あの後からどれだけの時間がたっても、俺はまだ納得できないでいた。 強制的に帰されたこと。 俺を置いて行ってしまったこと。 何も告げなかったことを。 キラがどういう気持ちだったのかはわかる。 だけど、なら、どうしてこっちの気持ちを汲んでくれないんだろう。 父さんは毎日流れる戦争のニュースを、見たくないだろうに、くまなく見つめてキラの無事を確認して。名前が見つからないと安堵して。 母さんは今にも倒れそうなのに、俺がいるせいで気丈に振る舞い続けて。 見ていられなくて「もういいんだ」と言った時、ぼろぼろに泣き崩れて縋りついてきた。 その様が辛くて、悲しくて、ふがいなくて、悔しくて、俺も一緒に涙を流した。 戦火は日増しに激しくなり、毎日空が焼け、人が死んでいく。 敵対する双方の死亡者の数字。 行方不明者。 あっけないその報道。 一体この長い戦いで、どれだけの人が死んでいったんだろう。 その名前の大半を、その人のことを、俺はおろか、覚えている人は少ない。 家族だった人。友達。隣人。ただすれ違った人。 確かに犠牲になったはずなのに、誰も知らないその人たち。 かなしいと思った。 戦争はかなしいものしか生み出さない。 何も残さない。あるのは屍だけだ。 どうしてキラはそんなところに行ってしまったんだろう。 なんで行かなきゃいけなかったんだろう。 あんなにボロボロになって、帰ってくることになったのに。 帰ってきたキラを迎え、喜び泣く父さんと母さんを遠目に見つめて、俺は輪の中に入ることができなかった。 父さんと母さんだけで十分だと思ったし、まだわだかまりが残って素直に受け入れられない。 そして、それ以上にキラの様子が酷すぎて、俺は二の足を踏んでしまった。 憔悴し、何かを諦め、希望を持つことを止めた顔。 悩むレベルの領域なんて通り越したキラの姿が、俺をすくませた。 キラが俺を見て、笑っても。 「」 キラが近づき抱き締めてきても、俺は何もできなかった。何をすればいいのか分からなかった。 「・・・」 また、俺はキラの知らない顔を見る。 俺は何度、知らないキラを見ればいいんだろう。 「」 俺は何回、思い知れば気付くんだろう。 こいつにとって、俺の存在が大したことにならないって。 キラがすがりついているのか、俺を包み込んでいるのか。 俺にはもう、分からない。 「」 家までキラを送ってきた二人が、俺へと声をかけてきて、俺は横目で二人を見た。 キラは母さんたちと中に入っていったから、玄関前には俺たち3人だけだった。 俺と、カガリさん。それと、 「なんであんたがいるんだよ」 顔を見ないまま、俺は悪態を吐いた。 俺を見下ろすこの男は、ずいぶん昔にプラントへ引っ越していった奴だ。 目の上のタンコブで、キラは寂しがってたけど、俺はいなくなってせいせいしていた、俺たちの幼なじみ。 アスラン・ザラ―――今回の戦争で犠牲になった、プラント代表議長の息子。 「相変わらずだな。お前は」 苦笑するそいつは、懐かしさを喜ぶような、甘い笑みを浮かべてくる。 それにますます顔を眇める俺すら嬉しいのか、さらに笑みを深めてきた。 休戦協定が結ばれたから、こいつがオーブへ来るのに何も問題も危険もない。 だけど、カガリといるその姿は、俺には奇妙にしか見えなかった。 こいつとカガリとの接点が分からない。 「キラのことが心配なら、入れば?」 でも、部外者の俺にはどうでもいいことだ。 もういい加減慣れてきた疎外感を流して言う。 「、お前にも聞いてほしいことがあるんだ」 そのまま居辛さが増した家から離れようとしたのに、カガリが俺を引き止めた。 振り返れば、真摯な顔が向けられている。 その人の手が繋いでいる人物を見て、男を見る目がないな・・・なんて思った。 