34 trentaquattro なんか色々もやっとする。 ジャンがいなくなった執務室で、暇を持て余してるせいか。 それとも昼飯に出てたキッシュを全制覇できなかったせいだろうか。 あー・・・やっぱ個数限定されてたからって大好物の肉系だけじゃなくて野菜詰めも攻めるべきだった。 あとドライフルーツ入りの奴とかなんでこっそり持ち出さなかったんだ! 失敗したーっ! ・・・・・・・・・・・・・・・・・いやいや。やっぱ違う。 自分の中に溜まっている鬱憤は、覚えがある。 昔身を守る為に籠ってた頃の、体を動かしたくて動かしたくて仕方なかった気分と同じだ。 最近何をしてるって言ったら、ジャンの仕事の書類整理したり、飯の準備したり、付き人したり・・・・女装したり。 暴れてねーなあ。 暴れてーなあ。 ・・・・うむ。 こうしていても仕方がない。ちょっと外に出てみよう。 ジャンが帰ってくるのと入れ違いにならないかは気になったが、近所をうろつくくらいなら大丈夫。 うむ。問題ない。はず。 10分くらいうろついて帰れば大丈夫だよな! そうと決まればさっさと外に行くために足は早くなる。 どこに行こうか。近場にあったジューサーの店でもいいな。 金に気を使わなくてもいいくらいに給料があるってスバラしいなー。 こんなにのんびりした気持ちなんて、人生初かもしれない。なんて思いながら、ぶらぶらと辺りを散歩する。 本部がデイバンの郊外にあるから、辺りは住宅かちょっとした店くらいしかない。 金持ちと一般庶民の中間くらいに位置している本部は、まあどこからの移動でも丁度いいくらいの所だ。 大きな店が並ぶのはもっと街の中心部だから。しっかり買い込んだりとかは無理だけど、屋台もやってくるし、ちょっとしたことには事欠かない。 自分のことに時間が費やせる解放感に、少しだけ浮かれた。 人のことを考えないでいる時間ができるのも久しぶりだ。 そんな気持ちが足取りを軽くして、本部から結構離れた場所にまで足を延ばしていた。 でもそれも、すぐに終わった。 いつもは車通りも少ない交差点で、ものすごい勢いで迫ってくるタクシーが、自分と激突しそうになったからだ。 「うっわ!・・!?」 ギュルギュルギュイイイイイイイイイイッッ!!と、タイヤがコンクリートと摩擦する音が鳴り響き、タクシーが建物の壁にぶち当たるすれすれの所で止まった。 「な、なんだ!?」 暴走車なんて、デカイ街でもよくある。だがやっぱり轢かれそうになったのはショックだった。 そして、だんだん怒りがこみあげてきて、タクシーの運転手に抗議しようと足を出し。 ――――――バンッ!!! 後部座席の窓を叩く手に、視線がそっちを向いた。 「―――――――――――な・・・」 手の平が張り付いているその後ろに見える顔は、―――ジャンだった。 「ジャン?!なんで・・・・!」 切羽詰まった顔をしているジャンに唖然としていると、タクシーがタイヤをスピンさせて急発進しだした。 自分が来た方とは真逆の方向へ。 「っ!!」 本能的に、追いかけなければならないと体が勝手に走り出す。 ジャンの表情が目に焼きつき、今すぐに助けなければならないと警報が鳴っていた。 「ま、ち、やがれええええぇぇぇぇぇえっっ!!!」 全力で走るが、爆走している車に追いつけるはずはない。 止めるもののない車はぐんぐんと離れていく。 と、横目に集積用ダストボックスが目に入った。 が、ビスケットの大きさまで離れた車に、果たして投げるまでに間に合うかがあやしいと感覚で察してしまった。 このままでは追いつけない。 車が路地を曲がるまでは、そう絶望した。 「!・・・よし!」 車が曲がった道は、その後のルートが解りやすい一本道だった。 ショートカットしてなるべく追いつくために、とある一般住宅の敷地を全速力で駆け抜ける。 途中の壁も、障害物も全部よじ登り飛び越えて、一般家庭用のアルミのゴミ箱を失敬した。 予想通り、射程範囲内にまで距離を詰めることができた。 「おおおおおおおおらあああああああああああああっっ!!」 その時投げたゴミ箱の投擲は、ひょっとしたらメジャーリーグにスカウトされるかもしれないくらい正確無比に、タクシーの前方にゴミを撒き散らして走行の邪魔をし、停止させることに成功した。 また逃げられないよう急いでタクシーに辿り着き、窓のフレームに指を食いこませて覗き込む。 かなりスピンして止まったせいか、車内にいる人間は誰もがぐったりしていた。人数はジャンを入れて3人。 とりあえず運転席のドアを開け、運転手を放り投げてから、今度は後部座席の、ジャンの上に覆いかぶさっている男を引っ張り出して車に押し付けた。 「ぐえっ」とか聞こえたが、どうでもいい。 「ジャン!ジャン! 大丈夫か!!?」 「うぅ・・・おえ・・・・・内臓が口からでるかとオモタ・・・」 真っ青な顔をして口元を押さえたジャンが身体を起こす。 どこにも怪我の様子はなくて、心底ほっとしてため息が出た。 「よかった・・・・・」 無事で、良かった・・・・・ 「て・・てめ・・・おいっ・・・いい加減、はなせ・・・っ!」 「・・・・ああ?」 男が何とか逃げようともがいてる身体をさらに車に押し付ける。胸を圧迫されて苦しいらしい男は、息も絶え絶えにしているが、そんなことは知ったこっちゃない。 「ざっけてんじゃねーぞ。テメェ。 うちのボスラチって何しようとしやがった!?」 ジャンに手を出すなんて許せない。ジャンに手を出してただで済ます気はない。 つかんでいる服を引っ張って身体を持ち上げ、もう一度車体に乱暴に押し付ける。 このまま痛めつけてやろうかと手を動かして、座席から身体を出したジャンの手に止められた。 「、手、離してやりな」 「・・・っ」 ジャンの命令なら、仕方がない。頷いて手を離すと、「助けてくれてあんがとな」とジャンが言ってくれた。 胸に痛くて、痺れるような感覚があった。 ふいに泣きそうになって頭を振る。今はそんな場合じゃない。 男は喘いでいる息を整えながら、肩をすくめて皮肉に笑った。 「ちっ。・・・くそ・・・割のいい仕事だと、思ったんだがな。・・・とんだ想定外だ」 さも自分に非はないということを呟いて、自分を見てくる。 「簡潔に答えろ。誰に雇われた?」 そしてジャンへと視線を移して、またにやりと笑った。 「――――あんたにご執心な人だよ」 (おい・・・・・オイ・・・) |