取り戻せる。 その会談も明日、厳重な警備付きで行われることになっている。 これで幹部連中が忙しく動き回ることもしばらくはなくなるだろう。 で、自分はと言えば。その間はずっと、ジャンの世話係をしていた。 ジャンには腕の怪我が治るまで安静にしろと、重いもの(自分にはどれも軽いものだけど)を持たないように言われて、ホントに日常生活しかさせてもらえなかった。 今はケガの方はもう問題ない。まあ少し縫ったけど。痛くないから問題ない。 一応医者には1週間は安静にしているように言われたので、抜糸するまではジャンの目もあるし、お言葉に甘えて大人しくしているつもりだ。 「よっし。ー、外で飯食おうぜ」 3日間本部に缶詰めだった憂さを晴らすためのジャンの提案に、頷いて乗った。 本部はでかいから窮屈というわけはないが、やはり外に出れないのはストレスが溜まる。 護衛の人に外に出ることを告げてホールをでた自分達は、久々の外の空気を腹一杯に吸い込んだ。 同じ空気だっていうのに、なんでこんなに気分が違うんだろうなあ。 横ではジャンも伸びをして解放感を味わっていた。 「・・・・・・ありがとな。ホント」 ふと、そう呟いたジャンに、何のことかと首を傾げる。 「お前がいなかったら死んでたかもしれない。ホント、サンキュー。グラッツェ」 「お、おう」 助けた礼を改めて言われて、なんだか気恥ずかしくなった。 礼を言われるのは慣れてない。 照れ臭いが、嫌な気はしなかった。 自分にとっては当たり前の、いつもの事をしただけ。 でも褒められることに慣れてないせいか、ついつい上機嫌になって、胸を張って歩きたくなる。 その日のブランチは、ストリートで開いていた露店のラビオリと豆と野菜のスープ。 この辺は魚介以外もうまい食材がそろっているようだ。 野菜の甘みと肉汁が満載のそれは、実に美味だった。 腹と食欲が満たされて帰るなか、さらに買ったパニーニを頬張って、至福を満喫する。 ジャンはシェイクをすすって冷たさを堪能している。 やっぱ夏は冷たいもんだよな〜 「なぁな。その怪力ってさ、昔からなのケ?」 ふと、ジャンがそんなことを聞いてきて、頬張ったパニーニを飲み込んで頷いた。 「うん。でも体は昔は普通だったから、よくもの持ち上げては骨折ってたなぁ」 「マジ?よく死ななかったな〜」 その感想には同意する。 正直、今まで生きてたもんだよなあって、思う。 自分の体格と不一致の鈍器、重機、物体、色々持ち上げては投げ飛ばした。 最高で軽トラだったっけかなあ・・・?初めて持ち上げた後は手足腰、胸の関節がボロボロだった。 そのせいか治った後は関節が太くなったり、骨太になったり。でも見てくれた医者の腕が良かったのか、不具合はなかった。 そうして続けているうちに持てるものが増えていって、しまいには怪我もなくポイポイと投げられるようになってしまった。 「で、今ならそこのポストとかひっこぬけるし。あと・・・ジャンは高いの好き?」 「まあ、嫌いじゃないケド?」 まあ、この前見せたから何となくわかるだろうけど。 せっかくだから実践して見せてみようとジャンを抱きあげた。 うわあ。軽いなーこの人。背が高いのに腰ほっそい。肉が少ないし。 「へ?ちょ、なに?どわ!」 しみじみ上司の重さに感想を抱いた後、軽く足と腕を曲げてから、ジャンを真上に投げた。 近くにあるビルの屋上辺りまで飛んだジャンは、そのまま真下に落下する。 「よ、と」 それをなんなく受け止めて、ジャンの体に負担がかからないように衝撃を逃がした。 「こんな感じ・・・・・ジャン?」 ジャンの顔を見ると、目をまん丸にして自分を見ていた。 自分・・・というよりは、ただ正面を向いていてたまたま目があっただけなんだろう。 ジャンの目は見開いたまま目線が完全にこっちを向き、そしてぱちりと瞬いた。 そしてジャンの顔が歪んで、歪んで・・・ ―――――――爆発した。 「・っ・・・・・ブッハハハハ!!おま、お前本当、ありえねー! すげーぇ!」 