(ああ、つまらないな・・・・)

ここ最近必ず浮かぶフレーズを、私はまた反芻した。
そして1つ溜息を吐き、部屋の外から見える空と海を眺める。
そしてさらに溜息。
頼まれていた仕事が済んで、後は担当が持っていくだけの書類の山はやることを告げず。もう一度溜息。

完全に私は暇を持て余していた。

アークエンジェルも出立してしまったし、それと同時にも家族と帰っちゃったし、お父様はここで勉強でもしていなさいと置いていくし・・・
その勉強も仕事も、元々軍の内示に関わっているわけじゃない私に回してくれるのなんて微々たる物だから、終わっちゃったし。

「暇だなぁ」

今度は態と声で出してみた。
結局は、空しさだけがさらに増した。

あれからまだ2日しかたっていないのに気分が違うのは、それだけあいつらの存在が強かったからなんだろう。
なんだか放っておけなくて、いっつも様子を見に行っていたキラ。
会いに行くといつも苦笑してくるけど、決して邪見にしてこなかった。
いつも浮かない顔をして、本当に笑った顔を見たのは弟の前だけだった。
そしてキラの弟で、一緒にいるとなんだか楽しい
揶揄うと、っていうか、なんていうか。どんな話をふっても付き合ってくれるからか、傍にいることを飽きさせない奴だった。
は軍施設でしばらく暮していたせいか、何人かとも顔見知りになっていて、特に可愛がっていたらしい食堂のおばちゃんたちは、寂しそうに溜息を吐いてあいつがいないことを憂いていた。

二人とも、気になる奴らだったよな。

どちらとも、甲乙付けがたい奴らだった。
気に入っていたんだ。好きだった。一緒にいると楽しいし、会ったばかりなのにずっと前から一緒にいたような気がするほど当たり前でいられた。

感傷なんて、似合わないとか言われそうだな。

「あーまったく!私らしくない!!」

自分の頬を叩いて、私は部屋を飛び出した。
部屋に閉じこもるなんて私の性に合わないんだ!
適当に足を運んで、私は司令室へと赴いた。

「カガリ、またこんな所をぶらついて・・・」
「いいじゃないか。減るもんじゃなし。何か異常は?」

そうだ、今度は私のほうから会いに行ってみようか。
何処に住んでいるかは調べれば分かるだろうし。突然行って驚かせるっていうのも悪くないな。

「特に異常はありません」
「そか、邪魔したな」

予定はどうなっていたっけ?後で調べないと。

「・・・・これは」

やっぱ行くなら学校が休みの日がいいだろうから、そこを狙って・・・・

「アークエンジェルより緊急通信! 人命救援要請です!」
「なんだと!?」

考えていた計画が、頭の中から吹き飛んだ。

「場所は?」
「太平洋上の群島です」
「すぐに準備を手配しろ。私も行く」

浮かんだのは、キラの悲しげな顔。

「キサカ!!」

反射的に、私は叫んでいた。
司令室から出ようとしていたキサカが振り返る。

「行くんだろう?」

キサカは、止めなかった。
私は大きく頷いて、誰よりも先に外へ飛び出した。











何隻もの飛行艇が連れ立って群島へと向かう。

キサカが操縦する横で、私はただただ心配で、不安で、堪らなかった。

(キラ・・・無事で・・・いるよな・・・?)

要請の内容は、ザフトとの戦闘により通信の途絶えた『スカイグラスパー』と『ストライク』のパイロットの捜索。

『ストライク』の言葉を聞いた瞬間、血の気が引いた。
過ぎったあいつの顔が、走馬灯のように駆け抜けて。
今は、ただ、無事でいて欲しいと願うことしかできない。

はやく・・・早くついてくれ・・・・!

やっとその願いが叶ったのは、飛ばしてから3時間後、砂浜へ不時着した飛行艇から飛び降りるように急ぎ、島へと走る。
小さな島だ。アークエンジェルにいた時一度、遭難した時に流れ着いた島とそう大きさは変わらない。

そしてその島は、酷い有様だった。

真っ先に飛び込んできたのは、黒く、どろどろに変形した鉄の塊。その向こう側の木々は、立ってはいるものの歪んでいて、確認すると地面から抜け出し、土の上に露になった切れ切れの根っこでやっと立っている状態だった。立っている木より、武器破壊で粉々になり、横に倒れて無残な丸太になっているものが殆どだ。それから砂浜、ぱっと遠くから見た限りでは抉れただけに見えたが、ビームの砲撃でか砂が固まり、子供が作った粘土の焼き物みたいに固まってしまっている。
かなり激しい戦闘が行われていたのは、一目瞭然だった。

身体が一瞬引けてくる私の隣へ、キサカが追いついた。
その視線は、鉄の塊―――おそらく『イージス』に目を向けていた。

「赤いヤツは自爆したのか・・・?」

言われて、その事実に気付いた。
内部に及ぶまで拉げているのは、内側から爆発したからだ。機体に外側からの致命的な攻撃がないように見える。

ふと、浮かんだのは遭難時、無人島で出くわした奴の顔だった。
『イージス』のパイロット、たしか・・・アスランだったか。

「あいつが・・・?」

言葉で言ってみても、実感が湧かない。信じられない訳ではないのに。

あいつが、『ストライク』を・・・?

