しがみついて、離さない。 今この時だけは、この瞬間だけは。 「・・・・・・・・キラ」 呼ぶ声が僕をどうしようもなくさせる。 それでもこの子は何も知らないから、僕を平気で呼ぶんだ。 「・・・」 君を呼ぶ時、どれだけ僕が思いを込めているのかなんて、知らないんだ。 僕がどんな思いで呼ぶのかなんて、知らないんだ。 それを寂しいと思ったことはないけど、気がついて欲しい。 僕がどれだけ君が好きか。 僕がどれだけ君に囚われているのか。 そしてそれと同じくらい、君が僕に囚われてくれたなら・・・・・ 「ん・・・」 日差しの眩しさに起こされて、俺は薄目を開けた。なんだか瞼が重い。しっかりと目を開けていられなくて、俺は目を擦ろうと手を上げた。 その時、体の上に乗っかっているものに当たり、俺はいぶかしんでさっきから横にある重みに目を向けた。 焦茶の髪が顔に掛かってくる。何でこんなに密着してんだってくらいの距離で、俺はキラの抱き枕になっていた。 なんでこんな状態になったんだったか。と昨日のことを振り返ってみる。 帰ろうと荷物積めてたら忘れ物に気付いて、探しに行った先でキラとはちあわせて・・・―――――――― ふぅ、と吐かれるキラの寝息がいやに耳に残る。 なかったことにしたい人生の汚点を思い出してしまい、無性にこのひっつき虫をどつきたくなった。ああ、違う。自分自身にも罵声を浴びせたい。 羞恥心にまかせて諸悪の根源を引き剥がしにかかる。が、軽く回されていたはずのキラの腕は、しっかりと俺の体にまとわりついてきて離れない。 「こ、この・・・」 「んん」 目を閉じたままのキラが身じろいで、唇が首筋を撫でた。 「っ!」 悪寒とくすぐったさで背筋に寒気が走る。キラの頭はさらに下へと動き。 っ待て待て!なんでツナギの胸元がはだけてんだ! いやな予感は的中し、胸元へ吸い付いて来て・・・――――――― ドスンっ 学校で習った格闘技の寝技がこんなところで役にたつとは・・・ 先生、ありがとうございます。 頭からつっぷすキラへ向かって、道場での礼を行った。 「ひどいよ。あんな起こし方するなんて」 「うるせーな。不可抗力だよ」 起きてから今までぶつぶつ不満を言い続ける兄貴に、ぶっきらぼうに返す。 っていうか、被害こうむったのはこっちだ。正当防衛だ。正当防衛。 ストライクが持ってきてくれた服に着替えて、キラはもともとないからツナギのままだ。 早く自分の部屋に帰れば良いのに「が一緒に行かないなら帰らない!」なんて駄々こねて俺の準備を待っている。 俺、あんまり行きたくないんだけどな。 あの時はキラの姿を見つけるなり反射で逃げたけど、他にも誰かいたんだよな。何人か。 あんな醜態の後に顔合わせたくない。 いっそこのまま帰ろうかな。したくは済んでいる訳だし。 横目でキラを見てそう考えると、気がついたのかにこりと、本当に嬉しそうに笑顔を返してくる。 俺、いつからほだされたんだろ・・・ 兄孝行、兄孝行と自分に言い訳した。 兄貴と連れ立ってアークエンジェルへ行く途中、ちょうど『ストライク』があるドックの前でフラガさんと出会った。 「ようお二人さん」 フラガさんはそう軽く挨拶して近づいてきた。 パイロットスーツを着ている。訓練でもするのか?と推測すると、今度は整備のモルトさんがやってきた。 「フラガさん、準備が整いましたよ」 「ああ。ありがとさん」 フラガさんが礼を言い、モルトさんもいえいえと微笑で返す。と、モルトさんが俺の方に向いて、近づいてきた。 「、お前これ忘れて行っただろう。預かっておいたよ」 言われて反射的に出した手に、昨日さんざん探していた携帯端末が渡される。 あのごたごたで頭から離れてはいたが、朝からまた捜さないとなと思っていたのだ。 よかった・・・・無くしたら血の気が引くどころじゃなかったな。 「ありがとうございます。モルトさん」 「ま。俺もよくやるからな。あ。それとちょっと手伝ってくれよ」 「何ですか?」 「『ストライク』のテスト」 テスト?つまり試運転か? で、準備ができたってことは・・・とフラガさんを見ると、快活に笑ってくる。 「『ストライク』のパイロットに志願したんだよ。だからそんなに睨むなよキラ」 キラ? 何で睨んでいるのかと振り向くと、慌てた様にそっぽを向く。 兄貴の行動が変なのはいつものことだが、秘密にしようとするその行動はちょっと気にさわる。 後で問い詰めてやろう。 「そうだ。キラ、訓練相手になってくれよ。実戦で慣れることも大切だからな」 「僕は構いませんけど、許可が下りるんですか?」 「構わないわよ。むしろ歓迎するわ」 と、今度はシモンズさんがやってきた。 