「あら、完成したのね」 「はい」 太陽が本当にちょっと顔を出したくらいの時間に食堂に来た俺は、偶然シモンズさんと鉢合わせた。 コーヒーを片手に持つシモンズさんは、徹夜だったらしい。化粧で分かりづらいけど、たしかに隈が見えた。 「寝るの忘れたの?隈が酷いわよ」 どうやら俺も似たようなもんらしい。 苦笑いして、俺はおばちゃんにモーニングセットを頼んだ。 「はいよ。君はおばちゃんたちのアイドルだから、サービスしちゃう」 「何がいい?」と朝も早いというのにハツラツとそう言うこの人たちはすごい。 若者の少ないここだと俺の存在は稀なので、可愛がってもらっていたのだが、それも今日で終わりと思うとなんだか寂しい気もする。 俺は「ありがとうございます」と礼を言って、2つから3つに増えたホットサンドを持ってシモンズさんの向かいに座った。 それから、ずっと俺の足元をうろうろしているストライクに椅子に座るように命令した。ストライクはフロートを上手く使って座面に着地。椅子に背もたれがあったら着地は無理だったろう。フロートユニットが完全にはみ出していた。 「仕上げはどう?」 シモンズさんはその一連の行動をじっと眺めてから、俺を見た。 その目は研究者のそれで、少し緊張する。 「今のところ問題は。あ、そうだ。ストライク。この人はエリカ・シモンズ博士だ」 俺の言葉に、キュインとストライクのカメラアイがシモンズさんを見る。 しばらく経った後 『登録カンリョウ ハジメ マシテ しもんず ハカセ』 そう言ってストライクはぎこちなくお辞儀をする。椅子が傾いてこけそうだったので、俺は椅子と胴体を押さえ込んだ。 「バランス感覚はどうにかした方がよさそうね。それと言語回路」 「・・・・これ以上はなかなか難しいですよ」 「そうね。貴方の年でそこまでできれば立派なものよ」 これは褒められているのだろうか?いまいち分からないな・・・ 『マスタ ナニ シテル』 「あ?栄養補給。別名食事」 『補給 食事 リンクカンリョウ 成分分析』 ホットサンドを食べる俺の横で、キュイキュイ唸らせながら色んなことを吸収しようとするストライク。 人工知能と学習プログラムをつけた結果、「対生活サポートロボット」はずいぶんと好奇心が旺盛になった。ここに来るまで何度質問されたことか、あまり思い出せない。 シモンズさんに言わせると学習プログラムをつけるのは邪道だというが、俺が一番満足の行くところまでにするにはこれしか方法がなかったからしょうがない。 それと、どういう風な処理をして成長していくのか考えると面白くてすごく興味が惹かれる。 「結果が分かるのはこれから、ね」 シモンズさんがそう呟く。その後、「まるで貴方たちみたいね」と続けて、俺は何を言っているのかが分からなかった。 が、「気にしないで」とシモンズさんは答えを濁した。 「それより、今日出発でしょう?ここで寛いでいていいの?」 「ああ。はい。大丈夫です。俺の荷物は元々何もないし」 「お兄さんの方は?」 「邪魔になるだけですよ。出港時間になったら見送るつもりです」 今度はそっけなく「そう」と返すだけだった。 「くん、今日で家に帰っちゃうの!??」 飛びついたのはおばちゃんたちのほうだった。 「はい。今までお世話になりました」 「もっとはやく言ってくれたら何かできたのにっ」 「そうだ!お昼にいらっしゃいな!ご馳走用意するから!」 「みんな呼んできて!大急ぎで!」 慌てて騒ぐおばちゃんたち。 なんでこんなに好かれたんだろう。と思いつつ、俺は「お気持ちだけで十分です」と手を振った。 が、「あたし達のアイドルを何もしないで帰すなんてできないわよ」とおばちゃん達はどうしても何かやる気みたいだ。 苦笑いになるのはしょうがない。 『マスタ 熟女 キラー 登録』 「記録するな。消去してくれ」 大真面目に分析したストライクに、俺は激しく脱力して訂正させた。 シモンズさんと別れて、おばちゃんたちに引き止められつつも食堂を出て、俺はアークエンジェルのある建物へとのんびりと歩いていく。 いつもながら、ここって人、いないよな。 