「うわ・・・・ぁ・・・」

しばらくぶりに、静かに血の気が引いていく感覚がした気がする。

目の前には結構な惨事。
テーブルが横たわり、木製のテーブルの端が少しひび割れていて、備え付けのイスも転がって。
いつも備えてあった花瓶は生けてあった花と、入っていた水を撒いてできた水たまりの中で粉々に。
絨毯には水とは別にもう1つシミがあって、その中に花瓶とも違う大きな破片が転がっていて、もう食べることの出来ない肉野菜炒めが散りばめられていて。
そして、その惨状の中にいる、ころころした四角の塊。・・・ストライク。

「ごめんね。ごめんねっ

この事態に唖然となっている俺へ、片付けていた母さんが謝り倒してきた。

「ストくんがね、運んでくれるって言うから任せたんだけど、突然傾いて転んでしまって・・・」
「あああ、うん。大丈夫、気にしないで。母さんこそ平気か?」

半泣きの母さんを落ち着かせるためにしゃがみこんで背中を叩く。ストライクを見ると、完全に固まったまま立ち直ろうとしていない。
どうも母さんは小さな子供に大皿を渡してしまった心境のようで、自分を責めているのを感じて母さんが気に病まないように俺も手伝う。
とりあえずシミになるところから片付けて、テーブルとイスを立て直して。炒め物塗れになっているストライクは、作業中ぴくりとも動かなかった。

「おいストライク。しっかりしろ」

雑巾で炒め物を取り払って抱き起こすと、ストライクはほんの少しだけ首を動かした。
それに少し肩の力が抜ける。

『マ、マスタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ』

が、安堵も空しくストライクの異常が目に見える形で現れて、俺は溜息を吐いた。

「もういい、喋るなストライク」
『タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ』

命令が届かないのか、ストライクの声は止まらない。仕方がないので背中の強制停止ボタンを押して全機能を止めさせた。
中で熱が貯まっていたのか、ぶしゅぅと熱気が噴出す。あああ。ちょっと重症だなぁ・・・これは。

「ストくん、大丈夫?」
「うん。大丈夫。直るよ。ちょっとストライク置いてくるな」

ストライクを抱いた俺は、そう断ってリビングを出た。
心配そうな母さんの顔が俺を追う。よほどストライクが心配なんだろうか。

・・・・ま、ストライク、俺といない時はたいてい母さんといたからなぁ

生活支援型ロボットだからか、ストライクは良く母さんの家事を手伝ってくれていた。
母さんの後ろを着いて歩くストライクに、母さんは和んでいたからそのままにしていたら、いつの間にか「ストくん」なんて呼んで可愛がっていたのを見たのは驚いた。
不満も言わず、母さんの動作を覚えて先の仕事をし、時には話し相手になってくれるストライクは、どうやら母さんにとって実の息子たちより可愛く思えてしまったらしい。
そんなふうにここ数日過ごしていたものだから、母さんが心配がるのも仕方のないことなんだろう。

自室に入って、俺はすぐにコードをストライクに取り付け、機材を起動した。
システムチェックは後でしよう。
起き上がるまでの時間にまずは片付けからだな。ともう一度母さんを手伝うためにまたリビングへ戻った。

母さんと二人で居間をキレイにして、終わった後すぐにストライクを診る。

ストライクの故障は、かなり酷いことになっていた。
どうもスラスターへの接続が悪く、フロートが上手く使えなくなっていたのと、そのせいで盛大に落ち、皿のカケラや食べ物、水気を浴びたせいで内部の異常のなかったところにまで被害が増えてしまったようだった。
移動させるために衝撃緩和なんかも注意して作ったつもりだったんだけど・・・その辺も上手くいってなかったって事か。

メインコアは無事で、サブも無事だったから、接続部だけ何とかすれば正常に戻るが、スラスターはこけた拍子にフロートユニットが大破してしまったので1から作らないといけなくなった。
一応足はあるから歩けないことはないんだけど・・・短足のせいで段差が不得意なんだよな・・・

「しばらくは母さんの手伝いは無理だからな」

スラスターを外したストライクへそう言うと、ストライクはじっと俺を見つめ、何かを訴えかけてくる。
役目が当分果たせないことに嘆いているようだった。

『ユニット ハ イツ 出来マスカ ?』
「・・・・問題はそこなんだよな」

ストライクの問いに、俺は大仰に溜息を吐いた。
ユニットは一度作ったものだし、設計図も残っているから2日もあれば作れる。だたし、材料があればの話だ。
ストライクの部品は全て軍施設の廃棄物から貰ったり拝借したりしたものばかり。そしてその廃棄物は、人から見れば宝の山。
中々手に入らないレアな部品やたった一世代前のものがわんさとあって。捨ててしまうからと言われて「勿体無い!」と、今まで考えたことがないくらい贅沢に、使えるだけ使おうと手に入れ完成させたのがこのストライク。
つまり、パーツは全て手に入れにくいものばかり。簡単に言えば作るために必要な部品も先立つお金もない。だから作れないどころか修理もできない。

