45 quarantacinque を追いかけ、俺がビルに駆けつけた時に2度目の爆発音は起こった。 壁が爆発で壊れ、ビル内から煙が上っている。 「っ、・・・!」 息切れて呟く自分自身の声に、余裕がないのは自覚している。 言い様のない焦燥感は、判断を鈍らせ、幸運の女神を逃すことがある。わかっていても、平常心でいられなくなっていた。 急かす胸のうちに押されて、俺は切れる呼吸を無理に飲み込み、崩れそうなビルへ再び駆け出す。 もしも、が死んだら。 そう考えるだけで言い様のない不安がつきまとう。 あの女が爆弾ぐらいで死ぬと思うのかと、冷静であれば考えるはずが、今の俺は麦のひとつぶほどもそんな発想が浮かばない。 ただ1つ、俺の中の真実が告げる。 どれだけ強かろうが、化け物そのものの怪力を持っていようが、は人間なのだ。 走る俺の視界に飛び込んできたのは、ビルから現れた男だった。 思わず足を止め、動向を観察する。 男は悠々とビルを見上げ、皮肉げに引き上げられた口端のまま、奇妙な笑い声を漏らした。 「これで死んだなんて思ってねぇぜえ?」 男の肩にはスコープ付のライフル銃。それを構え向けられた視線の先は、ビルの上階に空いた煙はためく穴。 俺は閃くように事態を悟り、使いなれない護身用の銃を懐から取り出して、男へ数度引き金を引いた。 が、まったくデタラメな銃弾は、男には当たらない。 だだ、僅かにライフル銃身を空気が掠めた様で、横にふられた銃身と銃声でこっちに気付いたらしい。 煩わしく振り返った男の目は狂気を孕んでいた。 いい気分のところを邪魔されて、御立腹、てとこか? ライフルごとこちらへ体を向けた男は、俺を視認すると、とたん、狂気はそのままに、また口の端を引き上げた。 「、ひゃっ、は、!ゲロ飯でつれるたぁ、たいした大将だァ」 殺気と狂い淀んだ視線がこっちを射ぬく。非力な俺は、いつもなら即行で逃げ出して安全確保を優先するところだ。 逃げだしかける足をコンクリートにつなぎ止め、俺は男を睨みすえ、両手で銃を握りしめ直した。 落ち着けと、腹に落としこむ。ここで逃げるのは悪手だ。 「今日の害虫はテメーか。ウチに色目使って、ただですむと思うなよ」 「ひひっ、俺は化け物退治ができりゃあ、他はどうでもいいんだよ」 甲高いのに粘っこい、気色悪い笑い声が勘に障る。 ケヒケヒ笑う男の手が懐に伸び、ダイナマイトが取り出されるのを見て、流石に本能が逃げを打とうとして一歩後ずさった。 5本をテープでまとめられたそれを、至近距離で浴びれば、誰でも漏れ無くひとたまりもない。 「でもまあ、ドブ仲間もマカロニには辟易してるからな…」 「折角のフィーバータイムだ」と、ライターに火が灯される。 投げられてたまるかと、俺はとっさに引き金を引いた。火をつけられるより、男を殺す方が早い。 しかし、予測した男はバックステップを踏んで横に避けた。 なんつー奴だ。 避けた男は何がおかしいのか、「ひゃぁはっ、案外できんだなァ!」と、ケタケタと笑った。 しかし火をつけるのは諦めたのか、男は片手でライフルの銃口を俺へ向けた。 こっちはもう引き金を引けない。すでに打ち止めだ。俺の射撃センスは本当に残念だ。 万事休す。 「う、ちの、ボスに、なにしてやがんだワ¨レ¨ェェェエ!!!」 背中に嫌な汗が伝い流れた感触にあっていたとき、上空から怒声と影が落ちてくる。 声の方向を向く暇もなく、それは目の前を通りすぎた。 男の肩から綺麗に両足をめり込ませた影は、男と一緒に地面に転がていく。 影は、地面に擲たれた男から更に1回転転がって、ゆらりと立ち上がった。 ぜえ、と肩で息をした影は、だ。 いつもながら心臓の悪い、ダイナミックかつコメディな登場のしかたに唖然とする。 立ち上がったの顔は血だらけ、服も見える肌も擦過傷と火傷だらけだった。 ビルの中で爆発に巻き込まれたのだろう。 満身創痍の体は、なぜだろうか。俺にはここにいる何よりも生に満ち溢れているように見えた。 ボロボロの中で唯一輝く、スカイブルーの目が、そう思わせるのだろうか。 ぞくぞくと背筋を這う感覚が、俺の目をに釘付けさせる。 安堵でもない、驚愕は近いが正解じゃない。今自分が感じている感覚はなんだろうか。 本当にはこっちの思考を停止させることに長けている。 さっきまで命の切った張ったしてたってのに。眺めるだけになってしまった。 気が動転して状況把握ができず固まる俺を他所に、は転がっている男へ手を伸ばし、胸ぐらを掴んで持ち上げた。 おそらく気を失っていたであろう男は、全身を揺すられた痛みで起きたのか、「ぎゃあ!」と叫ぶ。 「死ぬ覚悟はできてんだろな?」 「っ、――ぁが、ィ――ぎぃ!?」 袋を振り回すように、は男を回して担ぎ、地面へ振り落とす動作で男の体が宙を舞った。 地面に叩き潰される男を予測して、俺はとっさに制止をかけた。 「待て!」 頭上で逆さになった男の体は、軽い音で地面に戻される。 不満気なの顔から、俺の指示を優先してくれたのだとわかった。 三半規管を乱暴に揺すられた男は既に虫の息だ。 すぐには回復しないだろうと判断して、急いで銃火気類を男の体からむしり取る。 「こいつはベルナルドに渡す。いいな?」 男の手足をその辺の布や紐で縛り上げながら言えば、はコクリと頷いた。 その顔が何故か不安に揺れていたのを、俺は見逃した。 どちらも理由はバラバラに、異常事態に混乱していたのだ。 (ちゃんと、生きてる) |