確かに近くにいたいと言った。 その方がいいと望んだのは自分だ。 「・・・・だけどな・・・」 「ん?」 「誰が片時も傍にいると言った!!」 「あたっ!」 コクピットで作業しようと乗り込もうとした、俺の手を離さないキラの頭を俺は容赦なく叩いた。 叩かれた頭をさすりつつ、しかしキラは絶対に手を離そうとしない。さらに「何するの?」なんて言ってきやがる。 「それはこっちのセリフだ。さっさと俺を解放しろ」 「えー?」 「えー?って何だ、えー?て。アゴ砕くぞ」 ニュアンスどころかそのまま殺る勢いで凄んでも、キラには効かない。 ああ分かっていたさ。分かっていたとも。 「だって、僕が傍にいたいんだもんっ」 ぶりぶり体をくねらせるキラ。 そんな兄貴の姿に拒絶反応が出て、俺は容赦なく下から拳を繰り出した。 寒い・・・・寒すぎる。鳥肌が立ったじゃないか。 久しぶりに見るブラコンっぷりに免疫体勢が薄れたせいか気持ち悪がる俺とは反対に、キラはにこにこと満面の笑みを浮かべている。 さっきの攻撃は大して効いていないらしい。赤みもない。上手く避けたのか忌々しい。 長年の付き合いで、寝言を言うキラとまともに付き合うのは無駄だと分かっているから、俺は自分の事を優先する。 「・・・・お前さ。守秘義務って知ってるか?」 「。今僕軍人だよ?」 「分かっててやってるときたか。俺がどうなろうと知ったこっちゃないと」 俺の言葉に、キラは大真面目に返してきて、心の底からキラが憎くなった。 もう殴るだけじゃ気がすまん。どうしてくれようかこいつ。 「ー安心しろー」 キラの襟を掴んで今にも何かやらかしそうな俺へ、カガリがのんびりと声をかけてきた。 それに訝しんでカガリを見れば、彼女はあっけらかんと言ってのけた。 「お前もうそんなこと言ってられないくらい内部見てるからな」 グッバイ俺の人生・・・・・? キラの時とは違う寒さが俺の背中を通り抜ける。 いっそ不真面目極まりない人間になりたい。そうすればこんな奴らの言うことにいちいち狼狽えなくてすむのになぁ・・ カガリの言葉に、キラはさらに瞳をキラキラさせて俺をしっかりと掴んできた。 「じゃあ遠慮なく」 「なんにしてもふざけんな阿呆」 その手を叩いて振り解く。 ものすごく残念そうに、悲しそうに見上げてきたって絶対に近くによるものか。 俺は疲れるためにここにいるんじゃない。 と、ついさっきまでうだうだ考えて身動きが取れなかった自分を思い出して、俺は溜息を吐いた。 いつもの調子を取り戻せたのはいいけど、どっちにしても疲れるのは同じだったからだ。 「さっさと終わらせろよ」と言い置いて、俺はキラから離れた。 そんな俺をキラは目で追っていたが、結局追う事はしないで作業に取り掛かっていった。 まったく。手間かかる・・・ さっきまでキラを待っていた場所まで行ってから、俺はふと思い出した。 そういえば、いい加減母さんたち話終わってるよな。 自分がどこにいるかとか、兄貴の報告とか、どうしたいかとか言っといた方がいいだろうし。 また戻ってみたほうが良いか… ちらりとキラの方を見ると、真面目な顔で作業をしている。 周りの人たちも作業をしているし、まだしばらく終わらないだろう。 カガリに一言言ってから行こうかなと思ったら、カガリは別の誰かと話をしていた。 あんまり近付ける感じじゃない。 ぱっと行って、帰ってくれば・・・いいか。 そう考えて、道も覚えたし、まあ帰ってくる頃には終わりに差しかかっているかもしれないと当たりを付けて、俺は外に向かった。 「しかしよかったなぁキラ」 「マードックさん」 心なしかいつもよりタイピング速度が速い僕の隣でユニットをいじるマードックさんの言葉に、僕は一瞬何のことかと首を傾げた。 