きっかけは、ジャンの一言。 「最近女のおの字もない生活ばっか・・・・」 かなり疲れた、そして、うんざりした声だった。 最近のジャンの生活は、確かにその通りで仕事一色。 社交界のような招待も、接待もなく、相手にするのは強面の爺さんやオッサン。ひと癖もふた癖もある怪物と名高い男たちばかりだ。 そんな奴ら相手では、ジャンのタフな精神も、すり減りこそすれ、回復などしないのは当然なのかもしれない。 「あー・・・たまにはおねーちゃんとイチャイチャしてーなー・・・・」 その言葉が、胸の中に引っかかって抜けなかった。 Per Lei 10月10日。 この日、CR:5の本部では大掛かりなパーティーの用意が着々と進行していた。 何と言っても二代目カポであるジャンカルロ・ブルボン・デルモンテの誕生日である。 いつもは締める所は締める組の財布も、今回は盛大に落とすらしい。 正直なとこ・・・・そんなに盛大でなくっても良いんだけどねー・・・ なんて思うのは、本人くらいのものらしい。 誰も彼もがなぜだか意気揚々と準備に取り掛かっているのを、この俺・・・・本日の主役であるCR:5のカポであるジャン様は、部屋の隅っこで眺めていた。 まあ?祝われる側の人間がまだできてもいない会場で、暇を持て余しているのもどうかなーとか思うんだけども。 でもさー・・・・やることがないのも事実なのよね。 今日のこの日の為に、みんなして開けようとスケジュール調整やら仕事の前倒しやらをしていたらしい。 そこまでせんでもできる人間だけで良いし、ささやかでも俺は構わないんだけど。と言ったら、主にベルナルドとジュリオに泣かれ、ルキーノには組織としての面子があるんだよ、と説得されてしまった。 そう言われてしまえば、そんなもんかね、と受け入れるしかない。 それに外からも大御所なんかの招待もある。そしていかに我々の組織が強いのか、経済力があるのか、力があるのか、そう言うのを誇示するのにぴったりなんですって。 やーねえ。それだとなんだか、俺の事を素直に祝ってくれているって思えないじゃないのサ。 本当のところ、ちゃんと俺のことも慮ってくれているのはわかる。 だから、この誕生日も、嬉しいことは間違いないのだ。 (―――――はー・・・それにしても、ヒマ) 今日の仕事は午前中に片付き、残る仕事はこの、誕生パーティーに出席することだ。 夕方から始まるパーティーは、まだまだ時間に余裕がある。 せっかくなんだから優雅に昼寝でも―――と思ったのだが、いざ寝てみようとして、寝付けなかった。 働き三昧な生活を続けていたせいか、日中に寝るという行為が体から抜け落ちてしまったらしい。 あーあ。やな性分になっちゃった事。 で、しょうがないから、俺が暇なら自然と暇になると、どこかに行って暇をつぶそうかと思ったのに。 そのもルキーノと一緒にどこかへ出かけてしまっていた。 ごめん。と謝ってルキーノに連れていかれたを見て、不満がこみ上げた。 俺の部下なのに、別の奴に連れてかれるのが面白くない。そういうガキみたいな独占欲。 そんなモヤモヤをはらそうと設置活動を見に来たのだが・・・・ま、こんなことでモヤモヤが晴れたら苦労しないのよ。 結局、が帰ってこない限りモヤモヤは続く気がする。 あらまあ・・・俺ってば、いつからあいつのことこんなに好きになったのかしら。 ――いや、どっちかって言うと、自分のものが他人に取られてしまったような、子供の癇癪みたいな気分だ。 大好きなおもちゃを取られてしまったお子ちゃま、って感じかしらね。 ――――――――――――――早く帰ってこないかしら。 そう思ってひとつ溜息を吐くと、いつから近くにいたのか、ジュリオが慌てた顔で「どうしましたか?」と聞いてきた。 そんなこんなでパーティは開始された。 俺のおもちゃことちゃんは、始まる直前になっても俺の所に帰ってくる気配はない。 護衛にはジュリオを従えて、俺は来客の挨拶を作り笑顔で応えていた。 「本日はお招きに預かり―――」「こちらこそお忙しい中―――」と、多少言い回しは違えど同じようなセリフを延々と言うのはなかなか苦痛だ。 それでも堂に入り、嫌な顔一つせず捌いていくのも俺のオシゴト。例え内心不機嫌だろうと、笑顔を浮かべて接待しないといけない。 「ジャンさん。お飲み物、持ってきましょうか」 「あー、うん。頼むわ」 「はい」 一通り捌き終えて、そろそろ喉も辛いかなーと思う所にジュリオの言葉。 