28 ventotto その日、とうとう自分は正式な構成員となるため、忠誠の儀式を行った。 ひりひりする背中に、ほんの少し顔をしかめたくなる。 切り傷擦り傷刺し傷打撲骨折銃弾エトセトラ。生まれてから今まであらゆる傷を受けてきたものの、針を何度も刺され続けるのは初めてだった。 血はもう出ていないが、敏感になった皮膚はすれるだけで痛い。 構成員の証であるタトゥーは自分からは鏡でないと見れない場所。左の肩甲骨の中央に刻まれた。 「おめでとう。これでお前もCR:5の構成員だ」 ハンカチで刃をぬぐったルキーノの顔は、祝福する言葉とは裏腹に、実に酷薄でサディスティックな笑みの形になっていた。 何を興奮してるんだこいつは。変態だ。 そう心の中で思いつつ、なるべく外見からは見えないように、取り繕うのが苦労した。 沈黙の掟――オメルタに、そしてCR:5に忠誠を誓うための儀式では、呻くことも嘆くこともできない。 さすがに耐えている時の表情に対してまでは言われなかったが。 今、忠誠を向ける対象の幹部であるこの男へ、不快を示す顔をするのをこらえられているだろうか心配になった。 儀式が終わり、シャツをはおる。 擦れてヒリヒリと痛むが、我慢する。これも試練ってやつだろう。 「俺がすることになって良かったな。まだ女だってばれてないんだろ」 言われて、どう反応すればいいだろうかと考える。 CR:5に、ジャンに拾われてから半月。未だに自分は男と間違えられて、それを知っているのはルキーノだけという状況が続いていた。 性別が何か問題になる仕事は今までにはなかったし、追及されることもないから、性別が間違えられていても問題はない。 問題は、ないのだが。 「・・・・・それ、なんだけどさ」 無意識に左肩を擦って、ルキーノの言葉に、ずいぶん悩んでいたことを打ち明けることにした。 「オレ、ジャンに言おうと思って」 ルキーノの瞳が一度瞬いた。 促されるようなそれに、続きを言う。 「やっぱり、上司に秘密を作るのって、裏切り、だろ?」 真摯に見つめるルキーノの顔は、さっきまで笑っていたせいか、少し不機嫌に見える。 否定も肯定もないまま、短くて長い沈黙が流れ、居心地の悪い状態が生まれた。 「・・・いいのか?」 ルキーノから目を逸らせないまま、意地でも逸らすまいとしている間、なぜか自分の口の中が渇いていった。 緊張しているのか。と、それで気付いた。 「嘘をつくの、嫌いだから・・・」 心の底からの気持ちを、ルキーノへ呟いた。 ずっと嘘が嫌いだった。 本性を隠して生きている世の中の奴らに嫌気がさして、自分は誰にも嘘をつかないでいようと思う過去もあった。 それでも、どうしようもなくて嘘をつくこともあったけれど。 人は生きるために嘘をつかなきゃいけない時もある。そんなことはよくわかっている。 別に性別の勘違いなんて、どうというものじゃない。すぐに訂正しなきゃいけない問題とは思えない。 だけど。 自分は、無条件で受け入れてくれた人を、シスターしか知らない。 化け物だと知って態度を変えなかったのを、ジャンしか知らない。 そんな人に、嘘をつきたくない。 ルキーノは再び酷薄に嗤った。馬鹿にするその笑みは覚悟の上だ。 「ハッタリと化かしあい。暴力と略奪が蔓延る世界に入っておいて、良くそんなセリフが言えたもんだ」 「そういう言い方、やめろよな。入ったの後悔する」 夢物語でしかない。自分が言うことが子供の理想と変わらないことは十分に分かっている。 そんな夢想なんかとはかけ離れているどころか、次元が違うことも。 マフィアっていうものが、どういうものかくらい、わかっているつもりだ。 「それに、この組織は、そんなんじゃないだろ? 力で支配してるけど、ちゃんと・・・えーと、カ、カタギ??の人のこと考えてんだろ?」 