私は眼を別の方向に向けた。上空から見て、あることは分かっていた。
後ろにある鉄の塊より、正体が分かる形で残っている。
黒く焦げ、フェイズシフト装甲が解かれた状態のそれは、灰と同じ色になっていたが、間違いなく『ストライク』だ。
全体的に黒くなっているのは、自爆攻撃を喰らったから・・・?

「おい。これ」
「うわっ、ひでえ・・・・」

『ストライク』を見ている兵たちの言葉に誘われ弾かれるように、私は走り出した。
後ろでキサカが騒いでいるがその声はとても遠い。

パイロットの搭乗口がぱっくりと貫かれている。
兵たちはそこから中を覗いていた。

(キラ・・・・キラ・・・・っ)

あそこに座っているあいつを、良く見た。
いつも一生懸命キーボードを打ち鳴らして、苦しそうな、やるせない様な、そんな顔をしていつも座っていた。
どうして、お前はいつも寂しそうに微笑むんだろう。

「キラっ!!」

速度に乗って兵を退かし、ストライクの中を覗き込む。
中は、酷い有様だった。
操縦機器は全て溶けてボタンが1つ残らずなくなっていた。シートも布地は完全に燃えて溶け消え、無骨なバネがやはり溶けて固まって玉になっている。その瞬間までそこに誰かが座っていたように、中心が黒く、操縦席の下の金属をさらけ出していた。

「・・・・キラ?」

それは、私が想像していたものとは違っていた。

最悪の想像――キラの溶けた身体が、そこにはまったく見当たらなかった。

「カガリ・・・?」
「あいつ、いない!!もぬけの殻だ!」

訝しむキサカを見ずに、自分に言い聞かせるように私は叫んだ。

そうだ。いない。
ここにいない。
キラはここにいない。

なら、何処に?
何処に行ったんだ。

「爆発で、どこかに飛ばされたのか?・・・・・・いや、脱出したのかもっ・・!」

みるみるうちに、頭が答えを導き出す。
そうだ、あいつは見た目に似合わずすごいパイロットなんだから、瞬間的に爆発から逃げられたのかもしれない。
それなら、この辺りにきっといるはずだ・・!!

「周辺の捜索を急げ!」と号令を飛ばして、私も何処から探しに行くかと見渡す。
そう広くない島だからすぐに見つかるっ。
ああ、でも吹き飛ばされて海まで飛んでしまっているかもしれないから海中まで捜索範囲を広げて・・・・・

「キサカ一佐! 向こうの浜に」
「キラ!?」

呼びかけに、また身体が弾かれる。
向かう人を掻き分けて、誰よりも早くそこへ到着しようと。

心が、馳せる。

「キラ!!」

その人物の周りにいる人を掻き分けて、私はキラの安否を確認した。















―――――――――――そこにいたのは、キラじゃなかった。

















































手に持つ銃が、なんて軽いのかと思った。
指にかける引き金が、なんて緩いのかと思った。

簡単に使えてしまうそれを握り締めて、私は、目の前で眠っている男を、アスランをじっと見つめている。
ここに留まると言った時、キサカは「殺すことだけはするなよ」と、念を押していった。その時は頷くか何かしたけど、とても制御できそうにない。

眠っているアスランには、何も縛るものはない。

腕に怪我を負い、疲労と衰弱で点滴が打たれている人間に、そうそう対応しきれない程の体力はないだろうということと、一応保護として船に乗せているためだ。
今、手にしている銃もただの護身用であって、常に手の中で握っていなければならないわけじゃない。
だけど・・・・・