こんなことなら修理用に色々貰って帰ればよかった。って、今思っても遅いか。
しかし、それを知ったら母さんはとても悲しがるだろう。

「しょうがない・・・」

俺は背もたれにもたれて溜息を吐いた。
あんまり気乗りしないけど・・・母さんのためだ。
俺は携帯を引き寄せて、目当てのアドレスを探した。

「ええと・・・」

とりあえず用件と先日のお世話になったお礼を書いて送信する。
しばらくかかるだろうと思った返信は、すぐに来た。

『こっちは構わないわ。いつ来るかだけ教えてちょうだい』

「シモンズさんサンキュー」

返事の内容に胸を撫で下ろして、俺は日程を書いたメールを送信する。
流れで交換したメアドだったけど、この時ばかりは助かった。
そして太っ腹なシモンズさんにも感謝だ。

「一日で仕上げられるようにしないとな」

身内が喜ぶ顔には、やっぱり弱い。
母さんの喜ぶ顔が早く見たくて、俺はプログラムや設計の見直しに取り掛かった。
















次の休日に、俺はまたオノゴロへストライクを連れて行った。
シモンズさんがわざわざ用意してくれた車で恐縮しながら施設へ着いた俺は、すぐにシモンズさんのいるラボへと案内されて。

「さっそくだけど、手伝ってもらうから」
「はい?」

唐突な発言に、つい聞き返してしまった。

「タダで貰えるとは思ってないでしょう?労働しなさい。その報酬として好きなだけあげる」

悪い話じゃないでしょう?と捲くし立てて、まぁ確かに、と俺は頷いた。
廃棄物とはいえあっさり貰える事とか、車の向かえとか、なんとなく優遇良いなあ・・て思ってたけど、こういうことか。
納得してから、当分の寝床として、以前泊まった時に使った部屋へと案内された。そこにストライクと荷物を置き、シモンズさんと連れ立った。
女の人には珍しい、早い足取りで歩くシモンズさんについて行きながら、俺は何をやることになるんだろうと半分わくわくしていた。
なんてったって技術主任だもんな。

「そういえば貴方。学校行っていたんだったわよね。そっちは大丈夫?」
「ああ、はい。ストライクを見せて、もう卒業したも同然になりました」

言って、その時のことを思い出した。

ハイスクールと名乗っているはずなのに、授業形式がアカデミーのうちの学校は、専門学部まである。
俺が入っている学部では、それぞれ課題が出されて、それが試験代わりになる。キラが心配でここに残っていた時に俺へ出された課題は、出席代わりみたいなものだったから、「なにか1つ仕上げて提出」という、かなりアバウトな内容になった。
課題として提出したストライクを見た時の先生は、嬉しいような、寂しいような、敗北したような、かなり複雑な顔をしていた。
「俺の教えが良かったのか、お前が出来すぎなのか・・・なんか無性に腹がたつ」とちょっと理不尽なことを言ってきた先生は、そのまま「もう卒業まで学校に来なくてもいいぞ」なんて言い出した。
確かに卒業までの取得単位も取ってたし問題ないんだろうけど、ゼミで独断してもいいものかと思った。
そう聞いたら証明書とって渡されたから、ホントに来なくていいんだろうけど。

俺の言葉に、シモンズさんは「そう」と素っ気無かった。
まるで俺がそうなることをわかっていた口ぶりだな。なんて思っていると、振り向いて、笑ってくる。

「おめでとう」

そう、笑顔で言われて。

「ありがとう、ございます」

なんでか熱くなってくる顔を意識しないようにしつつ、俺は礼を返した。
それと同時に目的地に着いたらしい。
お礼を笑顔で受け止めたシモンズさんは、セキュリティを開き、扉を開いた。その顔つきが、職人のそれに変わる。

君に頼みたいのは、あれよ」

促されて見たそれに

「――――っっ・・!!」

俺は、息が詰まった。

灰色の金属の塊。いや、モビルスーツ。
それが、格納庫の一角に座らせて置かれていた。
焼け焦げ、全体的に黒くくすんでしまっているが、それでも一度見たものは忘れないタチだ。
何より、因縁めいた感情を持っていたものを、その姿を模して別の物を作ったのに、忘れるわけがない。

「スト・・ライク」

キラが乗っていた、乗っているはずの機体名を呟く。

「どうして」

これが。ここにあるんだ?
それよりも、この酷さはなんだ。
溶解している装甲も、開けっ放しのコックピットも、光を失ったサーチアイも、光沢のない身体も何もかもがそれを無残に見せてくる。
俺が一番嫌いな機械の姿だ。