建物一つ一つにいろいろと作業に必要なものが入っているからか、よほど大きい荷物運び出ない限り、移動することがないらしく、歩き回るのは見張り役くらい。 俺もストライクの材料調達以外は殆ど建物から出なかった。さすがに日にあたりたい時とか、カガリが連れまわす時は出たけど。 思えば、ずいぶんお世話になったよなあ。 始めて来た時は、兄貴がいるって情報聞いて、縋るような気持ちだったっけ。 で、兄貴を引き取ってすぐ帰るものだと思ったら、実は兄貴はとんでもないことに巻き込まれて帰れない状況で、俺はさっさと帰った親に置いてきぼりにされて、ついでとばかりにここに残って。 兄貴と二人で泊まった後からは、あいつの迷惑にならないようにしてたら、あまり会えなくなっていたけど。 本当は、馬鹿やって、笑いあって、今までと変わらないやり取りをずっとしたかった。 立場なんてなかったあの頃のままに、本当にそれはつい最近だったはずなのに。 そうやって、とうとうまた別れなければならない時が来た。 始めて来た時に連れて来られた、アークエンジェルが上から一望できる部屋。そこに入ると、既にいたカガリとウズミ様が振り返った。 俺は二人に会釈して、「おはようございます」と言う。カガリが「おはよ」と手を上げて、ウズミ様は「おはよう。君」とにこりと笑みを向けてくれた。 うわああ。やっぱ緊張するよ。ウズミ様・・・・ その優しい接し方がますます恐縮させる・・・ が、とにもかくにも見送るためには部屋に入らなければならないので、俺は恐る恐る足を踏み入れた。 「何してるんだ。そこからじゃ見えないだろう?」 あんまり俺の足取りが重かったせいで、業を煮やしたカガリが俺を引っ張る。 服が伸びるのもお構いなしに引っ張るから服の形が変わってしまうな、と思った時だった。 『マスター ヘノ 暴漢行為 危険 キケン』 後ろのストライクが騒ぎ出し、腰までしかない身体を俺とカガリの間に押し込んで守ろうとしてくれている。 「な、なんだ?」 『マスタ ダイジョブ デスカ』 「ストライク。今のは危険でもなんでもなかったぞ?」 「マスタ 首 シメラレ テ イタ 危険」 が、ストライクは聞き入れない。完全に離れたカガリを見上げて、俺を背に庇っている。が、生憎と背丈は俺の腰にも及ばないから壁にはなりにくい。 子供でも一人でいられるように、対象保護機能をつけた結果だけど・・・うーん。これは設定を厳しくさせ過ぎたか? 「ストライク、カガリは少し大雑把なんだ。だから危険域にはいってない」 こそりと、音声認識できるくらいで耳打ちして、ストライクは『誤差修正』と新たなデータを学習した。 よしよし。いい子だ。 なんてやっていたら、背後からなんだか不穏な空気が起きだした。 「聞こえてるぞ。誰が乱暴だって?」 「俺は大雑把だって…」 「意味は変わらないだろうが!!」 立腹したカガリが俺に掴みかかり、今度こそ俺は首を絞められて、またストライクが騒ぎだす。 そんな光景に、ウズミ様が声をたてて笑った。 「ずいぶんと仲が良くなったんだな」 指摘されて、俺とカガリは反射的に顔を見合わせた。なんとなく気恥ずかしくなって俺は目を逸らす。 カガリが不機嫌に眉をしかめてるけど勘弁してほしい。 「そのロボットは君が作ったのかい?」 「あ、はい。ストライク、挨拶を」 「ハジメ マシテ ミニスター アスハ」 ストライクが今回は危なげなく会釈すると、ウズミ様は苦笑する。 「ささやかな嫌がらせかな?」 そう言われて、俺はうっとストライクを見た。 言われても仕方がない。ストライクはその名前通り、今兄貴が乗っているモビルスーツと同じ外観だ。名前も同じにしたし。 それを製作側であるオーブの、代表首長に見せるのは、嫌がらせ以外の何者でもないかもしれない。 「いえあの、他意は、ないんです。 ただ、忘れたらいけないと思ったから。戦争があることや、その痛み。それから守ってくれている人がいるんだって」 どれだけ今いる環境が恵まれていて、その環境は本当にもろいガラスのようなものなんだって、俺はここへ来てつくづく思った。 それが本当に実感なのかなんて、本当は分かってないけど。その気持ちが生まれたことは、意味があると思う。 「そうか」 取り繕う俺を、ウズミ様は少し俯いて応えた。 