もう一度カガリを見下ろして、緑の瞳を見つめる。 この人は何を考えているのかと考える。 今までの謝罪か。 開いた溝を埋めようとしてるのか。 それとも、この人のことだから、本当に俺に関わる問題なのかもしれない。 嘘、つけそうにないもんな。 なんて、本当にこの人と一緒にいたのは少しだけだったのにそう思って、俺は自嘲した。 こうやって分かった振りなんてするから、誰かのことが分からなくなるのか。 「分かった。聞くよ」 きっと何を聞いたって、変わるなんて思ってないけど。 その後、家でカガリたちが話したのは、俺が強制送還された後の、キラたちの話だった。 プラントの歌姫、ラクス・クラインと協力し、戦争を止めるために戦ってきた話。 ニュースよりは濃いその話は、途中で流れが変わった。 「そこで俺たちは、L4を拠点に行動していました」 「L4…」 アスランの言葉に反応したのは母さんだった。父さんも何か気付いたのか、苦い顔をする。 アスランもカガリもキラも、その反応を予想していたようで、俺だけが分からずに見回した。 「オノゴロ放棄の際に、私は父からこの手紙を受け取りました」 二人の赤ん坊を抱いた母親の写真。それを見て、母さんの目が見開く。 「L4の実験場でも、同じものを見つけました」 今度はアスランがもう一枚同じ物を出して並べる。 それを見て、キラの顔が固くなったけど、ぽつりと、母さんが呟いたから、声をかけることが出来なくなった。 「知ってしまったのね」 諦めたみたいな顔をして写真と三人を見つめる母さん。その肩を抱いて、父さんもキラとカガリを見つめた。 そして、最後に俺へ振り返った。 「。お前に話していないことがある」 父さんへ、俺はゆっくりと頷いた。 それに父さんは頷き返して、また前を向いた。 「この先も、ずっと秘密にしていくはずだった話だ」 父さんの前置きの後、母さんが口を開く。 「キラ。貴方はね、私たちの子供じゃないの」 それは、今まで考えたことのなかった真実だった。 キラとカガリは双子の兄弟だということ。 母親は母さんのお姉さんで、父親は遺伝子学の研究者だということ。 その父親の研究が、『最高のコーディネイター』を生み出すものだということ。 その研究の果てに、自分の子供まで実験に使い、そしてその唯一の成功例がキラだっていうこと。 俺は、まるで空想の話を聞いている気分だった。 それが事実だとしても、とても結びつかない。 だって、俺たちは、普通に暮らしていたんだ。 なんでもない。ただのバカ兄貴と、世話を焼く俺。 父さんと母さんが見守るなかで、俺たちは一緒に育ってきたんだ。 特別なものなんて、何一つない日常の中で。 だから。そうだろう? 生まれがどうだから。なんて、関係ないじゃないか。 出自をすべて聞き終わった後、カガリとアスランは帰っていった。 「たとえ血がつながっていなくても、私はやはり、ウズミの子です」 「もちろんだとも。君は、若いころのウズミに、とてもよく似ているよ」 去り際に言ったカガリと父さんの言葉が、心の中に響いた。 晴れ晴れとした顔で去っていったカガリ。あの人はまっすぐに、父親と同じ道を進んでいくんだろう。 そして、俺たちは。 「キラ?」 「・・・・うん」 俺の部屋のベッドで、キラは俺にもたれて座っていた。 俺の手を握って、絶対に離れようとしなくて。 傷を癒そうとしてるみたいに見えた。 重い空気が辛い。 何かで気を紛らわせたいけど、何も思い浮かばない自分に腹がたった。 知りたいことは、ひとつだけなのに。 今、キラが何を思っているのか。何に傷ついて、何を感じているのか。 それなのに、口は重たい。 兄貴の手が、骨張っている気がする。もたれた体も心なしか軽い。 痩せたんだろうか。 