が、行ってしまう。








僕を置いて。










僕を、見捨てて。





















別れの言葉は、しばらく俺たちを取り巻いた。
キラは茫然と俺を見続けいた。信じたくないって顔をずっと貼り付けて。訂正の言葉を願って。
その顔をいつまでも見ていたくなくて、俺は部屋を出ようと踵を返す。


「いやだ・・・・・」


キラが呟いたのは、完全に死角へ入ったその時だった。
キラの声に反応して振り返ろうとしたその時に、そのまま視界が360度回転し、体が引き倒された。

「いっ・・・・」
「いやだ!いやだ!嫌だ!嫌だ!!どうしてそんなことを言うの??どうしてっ?ねぇっ、どうして!!??」

掴まれ振り回された腕が痛み、頭にきた振動で一瞬目眩を起こす。
引きずり落とされたのがベッドだったから、たいして痛くなかったけど、馬乗りされて、身動きを奪われた。
上にいるキラは俺にかまわず爆発した感情をぶつけてくる。予想以上の反応に、俺の方が固まった。

「やっと、戻れたのに。と一緒にいられるって」

爆発したキラから、また絶え間なく涙が降ってくる。
その雫が顔へ降り注いでくる度に、ズキリズキリと胸が痛んだ。
だけど、その願いに、俺は応えることはできない。


お願い。僕を見て。・・・・・――――――僕と、いて・・・」


キラの切望に、俺は首を振った。
それを見たキラは目を見開いて、俺を睨みつけた。

キラは間違ってる。
俺を見るその目は。
俺といたいっていうそれは。


「・・・・それは、依存だ」


ぽつりと滑り落ちた言葉に、キラは即座に反応した。


「それの何がいけないんだ!」


大声で言い放ったキラの声が、部屋に反響した。
目をぎらつかせて、俺を見つめて、感情的に怒鳴りつけてくる。
キラの本心を、久しぶりに見た気がした。
射すくめるその目に、体が反応できない。
キラがのしかかっていても、どけようって意識が持てない。

怒鳴りつけたキラは乱れた息を整えて、またぐしゃりと顔を歪める。
震えている手が、俺の顔を挟み込む。
鼻をこすり合わせて。またぽろぽろ泣いて。喉を震わせて。


「もう僕には・・・・・しかいないんだ・・・・・・」


そう訴えてくる。


「・・・・・・・だけなんだ・・・っ」



それが悲しくて


苦しくて


重くて


切なくて



俺まで、涙が止まらなくなった。




お願い。・・・・・・・傍にいて・・・・」


キラの願いに、俺はもう一度首を振った。キラは「どうして」と顔を歪める。


胸元に埋めてきた頭を片手で抱えて、こんなに砕けてしまったものが元に戻るのか、途方に暮れた。
それでも、進まないといけない。


「キラ、お前のまわりは俺だけじゃないだろう。たくさんいるだろ?」
がいればいい。がいるなら、他はいらないっ」


駄々をこねるキラの頭を、言い聞かせるように優しくなでる。


わがまま言うなよ。
俺は、そんなに強くないんだ。
俺だけでお前を支えられる自信なんてないんだ。


「お前が見た世界は、本当にそんなに小さいものだったのか?」


俺一人で何とかできる世界なんて、どこにもないんだ。


「俺は見たいんだ。ここにいたらわからないものを。知りたい」


ちゃんと、向き合いたい。



「・・・・・・・・・・・いや。・・・・・・・・いやだっ・・・」


そう告げても、キラは俺へ首を振るばかりだった。


どうして。わかってくれないんだ。
どうして、お前は俺を押し込めようとするんだ。



「キ・・・・――――」



もう解放してほしい。そう言おうと口を開いた瞬間に、俺の口はふさがれた。


重なった唇が、寂しい。


それは、キラの唇が震えて、冷たくて、いろんな葛藤がキラの中で渦巻いているのがわかったからだった。


ちゃんとわかってくれている。そんな気がする。

だけど、俺を想って。俺を束縛したくて。
それと同時に、尊重しようと頑張って。



錯覚なのかもしれない。

俺の気のせいなんだと思う。



俺自身が、キラといたいって思っているから。だから、そんな風に感じるんだ。





抱き締められて、抱き締めて。




今だけは。と、俺はキラをきつく抱きしめた。


キラはまた、鼻をすり寄せる。





の・・・・・・・・・わからず屋。・・・・・・・・・・・頑固者」





呟いてまた、二人揃って涙があふれた。



最後の最後まで、自分の意見を変えたくない。
二人して、わかっているのに、だけど。やっぱり変えられないんだ。




「ホント、そう、だな」




似た者同士だ。




キラの頭を抱えて呟くと、ボロリと涙が零れ落ちた。






























――――――――――そうして、は行ってしまった。


僕を置いて。
僕への想いも、ここへ置いて。


羽ばたいていく君の後姿を、僕は何度も見たように思う。



それを何度も追いかけて、僕は君を縛りつけた。




それを、人は、愛って言うんだろうか。


ただの執着って言うんだろうか。





置いていかれたくない。




それはどっちの言葉だったんだろう。




僕たちはいつも、傍にいようとすることに努力してた。



ひび割れて、とっくに離れてしまったことにいつまでも気付かないふりをしていた。





ねえ、。知ってた?




