39 trentanove










その後も、ジャンに促されるままに、自分の最低な過去を話した。

暴力を振るうことが贖罪だなんて、今思えば本当に自分は馬鹿で短絡思考だったな。

そんな自分の馬鹿な話を、ジャンは真面目に聞いてくれた。
それだけで涙が出そうだったけど、何とかこらえた。
鼻水が出たのは仕方が無い。生理現象だと割り切った。

「なーるほどね。それで?なんで追われる側のが自警団の団長と仲良くなったの?」
「仲良しじゃねーし。・・・なんか、わかんねえ。あいつが勝手に近付いて、ずけずけプライベートに入ってきたんだよ」

関わり合いになりたくないのに、あいつはいつもどこからともなく現れては、付きまとった。
顔を合わせれば声をかけてきて、食事はしているのかと心配してきたりする。
それなのにこっちを見る目は時々恐ろしく濁っていて、虚ろで。空っぽに見えるのに、怖いくらいに何かをぶつけてこっちを痛めつけてくる目が嫌いだった。
概ねいい奴のはずなのに、心が開けなかったのはあの目のせいだろう。

「働き口とか、色々口添えしてくれたりしてくれたか。どうせなら自警団を止めてくれたらよかったのに」
「働き口って、え、お前どれくらい逃げ回ってたんだよ?」
「シスターが死んだのが、18になるかならないかくらいだったから・・・・かれこれ7、8年くらい・・・かな」

答えると、ジャンはええーと信じられないという反応をした。

「それ、どう考えても奇跡っつーか・・・」
「たぶん、あのおっさんが情報操作してたんだろうな。実際、オレの姿を直接知ってるヤツもそんないなかったらしくって、怪力見せなけりゃだいたい雇ってもらえたし。
 噂はたしか・・・目があったらすぐ殺されるとか、生きたまま食われるとか、身長2m越えだとか、筋骨隆々の男だとか・・・・そっか、案外オレが男だって噂は広まってたんだな」

自分の噂を思い出しながら頷く。
一体どこから流れたのかわからない、出まかせばかりの噂だった。

「なあ、聞いてもいい?」
「なんだ?」
「なんで、その町を出ることにしたんだ? 理由はなんであれ、出て行く気なんてなかったんじゃねーの?」

図星を刺されて、身体が強ばった。
ジャンはなんでも分かるんだろうか。
観念して、頷いた。

「うん・・・・・出て行く気なんて、なかった。――――たぶん、今も」

そう。あの街に骨を埋める覚悟だった。
あの街は、自分を嫌っているけど。
それでもずっと住み続けて、受け入れてくれる人に出会わせてくれたから。大切なものを教えてくれたから。
ただ、守りたかった。

「でも、オレはやっぱり、あそこにいたって、あそこに住んでいる人たちを不幸にするだけだってわかったから」

だから、出ていくことになったんだ。

「オレの、故郷・・・ルートロは、内陸の、なんもない荒野みたいなところだ。地下水はあったし、かなり歩くけど川もあった。畑を耕せばそれなりには作物はとれた。
でも、それだけで資源なんてない。交易をするにも外れててフベンな、そんな街だった」

そもそもあの街は、元々開拓団や移民の中で、様々な理由で外れてしまった人たちが寄り集まってできたらしい。
故郷へ帰る手段もなく、居場所をなくしてしまった人たちの溜り場だった。
はじめの頃は農村として機能していたが、ある時から大きく発展する事になった。

「話にしか聞いたことねーけど、それって多分、おかしいことなんだ。デイバン程じゃねーけど、オレがガキの頃からルートロは村じゃなかった」
「俺も、たしかそんなんどっかで聞いたな。何かしら貿易ができなきゃ街が栄えるどころか、人も近寄らねえ。
だがの話が本当なら。ルートロは・・・別の財力があったって、ことか?」

