32 trentadue いい意味で予想外だった。 愛人疑惑も、ジャンの口から滑った発言も、俺としては計画が前倒しになったくらいのものだ。 今回のことは、発端を作ったジャンもご満悦だった。 始めは大丈夫なのかと心配していた金色の目も、俺様プロデュースの極上の女に満足している。 佇まいや仕草はなんとかなったが、言葉使いに関しては不安だった。いくつかの文句を教えて、後はなるべく黙っているように教えた。 はそれで乗り切り、結果、清楚な淑女と認識されたらしい。 「ルキーノ凄すぎ。灰かぶり姫の魔法使いなんか目じゃないんじゃないの?」 ジャンにどうだったかと、評判を報告するために執務室に来た俺は、ジャンに絶賛されてにやりと笑った。 「カヴォーロ。素材がいいんだよ。いくら俺でも、どうしようもねえもんはできねえからな」 特別歪みのない顔立ちならば、化粧をすればいくらでも化けられる。 そう嘯けば、ジャンは閉まりない顔で、俺と同じように、にやりと笑った。 ジャンとはうまく熱愛を振りまいたようで、回ってくる噂はそれで持ちきりになっている。 本部へも、とてもお似合いの二人だ、紹介してほしいという賛美や羨望、おだてる声や、いくら出せば抱かせてくれるかという下卑たものまで寄せられ、大盛況だ。 そして本命であるあの淑女も、この騒ぎに今はなりを潜めたようだった。 果たして納得して諦めたのか。それは追々詰めて行けばいいだろう。 なんせこっちの餌はいらんおまけまで釣り上げる極上の仕上がりだ。 「これで本当に女なら、俺抱けるわあ」 「はぁ?」 おい、ジャン。今何て言った? お前、が女だって知ってるからあんな例え出したんだろう? 「な、なに?なんでそんな顔してんだ。ルキーノ」 ジャンの発言を疑う俺を、ジャンは本気で不思議がっている。 それで、ようやく俺はへ指向を置き変えた。 自分でバラすと言っていたくせに、未だに話していないのかとを見下ろせば、一瞬きょとんと瞬いて、すぐ察して目線を反らした。 その肩に腕を回して引き寄せる。 「お前、言うんじゃなかったのか」 「だっ・・・タイミングが、悪くて・・・・」 目線を泳がせるは萎縮し背中を縮こめた。 タイミングってな。あの時にはジャンが知らないにしてもその後から今まで言うきっかけなんかどこにでもあったはずだろうが。 ・・・こいつ、結構豪快だと思えば。案外肝の小さい奴だったか。 「なんだよぅ。2人でコソコソとー」 1人残されたジャンが唇を尖らせる。 俺はジャンのいる方へ目だけを動かし、へ今の内に言ってしまえと視線で促し、あごをしゃくった。 「あ、あのな。ジャン」 ジャンへ向き直ったが口を開いて。 「お、ジャン。ここにいやがったか」 やってきたイヴァンに邪魔をされた。 一瞬での体が脱力して肩を落とす。 出鼻を挫いたタイミングの悪い馬鹿は、ちらと視線をよこしたが、すぐにジャンに向き直る。 ジャンはまだこっちに関して尾を引いているのか俺たちを一瞥する。が、結局イヴァンの方へ話を切り換えた。 「なんか用ケ?」 「何かじゃねーだろ。港のシノギの件、準備ができたら連れていくって言っただろーが」 「だってそれ、今日聞いた話だぜ?もーできたのかよ」 2人が話し込む間、は俺の腕をすり抜けて外出の支度をし、ジャンの上着を持って近くに待機した。 ここの生活にも、ジャンの世話も慣れてきたことが伺える行動に、あと何を足せばいいかを思索にふける。 たたき込めばこなせる奴は教えがいがあるから楽しい。 「お前に報告した後、すいすい事が運んだんだよ」 「あ、ソウ。さすがというか・・・・じゃあまあ。行きますかねー」 ジャンが頷いて、から上着を受け取ってイヴァンに続いた。 2人が出ていくのを追う形でが動いて。 「ああ、お前はいい。つーか、来るな」 イヴァンに拒否された。 は戸惑い、ジャンへ目配せする。護衛はこいつの本業なのだから当然だな。 ジャンもイヴァンを見て、何か悟ったのか、に今回は同行しなくていいと告げた。 「んじゃ、ちょっと行って来るわ。いい子で待っててね」 俺とに手を振り、ジャンは部屋を出ていった。 は未だに戸惑っている。 暫く閉まったドアを見つめて、またがっくりと肩を落とした。 「オレ、護衛なのに・・・」 本来の仕事を拒否されたのだから、の嘆きは仕方ない。 「女に守って貰うのが嫌なんだろ。気にするな」 しかしイヴァンの心理もわかる。フォローしてやると、は今度はガバリと顔を振り仰いで俺を見つめた。 「え・・・・・・・イヴァ・・知って?」 「俺が教えた」 「なんで!!?」 詰め寄っての手が俺の胸ぐらに伸びる。しかし思い止まったのか、その手が宙で止まった。 俺は説明を続ける。 「知らない訳にはいかないだろう。立場上な。顧問たちにも報告してある。役員にはまだ言っていないが」 「じゃあ、ベルナルドも?ジュリオも?」 「伝えてある。ジュリオはどうやら始めから気付いていたようだったがな」 「ジーザス・・・」とが呟く。 ジャンに報告してからとでも思っていたんだろう。 そうもいかないのが仕事というものだ。ベルナルドが賛成したのも、女だと知らせたからだ。 ジュリオだけは始めから何もかも反対していたのも、なぜなのかがわかった。女にジャンが守りきれる訳はないと思っていたのだろう。 「ジャンに言うのはお前の仕事だ」 それでも、やはりあいつに伝えなければいけないのはだ。 「落ち込んだら慰めてやるぜ?」 お気に入りに甘くするのは人の常。 冗談混じりにそう言えば。 「は?」 怪訝な目で見返された。 まったくこっちの意図がわかっていない。 「お前はその鈍感もどうにかしないといかんか」 もう少し面白い反応を引き出すためには、こいつに女心というものを植え付けなければならない。 ため息が漏れても、仕方がなかった。 (女子力低いのはこいつの欠点だな) |