カガリがやってきたのは、俺が『ストライク』の整備班に入ってから数日がたってからだった。 顔を見た瞬間に硬直したカガリは、見ようによれば見ものだったと思う。 人がこんなに驚く様を真正面から見れたんだから。 「なんで・・・ここにいるんだ!」 「いや・・・なんでって・・・」 カガリに言われて、俺は作業の途中なのに居心地が悪くなってしまった。 見てわかって欲しい。とも思いつつ、知ってほしくないなと反対のことも考えてしまう。 どう言えばいいか考えあぐねていると、カガリが抱きついてきた。 かなりびっくりして、なんとか倒れずに受け止められたことに安心して息を吐こうとした時に、それに気付いた。 「なんで・・・・これの傍にいるんだよ」 カガリの肩が、震えていた。 悲しいって、全身で言ってるみたいだった。 誤る必要なんてどこにもないのに、一瞬、謝りたくなった。 「カガリさん。俺は平気だから」 抱きつく手を解いて、俺はカガリにそう言った。 「覚悟していたことなんだ。だから、カガリさんが抱え込むことじゃない。心配してくれてありがとう」 カガリは一瞬顔を崩しそうになって、それでも涙は見せなかった。 カガリは強いな。そして優しい。 「後で、時間あるかな?色々、話したいし」 「ああ。後で。私も話したい」 立ち直ったカガリはそう答えて、「邪魔したな」とドックから出て行った。 俺はまた作業途中のOS修正を再会するためにパネルを眺めた。 最後の一箇所だけを残していたチェックは、ほんの少しの修正で終わる。 昨日までいなかったカガリがここにいるのは、だぶんあのニュースのせいなんだろう。 昨日、パナマがザフトに落とされたってニュースが流れた。 世界的な対立のバランスがとか、とうとう仕掛けてきたとか、色々キャスターや解説の人たちが言っていたけど、俺にはどうでもいいことだ。 パナマは、俺にはアークエンジェルが向かった先だっていうことだけ。 キラが向かった先だっていうことだけが全てだ。 それだけだ。 カガリは少し理由が違うだろうけど、俺と同じで心配なんだろう。 だから落ち着いていられないのかもしれない。 「くん、そっちは終わったか?」 「あ、はい!」 「じゃあこっち手伝ってくれ」 「わかりました」 呼ばれて、俺は端末をそのままにかけ出した。 今はできることだけをしていこう。 それしかできないんだから。 今日の作業でようやくロールアウトになった『ストライク』のドックから出てすぐのところで、カガリが待ち構えていた。 「こっちから捜しに行ったのに」と俺が言うと、「早く会いたかったからな」と返される。 家族以外で人にかいがいしくされない俺には、なんだか少しくすぐったい言葉だった。 そのまま俺たちは休憩所まで連れ立った。 自販機から適当に飲み物を出して、カガリにも渡す。 そのまま二人で椅子に並んで座ると、一口目を飲み込む前に、カガリが質問しだしてきた。 「。一体いつからこっちに来ていたんだ?なんでここにいるんだ」 「俺が作った方のストライクが故障してさ。部品を貰いに来たんだよ」 予想通りの質問に、俺は素直に答えた。 カガリは本当か?とケゲンな目で見てきた。でもそれが本当だから仕方がない。 俺はさらに話をする。 「ここに来て、シモンズさんにあれを見せられて、修理を手伝えって言われてさ。ヒデぇよな。俺、家に連絡1度っきりしかしてないんだぜ?しかも服なんてほとんど着の身着のまま」 冗談交じりにそう言っても、カガリは表情を変えてくれなかった。 それがまた居心地悪くて、つい溜息が出た。 わかってる。カガリが聞きたいのはこういうことじゃないってことは。 でも、できるんなら言いたくない。まだ自分ですら整理できてないのに。 「あれ、見せられた時には、さすがにこたえたけどな・・・」 だから、言えることだけ言って、中途半端に終わらせた。 「・・・」 カガリが肩を抱き寄せ、自分の肩に俺の頭を埋めさせてくる。 そのまま強く抱きしめられて、俺は少し目を丸くした。 慰めようとしているのか、なんなのか。 その意図が、俺が喜ぶようなことじゃない気がして、気分が下がった。 俺は、カガリにとって守らなきゃならない存在に入っているのか。なんて考えて。 俺、そこまでガキじゃないんだけどな。 守ってもらわなきゃならないほど、弱いとも思ってない。 むしろ・・・それは。 「キラは、生きてるよ。あいつが、死ぬわけがない」 「うん。