煌びやかな世界の中心に、自分は今、立っている。 31 trentuno 結局、何が何だかわからないままに、ボスの愛人をやらされる事になってしまった。 なんでだ。どうしてこうなった? 誰か理由を教えてほしい。本当に。 「まあ、御覧になって?」 「あれが噂のフィアンマですって?」 ひそひそと鈴をならす声が耳に届く。 丸くなりたいのを堪えて背筋を伸ばし、腕を組んでいるジャンに引かれて会場を歩けば、誰も彼もがこちらを凝視してきた。 「シニョーラ。お飲物はいかがですか?」 「グラッツェ。一つ頂こうか」 音もなく現れたボーイがウェルカムドリンクを持って自分の前に差し出した。 考える間もなくジャンが綺麗な笑顔で二つ分を手に取り、自分へ渡してくれる。 「・・・グラッツェ」 「ごゆるりと。アモーレ・ミオ」 飲み物の乗った銀盆を片手に、危なげなく綺麗に体を折り曲げたボーイを通り過ぎ、ジャンへぎこちなく笑顔を作る。それに応えてジャンも笑みを深くし、互いのシャンパングラスを軽く突き合わせた。 そして腰へと腕を伸ばされて密着すれば、見た目には中睦まじい恋人の出来上がり。 しかし実際、頭の中は完全にパニックを起こしていた。 ひーっ! 自分で自分に寒気がする〜! と、着ているものから人の反応、自分の仕草など。何から何まで自分の人生ではあり得なかったものや絶対に関わらない動作への要求が突き出されてはこなして、突き出されてはこなして・・・ フォローしてくれるジャンがいなかったら、早々にボロ出してはいさよならだ。 このパーティーに出席する事になる前からルキーノにしごかれ続け、鬼教官には渋々のOKを貰っている程度だ。 それで清楚可憐な女のふりなど。 ―――無理。マジで、ムリ! あの後。ルキーノのアホがバカなことを言った後、自分が愛人役をすることに関して、ジュリオが最後まで猛反対していた。が、代わりの女も手配できず、最後には言いくるめられていた。 あの時はジュリオ頑張れ!って思っていたのに。神様は相当意地が悪い。 それからというもの、頭を悩ませ、精神的苦痛とスパルタな指導によって心労が溜まっていく日々が続いた。 ルキーノは意図せず自分の狙い通りになったと心底楽しんでいやがるし。 ジャンとイヴァンは同情の眼差しを向けてくるし。 ベルナルドとジュリオは今にも殺しに来そうな目をして睨んでくるし! ていうか一番の被害者は自分だろ!! 誰か助けてくれ・・・・ なんて言っても、助けてくれるものはいないんだが。 そんな自分の葛藤なんて紙切れどころか塵よりも無意味にないがしろにされて、ただただお辞儀をしては微笑むだけの自動人形になるしかなかった。 まったく慣れない場所で自分を偽ることは、欄干の上を渡ることより緊張する。震える足のせいでヒールが床の上を小刻みに揺れていた。 絨毯が敷き詰められていなければ、カコカコカコカコ延々鳴っていただろう。 何度か個人やパートナー付きの人間と挨拶を交わして、少しだけ人心地ついた時、ジャンが小声で褒めてくれた。 「結構サマになってるぜ。」 「そ、そうか」 自分は逃げ出したいくらいなんだが。これでも何とかなっているんだろうか。 ずっとグラスを見つめていた視線をジャンへゆっくりと向けると、ジャンは肩をポンポンと叩いてきた。 「自信持てよ。あの完璧主義のルキーノがいいって言ったんだ。大丈夫だって」 「う、うん・・・・」 そうは言っても場違いな空気はどうしようもないんだよー! 駄目だ。緊張して手が震える。 手元を怪しくしてグラスを割りたくなくて、シャンパンを飲み干しグラスを片付けて貰った。 ゆっくり深呼吸してから、ジャンへ頷き、まずはこのパーティーの主催の元へ。 今回の主催者はデイバン市長だ。ヤクザな仕事だからお上とは仲が悪いのではないかと思いきや、実はそうでもないらしい。 