後悔しても、し足りない。
やってしまった自分の愚かさに頭をかきむしる。



「あーーーーーっもーーーーーーっ・・・・・くそーーーーーーーーーーーっ」

うーうー唸って人目も気にせず食堂の隅でうずくまる。



完全に失敗だ。
失態だ。
絶対俺、あいつに嫌われた。



過去最大の後悔で、俺は打ちひしがれていた。

「どうしたの。そんな死にそうな顔して」

もう今日の俺の気分はどうにでもなれだ。
自分がどういう目にあっても今日は受け入れるに違いない。
そんな時にやってきたのはルナマリアだった。

「ルナマリア・・・」

目を瞬き覗き込んでくるルナマリアを見返す。
ああなんだろう。なんか安心する。
その衝動のまま、俺は盛大に溜息を吐いて彼女に懺悔していた。

「どうしよう、俺とうとうシンに嫌われた」
「はぁ?」

それなのにシスターは馬鹿な冗談だとでも言うように声を漏らした。

「うわ、その反応傷付く・・・」
「あんたが突拍子もないこというからでしょ」

本気で傷付く俺を、ルナは呆れ顔で返してくる。


突拍子もない・・・・・・そうなのか?

俺にはとてもそうは思えないんだが。
それとも俺は、もともとシンに心底嫌われていたということなのか!?
俺ウザい人間だった??


気持ち悪いもやもやと、落ちていく気分の中、目を伏せ絶望の息を吐く俺の隣りにルナマリアが座った。

「何があったの?」

腰を落ち着けて聞く気になったルナマリアに感謝しつつ、俺は今日の失態を言葉にする。

「シンの携帯に触った」

なぜか一瞬、沈黙が降りた。

「・・・まさかそれだけって言わないわよね?」
「それだけ」

少し表情の硬いルナが聞いてきて、俺はそれを肯定する。
またルナは何もしゃべらなくなった。口がパクパクしている。
確かに普通の奴なら、そうだろうな。
ただ自分の物を触られただけで喧嘩になるなら、世の中喧嘩だらけだ。
だけど、俺は知ってる。
あいつにとって、あの携帯が、どれだけ大切なのか。
理由は知らなくても、分かる。

「あれがシンにとって大切で、話題にしたら繊細になるのは分かってたんだ。でもさ、落ちたのを拾っただけで怒鳴られるなんて思わなかった」

その携帯は、一般的な男が好んで持つとは思えない、ピンクの可愛い携帯だった。 初めて見た時は、意外な趣味だなと思ったけど、どうやら違うんだとわかったのは、いつだってシンが落ち込む時、あの携帯はシンの手の中にあったからだ。
まるで誰かの代わりみたいに、大切に扱って、授業中でも時折眺めていて。
それ以外でも絶対に自分の手の届かないところに置いていかず、絶対に手放すことがなかった。
それだけで、その携帯の重さが伝わってくる。
だから、俺はシンのポケットから落ちたそれを拾って、早く渡してやりたかった。
それなのに、シンは俺が奪ったかのように俺を睨みつけて携帯を奪い取った。
怒気迫る迫力に押されて、俺は動けなくて。
予想外のことに、何かを口に出すこともできなかった。

「そりゃ思わないわよ誰も」

ルナの呆れ顔にホッとする。それでも罪悪感がなくならない。
それだけシンが必死すぎたし。

「すぐに謝ったんだけど、輪をかけて閉じこもるようになって、俺どうすればいいのか」

何も反応を示さなくなったシンが、気になってしまった。
ずっと携帯をいじくって、上の空。
あんなシンは、始めて見る。
初めて会った時よりも酷い。

「放っておけないのよね。は」

あたしなら放っておくかもしれいなもの。とルナは呟く。
そうだな・・俺も他の奴ならこんなに気にしなかっただろう。

「ねぇ。前々から疑問だったんだけど、どうしてそこまでシンを構うの?」

そして、まるで俺の心を読み取ったかのようにルナマリアが聞いていた。
その問いは、俺が一番答えたくないもので、逸らす為に顔を俯ける。

シンに構う理由。
それは、俺の中でほとんど邪なものと同義語だった。

肝心なものに触れさせてくれない。
手を伸ばしても払いのけられて。
それなのに心配すらさせてくれない。
そんな姿が、キラとかぶった。

性格とか、似ているわけじゃないのに、似ていると思った瞬間に、まるでキラの身代わりみたいに接してしまう自分がいた。
あいつにできなかったことを、シンにかぶせてしまう。

それに罪悪感が募る。
シンが気に入ってるのは、間違いないのに。

「・・・秘密」
「はぁ?」
「俺にも干渉されたくないことはあるんだよ」
「なによそれ」

「聞いてくれてありがとな」と、まだ不満そうなルナマリアに礼を言って、俺はその場を離れた。

誰にでも言いたくないことはある。言い辛いことがあるって、知ってる。
後ろめたいこと、思い出したくないもの、逃げたいことと理由はバラバラでも、それは自分が壊れないようにするためのものだ。自分を守る為に、秘密ができる。
だから、シンに対して強くできない。それに、無理に言わせたら多分シンは、壊れてしまうんじゃないだろうか。

キラみたいに・・・・・・


ぼろぼろになったあいつを思い出して、それが今のシンとかぶる。
世界に一人で放り出されたあいつが、今のシンに似てる。

(俺の中のあいつ、迷子のウサギだなこれじゃ)

一瞬、どっちのことを思ったのか分からなくなって、また俺は心の中で溜息を吐いた。

















     ****






そうこうしている間に、結局シンとは話す機会もできず、訓練にも集中できない日々が続いていた。
特に元々不得意な実戦の組手は散々で、最近は上がっていた順位が一気に落ちてどん底になった。
インドアだからとか、そういうレベルじゃない・・・・・

さらにシンの行動もやばくなってきてる。
今日は少し波風立たせたクラスメートに激昂して突っかかって、教官から罰をくらっていた。

このままじゃ、シンが壊れていく。
キラの姿がさらに重なって、俺は首を振って打ち消した。




何とかしたいのに、どうにもできない。




「では、これから明日の戦闘演習の班を発表する」

教官の声に我に返って、前を向く。
読みあげて前へ出ていくクラスメートを横目に、俺はシンを隠れ見た。
聞いているのかいないのか、ぼうとうつろに目を俯かせて、痛々しいったらない。

「次、アスカ、バレル、ヤマト」
「えっ?」

突然呼ばれて振り向く。
え、なに。いまおかしな名前が並んだ気が・・・・

驚いて目を剥いている俺をよそに、レイがさっと一歩出て、シンもぼんやりと進む。

「ヤマト、何をしている」
「すっ、申し訳ありません!」

あわてて前に進んで、俺たちは心情複雑に合流した。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ち・・・沈黙が痛い。



冷やかに睨んでくるレイの視線。こっちを見ようともしないシン。

「えと・・・・よろしく、な?」
「足手まといになるなよ」
「あ、ああ。お手柔らかにな」

レイの嫌みをなんとか受け流しても、俺の動揺は止まらなかった。
ウソだろ?
どうにかしようとは思ったけど、こんなシチュエーション考えてねえよ。

せめて一人づつにして欲しかったんですけど・・・!


絶対に今連携が取れないメンバーへ目配せて、俺は内心で頭をかきむしった。







こ、こんなんで大丈夫なのか!!??

















続きます。

2009.9.21