後はただ作りたかったのが本音、っていうのは言わないでおこう。 「あの船も痛みの象徴だな」 ウズミ様はアークエンジェルへと目を向け、呟く。 あの船には連合の軍人と、ヘリオポリスでなし崩しに乗ってしまった学生達が、キラとその友達が乗っているんだと聞いた。 彼らは自分の意思であの船に乗っているんだって兄貴から聞いたけど、本当は、自分がこんなことになるなんて思いもしなかったんじゃないかって思った。 だって、戦争なんて言葉をテレビの中でしか聞かない、俺と同じ環境の人たちだったんだから。 「たった6人の若者たちも、私には救うことができかった。生き残れる確立を上げることしか」 そう自嘲するみたいに呟くウズミ様。 俺は、もう助けてくれないのかと聞きたくなって、でも、でかかったそれを押し込んだ。 政治も国家間の問題も、俺なんかに分かる訳ない。できることと、できないことの区別なんて分からない。 ましてや、助けるなんて事できるのかどうかも怪しいのに。 あの船へ何処まで、何をしたのかも知らないし、知ってもどうにもならない問題なんだ。 だったら、この人はきっと、できる最大限のことをあの船にしたんだって、そう思いたい。 俺は、お礼をすればいいのかどうなのか迷って、結局それは言葉にならなかった。 窓の向こうにある母艦。あの船に、乗ってるんだ。キラが。それは変えられない事実だ。 「!」 アークエンジェルを見下ろしていたら、誰かの驚いた声がして振り向くと。 「母さん!父さん!?」 扉の前に、予想外の二人が立っていた。 「どうしたんだ。こんなとこに来て」 「ウズミ様に教えて頂いたの」 驚いて駆け寄ると、母さんはそう言って頼りなげに笑みを作る。 今にも壊れそうで、泣きそうな顔へ崩れていく。 「本当は、来ない気でいたんだけど、でも、どうしても、顔だけでもって」 耐え切れずに俺の肩へ寄り掛かって崩折れる母さんを、慌てて抱き込んだ。カガリが飛び出して行くのが目の端に写る。 ずっと、心配してたんだ。母さん・・・ そうだよな。たとえ俺が兄貴のことをどんなに話したって、俺と同じで、姿を見なきゃ本当に安心できる訳ないんだ。 「母さん、ほら。こっち」 どんな思いか分かっていても、今まで母さんの泣き顔を見た事が無かった俺は内心戸惑いながら、父さんとで窓の近くへと導く。 そのすぐ後にカガリがすごい勢いでアークエンジェルに乗り込むのが見えて、しばらくすると、こちらを指差しデッキへ兄貴を引き出し出てきた。 こっちを見て、目を丸くするキラを、三人で見下ろす。 母さんはまた啜り泣いて、父さんは何かを伝えるように頷いて。俺はキラをまっすぐに見た。 兄貴は今にも泣きそうになってる。いい年こいて、泣き虫め。 こちらを見たまま兄貴の唇が動く。何を言っているのかは分からない。カガリと喋っているのかもしれない。その後にカガリへ向けた笑顔が目に写った。 兄貴。ちゃんと、帰ってきてくれよ。 帰ってこなかったら、許さないからな。 こんなに、みんなに愛されて、それを不意にするような事、許さないからな。 アークエンジェルが、動き出す。 離れていく。また、手の届かないところに、兄貴が行く。 どうか。 どうか。 誰か。 誰でもいいから。 キラを守ってくれ。 見えなくなる白い母艦を、俺は祈りを込めて見つめ続けた。 約束を、忘れない。 僕は約束したんだ。絶対に帰ってくる。 だから、死んだりしない。みんなも、守る。 胸を張って帰ってくる。 コクピットの中で、僕は息を吐いた。 今、アークエンジェルは第一戦闘配備の命令が出された。 予想通り、アスランたちが領海から出た途端に攻撃を仕掛けてきたからだ。 また戦いの日々がやって来た。 イタチごっこのような戦闘の日々が。 気を引き締めていかなきゃ。どんな状況になっても、生き残ることが最優先だ。 それに、たとえ敵でも、僕はもう誰かを殺したくない。 相手を迅速に撤退させる方向へ。その為にストライクの調整をしてきたんだ。 「キラ・ヤマト、ストライク、行きます!」 掛け声と同時に、大空へと舞い上がる。追ってくる機体へ真っ直ぐに。 、僕は、きっと帰るから。 だから、その時は―――――――――――――――― |