5 cinque しばらくダンマリが続いた。 いったい何から話せばいいのかよくわからない。 それにそもそも、この目の前の金髪の兄ちゃんはともかく、他の連中が自分の言うことを信じてくれるのかが怪しい。 ちらちら後ろを見てこまねいていると、兄ちゃんが首を捻った。 「言いにくいなら、俺から言う? 俺はジャンカルロ・ブルボン・デルモンテ。長いからジャンでいい。ンデ、こいつらのボスね。 他のやつらは・・・眼鏡かけてるのがベルナルド、赤毛のでっかいのがルキーノ。で、そっちのひょろ長い美形がジュリオだ」 まずは名前から、ということか。ジャンは自己紹介をしてくれた。 正直、全員の名前なんて覚えられないけど、兄ちゃんの名前は覚えられた。 ジャン。ジャンか。 「・・・・」 名前をぶっきらぼうに呟く。もっと言いようがあったはずのに。いつも思うがこの口は敬語とかを吐くのが苦手だ。 「?珍しい名前だな。出身どこ?」 それでもジャンは気にせず、さらに訊ねてくる。 確かに、珍しい名前だろう。自分自身、このという名前と似たようなイントネーションの名前は聞いたことがない。 だから、いつもしている説明がスラスラ口から出せた。 「アメリカ生まれ。父親はイタリア人で、母親が日本人。この名前は・・・母親がつけてくれた」 「ジャポーネ?また珍しいな。んー、でも顔立ちはチャイニーズに似てるか?色は白人っぽいな」 「日本人の方が強く出てるから」 自分の容姿もよく言われたことだから簡単に言える。 この顔で嫌なこともあったが、別に嫌いな訳じゃない。それに、記憶おぼろに覚えている母親の顔は、とても綺麗なものだった、と思う。その母親と似た顔を持っているのは、少しだけだが自分の自慢なのだ。 童顔だということ以外は。 「フーン、そか。で、なんであんなとこで行き倒れたんだ?」 今度の質問には、少し間が必要だった。 いったいどこから話せばいいのかもわからなかったし、簡単に説明してしてしまうと、なんだか言い訳みたいで気持ち悪い。 「ずっと暮らしてた街で・・・すこしやらかしちまって。住みづらくなっちまったから、放浪してたんだ」 でも他に言いようがなかったから、しりすぼみになってしまっても答えた。 「で、デイバンに?」 「ここはイタリア系が多いだろ?他の移民もそこそこ多いし・・・だからオレみたいのが混ざっても、そんなに目立たないと思って」 「ふーん。ナルホドネ」 こくこくとジャンが頷く。納得してくれたんだろうか?この後の質問は少し待ってもやってこなかった。 それを機に、不安だったことを聞いてみる。 「なあ、オレ。ひょっとして、メチャメチャ勘違いしてたのか?」 「ん?なにが?」 ジャンが目を瞬く、今度は具体的に言ってみた。 「あのファンクーロ共、あんたらの仲間じゃ・・・なかった?」 「つーと、お前が壁に沈ませた奴ら? ああ。あいつらは俺らと小競り合いしてるGDっつーギャングだ」 「じゃ・・」 「ま、そーゆうことだネ」 やっぱり・・・・あれ、勘違いだったんだ・・・!! 「ご・・・ごごごごごめん・・・!!」 あああ、なんてことやらかしちまったんだ。あの馬鹿共沈めた後の騒動は完全にいらないものだったんじゃないか・・!! 自分・・・何したっけ?人投げまくって・・・タル壊して・・・他にもなんか色々ぶっ壊した気がするんだけど・・・!! 「ま、気にしなさんな。確かにあの辺の損害でベラボーな額がかかるけど、しょーがねーよ。GDが悪い」 そう言われたって、噴き出してきた冷汗は治まりそうになかった。 「お、オレ・・・・ぶっ壊した原因・・・・弁償するから・・・!」 「だから気にスンナって」 「だ、でも・・・そんな・・・ただ働きでもなんでもするよ!だから償わせてくれ!!」 ちゃんと、ちゃんと責任は取らないと!! 悪人にはとことん迷惑をかけてもいいが、一般人や他人に迷惑をかけないで生きるって誓ったんだ・・・! 頼む!と頭を下げてジャンを見ると、いたずらっ子の笑みを浮かべて自分を見ていた。 「その言葉、待ってたぜ」 目を瞬く。なんだろう。 これって、どういうこと? もう一度瞬くと、ジャンが立ち上がり、後ろへ振り向いた。 そして大きく両腕を広げて、左横にずれる。 ちょうどその位置は、右手が自分へ向けられているような位置で。 「という訳で、今からこいつを俺専属の部下に任命しまーす」 その場所で、ジャンが高らかに宣言した。 「は!?」 「な!?!」 「ジャン、さん・・・何を・・」 突然言い渡された男たちは、全員が目を剥いた。・・・自分も目を見開いた。 確かに自分も願ったことであるが・・・こんなに早く結論が下されるなんて思ってなかった。 