俺も、心配してないから」 カガリの拘束を解いてから、しょうがねえ奴だよなーなんてできるだけ声を明るくして、俺は笑って見せた。 その顔を見て、カガリもようやく固いままだった顔がとける。 安心してくれたんだろうか。 「はやく、帰ってきてほしいな」 またカガリの腕を掴む力が強くなった。 どれだけこの人はあいつのことを心配してくれているのか。幸せ者だな。あいつは。 俺も黙って首を縦にふった。 『ストライク』の最後のデータには、外部からのハッチ解放のコマンドが入力されていた。 誰かが助けてくれたのか。自力で逃げ出したのか。 それに加えて行方がわからないなら、きっと誰かに保護されているって考えたほうが自然だ。 だから。待てる。 連絡がない限り、無事なんだって思えるから。 そして、アークエンジェルからの救援通信が基地へ届いたのは、その次の日だった。 パナマから逃れられたアークエンジェルは、残ったパイロット、クルーを連れているのだという。 その中に、聞いた事のない機体と、あいつの名前があった。 カガリがどうしてか泣きそうになって話してくれて、俺はそれを黙って聞いていた。 騒がしくなっているんだろう基地の地下港には行かないで、俺は屋上で海を眺めていた。 足元にはすっかり修理が完了し、ほんの少しチューンアップされたストライクが控えている。 海を眺める俺を見上げて、何も言わずに傍に寄りそっている。 ずっと俺につき合わせるのも何だから、こいつだけでも家に帰そうか。 母さんは喜んでくれるだろう。 そして、俺は・・・ 「俺は、どうしたいんだろうな」 吹きっさらしの屋上は、風がぶんぶんとうなり、俺の髪の毛を四方八方にうねらせて過ぎていく。 時どき匂う潮の匂いが鼻をくすぐって、身体をべとつかせてくれた。 誰も何も応えてくれはしない。 足元にいる機械も、答えてくれない。答えられるわけがない。 理性と本能と願望と欲望が戦いあって、誰も勝てずに共倒れを繰り返す。 会えば、わかるのか? 会ったら、何かが変わるんだろうか。 遠くの空から、聞き覚えのある電子音が聞こえた。 鳴くたびに近付いていくその声に、俺は手を差し出した。 緑の鳥が、俺の手へと舞い込んで降りる。 お気に召さなかったのか鳥は小さく首を傾げ、俺の頭へ登り、また『トリィ』と鳴いた。 「おかえり」 苦笑しつつ呟いて、俺はなんとか意識を保とうと顔を歪め俯いた。 じわじわと、込み上げてくるものがある。 だけど、それをさらけ出すことはしたくない。 俺はいつも通りの俺でいたい。 なのに、なんで、こんなに思い通りにならないんだろう。 「家に、帰るか。ストライク」 猛烈に家に帰りたくなった。 ストライクも直り、手伝いも終わって、このままここにいる理由はどこにもない。 あいつも無事なんだってわかった。 だったら。ここにいる必要なんてない。 ここにいたら、俺は俺を保てなくなる。 だから、逃げるんだ。今すぐに。 思いついた後の行動は早かった。 急いであてがわれた部屋で荷物をまとめて、修理用の部品を箱に詰めた。 箱はシモンズさんに後で送って貰えるようにお願いしてある。それの上に住所と名前と運送料金を置いて、散らかったテーブルの上の私物を確認しながらカバンの中へ詰め込んだ。 忘れていくと困ったことになるのが殆どだ。補修作業に使ったものならともかく、メモリとかは・・・・ 「やべ・・・・端末」 『ストライク』のOS入力に使っていた端末をさしっぱにしていたことを思い出して、寒気が走った。 小さいくせにかなりの用量がまとまって入れられるあの端末は、大分苦労して買った俺のお気に入りの1つだ。 値が張って、しかも今じゃどこにも売ってない。 「ストライク、トリィとそこにいろよ」 『了解』 ストライクたちを部屋に置いて、急いで『ストライク』があるところまで走った。 辿り着くと、中には誰もいなかった。 これ幸いと、俺はすぐにコクピットへ登り、端末を探す。 だが、刺したままだったと思っていた端末は、見当たらなかった。 どこかに落としたのか、と辺りを探しても見つからない。 暗くて良く見えないからライトをつけて、端から端まで、狭いはずのコクピットを探る。 しかし、どうやっても端末が見当たらない。 「誰かが、抜いていったのかな」 呟いて、俺はライトを消した。 とりあえず誰かに聞いてみて、ラボを探して、それでもなかったらもう一度自分の荷物を見てみよう。