ねぇ、は覚えてる?

子供の頃、僕と母さんがお泊りに行った時のこと



帰ってきたとき、が泣いていて、僕はすごくびっくりした

君が突然抱きついてきて、びっくりした



そして、すごく嬉しかったんだ



ああ、この子は僕をこんなに思ってくれるんだって

すごく嬉しかったんだ



この子の為なら僕はなんだってできるんじゃないかって思ったんだ




僕のことを一番に思ってくれる君を

どんなことがあったって一番に考えようって




そう自分に約束したんだよ



























いつもの天井。
少し違う眺め。
張り詰めたものではない空気。

「目ぇ覚めたか?」

覗いてくる大切で愛しい彼。

・・」

幻じゃない。
夢でもない。

今、彼は本当にここにいるんだ。

これは現実なんだ。

それが、本当に嬉しくて、夢心地の気分だ。

「起きたなら飯食いに行くぞ。腹減った」
!」

離れていこうとするを引きとめようと、思わず腰に抱きついた。
しちゃいけないって考えたばっかりなのに、反射って恐ろしい。
それと一緒に、なんで我慢できるって思えたのかが不思議だった。

だって、触れ合えたところから、体中の細胞が喜びに震える。

さっきだって、気を失う前だって一緒にいて、傍にいたのに。
まるで初めて恋に落ちたみたいに、身体が沸き立つ。
きっと僕は何度だって彼に心を奪われるんだろうなって、確信してしまった。

「キラ・・・」
「・・・うん」

ぎゅっとしがみついて彼の匂いがする服に、背中に鼻を押し付ける。
何にも変えがたいこの子の全部を、自分の中に刻み付けたい。

「いつものことだが俺はお前がさっぱりわからん」
「うん」

の身体が弛緩するのが感じ取れる。きっと呆れてるんだ。
そりゃそうだよね。今日の僕、かなりおかしいし。態度バラバラだし。
でも、全部君が影響してるんだよ?

「とりあえず甘えるのは後にしてくれ」
「・・・うーん」

の言葉に、いやだなぁ・・と思って、彼の服を握りこんだ。
僕としては、このままずっとこうしていたい。
むしろこのままベッドにのっけて、改めて正面からハグとか、もしくはそのまま後ろからでも・・・・

「腹減ったって言っただろ。カガリさんも待ってんだよ」
「む」

別の人の名前を口にされて、なんだかムッとした。
なんでこの子は僕の気持ちを察しているようで察ししきれてないんだろう。

「なんでそこでカガリなの?」
「嫉妬するなこのブラコン」

ペシリと手を軽く叩かれる。
振り向いたを恨めしそうに見上げると、も睨み返してくる。

「お前。今日は施設の方で泊まりだってさ」
「?」
「お前にとっちゃ願ったりじゃないか?」
「え?」

唐突に言われて、何のことだか分からない。


泊まり・・・施設・・・願ったり・・・・・つまり・・・?


答えに行き着いて、顔が急速に熱を持つのがわかった。

つまり、つまりそういうことだよね?
うそ・・とかじゃないんだよね?

「みんな兄貴に甘いよな。今までどんなことしてきたんだよ」
「・・っ・・・えへへっ・・・」

きっとこんなことを許してくれたのはマリューさんとフラガさんだろう。
ひょっとしたら、カガリも力を添えてくれたのかもしれない。
ホントにすごい、特別扱いだ。みんなに申し訳ないくらい。