「・・・」

アスランの瞼が動き、目を開ける。

「気がついたか?」

そいつに向かって、私は冷えた口調で語りかけた。
アスランは目線だけを動かして辺りを確認し、私を見る。
その目は、純粋に疑問を問いかけていた。

「ここは、オーブの飛行艇の中だ。我々は、倒れていたお前を発見し、収容した」
「オーブ・・・?」

銃を突きつけながらそう答える私へ、アスランは子供のような舌っ足らずさでオウム返す。
そして、今の状況を理解していない様子で、ふっと自嘲した。

「中立のオーブが、俺に何の用だ?・・・・それとも、今は地球軍か」

どうやらこいつは、ちゃんと私のことを覚えていたらしい。意識もはっきりしている。
私は、銃を下ろさずに質問した。

「訊きたいことがある」

こいつしか知らない事実を。訊かなければ。

「ストライクをやったのは・・・お前だな?」

声に出すことが、辛い。冷静にと繰り返す呪文に応えて、声は冷えたままでいられた。

「・・・・・ああ」

でも、それも限界だ。

「パイロットはどうしたっ?お前のように脱出したのか?それとも―――」

口にしただけで感情が噴出す。何とか留めようとしても、堰切って、途切れない。

「見つからないんだっ・・・・・キラが!!」

どうしていないんだ!!
どうしてこいつはいたのにっ、見つけられないんだ!!?

僅かに震える足を踏ん張って、睨み据える。
そいつはただぼんやりと空を見て、顔を合わせようともしない。

「なんとか言えよっ!!」

自分の感情とそいつの対応がぶつかって、爆発した。
けどそいつは私のことなんて構わずに、じっと空を見つめている。
そいつの虚ろな目は、絶対に私を見ようとしなかった。


「あいつは・・・・・・・・・俺がころした・・・」


そして、静かにそう言った。


視界が傾ぐ。
景色が遠く近く揺らいで、全身に鳥肌がたった。


「ころした。俺が」


そいつの言葉は、まだ続く。


「イージスで組み付いて、自爆した。・・・脱出できたとは思えない」


訊きたくないセリフは、耳の奥まで響き渡る。
状況を鮮明に教えようとする。


「それしかっもう手がなかった!! あいつを倒すにはっ」


言葉を紡ぐたびに、虚ろな顔に現れていくこいつの感情も、全部。


「きさまぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


でもそんなもの、自分の中から生まれてくる感情に比べれば微々たるものだ。
衝動のままにアスランの襟首を掴み押し倒し、銃を突きつける。



こいつが、こいつがキラを殺した!!!

あんなに優しい奴を!!

あんなに頑張っていた奴を!!

あんなに寂しがっていたあいつを!!





―――――――――殺してやるっ





瞬間的に銃を押し付ける。キラを殺したこいつが憎くて憎くて仕方がない。
こいつを殺して、キラを―――――


なのに、私は引き金を引くことができなかった。


――――――こいつを殺したって、キラは戻ってこない。


戦いの中で死んでいったレジスタンスのみんな。キラが倒した砂漠の虎。
みんな、みんな、戻ってくる訳がない。


―――そして、ここでこいつを殺したとき、私の前に『今の私』になった人間が現れる。


そう思ったら、手が、引き金を引けなくなった。


「くっそおおおぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」


銃を握り締めたまま、私は行き場のない感情を持て余してベッドへ叩きつけた。
仇も討てない。覚悟がなくなったわけじゃないのに。
爆発した感情は急き立てるのに。

お父様の言う『憎しみの連鎖』を、体験することになるなんて・・・っ


「でも・・・なんで俺は、生きてるんだ?」


マグマの様に煮えたぎるその感情に反して、その呟きは冷め切っていた。

「あの時、脱出したからか・・・?」

視線と視線が絡み、そいつはふ、と力なく笑う。
その目は握る銃を、私を見て。

「そうか、お前が俺を打つからか」

まるで救い主のように見つめてきた。
かっと、頭に血が昇る。


なんで。
なんで。
なんで。


その後が、ありすぎて浮かばない。

ただ、鮮明に見えるのは。

キラの横顔と、こいつの情けない顔。


「キラはっ危なっかしくて、訳分かんなくて、すぐ泣くやつでっ・・っでも、やさしいっ・・いい奴だったんだぞ!!」


敵であるこいつに、キラのことを知って欲しかった。
お前が撃った奴は、どんなにいいやつだったのか、話さないと気がすまない。



「しってる・・・・」



そいつは、また、悲しく笑った。


「やっぱり・・・変わってないんだな。昔からそうだ。あいつは・・・」


遠い目をして、また、空を見つめて。
それはまるで帰郷に恋焦がれるもののようにして。

「おまえ・・・」

信じられない事実に真っ白になる私を、さらに外付けていく。

「泣き虫で、甘ったれで、ブラコンで、優秀なのに・・・いい加減なやつだ」

懐かしさと、苦しさとが綯い交ぜになった顔で、ポツリポツリと語る。

「キラを・・・知っているのか!?」

何を当たり前なことをと、気だるく身じろいで嗤い続けるそいつ。

「知ってるよ。よく。小さい頃からずっと、・・・・・・・ともだち、だったんだ」
「とも・・・だち・・・?」

友達?
キラと、こいつが?
小さい頃からの?