この中で一人冷静なのは、この状況を楽しんでいるようなジャンだけ。 「反対意見は認めませーン。あー、でもさすがにいきなり構成員っつーのは乱暴かな?」 「乱暴どころか、何を馬鹿なことを言っているんだジャン!身辺調査すらまともにできてない人物を、カポの護衛にできるわけがないだろうっ!」 ジャンはちっちと指を振って、自分の行いを省みて首を傾げた。 それにすぐさま反対したメガネが頭を抱えている。うわー。大変そう。 「大体!なんでそんなこと考えついたんだ」 「んーカン?」 「カンって、お前な」 そして赤毛の男が食いついてきて、ジャンは首を捻った。赤毛の男の肩もガクリと落ちる。 「いや、だってさ。俺の直属の部下って今のとこいないわけだし? かといって、いつまでもお前らやその部下借りるのもどうかと思っててさ。 その点こいつ・・・?は護衛に最適だろ?ま、俺は直接見た訳じゃないケド」 「確かに、能力は高いですが・・・」 肯定を漏らしたのは、優男だった。でも優男もかなり戸惑っている。 「ジュリオのお墨付き!これ以上もないんじゃね?」 しかし男たちの戸惑いも蹴散らして、ジャンは高らかに俺を推薦した。 確かに、腕っ節には自信がある。人を守って戦ったこともある。バズーカが来たって勝つ自信はある。・・あるけど。 「本当に、いいのか?」 おそるおそる、ジャンに問いかけた。 「ま、お前の希望しだいだけどな」 そう言ってウィンクひとつ。まるで子供のおねだりを許す母親みたいに言ってくる。 その様が、自分の胸の中にぽっと何かを作り出す。 「やる!やるよ!お願いしますっ!」 衝動的に、かなり興奮して声を上げた。 もう一度頭を下げる。ジャンは満足そうに口元を引き延ばした。 けど、それで話はまとまってくれない。 「待てジャン。勝手に決めるな。こいつの身辺調査が終わるまでは無理だ。 仮にもボスの直属を、そんな犬猫を買うほど簡単に決めないでくれ」 渋ったのは、メガネの長髪だった。他の赤毛も優男も、かなり渋い顔をしている。 「んじゃあこいつの身元が白ければ、雇ってもオーケイ?」 「そういう問題じゃないだろ。よくて準構成員だ」 「ちぇ。ケチ」 今度は赤毛がたしなめてきて、ジャンが口を尖らせる。 あああ。もうなんでもいいからさ!! 早く決めてほしい! 「なぁ、早く決めてくれよ。さすがにこのカッコ疲れたんだけど」 「ぶっ」 いろいろ驚くことが多いけど、自分がいま椅子にくくりつけられている状況は全く改善されていない。 高揚して暴れたいのに暴れられないこの状態はきつくて仕方ないし、ずっと動けないのもプラスしてストレスが貯まってとしんどい。 そう嘆くと、またジャンが噴き出した。 どうもこの人にとって自分の行動はツボにはまるらしい。いつもならキレて暴れる反応だけど、なんでかジャンがしてもムカつかなかった。 それに、他の男3人はめちゃめちゃにらんでくるから、暴れてどうなるとも思わないし。要注意は優男だけだが。 「状況が理解できないのか。お前に選択権なんてある訳ないだろう」 「ジャンさんの前で危険人物を解放するものか」 「命の恩人の前で暴れるか」 男たちの睨みなんて自分にはまったく効かない。 けっと吐き捨てて、一番気になるジャンを見ると、さすがにこれは駄目なのか、首を捻っていた。 「んー、まあさすがに今は無理だな。悪いな」 「そか・・・」 ・・・小便したくなったらどうしよう。なんて、考える。 あ・・・しまった。考えたら気になってしまった。 極力考えないようにしなければ。 俯いてどれだけ我慢できるかを計算していると、ジャンがまた顔を寄せてくる。 「ま、俺らが出たら別の奴に頼むからさ。もうちょっと待っててくれ」 「わかった」 そこで話はいったん終了した。 今度会う時は自分の身辺調査が終わった後らしい。 一体どれくらいかかんだろ?それまで椅子と友達してなきゃいかんのかなぁ? そんなことも考えていたけど、その日のうちに椅子からは解放された。 まあそれでも監禁となんにも変わらないけど。 ベッド食事つき。トイレは見張り付き。風呂なし。 一日前までの自分の生活を考えれば、自由度は恐ろしく減ったけど、死ぬようなことはなくなった。 これからどうなんのかな? なんか変なことになったけど、不安はまったくなかった。 空腹へと送り込む飯のうまさが不満を蹴散らせてくれた。 ついでに、自分でも忘れてたけど、撃たれた銃痕や切り傷擦り傷なんかは、この時には血も止まってふさがりかけていた。 ・・・・・・時々、自分でもこの身体はアリエナイと思う。 (とりあえず・・・雇用先は決まったってことで・・・いいのか?) |