もしかしたら無意識に取っていたかもしれない。 自分のポケットを探りつつ、俺はハッチを空けた。 そのままレールで降りる。 「!!?」 なんで入った時は暗かった周りが、開けた時に明るくなっていたことに気がつかなかったのか。 呼ばれた声が信じられなくて、視線があっても、俺は何も考えられなかった。 茶髪に、今にもこぼれて落ちてしまいそうな紫の目。 接地までだいぶ高い場所から俺は飛び降り、その場から逃げ出した。 「っ!」 呼ぶ声が後ろから追いかけてくる。 だけど、俺はその声に振り向くことができないくらい、気が動転していて、怖がっていた。 (なんで・・・だよ) 本当。意味がわからない。 ずっと昔から、俺は優位に立っていたはずなのに。 俺があいつの世話を焼いていたのに。 いつだって、どんな時だって、あいつを受け止めてきたのに。 なんでこんな。あいつから逃げ出してるんだ? でも、感情とは真逆に、俺の足はひたすら逃げようと、遠くへ行こうと地をける。 何もないところへ行きたい。 誰も来ないところに。誰も来れない所に。 なのに。 「っ、待って!」 なのに。 どうして。追ってくるんだよ!! 振り切りたくて何度も何度も無意味に曲がった。 何も考えないで闇雲に選んでいたせいか、どこに行っているのかまったくわからなくなった。 それでも、声は近く、遠く、追いかけてくる。 「は・・・何してんだよ・・・俺・・・・」 塞がった行き止まりに辿り着いてしまい、俺は崩れ落ちた。 逃げなければと本能が訴えるが、一度来た道を戻るのが怖くて動けない。 来るな。来るなと願うしかできなくなった。 「なんで・・・いるんだよ」 頭の中がぐしゃぐしゃする。 意味がわからない。 なんで俺はこんなに取り乱してんだ。ただ目が合っただけじゃないか。 なのに。 「・・・・・・・・・」 なんで。 「・・・・・っ!!」 こんなに、会うのが怖いんだ。 とうとう、追いかけてきたキラに背後から抱きしめられて、俺は身が竦んで動けなくなった。 キラの息が耳元で唸る。 必死に追いかけてきた証明が、俺の歯の根を鳴らせるきっかけになった。 「・・・・っ・・」 「・・・・っぁ」 喉が上手く動かせない。ただの息を飲む音になった。なのに、キラは、さらに強く俺を締め付ける。 つかまれた腕が痛い。 腕を押し付けられている腹が苦しい。 「・っ・・・な・・せ・・」 もがいても、離れない。離させるほどの力にならない。 「どうして・・・・あんなのに、乗ってたのっ」 キラが叫んだ。 泣きそうな声だ。 「あれは、がいていい場所じゃないっ、かかわっていい物じゃない!」 声を聞くだけで、切ないのに。でもその内容が、俺の中のくすぶっていたもやもやを焼きつかせた。 「あんなものに、なんで、っ」 頭の中で、何かが切れた。 何度も何度も、細かく細かく。 引いていた波が、一気に帰ってくるように。 「お前が・・・・それを・・・・言うのか・・・・」 体中が、怒りで震える。 突き飛ばして離れたかったけど、結局体の間に腕が入る程度にしかならなかった。 「ずっと嫌がっていたお前が!それを言うのかっ」 強い感情が爆発して、声になる。 零れたら、もう止められなくなる。 わかっていたから、会いたくなかったのに。 言ってしまったら、自分の中で大きく変わるって、わかっていたから。 でも、もう遅い。 「母さんを、父さんを心配させて、泣かせて。カガリさんだって泣かせて!みんなを心配させて!! 自分でイヤだって言った奴が、そんなこと言う資格があるって思ってんのか!」 キラの目が丸くなる。 溜飲が下がるかと思ったけど、何にもならなかった。 「辛いって行ったのは、お前じゃないか! 一緒にいたいって言ったのはっ だから・・俺はっ」 助けを求めたのはキラだ。 俺は助けたいと思ったんだ。 俺自身のためにも。キラのためにも。 だから、ずっと、俺は考えて、やれることをやろうと思った。 「でも、俺には何の力もないから。傍にいることも、励ますことも、慰めることも、何にもできないから。 お前を戦場から引き離すことだってできないから」 『ストライク』の修理を受けた時、俺は、泣きたかった。 願いも、祈りも届かない。直接届かないものに意味がないって、見せ付けられて。 一番助けたい人を助けられない自分がたまらなく嫌だった。 他の人の命を助けたって、結局自己満足にしかならなかった。 わかっていたけど、痛感すると自分自身が嫌になった。 