37 trentasette 迎えの車で本部へ帰ってきたジャンと自分は、ベルナルド達に迎えられてすぐに今回の事件の詳細を話すことになった。 電話ごしでは説明しきれない部分をジャンが説明して、自分は頷くだけの作業だ。 1番の当事者なのに、客観的に説明するジャンに、ああ慣れてんだな。とか思う。 こういうのも一度や二度じゃないんだろう。 「いやあもう、びびったびびった。 俺攫われちゃうし、拉致った車はスピンするし、は鬼の形相だし、首謀者が卵オバケだわ俺知らぬ間に振られてこいつが告白されーの公開ストリップしだしーのいつの間にかおわってらーの。 なかなか張りのある1日でございましたよ」 「なんだと!」 一息で今日のエピソードをまとめたジャンに、なぜかルキーノが反応した。 やけに切羽詰まっている表情だ。 ん?なんかそんなに驚くことあったか? 早口でイマイチ頭に入ってこなかった。 胸中で首を傾げると、ギロとルキーノに睨まれる。 なんだよ何かしたのかよ。 「カッツォ!俺も見に行きゃよかった」 が、どうやらこっちに腹が立った訳ではないようで。ルキーノは心底残念だというように拳を握り舌打ちした。 なんなんだ。 今度はジュリオが殺しにきそうな目で自分を見ているのに気付く。手元に刃物はないが、突き付けられているような気分がする。 「お前、よほど死にたいらしいな」 「何でそうなんだっつの!」 何でそんな殺気向けられて非難されりゃならんのか。 まったくわからない。ジュリオは謎だ。 「ジャンさんを誘惑するなと言ったはずだ。お前ごときに惹かれるとは思っていないが。ジャンさんの目の毒だ」 「悪かったな!公害で!!」 勢いで返してからはっと、やっと気付いた。 そういや勢いに任せてジャンやトンチンカンの前で脱いだんだった。 ああそっか。それのことか。 1人で納得した。 「で?どうなんだ」 1人乗り遅れて今までの流れを掴んだ自分など気にせず、ルキーノは興味津々にジャンに詳細を聞き出そうとしていた。 ジャンは少し声を潜めて。 「男も羨む逆三角」 「アホか!女の体じゃねーよそれ」 便乗して聞いていたイヴァンががなり、暫くしてから3人が揃ってこっちを見つめ、それぞれが同情するような、微笑ましいような、どうでもいいような目で見てきやがった。 なんかムカつく。 「ジャンさんを見るな。ジャンさんが汚れる」 「いつまでひっぱるんだよそれ!」 目を逸らすのが嫌で3人を睨み付けると、ジュリオがさっさと出ていけとばかりにドアの外へ押し出した。 くそう。なんか面白くないぞ。 「あーチョイまち。ジュリオ」 部屋から追い出そうとするジュリオを引き止めたのは、ジャンだった。 「解決したいものがあるのよね」とにっこり笑うジャンは、なぜか黒い?感じがする。 その笑顔のまま、ジャンはベルナルドへ振り向いた。 「そーんでぇ?ベルナルド」 すっげえ陽気な声なのに、すっげえコエェ。 ことと次第によってはここにいる全員をぶちのめしそうな気配に、背中がぶわっと鳥肌たつ。 あれ位じゃ屁とも思わないはずなんだが… 「なーんでこいつが男だって事になったんでしょーね?僕ちんあったま悪いから、そこんとこ教えてくれませんこと?」 詰め寄られたベルナルドは、苦い顔をしてため息を吐いた。 「ジャン。俺もなぜそうなったのか訳が分からないんだよ」 責められているベルナルドの答えに、ジャンも一緒に苦い顔になった。 ベルナルドの告白は続く。 「そもそも、情報はなぜか先代が持ってきたんだ」 「は?親父が?」 「おいおい。なんで親父がそんなもん持ってくんだよ」 ジャンだけではなく、他の面々にも困惑の表情が浮かぶ。 唯一ジュリオだけが無表情だ。 自分は「親父って誰だ?」と首を捻る。 ジャン達の親父?つーことは生みの親?こいつら兄弟? 「え!?ジャン達って兄弟だったのか!?!?」 素っ頓狂な声で思わず口から出てしまった。 すると、は?と、怪訝そうな顔を全員がする。 少し沈黙が訪れ、「あ、あー、あー。はいはい」とジャンが納得して頷き、ルキーノは呆れ顔で、ベルナルドはこめかみを押さえてため息を吐いた。イヴァンとジュリオは完全に白い目だ。 「あのな。親父ってのは、簡単に言えば俺たちがこの組に入った瞬間からの後見人って意味だ」 「こーゆー世界で言う組織のトップね」 ルキーノとジャンに説明されて納得した。 なんだ、びっくりした・・・ CR:5の先代であり、現顧問のアレッサンドロ・デル・サルト。 自分のことを報告した時、アレッサンドロはすでにそのことを知っていたんだそうだ。 なぜ自分のことを知っていたのか、と問えば。 「その辺は深く突っ込むなと言われた。実際、奴の故郷で調べさせても情報は整合したんだ。 