足をバタつかせて、ジャンはゲラゲラと大笑いした。 小さいガキみたいに心底面白がって笑うその様に、なんだかこっちも心が躍る。 バタついて暴れても落とさないで抱いたまま。ジャンと一緒に声をたてて笑った。 「え、へへ。へへっ。そ、かな?」 「俺高い高いなんてはじめてされたって!しかも・・・・・ぶふっ!」 また何かツボに入ったのか、ジャンは口元を押さえてブルブルと震えだす。 しまいにはヒーヒーと引きつった呻き声がして、降ろすように促された。 降ろしたジャンはしばらくうずくまって、笑いをこらえようと頑張っている。 なんだかその様が楽しくて、ジャンを見ている自分は口元がつり上がっていた。 「もう一回してやろうか?」 「いや。いーや!今度は俺がしてやる」 「無理しなくていいぞ?」 「こーのクソガキっ!」 ふざけあった会話がなんだかすごく楽しい。 この怪力で大爆笑されたのって、初めてだ。 なんでかすごく嬉しくて。こっちまで、笑いが止まらない。 「――――おま、??なんで泣いてますのん」 突然、ジャンが驚いて指摘された。 笑ってたせいで意味に気付くのが遅れて、笑いを止めて目元を触ると、確かに涙が流れていた。 「あ、え・・・・と。 な、なんでだ??」 すごく楽しいのに、嬉しいのに。ぽろぽろ涙がこぼれ出す。 こんなことは初めてだ。 メーターが振り切れて涙腺が馬鹿になったんだろうか。 涙をぬぐって、鼻水をすすっていると、ジャンの顔が今度は悪い笑みに変わった。 「可愛いねぇちゃんは」 「か、かわっ!?」 顔がぐわっと熱くなった。 まさかありえないことを言われて、目の前が遠くなるくらい動揺する。 「っジャンの目は節穴だろ!可愛くなんてぬぇーしっ!」 ありえないありえないと強く否定するが、ジャンの目はますますこっちを揶揄って遊ぶものになる。 にやにやと意地悪い笑顔でこっちを見るだけ。 「うううっ、その顔やめろよなあぁぁぁ!!」 「はははは」 癇癪を起こすと、ジャンはまだまだ笑みを浮かべながら本部へと向かっていった。 それを追いかけ、早くその笑顔をやめるように抗議して、ジャンの後ろをついていった。 そんな二人を見つめて、ルキーノは子供を見守る大人の、微笑ましいものを見る顔をしていた。 「まるで兄弟、だな」 独り言だが、後ろにいるベルナルドに向かって呟いたものだった。 採決を続けている幹部筆頭の肩がぴくりと止まり、またペンを走らせ始めた。 あの二人が仲良くなることを良く思っていないベルナルドには、嫌味な言葉だっただろう。 「それで、判決はでたのか?裁判官殿」 「・・・・・・認めるしかないだろう」 それでも答えを出してもらわなければならない。 ルキーノの問いに、ベルナルドはしばらく沈黙した後そう答えた。 「実際こっちに益はあった。まだまだ不安な要素はあるが、使い用によっては対抗勢力との抑止力と戦力になる」 「それにしてはまだ不満そうだな」 採決をする手は止めないまま、淡々と、事務処理をするように言う口調には棘があった。 それを指摘すると、ようやくベルナルドは手を止めて、ルキーノへ振り返った。 「お前こそ。随分肯定的じゃないか」 「後で後悔するよりも釣れたものをどう料理するかを考えた方が楽しいだろう」 物を含ませてそういえば、ベルナルドは「料理、ね」と、自嘲めいた呟きをした。 認めたとは言っても、何か諦めきれないものがあるのは、それだけ彼がジャンを大切に思っているからだろう。 それでもいいだろう。 このCR:5は決して仲よしこよしの集まりではない。列記とした組織なのだから。 「あいつら、いいパートナーになると思うぜ」 自分の感想を呟いて、再びベルナルドは苦虫を噛んだような顔になった。 「コンビの間違いだろう」 訂正の言葉に、にやりと含み笑いが浮かぶ。 もしも今彼にの正体を話したらどんな反応をするだろうか。 おそらく今以上に反発するのだろうと考えて、言うことはやめておいた。 (男の嫉妬は執念深いからな) |