『元気?風邪とか引いてない?変な女の子に引っかかってない?』 「一日やそこらで変わるかよ。何もねえ。心配性のストーカーから電話が来る以外はな」 『え!?ストーカー!!?警察に通報した?もし酷かったら護衛ロボットのプログラムを・・・』 「遠まわしに嫌味言ってるって気付けよバカ兄」 兄貴――キラ――を受話器越しにバッサリ切り捨てて黙らせてから、俺は盛大に溜息をついた。 まったく。毎日毎日毎朝毎夕兄貴のラブコール(母曰く)なんて。 いちいち受け取ってる自分の精神に乾杯だ。ちくしょう。 受話器越しのキラが今、遠く離れたコロニーで一人で暮らしている。という事実さえなければ喜んで居留守を決め込むのに。 大概俺もお人よしだよな。 『反抗期』を謳歌している年齢だというのに、『ハ・ン・コ・ウ』まで揃えて、『キ』が出て来ないのはきっとそのせいだ。 言っておくが俺はブラコンじゃない。 その称号はむしろキラの方に贈る。 『だって…心配なんだよ。かっこいいもの』 ほら見ろ。この異常な兄の言葉。 これをブラコンと言わずしてなんと言う。 「いつもいつも思ってたんだがな。どうしてお前はそういう妙な方向に向くセリフしか言えないんだ?」 『だって、かっこいいものはかっこいいでしょう?昔から女の子達に人気だったのが証拠だよ』 「そういう問題じゃないだろうがっ」 大体俺はもてた記憶はないぞ。嫌がらせかと、ドンっと、俺は机に拳を振り下ろした。ガチャンっと、それに連動して皿に置かれたキャロットソテーの刺さったフォークが傾く。 ちなみにこの人参は、電話がかかった瞬間から今までずっと刺さったままだ。 そのうち崩れ落ちるんじゃなかろうか。 早く食べてやりたいのも山々だが、兄貴の言葉一つ一つにいちいちツッコまずにはいられない体質になってしまった俺にはどうすることも出来ない。何より行儀が悪い。 その後も俺とキラの年季の入った漫才が続く。 テレビから流れるニュースがアイドルのゴシップからトレンド紹介に変わり、世界情勢のニュースへ移って、ようやく俺は終わらせる目処が立った。 「そろそろ切るぞ。兄貴、今日も教授の手伝いでゼミに行かなきゃいけないって言ってただろ?もう出ないとやばいんじゃないか?」 『あ、…本当だ。さすが。しっかりさんだね』 そうしないとお前いつまでも話続けようとすんだろうが。 ちなみにこれもいつものことだ。 夜の時は、学校があるからいい加減寝かせろと言う。 そうまでしなければ切ろうとしないキラも、本当にどうかと思う。 一度突っ込んでみたが、「だってもっと話したいんだもん」で終わらせられた。 ほんと。誰かこのアホの頭に常識という言葉を植えつけてくれないものか。 俺は盛大に溜息を吐いた。 「微妙に子ども扱いすんな。じゃあな。…気をつけて行けよ」 『うんっ!!また夜に電話するからね!』 ようやく終わらせられた… 受話器を置くと同時に、俺は椅子の背もたれに凭れかかった。 ああ・・・・・疲れた・・・・・・・ ふと向いた目の前のテレビでは、どこかのゲリラ戦が流れていた。 まだまだ続く戦争。なんて無駄な争いをしているんだろう。 「。りんご食べる?」 「ん」 母さんが目の前に差し出した皿から一切れとって、一口で食べた。 「今日早く帰るから、お昼作っておいて」と母さんに言って、立ち上がる。 俺も、そろそろ学校に行かないとまずい。 今日は少し早いという父さんと一緒に家を出た。 「お前達は仲がいいな」 自転車を引きながら並んで歩いていると、突然父さんからそんなことを言われて、俺は一瞬考えた。 「・・・・・・・・・・・・・キラが付きまとってるだけだと思うけど・・・・」 「まあ・・・そうだな・・・・・・あれは少し異常だ・・・・・」 呆れの入った苦笑を漏らして溜息をつく父さん。 ああ・・・・やっぱそうだよな・・・ 「だがお前もキラのことを好きだろう?」 でなければ、毎日かかる電話に逐一付き合わないだろう?と突いてくる。 それになんと言っていいか分からず、俺は視線を彷徨わせた。 そんな俺を見て「息子達の彼女を見る日は遠いなあ・・・・」なんてぼやいている。ほっといてくれ。 大体、なんか誤解してないか? 確かに俺は昔兄貴にべったりの日々を送っていた。 小さい頃の俺なら好きな人は誰かと尋ねられれば「キラ」だと即答する。そんなブラコンの弟だった。 でもそれは昔のことだ。 好きだということに否定はしないが、キラのことがどんなものよりも好きなんてことはない。 一応初恋の経験だってある。(うわこっぱずかしい) それに、家族を大切に思うのって、普通なんじゃないのか? それとも、俺が同じに思っているだけで、これは違うものなんだろうか? 結局否定らしい否定も、何の言葉も言えず、俺は父さんと別れて自転車を走らせた。 その後で、こんなことにいちいち疑問を抱いている自分に呆れた。 家族愛だろ。どう考えても。 他にないじゃないか。 何でそう言わなかったんだろうなぁ・・・・・・・ 否定されるとそうなのかなって思っちまうこの性分のせいかな。 でも、もう同じ事を聞かれても俺はきっかり否定する。 今日の夜も電話が来る。 そして俺も、その電話に仕方なく出るんだろう。 その電話がかかることがないことを、誰も知らない。 2001.10.6 彼らの感情が何かは未定(笑) |