44 quarantaquattro












なにかが起こった時のための備えはしたが、結局、最後の商談場所に辿り着いても視線の主は正体は現さなかった。

(監視って、とこか?)

いつまでたっても姿を現さない理由の一つとして、そんなことを考える。
だが、今でもまだ陰湿な視線は感じていて、商談は佳境でも、まだ終わってはいない。

視線を浴びながら待つ玄関ホールで、周囲に気を配りながら出所を確認するが、やはり見つからない。
おそらく肉眼で見える位置にはいないのだろう。

こっちはうろうろと移動しているというのに、ご苦労なことだ。


緊張した空気の中、商談の方は決着がついたのか、ジャンと商談相手が部屋から出てきて、握手を交わした。

それを横目で確認して、商談相手が安全に帰れるように車をホール前につけるため護衛が動く。

「それでは。ミスターデルモンテ」
「本日は御足労頂き、ありがとうございました。ミスター――――」

黒塗りの車の扉を開いて客を乗せ、何事もなく車は去っていく。
車のエンジン音が聞こえなくなるまで見送った後、商談中に襲撃が起きなかったことに、自分もジャンも息を吐いた。

「ふぃー。無事に終わったな」

肩と背中を伸ばしたジャンが呟く。
商談中に邪魔が入らなかったことは僥倖だった。

ジャンの安堵に頷いて、こっちも帰るために車をつけるように指示し、ジャンを建物内に下がらせた。

 ドンッ

体に響く音に振り替えると、さっきまでいた場所に穴が開いていた。

煙硝が登った穴は、一目で銃弾とわかる。

「ジャン!」
「うおっ!?」


ドンッ ドンッ


――襲撃だ。


頭で結論付ける前に、体はその対策に動いていた。

守らなければと、ジャンの背中に手のひらを押し付けて建物の中に押し投げる。
たたらを踏んだジャンは、扉の奥まで入ったところで護衛に抱き止められた。

押した方の腕に銃弾が掠り、前方に穴が2つ開く。

振り向いて前方の建物を見上げ、いくつかのビルの中の一つからほんの少しの光と人影が動いたのが見えた。


―――あれが今回の元凶か!


!」
「ちょっとぶちのめしてくる!ジャンは本部に!」

ようやく見つけたしっぽと、ジャンしか狙わなかった手口に対する怒りで、足は勝手に駆け出していた。

「よせ!」

ジャンの制止は耳を素通りし、ぶちのめすことしか頭に浮かんでいなかった。

「あのっ・・・バカ!」
「カポ・デルモンテ!?」

だから、ジャンが追いかけてくるのも気が付かなかった。









目当てのビルは、すぐにたどり着いた。

おあつらえ向きの人気のない廃ビルだ。
近づくと上から発砲され、丁度真上にあった明かり灯がぶっ壊れる。

明らかにこちらを煽るその行動に、身の内はたやすく火が付く。


(よしきたまってろ。今すぐぶん殴ってやる。)


挑発と受けとり、俄然殺る気が膨らんだ。

その気分を隠さず、見つけた分厚い金属扉を蹴り壊す。

入ったビルは一通路の細い作りで、階段は1つしかない。
逃げ場のない袋小路へ、向こうを追い詰めるために階段を登った。


そして、屋上に出ると、縁に立つ男が1人こっちを見ていた。

「待ってたぜ。化け物」
「あぁ?」

ライフルを腰だめに構えたその男は、死にそうに痩けた顔を気色の悪い笑みに歪めている。

目だけはギラギラ、殺意とは別のものも含んでいるように見えるのが、やけに気になった。

「あぁ、・・・やっばりてめぇだ。あのクソ村の、モウロクババアに飼い慣らされた、化け物」
「ダレだ?テメェ」
「フアッハハハハ!!覚えてるわけネエよな化け物!
 だがこっちは怨み辛みがクソほどあんだよ。
 てめえにコマ肉にされた仲間も、弟も。
 俺がこんなマカロニ臭ぇ所でドブ啜ってることもなあァ!!」

喋り様に男の引き金にかけられた指が動き、反射的に体を横にずらした。
まばたきの間に後方で何かが当たる音と銃声が弾け、射たれたことを自覚する。

なんだあれ。音の方が後からきたぞ。

「ひょっは!?・・くゃっははっ!
 マジモンの化け物だなァ。
 こんなもんじゃ使い物にならねぇってか!?」

狂喜した男がこちらに銃口を向きなおす動作を視認して、更に横に逃げる。
装填レバーを引いてすぐに放たれた弾はなんとか避けたが、同時に男がビル内に入り、逃走を許してしまった。

(クソッ、逃がすかよ!)

すぐに追いかけて、一階下にかけ降りる。
奴の傍だろう階下が一瞬明るくなって、火だと気づいた時には、すぐ足元に何かを投げつけられていた。
ダイナマイトだと視認して、追いかけた足の勢いのまま階段下に飛び降りる。


  ドガン!


耳が死にそうな大音量と視界が奪われる閃光。

救いだったのは後ろを向いていたのと、多少距離がとれていたため、爆炎の直撃からは逃げられた。
それでも踊り場からの高さと爆風は体勢を崩すには十分で、着地に失敗して前方に転がり、壁へ激突した。


痛みと同時に息がこぼれる。
喉から競り上がる息苦しさに、ぶはあっと息を吐き出せば、体の硬直も解けた。ついでに全身の痛みも拡散して、倍になって戻ってきた。

喉にも埃を大量に吸い込むことになり、息苦しさは治まりそうにない。悪態をついて、目を開く。



そしてまた、ポスンと何かが近くに放られた音がした。






(あ、死ぬかも)




2016.4.10