「朝までずっと一緒にいられるんだよねっ!」

顔が緩むのが止められない。
満面の笑顔で言う僕に、はなんだか渋い顔をしていた。
その顔がただの照れだって知ってる僕は、構わずギュッと抱きしめた。




の腕を抱いて寄り付く僕を半ば鬱陶しそうにされつつ、僕たちは食堂へとやってきた。
その入り口ではカガリが待っていて、僕たちに手を振る。

「ようラブラブカップル」
「カップル言うな」

カガリの冷やかしにが溜息を吐いて隣に立つ。
今日会ったばかりのはずなのに、二人ともすごく親しく話してて、なんだか寂しい。

「そんな腕組み状態で言われても、説得力がないぞ」

言われて僕とは間を見た。
部屋を出てすぐに僕がの腕に引っ付いたままここまで来たから、当然僕の腕と身体はにくっついてる。

「そんな・・・僕たちおしどり夫婦だもの」
「混ぜっ返すな馬鹿兄」

ぎゅうっとさらにくっついたら、に引き剥がされた。
うう。いいじゃないか減るものじゃないのに・・・・

に睨まれ、カガリに苦笑されつつ、僕たちはカウンターに並んだ。
何もないところだからこそなのか、ここの食堂はメニューバリューがやけに潤っていた。
と言ったって、お金を払わないから(給料のうちなんだそうだ)たかが知れているけど、それでも20品目のバイキングなんてどこかのホテルのようだ。そしておばちゃんたちの腕が良いのか味もいい。
カガリもここの食事が気に入っていて、うちの自慢なんだと胸を張っていた。
そんな隠れ名店の品々から思い思いのものを選んで席につき、僕たちは談笑しながら食事を取った。
主にと僕の小さかった頃のこととか、カガリと僕の話とか、他愛もない話だ。

「帰ってきたらカガリが行方知れずって聞いてさ、すこいびっくりしたよ」
「仕方ないだろ。お前だけじゃ不安だったんだ」
「だからって助っ人がどこかに行ったら実も蓋もないじゃない。本人は平然としてるしさ」
「見た目通りの猪突猛進なんだな」
「うるさいな」
「考えなしに突っ込んでいくからフォローするのも大変だよ」
「なんかその苦労が見て取れるような・・・」
「お前らなあっ」

まるでお互い昔からの付き合いみたいに、僕たちの話は続いていく。
それがカガリの力なのか、の力なのか。
ただこの三人でいることはとても自然で、まるで当たり前のようで。
嬉しいと同時に、なんだか寂しくて。

「兄貴?どうした?」

ぼんやりと空いたお皿を眺める僕を、が覗き込んできた。

「え?ううん。なんでもないよ。ただ、もっとはやくにカガリと会えたら、きっともっと楽しかったのかなって」

不思議そうに見ている二人に、僕は思ったままを言った。


もしも、あんな状況じゃなくて、もっと別の形で会えていたら。


カガリは「そうだな」と少し笑って呟いて。
を見ると、どう言えばいいのかわからないという顔をしていた。
何も言わず、残ったステーキを口に運んで俯いてしまう

あ、どうしよう。地雷踏んじゃったのかな・・・・?

何気なく言っただけなのに、そんなに大仰にされると僕も困ってしまう。
でも、大したことを言った訳ではないのに、なんでそんな顔するんだろう?

「でもな〜・・・住んでる場所も違うし、環境も違いすぎるし。どっちかって言うと、今知り合いになったことのほうが奇跡に近いよな」

そんな僕たちの心情を知ってか知らずか、カガリはバナナのスライスを口へ放ってそう言った。
その言葉に、僕たちはカガリを見る。

そうか。そういう考えもあるんだよね。

「そうすると今までのこと、文句以外を言えるようになるね」
「複雑だけど悪いことだけじゃないってことだな。な、
「・・・そう、だな」

当事者たちが気にしていないのに、周囲の方が気にしてる方が嫌なのかもしれないと考えたのかもしれない。
僕たちがそう閉めると、は苦笑いになっていたけど頷いた。

「さてと、じゃあ私はそろそろ行くかな」
「え?」

唐突なカガリの発言に、僕たちは目を瞬かせた。

「兄弟水入らずの時間をあんまり割いても、な。キラだって明日も整備だろ?」
「う、うん」
「別に、カガリさんがいても構わないけど・・・」
・・・」

立ち上がったカガリは、溜息を吐いてに耳打ちした。
その顔は次第に曇って、僕のほうを見てくる。
なんだろうと首を傾げると、は俯いてしまった。

「分かったよ・・・じゃあまた明日な」
「ああ、おやすみ。キラもな」

自分のトレイを片付けて去っていったカガリを見送って、僕たちはだいぶ閑散とした食堂で沈黙した。

「えと、じゃあ、戻ろうか」
「ああ。そうだな」

お互いに少しぎこちなくなってしまったことが、少し嫌な感じだった。




「あ、。何か飲み物持っていこうか。何にする?」

ぎこちないまま食堂を後にして、途中あった自販機を指して聞くと、は少し上の空のまま「ああ」と自販機へ寄っていった。
僕もその後に続いて何にしようかと考える。しばらく眺めた後、僕は『でろっとじゅーしぃヨーグルジュース』を押した。
自販機の注入口に挑戦しているかのようなネーミングが気になって。
ここのすごいところって、どんなところにも遊び心を入れてくるところだよなあ・・・・
宣伝通りの、なんだかスプーンを使わないと飲めない(食べれない?)ようなそれを飲もうとがんばる僕の隣で、は無難にコーヒー選んで同じように一口啜った。