「あんなに会いたがってたんだ。感無量ってやつじゃねーか?」 「ああっはい!そうですねすごく嬉しいです」 言われて自覚して、あんまり嬉しくて顔が紅潮するのが自分でもよく分かる。 と会えたこと、叶わないと思っていたことが叶ったのはすごく嬉しい出来事だった。 ひょっとしたら二度と会えないとも考えていたのに。 さっきまで感じていたのぬくもり。 ずっと聞けなかったの声。 写真やデータでしか見れなかったの姿。 それがさっきまで一緒にあったんだから。嬉しくない訳がない。 でも、それと同時に悲しくなったのは、誰にも言えない。 今の僕があの子に触れるのは、あの子を汚してしまう気がして。 だけど、触れずにはいられなかった。本当は抱きしめたかった。 たくさんたくさん愛したかった。 (ダメだダメだっ落ち着け落ち着かなきゃ) 巡った思考に自分で怖くなって唇を噛んだ。 爆発しそうな想いをずっと抱えてきたけど、それでも傷付けない様にしてきたのに、今ここでしてしまったら二度と戻れなくなってしまう。 フレイと僕の時みたいに。 数時間前の出来事を思い出して、僕は落ち込んだ。とりあえず暴走は収まってくれたからフレイには(かなり酷いけど)感謝しなきゃ。 は傷つけたくないもの。 ふとの姿を見たくなってあの子がいる方を見る。 「え・・・」 けど、の姿がそこにない。 別の場所を見ても、誰かの影にも、死角も見たけどどこにもいない。 「うそ・・・・」 さっと血の気が引いた。 事態が理解できなくて頭が真っ白だけど、体は震えるし目から涙零れそうになってるし。 「ーーー!!どこーーー!!!??」 僕の声が部屋中に反響した。 「おや?」 ようやく最初の建物に戻って中に入ろうとした時、俺は意外な人と鉢合わせた。 母さんたちとさっきまで話していただろう、ウズミ様だ。周りには護衛が一人もいない。 ・・・と、思ったら少し離れた所に車が待っていた。そこに乗り込むのかもしれない。 俺が施設をうろうろする原因といえば原因のその人は、俺を見つけて穏やかに笑いかけてきた。 「あ!ど、どうも」 俺はあわてて頭を下げた。さすがに国家元首に失礼はできない。 きびしい人だと聞いたことがあるけど、目の前の表情はそんな風には思えない優しい顔をしている。 理想の父親像・・・みたいな感じって言えばいいのか。 「親御さんの所へ戻るのかな?」 「あ、はい」 「少し遅かったね。先に帰られてしまったよ」 「え、えぇ?!」 そんな薄情な… ウズミ様の言葉に俺は口が塞がらなくなった。 帰ったって、なんで。俺そんなに長時間・・・・・・うろついてたか。 でも息子忘れて帰ったとかまさかそんなことをする両親だとは信じたくない。 「おーい。お前何も言わずに行くからキラが暴れだしたぞって、お父さま」 俺かウズミ様が口を開けかけた所に、カガリが追いかけてきた。 俺とウズミ様を交互に見て、どうしたのかという顔をしている。 「カガリ、お前はまたうろちょろと…」 そんなカガリを見て、ウズミ様は眉間に皺を寄せた。 カガリもバツが悪そうに俯く。 「あ、あの!カガリさんは俺の案内をしてくれて、助けてくれたんです!だから、えと…」 その二人の様子に、元はと言えば俺がいけないんだからと、俺は割り込んでまくし立てた。 ケンカも説教もして欲しくはない。カガリは悪くないから。 でも、そんな俺の心とは裏腹に、俺のほうに向き直ったウズミ様は、またあの安心するような笑みを浮かべて俺の頭を撫でた。 「叱るわけではないよ」 「わっ」 唐突に、しかもそんなことを気安くしないような人にそんなことされて、つい声がでてしまった。 そんな俺の反応にもウズミ様は気にも留めず、俺の頭を優しく撫でてくる。 ・・・・・・・今、すっげえはずかしい・・・・ 「この放蕩娘には私の言うことなど聞きもしないからな」 「お、お父さま!人前で何を言うのですかっ」 「事実だろう。今回だって、お前はあの船に乗って帰ってきたのではないか。さすがの私も驚かされたぞ」 そう言ってまた溜息を吐くウズミ様。 あの船っていうのは・・・キラが乗ってきた船のことだよな。 そういえば、どういう状況で乗り込んだのかという話は聞いてない。 まあ、でもなんとなく、突拍子もない事柄なんだろうなーと、短い付き合いでも感じられた。 「お前はもっと自覚と慎みを覚えなさい」 カガリにそう言って、ウズミ様はまた俺の方に向き直った。 さっきまでの厳しい顔は消えている。なんだかそれがむず痒い。 なんで俺、こんなに待遇良くしてもらってんだろ・・・ 「すまないね。置き去りにして」 「いっいいえ!」 「ご両親からここに留まることは了承をとってある。部屋もとらせるから、後は君次第だ」 畏まる俺にそう言うウズミ様。 どうしても俺は聞きたくなって、疑問を口にした。 「あの…どうして、そんなに良くしてくださるんですか?」 なんか、俺だけすごくヒイキされてる気がする。それとも、ヤマト家が。 父さんと母さんに会いに来たウズミ様。 キラのことを心配するカガリ。 俺を黙認するオーブの人たち。 みんな違和感があるくらいに。 「…君のお父さんには借りがあるから。そんな所だと思ってくれ」 ウズミ様はそう言って去ってしまった。 それ以上追求しないで欲しいという様な顔をして。 俺はそれに従うしかなく、ぼんやりとウズミ様が乗った車を目で追いかけた。 「あ!ほら、キラが大変なんだよ!急げ!」 まだ納得できなくてもやもやしている俺の手を引いてカガリが走り出し、俺もこけないようについていった。 いつか知るときが来るのかなと頭の隅で考えて。 倉庫に戻った俺に待ち構えていたのは、泣き腫らしたキラの抱き付き攻撃だった。 あんまりきつく抱きしめてくるから、息どころか色んなものが出そうになって、本気で頭を殴って昏倒させてやった。 キラはピクリとも動かなくなったが、作業は終わったらしいから大丈夫だろう。 そのままそこで解散になって、それぞれが帰っていく中、俺とキラは放置された。 「え?フラガさん。キラ持って帰ってくださいよ!」 床に転がしたままのキラを指して言ったら、フラガさんは。 「今日一日レンタルな。上には言っとくから」 キラは物か。 電子機器扱いされた兄貴はそのまま放置されたまま、フラガさんたちは行ってしまった。 残されたのは俺とカガリとキラ。 「じゃ、部屋まで行くか。私は足を持つから、お前は頭の方を持ってくれ」 何事もなかったように対応されて、俺のほうが変なんじゃないかと錯覚しかけた。 ・・・・それとも軍人って鷹揚じゃないといけないというもんなんだろうか・・・・ 今日一日ずっと頭の中でも突っ込みすぎて疲れた。 今日はさっさと休んだ方が良いかもしれない。 なんとなく、ふっと、キラの顔を見下ろした。 生きていてほしいと、はやく帰ってきてほしいと願ったキラ。 やっと会えた時は、泣いて突き放して。次に会ったときはいつものようになつきモード全開で寄ってきて。 でも、そのどちらにもなにか違和感があった。 何かを隠してるような。 確信は・・・・ないけど。 「夕飯はどうする?部屋に運ぶか?」 「・・・・そうだな・・・兄貴が起きたら食堂に行きます」 何があったんだろうな。こいつは。 今までどんな目に会っていたんだろう。 話は聞いた。 でも、それは客観的な視点でしかない。 だから、こいつが、何を感じてきたのかを知りたかった。 助けになりたいってことでも自己満足でも何でも、ただ知りたいと思った。 |