いつも何かしら含んでる顔してるけど、今日はいつもに増して浮かべてる笑みが怪しい。 「おはよう君。キラ君」 「おはようございます」 挨拶の後も妙な含み笑いは変わらない。この人のこういう顔・・・嫌な予感がひしひしとしてくるんですけど。 「それじゃあ、キラくんの機体が来るまで『ストライク』の調整をしましょうか君?」 「え?」 さっきモルトさんが準備終わったって言ってたのに。 シモンズさんがとまどう俺の肩を抱いて、勢いのままドックへと押していく。後ろから「!」とキラの情けない声が聞こえて振り返る。 いや俺もついていけてないんですけど・・・・そんな捨てられた目で見られても困る。 「後でな」 と、とりあえず言い放って、俺はドックへ強制的に入れられた。 「それで?お兄ちゃんとは仲良くできた?」 「はい?」 扉が閉まったと同時にそんなことを投げかけてこられる。 「結構心配したのよ?あなたすごい勢いで飛び出すんだもの。ちょっと参っていたのはわかってたけど、あんな行動に出るなんて驚いたわ」 「あ、ああ。すみません。大丈夫です」 そうか。シモンズさんあの場にいたのか。 それじゃ確かに気になってしょうがないだろう。 「ホント。キラだけかと思ってたけど、お前も溜め込む奴なんだな」 と、今度はフラガさん。 ガシガシと髪をかき混ぜるように撫でてくるから、さすがに腰が引けた。 俺の反応に「おっとすまん」と誤ってくるけど、満足そうに笑っているからなんだかそんな気がしない。 「お前って兄貴と違って可愛がりたくなるタイプだよな〜」 「お兄さんの方も気になって仕方が無い部類ではあるけどね」 あんまり嬉しくない。褒めてないし。 また頭を軽く撫でられて、シモンズさんはまた意味深に微笑んで。 この二人の間にいると、いつまでもいじられそうな気がする。 「俺のことより、訓練しなくていいんですか?まだ試運転してもいないんでしょう」 だからそう言って気を逸らせる。フラガさんもシモンズさんもそれで話題から離れてくれて、各々の位置に着いていく。 「君は、フラガ少佐の操縦の指導をお願いね」 「わかりました」 指示を受けて、俺はフラガさんと『ストライク』のコクピットへ。 フラガさんがパイロットシートに座り、狭いから俺はパネルが見える位置から覗き込んで指示を出す。 「軍人でもないのに、操縦の仕方なんてわかるのか?」 起動操作をするフラガさんが不思議そうに尋ねてくる。 「解析とか、調整とか散々やりましたから。操作はわかりますよ」 製作者が乗れないのに、どうやって他の人が乗れるようになるのか。ということだ。 コンパネを接続して微調整を行う準備をしながら言う。 OSがパイロットの操縦を修正してはくれるが、本人の思うようにするためにはこの方がいい。 フラガさんはなんだか意外そうな、納得したような顔をしている。 「やっぱお前、あいつの弟なんだな」 「何がですか?」 「俺も頑張んないとな」 答えを返さず、フラガさんは操縦桿を握る。 俺が準備を整えたのを確認してからスロットルを最大にして――― 「うっわ!!!?」 いきなり傾いた機体に投げ出されないように俺はしがみ付いた。 お・・・落ちるところだった・・・! 「わ、悪い」 「・・・・まずゆっくり歩くことからお願いします」 冷や汗と動悸を押し殺して、念を押す。今度はフラガさんもゆっくりと操縦桿を操作してくれた。 そのデータを下に、微調整する。・・・・と、いってもあんまりすることなさそうだな。 「モデルアーマーとコクピットが似てるからいけるかと思ったけど、結構難しいな」 「そうなんですか?」 俺だってこんなのの操縦の違いなんて知るわけが無いけど、フラガさんがうまいのはわかる。 オーブのモビルスーツ訓練にもなぜか見学したことがある。初めての人はすごくぎこちなかったり、転倒させたりしていた。 それと比べればとても初心者とは思えない。 勘がいい人って、いうのかな。 ターン時もそんなにバランスを崩さずできて、しばらくすれば早歩き程度の動きが難なくこなせるようになっていた。 俺、いらないじゃん。 「なんか左回りするときに違和感があるんだが」 「右の時より少し強めに動かしてますね。もうちょっと緩くしてみてください」 「・・・・やっぱり変になるな」 「じゃあ今度は楽な方でやってみてください。それで調整しますから」 微調整が無かったら降りていたところだ。 でもフラガさんは感覚が良すぎるらしく、注文を細かく指定してくるので作業が終わらない。 パイロットってみんなこうなんだろうか。なんか尊敬するな。 さすがに危ないからコクピットに入ってジャンプテストを一通りやったところで、新しい機体がドックに搬入されてきた。 