「兄貴・・・」
「ん、なあに?」



「俺と会ったこと、後悔してるか?」



聞かれた問いに、僕はを正面から見た。
の表情は・・・・・・


「部屋に戻ろうか」


その顔は僕の急所に深々と突き刺さった。






二人戻って、そんなに広くない部屋の隅同士に置かれたベットにそれぞれ座り、向かい合う。
はただ僕のほうを向いて見てくる。
僕はそれをちゃんと受け止めて、を見た。

「カガリには、どのくらい聞いたの?」
「砂漠の時から・・・」
「そっか。そうだね。カガリと一緒に行動し始めたのはその頃だったから」

カガリが何かを話したのは本人から聞いてた。話の内容はさすがに聞かなかったけど、カガリが知っていることは大体その頃からだから、が聞く話もそうなる。
でも、今の僕の状況を伝えるためにはそれだけじゃ足りない。
いや・・・足りているのかな。
僕はただ、目の前のこの子に聞いて欲しいんだ。

「僕はね。ヘリオポリスがなくなった後から、ずっと戦ってきた。戦わなくちゃ、生きていけなかったから」

今でも覚えている。あの日の感覚。
幼馴染のアスランと再会した、あの時の衝撃。
ストライクに乗って、トールたちが危ない目に会ってるのを見て、夢中で、必死でストライクを操作した最初の日を。
人を殺した日を。
自覚なんてなかったけど、あれが僕が初めて人を殺した日。
そして攻め立てられて、追われて、巻き込まれて、流れに飲まれて。
僕は、戦った。
ザフトと。
アスランと。
彼の仲間と。

「戦ってる間、何度も考えた。どうして僕なんだろう。どうしてこんなことになってしまったんだろう。どうして苦しいことばかり起こるんだろう」

何度も危険に見舞われた。
何度も何度も、死にたくないって思った。
生きているのが夢なんじゃないかって、何度も思った。
そしてまた、外からも内からも傷ついていく自分自身に、現実なんだって叩きつけられた。