すぐにジュリオはボーイを呼んで、俺たちへシャンパングラスを用意させた。 ジュリオとボーイに「グラッツェ」と礼を言って、一口。シャンパンの炭酸が喉に当たって気持ちいい。 それにしても、なんでまだ帰ってこないかね。 喉の心地よさとは反対に、気分はすこぶる悪い。 未だに帰ってこない俺の部下に、ちょっと―――いや、かなりイライラしている。 仮にも俺の護衛としているっていうのに、なんであいつはさっさと帰ってこないのか。 ―――――――――というか、一体今何をしてるのか。 連れて行ったというルキーノの姿も見当たらないし。 と考えて、さらに気分は黒くなる。 あの伊達男が一体何の為にを連れていったのか。 はー、もぉぉ。考えるな!考え続けるとろくな気分になんないんだから! アタマを掻き毟ってしまいたい衝動を、シャンパンを飲みきることで抑える。 と、横から近付いてくる影が。 その人物を見て、俺は一瞬口笛を吹きそうになった。 青いホルターネックのロングドレスを着た東洋系の美女が、そこに立っていたからだ。 東洋系は胸がない奴が多いのだか、実に俺好みにボンキュッなスタイルをしている。 ―――って、あれ? なんか、顔に見覚えがあるような・・・・・ 「ジャン・・・」 女が口を開く。所在なさげに腕を組んで、俺を呼んだその声は。 「え?――――??」 俺の問いに、ドレス姿をしたが、こくりと肯定の頷きをした。 「おま、・・・なんでそんなカッコ・・・してますのん?」 「う・・・・」 ここで赤く頬を染めたら可愛いのに、は顔を青くして絞りだすように言った。 「せ・・、せっかくのボスの誕生パーティーに華がないのもどうかって・・・ルキーノ、が・・っ・・」 いつもの威勢の良さはどこに行ったのか。いっそ憐れなほどに、は縮こまっている。 なんか俺が苛めてるみたいじゃん。 と、思っているその隣りで、ジュリオがアホな人間を見るような蔑んだ目をしていたのだが、生憎俺には見えてなかった。 「はぁぁぁあ。――――――いや・・・・・まぁ・・・・似合ってるから?・・・イイけどぅ?」 間の抜けた声で答えるも、実際は、文句なしに、とてもイイ女に変身していた。 いつも見ている顔だったからこそ正体が分かった訳で、知らない人間は性別を疑いもしないだろう。 それにしても、ルキーノグッジョ(ry―――ああいやいや。・・・・なんて事を思いつくんだか。 んで、何でこいつも嫌がらずに着るのかね。 さっきまでのムカムカイライラはどこかにぶっ飛び、突風のごとく現れたのドレス姿をじっくり眺める。 俺より小柄で線も細い体。引き締まっている筋肉は、ちょっと女の子っぽさから外れてるけど、ショールで隠せるし。 周りのヒヒジジイ共もこっちに注目するくらいの美女ぶりだ。 「な、この胸・・・」 「じろじろ見るなよっ・・・・・詰め物だよ」 「あ、デヨよね」 そう言うと、なんかの顔が少しだけ凹んだ表情になった。 気にせず隠そうとする胸をじっと眺める。 いやー、それにしてもよくできてんな。 偽物とは思えない。 「今日はこいつ、好きにしていーぞ。ジャン」 「る、ルキーノ!???!」 と一緒に帰ってきたのか、今まで姿のなかったルキーノもやってきて、「Buon Compleanno」と祝いの言葉を言ってくる。 ルキーノの発言に一番驚いたのがで、目をまんまるにしてルキーノを見上げた。 (俺を悪役になすりつけようとした罰だ) (だ、だって・・・恥ずかしかったんだよ。しょうがねーだろ?! ジュリオ、ドン引いてるしっ) 二人の顔が近付いて、こそこそと話だす。 周りの雑音と小声とで、内容は全然聞き取れなかった。 その姿がなんでか―――――ほんとーにほんのチョットだけ、モヤっとする。 「ほれ、ジャン」 「わっ!!」 が俺の方へ押されて、バランスを崩した所を受け止めた。 仕掛けたルキーノはパチリと女の子を射落とすウインク一つ。 「煮るなり焼くなり、な」 げ、とか腕の中で聞こえたけど、聞こえないフリをする。 つまり、これがルキーノの俺へのバースデープレゼント、ということなんでしょーねー。 素敵なプレゼントですこと。 下に目をやれば、近くにあってもそこらの女と目劣りしない、とってもいい女―――もとい、哀れな暴れ羊が一匹。 可愛い可愛い、俺専用の子羊ちゃん。 「・・・・煮るなり焼くなり・・・・ね」 もちろん、楽しませて貰おうじゃないの。 その時の俺は、実に悪人な顔になっていただろう。 の顔が引きつって半笑いになっていた。 