38 trentotto 「自警団・・・ねぇ」 思い当たる節を答えた後、誰もが一瞬黙り込み、ジャンがぽつりと呟いた。 それに反応してジュリオも呟く。 「元締めであれば、それなりに政界にコネがあっても、おかしくはない・・・です」 「いやねーよ。だから。ねーって」 それを手を横に振って否定する。 「だってあいつ、チョー使えねってー、有名だったんだぞ?ねーよ」 それに、こっちに得?になるようにして、あいつに一体何の得になるというのか。 つか、ろくなところじゃねーけど。マフィアとか。 だが、納得していないベルナルド達の顔を見て何も言えなくなり、結局そのままその話は終わらされた。 その後、手打ちの内容はベルナルドに一任され、ジャンと一緒にいながら連れ攫われてしまったイヴァンには、相応の処罰が言い渡された。 「汚名挽回してやらぁ」と言っていたから、噂に聞く暴力的な罰ではないようだ。 そのまま、その日は終わり。夕飯を食って、寝るだけだった。 いつものコックの美味いメシをかきこみながら、終わったはずなのに何かが終わっていない感じがしていて。 体が嫌な感じにかゆい。 そんな杞憂を感じつつもすることも全部終わって、ベッドに入ろうかと思った頃、ジャンが部屋を訪れた。 「ー。はいっていーい?」 コンコンと戸を叩いて伺うジャン。律儀だなぁ。 「どうした?ジャン。なんか・・仕事か?」 「あーいやいや。チョット、ネ。話したいと思っただけ」 戸を開けてジャンを見上げる。 薄く笑みを浮かべているジャンは困っているようにも見える。 話すことなんて何かあっただろうか?と内心で首を捻ると「入っていいか?」とジャンがまた聞いてきた。まったく問題ないので、扉を大きく開けて促した。 悪いね。と行って部屋に入ったジャンに、「お茶でも出す」と言って外に出ようとして、「いらないいらない」と手を振られたから、仕方なくこの間くすねてきたクッキーを出すことにした。 「で、話って?」 ソファーに座って貰ってから話を促す。 「あー、いや・・・の、さ。昔話とか聞きてーなっ・・て。思ってサ・・・」 「昔?」 昔っつったって、漠然としすぎて話しづらい。 ふと話せるネタなんてあっただろうかと記憶を掘り返してみる。 困ったことにぶちのめしたことと、ぶちのめしたことと、ぶちのめしたことしか思い出せなかった。 自分の人生が残念すぎる。 「――たとえば?」 具体性を求めてジャンに問い返す。 「あー・・・そう。だな・・・・ ―――――――その、昼間に見えちまったけど・・・・その胸の傷っとか・・・て、さ、・・・・・・・・・攫われたときについたとかなの?」 「え?」 「え?」 しばらくお互いに腑に落ちない顔を突き合わせる。 てか、なんで攫われた過去ありとか思われてんだ。 「・・・・なんで、そうなるんだ?」 「え、違うの?」 あんなに過剰反応してたじゃん。と続けるジャンに首を横に降る。 「攫われたことなんかねーよ。これは・・・・」 これ、と無意識に胸にある傷の位置に手をやる。 あまり人に見せたくないものだと感じているのは、それが自分の馬鹿さをひけらかすものだからだろう。 胸の真ん中には、3センチ位の切り傷がある。間違いなく令嬢の前で脱いだ時に見られたんだろう。 この傷ができた時のことを思い出して、傷の奥がきしりと痛んだ。 「オレのせいで攫われちまったマンマ、――シスターを助けた時にできた傷だ」 自分が許せない衝動は、まだ息づいている。 ジャンを見ると、こっちをただじっと見ていた。 真顔のそれは少し怖く感じてしまう。どんなメンチを切られても気にならないのだが、どうもジャンが笑っていないと緊張する。 今ジャンが真顔なのは、自分の話をきちんと聞く体勢だからだろうか。 「あー、どこまで話せばいいかな?オレの人となりとか、言ったほうがわかりやすいか?」 「そーだな。・・・・シスターってことは、孤児院出身?」 「・・・物覚えがない頃に親がいなくなって、な。そのまま拾われたんだ」 ジャンに聞かれるまま、口からは意外とするすると言葉がでた。 遠い昔のことだ。 親がいなくなった、捨てられた、やむなく預けにきた。 そういう子供ばかりが周りにいたから、自分が特別だなんて思った事はない。 ただ、物心がつく前から共存していた異常な怪力は、誰の目からも特殊だった。 「物心つく前から、物を壊すことなんかしょっちゅうで、気をつけても気をつけてもタガが外れると思い通りになんなかった。 飯食うのだって、一苦労だったんだぜ。 パンが並んでる時は、一番安心したな。手でつかんで噛みちぎればよかったから」 力の制御ができないから、細かいことは特別苦手だった。 無意識な時も怪力は変わらずだから、寝て起きたら何かを壊していることもあった。 