「そして・・・ずっと君の事を考えてた」

考えない日なんてないくらい。考えない時間なんてないくらい。たくさんたくさん考えた。
君がどうしてるのか。
君が何を思っているのか。

「いつになったら会えるんだろう。いつになったら帰れるんだろう。君は今、どうしているんだろうって」

それ以外、僕を癒してくれるものが見つからなくて。

「ずっと、ずっと考えてた。君に会える日をずっとずっと待ってた」

みんなが心配してくれることよりも、君の事を考えている方がどんなに生きていたいと思えたことか。

「だから、僕は、に会えて本当に嬉しかったんだ」

堪えていたものが全部零れて止まらなくなった。
あんな気持ちは初めてで、自分が一番びっくりした。

「何よりも、どんなことよりも、嬉しくて、嬉しくて」

何度でも、君が来てくれる事が嬉しかった。
君が近くにいるんだということが嬉しかった。


「なら、父さんと母さんは?」


予想通りにはそこを突いてきて、僕は俯き思ったままを言った。

「母さんたちには、会えない。
 会ったら、酷いことを、言っちゃいそうなんだ。どうして僕をコーディネイターにしたのって」

その言葉に、の息を呑む音が聞こえた。


もしもコーディネイターでなかったら、戦わなくてすんだ。
もしもコーディネイターでなかったら、そもそもヘリオポリスにも行ってなかったかもしれない。

もしも、の話だ。
だけど、何かが違ったら、こんな目に会わなくて良かったのかもしれない。

そう考えてしまうんだ。


「それに、帰りたくなっちゃう。みんな捨てて、全部なしにして投げ出しちゃう・・・だから」


もしそうなっても、誰も責めてこない気がする。
優しい人たちだから。
でも、その時きっと僕には、後悔する日が来るんだろう。

だから僕は、最後までいようって迷いながら決めた。

でも、安心して身を任せられる人がいたら、そのなけなしの決心が折れてしまうから。

「だから、そういう意味なら、にも本当は会いたくなかった」

君だからこそ会いたくなかった。

「でも、それと嬉しいって気持ちは別だよ。本当に嬉しかったから」

言って、僕は口を閉じた。
なんだか、何を言っても上滑りしている気がして、何を言えばいいのか分からなくなったからだ。

「・・・・・・・・・・・兄貴の言いたいことは、わかった」

しばらくの沈黙の後、は顔を上げて僕を見た。

「でも、父さんたちを責めるような言葉は取り消せ」

は、さっきまでの揺れ戸惑っていたものと打って変わって、強い眼でじっと僕を見つめた。
その顔は僕が良く知っていて、そして僕が最も頼りにする時のの顔だ。

どんなに混乱しても、は大事なことを見つけだしてくれる。
自分にとっても、僕にとっても。

「もしもでネガティブに考えるのはやめろ。
 兄貴はコーディネイターだったから守りたい人を守れたんじゃないのか?コーディネイターだから、生きて帰ってこれたんじゃないのか?」

今までみんなに言われてきた言葉だ。
だから僕はいつものように否定する。

「でも、僕は守れなかったんだ。フレイ、友達のお父さんも、助けてくれた人も、ありがとうと言ってくれた人も、みんな守りきれなかった」
「ちがう」

はっきりと、が否定する。

「できることの限界は、誰にだってある。どんなに優れた奴だって、神様でもないのならできないものはできないんだ」

僕の気持ちも飲み込んで。

「兄貴が気に病むことは・・・・無理ないのかもしれない。けど、でも兄貴のせいじゃない。兄貴だけのせいじゃない」

月並みな言葉を。

「それに、誰も守れなかったのなら、お前は一体何でここまで来れたんだ?
 あの船に乗っていた人は、お前が助けてきた人たちじゃないのか?」

それでも、彼の言葉はどうしてか僕の心に響く。

「・・・・何も知らない俺が、言える立場じゃないのは分かってる。でも、言わずにはいられなかった」

強い眼差しを伏せて、は「ごめん」と呟いた。
僕は込み上げていた涙や嗚咽を抑えるために、息を飲み込んで首を振った。が謝ることじゃないと伝えるために。


ああ。どうして。
僕は君に守られ続けてる。


・・・僕は、道を間違えていないのかな?」

涙声にならないようにゆっくりと聞くと、はまたじっと僕を見てくる。

「兄貴が決めた道なんだろ?たくさん悩んで、ここまで来たんだろ?」

さっきよりも声音は優しい

「僕は、自分で、決めてこれたのかな?」

君のことばかりで嘆いてきた僕が。
流されてばかりの僕が。

「決めていなかったんなら、自分でこれからを決めればいい。どうしたいのか。何をすればいいのか」

決意さえ、簡単になくしてしまいそうな僕が。

「僕に・・・できるの?」

やり遂げることが、できるの?

「知ってるか?」

が笑う。眉間に皺を寄せて、どうしようもないなというように。

「俺の兄貴はな、強情で我侭で自分が決めたことを曲げるってこと知らない奴なんだよ」


僕は


「帰ってくる。絶対。絶対。みんなと生きて」


僕は


「みんなを守るよ。無事に送り届ける」


僕は





僕に


・・・っ」


僕は


っ・・・」


ただ






「いっしょに、いたいよ」







縋りつく背中に腕を、指を食い込ませて、僕はの服に染みをつけた。



「ごめん・・・兄貴」



髪を撫でる手が暖かくて、やさしさがいとおしくて。
残酷だと思った。



「ごめんね。



縋りつく僕を、は文句も言わずに受け入れてくれた。
僕の本当の願いは叶わないから。
今は無理だから。だから。僕は。




僕は、今ある限りの時間をこの子でいっぱいにしたくて、ただ強く、を抱きしめ続けた。




















この兄弟って、どこまでが兄弟愛なんだろう?
かたっぽは確実に逸脱してるけどね。

ああ。お別れが近付くよ・・・・
2008.4.25