なら、なんで?

「それで、なんでっっ」

理不尽さに、身が震える。
信じられない。
信じたくない。
こんな、こんなことが、本当ならっ

「それでなんでっ、お前があいつを殺すんだよっ!!」

なんて残酷な・・・・・

「わからない・・・」

掴みかかったアスランは、ただ首を振る。

「わからないさ、俺にもっ!」

その声はもう、涙声になっていた。
泣き腫らして、涙を零して、問いかけるように目を向けてきた。

何故?と。

「別れて・・・っ次に会ったときにあいつは敵だったんだ!!
 一緒に来いと何度も言った!!
 あいつはコーディネイターだ!俺たちの仲間なんだ!地球軍といることの方がおかしいっ!そうだろう!??」

今まで失っていた感情が蘇り、それが溢れてアスランの中から噴出す。

敵と言った時の苦々しさも、手を取ってくれなかった孤独感も。

「なのに、あいつは聞かなくて・・・俺たちと戦って!仲間を傷付けてっ」

撃ちたくない相手と打ち合う苦しさも。矛盾した心をどうしても振り払えない迷いも。

「ニコルを・・・ころした!!!」

こいつのことを何も知らない私にまで伝わってくる激しさを、撒き散らす。

なんて、痛い感情だろう。
なんて、苦しい思いをしてきたんだろう。

でも。
だけど。
だからって。

「だから・・・キラを・・・ころしたのか?お前が・・・?」
「敵なんだ!今のあいつはもうっ―――――なら倒すしかないじゃないかっ!!」

「バカヤローっ!!!」

本当は殴りたかった。それを留めて、私はそいつを乱暴に押し倒した。

どこまで、感情は膨れ上がれるものなんだろう。
何処まで、この男は愚かなんだろうか!

敵になったから、友達を殺す?
敵になったから、殺した?

「なんでそんなことになる?なんでそんなことしなきゃならないんだよぉぉっ!!」

こいつは、どれだけバカな事をしたのか分かっていないのか!!

けど、アスランの言い訳はまだ続く。

「あいつはニコルを殺した!!ピアノが好きで、まだ15で、それでも『プラント』を守るために戦っていたあいつを!!」

こいつにとって、その子が死んだことがどれだけ辛かったのか、分かる。
でも、そんなもの。そんなこと。

「キラだって、守りたいもののために戦っただけだ!!」

戦場にいる人間なら、誰だって、そうなのに!

「なのに、なんで殺されなきゃならない!?」

望んでいることは、同じはずなのに。
同じ想いでいたはずなのに――――――
殺されて良いわけがないんだ。

「それも、友達のお前にっ!!」

「っ・・・!!」

アスランの目が、見開かれた。
極限まで開いた瞳からぼろりとまた溢れ出す涙。

忘れたかったんだろう。
大切にしていたものを自分で壊したことを。

気付きたくなかったんだろう。
わかりきっているのに。


自分が背負ってしまった業を、その代償を。重みを。痛みを。


目を逸らしたかったことを、突きつけられたくなかったんだろう。


でも、私はそれを許したくなかった。

「殺されたから殺して、殺したから殺されて・・・・・・
 ―――――それで本当に、最後は平和になるのかよぉっ!!」

どうか、自分のしてしまった過ちに、気付いて欲しかった。





しばらく涙と鼻水をすする音と、さざ波の音しかなくなった。

私は手にしていた銃を腰に収めて、アスランから退き、アスランは、息を整えて、うずくまった。


「わかって・・・いた・・・・」


呟いた声は、私に向けられていなかった。


「わかっていたさ!お前が、ずっとのところに帰りたがっていたのはっ
 でも、だからこそお前は、俺たちの方に来るべきだったんだ!!
 もプラントに呼んで、暮らして、また・・・三人で・・・っ・・・・一緒にっ・・・・」


胸をかきむしって、アスランはすすり泣いた。
今はもういない友達へ、咽び泣いた。


・・・・―――――」


呟きが懺悔なのか、言い訳なのか。
もう私にはそいつが何を考えているか推測する気力が残っていなかった。














カガリサイドです〜!
シナリオの展開がアレですが、きっとみんなアニメ見てる人だと思うから!!(え)
やっとアスランが出た。
アスランって種シリーズで3指に入る直情型だよね。(個人的意見)
ああ、暗いなあ。
そして主人公出てこなかったな・・・(そりゃそうだ!)
2008.8.11