そのせいで、一人部屋で雑魚寝が当たり前にされた。 それは仕方のないことなんだと受け入れていた。 他の子供達は何人もが一部屋で寝起きしていたけど、1人で部屋を使う自分を羨ましいと見る奴はいなかった。 ただ遠巻きに、人とは思われていない目で見られた。 「オレがこんなだから、みんな気味悪がって近寄ってこなかった。 友達とかも、いなかったな。初めの内は仲良くなれても、何気なく動いたら大怪我の元になるオレと一緒にいたんじゃ、気が休まらなかったんだろ」 化け物と陰口されても当然だった。 無邪気に遊べば何かを起こす。 気をつけても何かが起こる。 癇癪を起こせば何かが起こる。 何もできなくて、萎縮して、閉じこもり続けた日もあった。 「それでも、そこの院長のシスターだけは、絶対に見放したりしなかった」 孤児院のみんながマンマと慕い、どんな子供達でも別け隔てなく愛してくれた。 誰にとってもあの人は聖母だった。 自分から触れることはできなかったけれど、恐れずに触れて、抱き締めてくれるのはあの人だけだったから。 ただそれだけで、幼い自分がどれだけ救われたなんて、計り知れない。 「すげー恩人なんだ。腐らないでいられたのはあの人のお陰だ。こんな暴力ぶら下げた体だって、嫌いにならないでいられた」 ただ壊すためだけにあるわけじゃないんだと、気付かせてくれたのは院長だった。 大人の男じゃないと動かせないようなものや、土木工事、そういう力仕事には自分は向いていて、当番を振り分けてくれた。 それから、院長と買い出しする時が一番嬉しい時だった。 金勘定やいい品物の見分け方とか、簡単な料理も、あの人が教えてくれた。 きっと、細やかなこともさせて、力の制御ができるようにと配慮してくれたんだろう。 何年もすれば、ナイフやフォークを使って皿を割ったりすることもなくなった。 「孤児院に悪さする奴らもぶっ飛ばせた。ぶっ飛ばしたあとは、やっぱり怒られたけど」 ガキの頃、街の治安は悪かった。 小さな徒党がいくつもあって、街を闊歩していた。 孤児院へ金をせびりにくる奴らは常で、酷いとものや人に当たって怖がらせる。 それが許せなくて、くる奴はぶちのめした。 「あん時は、自分が起こしたものの返り方も、わかってなかった」 孤児院を守っているんだと思っていた。 自分は役に立てているんだと。 だけど、それはただの思いあがりだった。 恨みを持った奴らの方が質が悪いのだと知らなかった。 「ゴロツキに恨まれたオレは、よく狙われるようになった。でもどんなに束になっても勝てたから、問題ないと思ってた。 でも、奴らはどこまでも性根が腐ってた」 あの時のことはいつも、胸にしこりを残す。 「オレが孤児院を留守にした日、あいつらは襲撃してきた。 子供たちも、他のシスターも傷だらけにして、院長を攫った」 出かけから帰ってきた自分の目の前に倒れ付す子供たち。シスター達。 悲しみと怒りを滲ませた目を、いくつも向けられて伝えられた言葉に、氷をぶつけられた気分だった。 無我夢中でアジトへ向かい、何も考え付かないまま、ただ暴力を奮った。 それでもどうにかなったのは奇跡だ。 あいつらがもっと小賢しければ、きっと二人とも死んでいた。 助けだした院長は傷だらけで、痛々しかった。 担いで逃げ出そうとして、背後で息を潜めていたゴロツキが襲い掛かってきた。 「攫われて、ボロボロだったくせに。シスターは、オレを庇おうとした。 ゴロツキが持っていたナイフがシスターに当たるのがわかって。 すれすれでどけて、刃先がひっかかって、こうなった。 骨でとまってっから、全然大したことねーんだ」 傷なんて一週間もすればふさがった。 切り傷だから後が残っただけだ。 「でも、シスターは。老体に鞭打たれたせいで、それから弱っていっちまって。次の冬にいっちまった」 自分にとって事件そのものが深い傷になった。 自分だけでなく、孤児院の皆も、院長を慕っている人はたくさん泣いた。悲しんだ。 院長が亡くなった後、もう孤児院にいることは出来なかった。 それは孤児院の皆の総意だったし、自分もいられなかった。 後はただ、償うにはどうすればいいか考える日々だ。 あの街を出るまで、ずっと。ずっと。 重たい十字架を背負ってる気分だった。 「しみったれた話しちまったな。ごめん」 しんみりした雰囲気が申し訳なくて、切りのいい所で話を終わらせる。 ジャンは少しの間を開けて、「あ、ああ、いや」と上体を動かした。 何かを考えるようにこっちをじっと見て、ふ、と相貌を崩した。 「なんでお前があんなに怒ったのか、謎が解けたよ」 ジャンの手が伸び、ガキにするみたいに頭を撫でられた。 「あんがとな。助けてくれて」 その言葉に、ふと院長がかぶって。 涙腺が馬鹿になりかけて、鼻がツンと痛んだ。 (なつかしくて、かなしい) |