きっと、ジャンに会わなければ、あの最悪な状態での出会いがなければ、自分はまた嫌煙して、敵意を露わにしていたはずだ。 この街のことなんか知らずに、身勝手な価値観で拳を振るい、そして死んでいたかもしれない。 短い間で見たこの街は、決して支配されているだけではなかった。 悪であるはずの存在を受け入れ、そしてこちらも共生して生きていた。 「まあな」 ルキーノは無表情だったが、頷いた。 「お前の好きなようにすればいい。お前はオメルタへ忠誠を誓った。それに恥じない行動をしろ」 ルキーノへ、自分もしっかりと頷いた。 終わらせてから、すぐにジャンの元へ向かうことにした。 ルキーノはこの後シノギで外回りへ行くため、部屋で別れた。 一大決心をしたせいか、なんだか興奮状態にある。気分を落ちつけようと意識してはいるが、足運びはいつもより早かった。 「ジャン!」 廊下で自分が仕えるボスを見つけて、呼び止める。 丁度よく部屋から出てきたジャンと鉢合わせられたのは幸運だった。 握った拳にじっとりと汗が浮かんでる。こんなに緊張するとは思わなかった。 「おー。ナイスタイミー」 こっちの緊張には気付かずに、近付いてくる自分に気付いたジャンは、相貌を崩した。 隣にはジュリオがいて、こちらを睨んでいる。 これから出るところなのだろう。 コンポートに身を包んだジャンへ、要件をすぐに言ってしまうことにした。 口の中が渇く。 言うにはタイミングと勢いが必要だった。 「ジャン。あのな・・っ」 すぐに言おうとして、左肩が服に擦れて、痛みが走った。 わずかに顔をしかめると、ジャンが気付いたようだった。 「ひょっとして、タトゥー入れたん?」 「あ、うん。服で隠れてっけど」 左肩へ手をやり擦ると、ふうんと相槌があった。 「背中かぁ。また痛いとこにいれたなあ」 「そうなのか?勝手に決められたから」 位置を決めたのはルキーノだ。リクエストなんてなかった。 されるがままだったことを伝えると、ジャンは「骨の浮いた肉のないとこって、痛いのよね」と、ジャンもタトゥーが入っている左胸をさすって思い出しているようだ。 しみじみとしているジャンを戻したのはジュリオだった。 「・・・ジャンさん。時間が、ありません」 「お、おう。 、準備とかは・・・必要ないよな」 「え」 なんのことかと目を瞬かせると、「これから役員との会食だ」と答えが返った。 つまりジャンの護衛だ。 理解すると気が引き締まるのは早かった。頷いた自分に、ジャンもにやりと笑ってボスの顔になる。 誰かを率いている時のジャンの顔は、綺麗だけど少し怖い。 その背中を追い、率いるものの1人として歩く。 その隣にジュリオが並び、そしてジャンのすぐ後ろへ着こうと横切った時だった。 「ジャンさんを誘惑するなら、容赦しない」 殺しにくるその声に、頭が真っ白になった。 何もわからないまま、心臓だけが早鐘のようにうるさく鳴り響いている。 いつの間にか、自分は足を止めていた。それくらい衝撃的だった。 それは二人の姿が見えなくなりそうになっても続いて、ただただ自分を混乱させた。 「ゆう、わく?」 ど、・・・どう、やって・・・・・・・・?? そんな答えだか疑問だかが、自分へ落雷のように突き刺さった。 一体何をどうすればそうなるんだ。 ジャンが誘惑と聞かされて、浮かぶのはボインボインのムネもケツもでかい女があはーんうふーんとジャンの腕にすりついている姿だ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ムリだ。自分には対局どころか越えられない壁がある。 理解不能なジュリオの言葉は胸に引っ掛かるが、考えるのはやめにした。 どうやったって誘惑=自分にならなかった。 とにもかくにも急いでジャンたちに追いついて、仕事を全うすることだけを考えた。 (でもなんであんなこと言われたんだ???) |