そういえば、こうやって静かに寄り添ってくることなんてあんまりなかった。 「」 「ん?」 「これからは、ずっと、一緒だよね?」 こんな弱弱しい声なんて、聞いたことなかった。 「キラ、しっかりしろよ」 たまらなくなって、俺はキラを引き剥がした。 キラの顔を正面に見る。貼り付けた笑い顔が胸の中でわだかまる。 「無理してんだろ?なあ。俺に出来ることがあるなら言えよ」 こんなキラは見ていたくない。 元のキラになってほしい。 それだけを望んで言ったのに。 「は傍にいてくれるだけでいいよ?」 そんな、こっちを慰めるみたいな、突き放した答えを言う。 「俺はそんなこと聞いてるんじゃないっ。なあ。辛いことがあったんだろ?それで苦しんでるんだろ?聞かせろよ。そしたら」 そしたら、何かうまくいくかもしれない。 そう言いかけた途中で、キラに遮られた。 何もない。 何も映し出さない。 何も現れてこない。 ただの無表情。 そんな顔で、キラは俺に訊ねてくる。 「に言って、何か変わるの?」 声が、でなかった。 言葉なんて通り越して、自分が喋れる生き物だってことすら忘れて。 俺は、ただ目を丸くすることしかできなかった。 キラの手が俺の頬を撫でて、優しく笑う。 生気のない笑顔が痛々しくて、さっきの言葉が体を動かなくさせて。俺は歯をきしませた。 キラは、俺を見てない。 目の前の『愛でる物』を見ているだけだ。 今のこいつが必要だと感じているのは、ただ、傍にいてくれる存在なんだ。 「・・・・・俺は・・・・人形か?」 わななく唇がやっと出せた言葉は、どこにも行けずに床に落ちた。 キラはただ首を傾げて微笑むだけ。 泣きたくなるほど、今の状況に似ていた。 「下に、行ってくる。今日はきっと、母さんご馳走作ってくれてるよ」 「僕も・・・」 「兄貴は、休んでろよ。疲れただろ?ずっと飛び回ってたんだから」 顔が変にならないように努力して、俺はなるべく静かにキラを説き伏せた。 キラは不満そうだったけど、それでも頷いて部屋を出て行った。 俺はすぐに下へ降りて、リビングにもキッチンにも寄らずに、静かに外を出た。 誰にも気付かれないように、誰にも見られないように。 いつの間にか走り出していた足は、目的もないまま動き続ける。 体よりなにより、今、心が辛かった。 今までいた場所から、知らない場所へ放り出されたような、哀しくて、寂しくて、不安な気持ち。 今の俺の感情は、きっとそれが一番近いんだろう。 だけど、突き放されたその絶望は、そんなのの比にもならない。 「・・・・ぃ・・・っくしょ・・・」 誰もいない海辺まで駆けていた俺は、どうしようもない胸倉を掴んだ。 俺たちは、決定的に分かりあえない。 認めたくなかった答えが、さらに痛みを生み出す。 ずっと、そんな訳ないって思ってた。思いこもうとしてた。 俺たちの間に壁なんかなくて、どんな時だって分かち合えるんだって。 声をかければ、簡単にお互いの扉が開いて、招いてくれる。 性格とか年齢とか、そんなこと意にも還さないって信じていた。 だけど、そんなもの、ただの妄想でしかなかった。 同じ環境でも、ずっと一緒にいても、俺とキラは違うものだった。 違う存在だった。 とてつもない壁があった。 独り、だった。 「あ、っああぁ、わああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっっ!!!」 全部ぶちまけたくて、俺は絶叫した。 ずっとため込んでいたものが一気に飛び出していく。 全部どこかへ消し飛んでしまえばいいのに、また自分へ帰ってくる。 痛みを連れてくる。 涙が枯れることを知らないみたいに溢れて止まらない。 泣き叫ぶことしか出来ない俺は。 役たたず以外の何者でもなかった。 |