簡単な挨拶をして、後はジャンの会話に相槌を打つ程度でいいと言われた。 「ボナセーラ。市長」 「ああ。ボナセーラ。シニョーレ・デルモンテ」 紳士の典型みたいな男がジャンへ会釈し、とりまいていた人々をまるで魔法のようにパーティーの人ごみへ移動させて近付いてきた。 片手に持つワインが優雅に見える。 そのワインをこれまたいつの間にやってきたのかわからないボーイの銀盆に置いて、ジャンと握手を交わす。 ジャンとはまた違うが、人好きのする笑顔を称えるその姿に、つい目が引かれてしまう。 そして市長はこちらへ目を向け、さらに笑顔を深くした。おおお。やめてくれ。そんなイケメンオーラを自分に向けないでほしい。 「そちらの美しい方のお名前をお聞きしても良いですか」 「彼女は・。私の恋人ですよ」 「はじめましてシニョーレ」 緊張で笑顔は作れそうになかったので、社交界の?お辞儀をして鼻のあたりを見ることにする。過度に緊張するようなら目を見ないでこうすると、相手は目線が合っていると勘違いするんだそうだ。そうすれば相手にも失礼にならないと教えてくれた。処世術ってすげえ。 「ああ!噂は聞いておりますよ。なるほど。どのような方が貴方を射止めたのかと思っていましたが、このような美しい方だとは」 「・・・いえ」 噂の君に出会えるとは、幸運ですね。という市長の顔は楽しそうに笑っている。 対するこっちは、お世辞とはいえ、美人と言われてものすごく恥ずかしい思いだった。 こんな自分が美人だとか。なんて優しいんだろうか。泣けてきそうだ。 「私の一目惚れなんですよ。今では片時も離れたくないくらいでして」 「ははは。このような方では確かに手放したらすぐに連れ去られてしまいそうだ」 綺麗な男二人が声をたてて笑う。 それからしばらく二人は雑談を交わし、自分も少しだけ相槌を打って参加して、長くもなく短くもない挨拶は終わった。 「シニョーラ・。今宵はどうぞ楽しんでいってください」 そう締めくくられた言葉に礼を言おうとして、ふと、右手が市長の手にすくいとられる。 え。と思う前に、その手は市長の顔近くまであげられて。 さっとジャンの手が掬いあげられた手を、本体の身体ごとさらっていった。 「さすがの私にも許せないことはありますよ。市長?」 「おっと。これは失礼を」 ジャンの目が、顔は笑っているのに冷たく輝いた。なんで怒っているのだろうか。 確かに驚いたけれど、手にキスとかはよくあることだって説明されていたから、構わなかったのに。 腰を引き寄せて、ジャンは市長に会釈して踵を返した。自分も小さく頭を下げてジャンについていく。 これで課題その1は終わりか。と心の中で息を吐いた。少し抜けたと思った緊張も、また戻ってくる。でもこの場に慣れてきたのか、すぐに収められそうだ。 「う、うまくできた・・・か?」 「上々。いい出来だ」 ジャンを見上げて小声で尋ねれば、ジャンもウインクで返してくれた。 「断ったの・・・大丈夫か?」 「あれで小さなことでも嫉妬する程惚れてるってのは伝わるだろ。大丈夫だよ」 あ。そうか。触られるだけでも妬いてしまうほどの相手っていう、演技だったのか。 納得してしまえば、疑問はすとんと簡単に治まる。 じゃあこっちもそう言う演技をしないといけないんだろうか。正直恋とか愛とか、よくわからないんだが、なんとかなるか・・? しかし、そう考える時間は自分にはない。何せ今、それが必要となる場所にいるのだから。 「さて。これからが本番だぜ?気い抜くなよ」 今日はまだまだ仕事がある。 ジャンに促されて、小さく頷く。 これも仕事だ。たとえ今までの人生と真逆の場所にいても、仕事なのだからまっとうしなければ。 そうして、初めての社交界の夜は更けて行ったのだった。 (ボスの足は引っ張らないようにしないとな) |