「『フリーダム』入りました!」 通信でモルトさんの連絡が入った。 作業を中断して俺だけ外に出ると、真正面に青い機体があった。 機体の色は白と青と黒のトリコロール。そして、背部の青いメインスラスターが折りたたまれた翼のように見える。 綺麗だ。と見惚れた。 一目見ただけでもわかる、粋を凝らした機体だ。 その機体が俺の目の前へ手を差し出してくる。吸い寄せられるように俺はその手のひらに乗り、その巨体はゆっくりと俺を地上に降ろした。 『危ないから、離れていてね』 外部スピーカーからキラの声が聞こえて、我に返る。慌てて、撤収する人たちと一緒にドックから出だ。 あれが、兄貴の機体・・・ 胸がドキドキする。今まであったことのない衝撃に馳せる。 ラボに入るとすでに訓練が始まっていた。 飛び込んでくる二機の動きに目が奪われる。 正確に言うなら、キラの機体にだ。 なんて滑らかに動くんだろう。 キラの操縦がとんでもないのか。機体性能がとんでもないのか。 それは俺にとって心奪われる光景だった。 すごい。すごい、すごい。 どうやったらあんな風に動くんだ? どういう制御がされているんだ? 人が乗ってるからできる芸当なのか? オートでどこまであの動きをトレースできる? 自分の仕事を忘れて、俺は完全に釘付けられていた。 あの青い機体以外、何も写らない。 見たい。あれの中身を全部見てみたい。 知りたい。 訓練が終わったと同時に、俺は飛び出してドックへ舞い戻った。 降りてヘルメットをはずしたキラに飛び掛る。キラがよろめくけどそんなこと構ってられない。 「なあ!あれに乗ってもいいか!?」 衝動のままに言い放った。 キラの目が厳しくなるけどそんなことどうでも良かった。 求知欲がうずうずして堪らない。 そんな俺に、キラは首を振る。 「は、絶対に関わっちゃダメ」 そうはっきりと突き放した。 「何で!」 何でそんなこというんだよ。俺は『ストライク』だって見たんだ!それと同じことじゃないか。 「には、あれがすごく魅力的に見えるんでしょう?僕にもわかる」 そうだよ。物作りする奴なら誰だって知りたいに決まってる! 「でも、僕にはそれと同時に怖すぎる代物なんだよ」 「なんだよ、それ」 キラの言っていることが理解できない。 それを汲み取っているのか、キラもとても複雑な顔をしている。 「どんなにすごい性能を持っていても、どんなに魅力的な代物でも、あれは、兵器なんだ」 「そんなの!」 そんなのわかってる! 「わかってないよ。それがどういう意味なのか、わかってない」 キラは冷静に言い切って。俺を見つめる。言い聞かせてくる。 「兵器は、兵器なんだ。あれを使う人間によって、多くの人の命が一瞬で奪われる。とてつもなく重い代物なんだ。 そんなもの、に関わってほしくない。知ってもほしくない」 そんなこと言われても、引き下がれない。 「もし、僕がもっと早くここにいたなら、『ストライク』にだって触らせなかった。 は、分かってないよ。兵器っていうものを。それがどれだけ重いものなのか」 キラの目に、悲しいものが写る。 どうしてお前がここにいるんだ。なんで関わってしまったんだ。 そう語ってくる。 けど・・・でも・・・ 「。知らないでいいんだ。知らなくていい。知ってしまったらいけないことだよ」 だから絶対に関わっちゃダメ。 再び念押しされて、黙らされた。 俺は、どんなことでも、ためらわないのに。 兵器だから、なんて、そんなの・・・・ 「俺は・・・」 俺は、じゃあ。何のためにここにいるんだよ。 訓練が終了して撤収作業も終わったラボで、俺は残ってた。 今まで関わった物を否定されて。じゃあ俺は何をすればいい? 「」 キラが呼ぶ。俺もそれに付いていく。 「ごめん。興味で関わるものじゃなかったよな」 それは自分が悪いから素直に謝る。 でも。 「だけど、俺はやっぱりお前の力になってやりたいんだよ」 それだけは、本気だ。 でなかったら、俺はこんなところに滞在し続けていない。 俺の決意も否定してほしくなかった。 「は、まっすぐだよね」 俺を見てキラは俺の髪を掻き分けた。目にかかっていた前髪が上げられて、視界が広くなる。 「僕はまだ、本当の答えが見つからないけど。と一緒なら、迷わないでいられる」 キラの意味深な言葉が理解できない。 「はのままでいてね」 置いてけぼりにされる。キラが、遠くへ行ってしまった気がした。 近くで、今自分に触っているのに、誰よりも遠い。 「キラ?」 いつか、離れ離れになってしまう。ふとそんな予感がした。 物理的な意味じゃない。繋がりがなくなってしまうような気が。 |