ジャンの投げ掛けに、頷いた。
自分がそれを知ったのは、本当につい最近だ。

「あの街は、麻薬の生産をしていたんだ。それも、役人総ぐるみで」
「!」

ジャンの表情が固まった。

「オレが殺して回った奴らの中には、バイヤーもいたらしい。だからオレが邪魔で狙って来る奴らもいたんだって。
 オレに賞金もかかっていたらしい。
 それに、自警団も、グルだった。しつこく付け狙われてたのは、そのせいだった」

なんであんなにゴロツキが多かったのか。
なんでしつこくやり返しに来ていたのか。
なんで自分がいつまでも悪者にされるのか、全部説明がつく。

「孤児院の子供の半分以上は、麻薬を栽培している人間の子供だった。その孤児院から出て行った先の働き口も、麻薬畑だ」

引き裂いて、また戻される。
働き口に行かされた人間がどんな目に合っているのか全部は知らなかった。聞かないほうがいいとだけ言われた。
それで充分だった。
多分、あの街の大人は新参者でない限り全員が、知っていて、黙認していたのだろう。
自分達が生きるために必要だったから。
孤児院も、自警団も、街そのものが全部グルになって。

「あの街はみんな、麻薬のオンケイで生きてたんだ」

それをオレに暴露したのも、あの団長だった。
ただそれは、全てが終わった後の話だ。

「オレは、その麻薬農場も、責任者である町長もぶっ潰した。町長は、人を人とも思っていないことをしていたから」

知り合った街の子供が、年の離れた兄と連絡が取れなくて泣いていることがきっかけだった。
兄の行方を捜しているうちに、同じ孤児院の子供が何人もそこで働いていることを知って。
それから、街で人格者と謳われていた町長の、裏の顔も見た。

麻薬栽培を行わされているのは、正直腹が立ったけど、街の利益のためとは何となく察することができたから、ぶっ潰したい理由には弱かった。

何より許せなかったのは、人を人とも思わない人体実験と、用の無くなった人間の末路が、あまりにも悲惨だったからだ。

自分の利益のために、人を家畜以下の扱いで消耗させ、殺して、楽しんでいる奴の顔を見たら、頭の中が真っ赤に染まった。

町長の屋敷に飛び込んで、町長も、そこで暮らして同じ汁をすすっていた奴も全員、全部、何もかも殺した。


「それがきっかけで、完全に嫌われた」


外ヅラは人格者だった町長を殺したことで、明らかに悪人と認識された。
それに、何の関係もない、何も知らずに働いていた人たちもいたのに、全員殺したことで、もう、言い訳も何もできなかった。


自警団だけでなく、街の人間にも追われることになった。


「オレを、街から逃がしたのも、団長だ」


自分のした過ちは、もう償うなんて生温い所まできていた。
自分がいなくなれば、こんなことは起きなかったのに。
自分は悪魔なのに。


なのに、あのおっさんは。


「オレが悪いんじゃないって、言ったんだ・・・・」


情けない笑顔で。説得力の欠片もない戯言で。
ただ、悪くないと言った。

そして、街から出ることを進めた。


『君はここから追い出されるんじゃない。こんな町から出ていくんだ。』


君がこんな狭い町で潰されるなんて、馬鹿げている。
もっと広い世界を見に行きなさい。
こんな街なんて、近いうちに潰れてしまうのだから。
一足先にさっさと逃げるのが賢いってもんだよ。


そう言って、あのおっさんは、晴れやかに笑った。


理解できなかった。
自分は罪人だ。
なら、裁かれるべきだ。
自分を恨む人間に、裁かれて当然なんだと言った。

だけどおっさんは、そんなものは必要ないと言った。
君が罪だと思っていることは、君自身が許せないせいだと。
裁かれたいと望んでいるのは自分自身なんだと。
君の行った行為の理由を知った時、誰も君が悪いという人間はいないんだと。