僕はずっと、君に憧れていたんだ。








一直線に空の先へと向かうシャトルを見つめる僕の肩に、誰かが手を置いた。
振り返ると、ラクスがそっと寄り添っていて。
反対側には、カガリとアスランがいた。


「大丈夫だよ」


みんなへ向かって、僕は笑った。

それは、満面の笑みとはもう到底言えない代物。



あの戦いで失ったものは、たくさんありすぎた。


救いたかった人も。
助けられなかった人も。
守れなかった人も。
ただ痛みしか分け合えなかった人も。


僕は、関わってきた人たちへ痛みと歪みを広めて、僕自身もそれを受けた。
その辛さを、だけには知ってほしくなかった。

いつか知ることになるのなら、ずっと後にしてあげたかった。

だけど、僕には抱えきれないその痛みたちがに隠せなくて。


沢山心配させた。沢山傷つけた。
わかっていたけど、抑えられなかった。


ごめんね。


ごめんね。



僕が守れたのは、君との約束だけだった。
君への想いだけだった。
すべてを否定されて、それでも僕の中にあった揺るぎのないものは、君だけだった。

だからすがりついた。
もう壊されたくなかった。僕の守っていたいものを。


それが君を苦しめてるってわかっていても。




立ち止まっていたい僕を、だけど君は置いていく。

僕の幻を見つけて、本当の僕を置いていく。



それはとても嬉しくて、寂しかった。






「僕も、前へ進まなきゃ」





誇れる人間になりたい。
君が胸を張れる人になりたい。

それが無理でも、一歩でも近づきたい。






天高く舞いあがり、光となったシャトルへ手を伸ばす。





誰へでもない。
僕自身への誓いだった。
















    * * * * *











体が、重い。


最近、ずっとそれは続いていた。
独りになってしまったその時から、ずっと、ずっと、俺の心は穴が開いたままだ。

暗くて、寒くて。

何をしても、埋まらない。
それよりも、何もする気になれなかった。


たった一つ残った思い出ばっかり握りしめて、見つめて。
その夢に浸って一日を過ごしていた。



周りの人間たちはざわめく。



戦争が終わった。
停戦が結ばれた。

よかった。
よかったと。






―――――――――――そんなもの。どうだって言うんだ。



俺にはもう、何もないのに。




全部奪っておいて、なんで今さらなんだ。




どうしてもっと早く、終わってくれなかったんだ。









雑踏から離れたくて、俺は駆け出した。

目的地である軍の士官学校寮の建物へと、一目散に駆け込んだ。



こんなところ・・・・・来たくなかったのに。




だけど、生きていくためには、こうするしかなくて。
別に生きていなくてもいいかなんて思っていたのに、勝手に決められて。
「家族の分まで生きなければ」って誰かに励まされて。
流されるまま、ここに来てた。






ホールの窓口で、最終確認とパンフレットをもらって、当てられた部屋へ向かう。
開閉ボタンを押して中に入ると、


「うぉわっっ!!!」


叫び声が上がって、さすがに驚いて顔を上げた。

着替えの最中だったのか、上半身の半分だけ服を着た、同い年くらいの奴が目を丸くしている。
視線が離れずしばらくそいつを見ていると、羽織っていただけだった制服を目の前で着直して胸を撫で下ろしてきた。

「あーびっくりした。あ、扉締めてくれるか?」
「あ・・・ああ」

そいつに言われて、俺は扉を閉めて部屋の奥へ入る。
たいして広くない部屋には、ベッドが二つあった。
入ってすぐのところに一つ。さらに奥の、ロフトに一つ。
その間の空間にはテーブルとイスが2脚あって、ベッドの逆側の壁には、もうひとつ扉があった。

「驚かせて悪かったな。これからすぐに式があるらしいから、お前もすぐに着替えた方がいいぜ」
「・・・ああ」

近くのベッドへ荷物を置いて部屋を観察していると、そいつは着替えを仕舞い込みながらそう言ってきた。
曖昧に頷いて、俺も支給された制服に着替える。


こいつが、ルームメイトか・・・・
寮生活になると説明されたときに、二人一部屋と聞かされていたから、必ずいるとわかっていたことだったけど・・・・
ちらりと横目でそいつを見る。
それに気付いたのか、からりと笑い返してきた。

その陰りのない笑顔が、癇に障った。

何も知らない顔。
平和に生きてきた人間の顔。

少し前までは自分だってそういう顔でいられたはずなのに。もう・・・・・できない。

着替え終わった服を握りしめて、遣る瀬無さに苛立った。


「準備できたか?」

明るく聞いてくるそいつは、俺の葛藤なんて気付かずにいる。
俺は無言で頷くと、「じゃあ行こうぜ」と外を示した。



「あ、自己紹介しなきゃな。俺は・ヤマトだ。お前は?」

「シン・アスカ・・・・」

「これからよろしくな。シン」


そう言って、そいつは快活に笑った。









これにて種編はおしまいでございます。
本当にお疲れさまでした。
そして、まだまだ続きます(苦笑)

うおー・・・なげえなあ・・・・なげえよ・・・・