が、ルキーノから言われた後、先代を問い詰めたら、『あの野郎、騙しやがったな』と」 アレッサンドロは盛大に舌打ちし、「ま、チョー色気ねーから、ジャンに押し付けてちょうど良かったな」と簡単に笑ったらしい。 悪かったな色気なくて。 「ってことは何か?親父はもともと、このゴリラ女を保護するつもりだったのか?」 イヴァンの問いに、ベルナルドは頷く。 「先方とはそれなりに親しかったらしい。誰かは教えてくれなかったがね。俺たちには一生関わり合うことはないから必要ないと」 「・・・親父は無類の女好きだからなー。その辺もわかってて、男って事にしたってことか」 よくわかってるお知り合いですコトと呟くジャン。 実際、女が自分の所に転がり込んで来るなんてわかっていたら、大騒ぎしていただろう。 デレデレのアホ面で。とその場にいた自分以外の全員が頷いた。 そんななのか。先代って・・・ 一度しか会ったことのないおっさんは、結構こわもてな感じに見えたんだけどな。 「―――それにしては、街まで調べに行って符号するのは、おかしい、です」 客観的意見を述べるジュリオに、全員が目を逸らしていたことに思考が切り替わった。 「――――オイオイ。薄ら寒くなってきましたのことよ」 ジャンの呟きと同時に、全員が妙な雰囲気でこっちを見てきた。 よくわかっていない自分は、一体何事だろうかと見返すことしかできない。 「な、なんだよ・・・」 「お前のバックにいる人物とは誰だ?」 「は?・・・な、なんだそれ・・・・」 ベルナルドの問いが、まったくわからなかった。 バック?? 元々1人だった自分と、つるむ人間どころか、擁護するような奴なんていない。 シスターがいなくなってから、ずっと一人だった自分に近づいてくるのなんて・・・・ 「・・・・・・・・・・あ・・・」 ふと、やけにちょっかいをかけてきていた奴のことを思い出した。 「心当たりがあるんだな?」 「え、・・・でも・・・・・・あいつか・・?」 ないないない。 そうでなくても想像できない。 「誰だ?」 「――・・・故郷の、・・・自警団の団長・・・」 とは名ばかりの、ただの貧弱なおっさんだった。 「やあ。君が噂の猛犬だね」 不真面目で軟弱そうな笑い顔。すすけた金髪に、やけに綺麗な青い瞳。 よれよれの小汚いジャケットを着て、煙草の匂いが吸ってない時も染みついていて。 猫背のおっさん。 威厳も尊厳も何も感じないチンピラにも劣る凡人。 それが第一印象だった。 「誰だよ。アンタ」 その頃の自分は、かなり荒れていて。 自分以外の人間は自分に危害を加える人間で、危害を加えてしまう人間で。 絶対に距離を取らなければならない対象だった。 「僕?僕はね・・・駄目な中年ですよ・・・」 情けなさ全開でため息を吐き、勝手に隣りにしゃがんで、勝手に話しかけてくる男。 やけに接近してくるものだから、身をよじって遠ざかれば、少し目を細めて笑った。 「一応君を追いまわしてる自警団を纏めてるんですけどねえ・・・・僕必要のないお飾りなので・・・・」 立ち上がって、本気で距離を取った。 目の敵にされているあいつらの頭が目の前にいる。 自分にやましい覚えなんてない。 だがあいつらは自分をいつも悪者にしようとする。 だから、会えば逃げるのがいつもだった。 「君に会えたのもねぇ・・・運がいいのか悪いのか・・・・」 警戒心を丸出しにして、周りの気配が動くのも気にして、男を睨む。 そんな自分を見て笑って、困った顔をする男。 「あ、僕、カインといいます。似合わない名前でしょぅ?」 「聞いてねーよ」 空気も読まずヘラヘラした顔で名乗るそいつに、舌打ちした。 「連れないですねー・・・・・・猛犬さんのお名前は?」 「・・・・・」 なんで言わなきゃいけねーんだよ。 ガン飛ばして無言でいると、男はしゅんと肩をすくめて唇を尖らせた。 「連れないですねー・・・・教えてくれたって、いーじゃないですか」 ふざけるな。お前に教えてなんになる。 お前なんかと関わりたくない。 「親にもらった、大切で、とっても素敵な名前なんですから」 だからなんだ。 その親だって、顔なんか、ろくに覚えていない。 自分の知っている親は、育ててくれた人は、シスター以外にいない。 黙ったまま答えない自分に、また男はため息を吐いた。 苦い笑顔を浮かべて、青い目が細く弧を描く。 立ち上がる男にますます警戒するが、男はあっさりと背中を向けて、いつ襲ってもこっちが勝てそうなくらい、無防備を晒した。 「―――それではまた、お会いしましょーね。さん」 手を振って、左右に体が揺れる不格好な歩き方で男は去って行った。 「・・・・・・・・・知ってんじゃねーか」 それが、故郷を捨てるきっかけの一つになった、あの男との出会いだった。 (そんなわけねーよ) |