「オーブ近郊の無人島で発見されたものを持ち帰ったのよ。ザフトとの戦闘があったらしくて、敵機は全壊。これはこの様」

言って指したストライクの腕部と足部がなくなっているのは、これから作り直すからなんだろう。
早くなる鼓動が耳に障るのを無理に無視して、俺は冷静でいようと心がけた。

「パイロットは・・・行方不明よ」

のろのろと、シモンズさんを見返す。
言っている意味がわからなくなった。
一瞬口が勝手に開き、何かを口走りそうになったのを喉に押し込む。

ダメだ。落ち着け。取り乱したら、終わりだ。

「これを、直せばいいんですね」

俺の質問に、シモンズさんは少し驚いたように目を瞬かせた。そしてすぐに頷いてくる。

「ええ。ブラックボックスは回収して、データを見ることができたから、1から作るわけではないけど。
 ストライクを作った腕を見込んで、頼むわね」
「はい」

勤めて冷静に、俺は応えた。『ストライク』の周りには何人か作業員がいて、『ストライク』の点検を細かく行っている。
引き寄せられるように俺はそこへ向かう。シモンズさんもその後に続く。
近くから見た『ストライク』は、悲惨だった。
一体どれだけの高熱に包まれたのか、装甲を外したその下の骨組みまで熱によって歪んでしまっている。
その機体の悲鳴が聞こえてくるようで、俺は無意識に口元を覆った。
よくこれで直そうって思えるよな・・・

「一番酷いのは直接受けた前側だけ。コックピットは結構な惨状だけど、取り替えれば何てことないわ。装甲はうちの量産型をちょっと改造すれば良いだけ」
「簡単に言ってくれますね」
「あら。別に貴方にすべてを任せるわけじゃないわ。私は手伝って欲しいって言ったのよ?」

そりゃそうだ。
つい口元が歪んでしまうのを止められずにいると、作業をしていた人たちが俺たちの方へ集まってきた。
シモンズさんがいることで何か指示があるのかと思ったのだろう。

「主任、その子はどうしたんですか?」
「隠し子ですか?」

どうやらネタは俺の方らしい。
はははと冗談をかます作業員たちに、シモンズさんは呆れ顔だ。

「貴方たち、作業ははかどってるの?」
「ええ。装甲は全部取り外して使えない部分の廃棄を始めてます。今日中に補修作業に入れますよ」
「主任こそOSホッポッて若い子とデートしてるじゃないですか」
「私はいいのよ。この子も部下になる予定だし」
「ナンパですか」
「将来有望株は青田買いしなきゃね」

なんか、嫌な会話だな・・・自分がネタにされてるだけに。

「で、どこの班にするんですか?」

俺をよそに、話は進んでいく。
作業員の人が俺を見つつ言って、シモンズさんは「そうね・・」と思案し始めて。

「私の下にしましょうか。プログラミング、得意だったわよね?」
「は!!?」

にっこりそう言われて、俺は眼をむいた。
こ、この人、ストライクを作った時散々俺の未熟なプログラミングにケチつけて、苦手だって知ってるはずなのに・・・!!
鬼の判断を受けて、反論したいが・・・シモンズさんの笑顔はそれを許さない恐ろしい笑みだった。
マジでか・・・やらなきゃいけないのか・・・・

「・・・・が・・・・ガンバリマス・・・・」

引きつる顔をなんとか留め様としてはいるものの・・・気分的に俺は本気で大泣きしていた。
ああああ・・・ぎったんぎったんにされる・・・
どんどん青褪めていく俺へ、色んな同情の目と逃げたらどうなるかわからない感じの目が向けられて、いっそどこかへ飛び出してしまいたい気分で一杯になった。



そしてその後、本気で俺にOS調整と補正をやらせるシモンズさんと、スパルタのせいで半泣きになっている俺の姿があったのは、言うまでもない。



それと一番驚いたのは、一体どこから聞きつけたのか。
俺がまたやっかいになると聞いて歓迎パーティーを開いた食堂のおばちゃんたちだった。
なんだか豪勢な食事になって、作業員の人たちとはそれなりに仲良くなって。酒の入ったシモンズさんに絡まれたりして。



その時だけは、わだかまる不安から解放されていた。











とりあえず、が通っているみたいな学校は、聴いたことがない。(失笑)
キラが14でヘリオポリスのカレッジに入学したとか聞いて、慌てて考えた苦肉策(はは…/汗)
大学の基本ってどんなモンなんだろうな〜?
4年間で目標単位数取れればいいの?で、卒論?
そんな感じ?
2008.11.12