『多くの犠牲を出したことは、君を苦しめるだろうけどね。仕方が無いんだよ』

仕方がないで済ませられるわけが無い。
なのに、自分の言葉はおっさんには受け止められなくて。
煩わしそうに、冷たい目を向けて、それでも笑顔を作って言うのだ。

『君は、まだこの街に居場所があると自惚れているのかい?
 ある訳がないだろう。
 そんなに死に急ぎたいなら止めはしないけどね。
 でも君の死体があったって、不燃物が増えるだけなんだよ。
 だったら誰もいない、誰の迷惑にもならない所で、一人で勝手に死んでくれないかな?』


―――――それが嫌なら、君にいい行き先を教えてあげる。


そして団長は、デイバンへの行き先を教えてくれた。
財布の中身を全部ばら撒いて、自分で決めなさいと突き放して。

おっさんは去っていった。


「死んだら良かったのかなんて、今でもよくわからないんだ。
 オレがやったことは、全部裏目に出て、だったらもう何もやらない方がいいってわかっているのに。体は勝手に動くから。
 ただ、もしも、もう一度だけ、チャンスがあるなら、今度こそ、守れる人間になりたいって、思って」

そして、はした金だけ持って、故郷を去る決断をした。

デイバンに来るまでのことは、あまり覚えていない。
そんなに時間がかからなかったようにも思えるし、恐ろしく辿り着くのが大変だったような気もする。
自分のことでクラッシュしてたから、立ち直るまでずっと気もそぞろだった。

「デイバンにつけたのは、奇跡だったって、思うよ」

そう締めくくって、自分の最低な暴露話を終わらせた。
ジャンを見ると、こっちを向いていなかった。

どこか遠い目で何かを見つめていて。
しばらくした後、片腕だけがこっちにのびて頭をぐしゃぐしゃに掻き回された。
ずっと掻き混ぜられて、しまいには両手になって。
頭が押されて座ったままかがむ形になっても、ジャンはぐしゃぐしゃと頭をもみくちゃにした。

「ジャン??」

意味が分からなくて声をかけるが、ジャンはしばらく無言だった。

「ホントに、良かったのかよ」
「え?」

ぽつりと落ちた呟きに、首を傾げた。

「俺らは、お前の嫌いな人種そのものだぜ?お前、何もわかってねーよ」

「聞くんじゃなかった」とジャンの声が頭越しに届いた。
覆いかぶさっているジャンの指が、頭の皮膚を髪ごと引っ張った。

「でも、オレ・・・・嬉しかったんだ」

もみくちゃにされながら、そう返した。

「行き倒れてたのを助けてくれたジャンの優しさとか。オレを雇うって言ってくれたこととか。タイトウに接してくれるところとか。
 化け物と同じ力を見せても、怯むどころか、爆笑してくれたこととか」

ジャンは、自分を否定しなかった。

「だから、ジャンが最低最悪な悪者でも・・・・オレには、構わなかったんだ」

受け入れてくれる人がいることの喜びを、もう一度ジャンは味あわせてくれた。
今度こそ守るべき人はこの人なんだと思った。

それが自分の求めていることと、また違うことにつながっても。
この人に感謝したいと思ったことだけは、変えようがなかったから。


「オレ、やっぱ、最悪なのかな。この世にいたら、ダメなのかな」


胸から渇いた笑いが漏れた。
矛盾した自分の信念よりも、自分の欲望に忠実に生きた自分は、どこまでも最低だ。
短絡的で、愚かだ。

上からの重みが無くなって、顔を上げさせられた。


「お前は俺のだっつってんだろ。ご主人様の命令は絶対。俺がいらねーって言うまで、絶対はなれんじゃねーぞ」


ジャンの目は据わってた。
でも、どこか、泣きそうに見えて。なんだかそれが、心の中を暖かくさせた。


「うん」


馬鹿みたいに、嬉しかった。










(それが間違ってても、きっと後悔しない)



罪の償いよりも、大切だった。
2013.5.1