「ジャ、ン??」 狼狽えるは、なかなか面白い。今まで見たことのない顔だった。 そんなと距離を取って、俺は手を差し出し軽く体を屈めた。 「おジョーさん。一曲いかが?」 差しのべられた手に、がきょとんと目を丸めた。 「え?―――――・・・・・〜〜〜〜〜〜っいや、オレダンスとか知らねーしっ」 「ヘーキ、ヘーキ。適当にステップ踏んでればいいからサ」 すぐ後に慌てるの手を強制的に取って、安心させる為にそう言えば、さらにヒク、と顔を歪ませた。 ま、失礼なコね。 丁度イイ感じに流れているBGMはジャズとクラシックを混ぜたような曲で、踊りやすそうだ。 開いた場所でに向き直り、ダンスをするために腰を抱く。 それだけでの顔が固まって、固まった顔のまま勢いよく首を横に振ってきた。 「ぶっふ・・っ・っ!!」 その顔があんまり真剣で、滑稽で。うっすら涙を浮かべるそいつが、見ているだけで楽しくて。 俺の誕生日会場、CR:5の威厳を見せる為のパーティーで。 今日の主役、偉大なカポである俺は、その場で馬鹿笑いを上げた。 「い、いい加減・・・笑い止まらねえのかよ」 「ごめん。ムリ・・・プフッ」 馬鹿笑いの止まらない俺は、その元凶と一緒に隣りの別室に移された。 元凶のは所在なく、着ている格好を台無しにする座り方で俺の隣に座っている。 こういう人前を気にしない姿が、俺はかなり大好きだ。 「――――――――なあ、ジャン。・・気ぃ・・・紛れたか?」 がそんなことを聞いてきた。 一体何の事だろうか。 「ジャン、ずっと疲れてただろ。女とイチャイチャしたいとか・・・言ってたし」 あー・・・よく覚えていない。 最近は確かに忙しくて潤いもなくて、そんなことをぼやいたかもしれないけど。 「ホントはさ、ルキーノのとこの店のヒト、捕まえて連れてくる気でいたんだ。 でも・・・なんかしらねー間にこんなカッコさせられててさ」 「まぁ、了承しちまったのは自分なんだけど・・・」ともごもご言いつつも、説明をしてくれた。 つまりこれは、俺のためにしてくれた事で、その為に今日は傍にいなくて、帰ってきたらこんな格好してて。 なんて馬鹿な奴だろうか。 なんて愛すべきおバカさんなんでしょうか。 綺麗に整われてアップされた髪を撫でる。 せっかく綺麗にできてるんだから、崩しちゃもったいないと、丁寧に。 「ああ、すげー面白かった。――ありがとうな」 「・・・・・・・・よかった」 が笑った。 花みたいに、ふわっと。 花瓶に飾られる豪華な花じゃなくて、道端に咲く、健気で可憐な、小さな花みたいに。 の目がまん丸になって、俺を見上げた。 そのアイスブルーの目には、俺が見える。 どんな表情をしているのかまでわかるくらいに。 自分の吐息が、相手にあたって跳ね返るのがわかるくらいに、近い。 ――――――――――――ガチャーーーーンッッ 遠くから聞こえるガラスが割れた音に、自然と顔がそっちに向いた。 どうも会場で何かあったらしい。 もう一度前を向き直る。の目は相変わらず俺に向いていた。 「・・・・髪、ほつれてる」 「げっ?! ル、ルキーノに殺されるっ! ちょっと治してくる!!」 指摘して、束になって垂れた髪をつまむと、焦ったが部屋を飛び出した。 一瞬のうちに去っていった風を見失って、つまんでいた手は宙に浮いたまま。しばらくして、ようやく下ろすことができた。 そして深い溜息。 ついでに髪を掻きむしる。 やべ・・・俺、今・・・何しようとした・・・!? さっきまであったシチュエーションが、頭の中をぐるぐるとハツカネズミのコマの様に駆け回る。 ひょっとしなくても、俺はに、キスしようとしましたのこと? ウソだろ? 相手は男だぞ!? いくら可愛いからって・・・・って、可愛いってなんだよ可愛いって!! 俺はノーマル、ノーマルなんだ。ノーマル・・・・ 極限状態で監獄の中で気晴らしに野郎のケツにぶち込むことはあっても、あんな・・・・・・・・・ ぶわああああああと、顔から湯気が立ちそうな程に熱くなった。 暴れ出したくなるような羞恥の興奮が体を駆け巡る。 自分のやってしまったことが恥ずかしい。 なんとか興奮を収めようと自分を落ち着かせようとするが、どうにもそれは難しかった。 顔が茹りそうだ。 しっかりしろ!俺!! 気を確かに持てっ そう言い聞かせて自分を収めることに集中する。 そして。 別の場所でが同じように悶えているのを、俺はもちろん他の誰も、知ることはなかった。 |