「だから、だから、どんな姿で帰ってきたって受け止めようって、そう決めて・・・ 嫌だったのに。どんだけ気持ち押し殺して、覚悟して」 キラが死んだなんて考えたくなかった。 考えたくないのに、考えてしまう自分が嫌だった。 それに絶望する自分に『馬鹿だろう?』って何度も言い聞かせて。なんとか自分を保とうとして。 「どうなっていようと受け止めてやろうって。ちゃんと『お帰り』って言って、迎えて」 もしもが来ても、大丈夫なように。俺が俺のままでいられるように。 もしも生きてくれているなら、今度こそ、何かができるようなところにいたくて。 「俺は・・・・俺は・・・・何もできないが嫌で、何かしてやりたくて、お前のために出来ることはなんだろうって必死で考えて」 落ち着かない感情を持て余して、必死に考えて。 自分にできることが、これしか見つけられなかった。 機械いじりくらいでしか、今のキラを助けられることが浮かばなかった。 『ストライク』の補修も、キラが帰ってきたときに必要になるものかもしれないって、もう遠くへ行ってほしくないのに、矛盾した馬鹿なことを考えて。 言い聞かせて。 「だから・・・・っ」 こんなどろどろした、押し付けがましい気持ちなんて、誰にも知られたくなかった。 泣き崩れてぼろぼろになる自分になるのが嫌だった。 誰にももう悲しい顔をして欲しくなかったから、俺は平気な顔ばかりしていた。 自分自身の何もかもが崩れることが分かってたから、平気だと暗示するしかなかった。 だけど、いつまでもこの状態が続けられるなんて思ってなかった。 キラに会えば、自分のなけなしに作った虚勢が崩れることは、分かってたんだ。 だから逃げ出した。 逃げださずにいられなかった。 ぐちゃぐちゃした頭を抱えて、俺はうずくまった。 ひどい痛みが頭を叩く。 顔が熱いし、ボロボロ顔を流れる涙も気持ちが悪い。 こんな醜態。見られたくなかった。 キラは、何も言わない。 ただ、俺を見下ろしてる。その視線だけ感じる。 「キラ・・・戦うのか・・・・また」 目の前にあった手を握ってみた。 まだキラは、俺の行くことのできないところへ行ってしまうんだろうか。 また俺は、置いていかれるんだろうか。 「俺は、どうしたらいい? 俺は、何が出来る?してやれる?」 温かいその拳を握って、俺のほうがすがり付いてる気がした。 いつもは俺のほうが、キラを助けているんだと思っていた。 俺が、キラの世話を焼いているんだって。 「俺は、今、お前にとって必要なのか?」 でも、本当は、逆だったんじゃないかって。 答えを聞くのが、怖い。 沈黙が怖い。 キラの顔を見るのが怖い。 なのに、離れたくないんだ。離れるのは嫌なんだ。 いつから俺は、こんなにこいつに依存する生き方を選んでしまったんだろう。 「」 キラの手が、俺の手を握り返してきた。 空いたもう1つの手が俺の顔を上げさせる。 「泣かないで。」 キラは、笑っていた。 でも、すぐに泣きそうになる。 目の中に写る俺と同じ顔だった。 「苦しませて・・・・ゴメンね」 キラの言葉。キラの手が俺の頬をこする。 額が重なって、目の前にキラの紫の目が迫る。 「うれしい」 涙の膜が、すぐにぽたりと雫になった。 「僕は、君がいてくれるだけで、いつも飛び上がってる。 君が僕のことを考えてくれるだけで、舞い上がる」 「キラ?」 キラの涙は俺の頬に落ちて、口元を濡らす。 「すきだよ」 その後に、温かいキラのぬくもりが触れてきた。 「以外いらないんだ。君さえいてくれればいいんだ」 ちゅ、とまた音を立てて触れる。 「だから、君の世界を守りたいんだ」 それって・・・ 考えがまとまる前に、またキラが仕掛けてきた。 食いつかれるっていうのが正しいそれに、身体が拒まない。 いつもはこんなことされたら無条件で殴ったり、半殺しにしたりしてたのに。当たり前に受け入れてる自分が、自然すぎた。 「んっ・・・・・んん」 長いキスは、まるで今までのキラの想いが全部襲いこんでくるような。俺の気持ちが全部キラに伝わってしまいそうな予感がした。 からんで、からませて、お互いを抱きしめあって。 「俺は、キラの傍に・・・いる」 背中へすがる手に力を込めて、呟いた。 「傍に、いさせてくれ」 もう俺の知らない所で、苦しまないでくれ。 「・・・・・っ」 「っ・・き・・・ら・・」 息が上がって二人で崩れ落ちるまで、俺たちはそうしていた。 |