目の前まで迫っていた敵グループに、突き飛ばされるまで気がつかなかった。 跳弾が背後で木を痛めつける音。 背中を打ちつける痛みと同時に、発砲音が放たれる。 「何やってるんだ!」 俺を突き飛ばしたシンは、見えなくなった相手を探しながら俺へ怒鳴りつけた。 「ご、ごめん」 庇うように前に立つシンの背中を見上げて、俺も臨戦態勢を取ろうと腰の銃を取り、立ちあがろうとした。 けれど、すぐにそれを阻むように手に肩が置かれる。 「お前は何もするな」 言って、レイは再び俺を地に押し倒す。 さっきより酷い扱いに、一瞬息が詰まった。 そしてまた銃弾がその上を通り抜ける。 俺しか狙っていないそれは、今度は地面にめり込んだ。 レイの発砲。 すぐ後に呻く悲鳴が木の陰でした。 ビ―――!!と、甲高い音が鳴り響き、今まで戦っていた相手たちが出てくる。 相手だった3人組は、俺たちへ腕章を放り、去って行った。 その三人からちっと舌打ちの音が聞こえて、俺は目を眇めた。 運のいい奴。そういう意味が含まれているんだろう。 実力のない人間が成績優秀な人間と組んでいる。何もしなくても優性なのは明白だ。 腕章を拾った俺は、その考えを振りはらって二人を見た。 二人ともこっちを見ていない。 あからさまに邪険な扱い。それもさっきみたいな状況が何度も続けば当たり前だ。 レイの方は、最初っからこういう感じだったけどな。 「ごめん、ありがとうな」 二人へお礼を言うが、シンはこっちへ目をやってもすぐに逸らして、レイは見てもくれなかった。 「お前がリーダーでなければ、今すぐ叩き潰している」 レイの言葉に、のどが詰まる。 これが今日初めてのことなら俺も言い返せたけど、何度も同じ状況になった後では無理だった。 「足手まといは震えて物陰にでも隠れていろ」 俺の反応を見てとって、さらにレイは追い打ちをかける。 それがさらに俺を打ちのめさせた。 戦闘演習の内容は、軍所有のサバイバル訓練用の山一つを使った実地戦闘だった。 パイロット科全員参加の生き残り戦。 使用する弾はゴム弾、近接武器はなしだから死ぬことはない。 脱落条件は気絶するか、心臓部につけたビーコンを撃たれるか。 3マンセルで、リーダーを倒した時点でそのチームは終わる。チームの誰が脱落してもそのリーダーが残ってればそのメンバーには得点がもらえる。 そして俺は、そのリーダーに選ばれてしまった。 実力者がリーダーじゃないチームは他にもあったから、ランダムに選ばれたんだろう。 それでも、自分の不運に呪いたくなった。 別にリーダーにされたからって仕切りたい訳じゃない。 だけど、あからさまに邪魔者扱いされ続けるのは堪える。 さっきのレイの言葉じゃないけど、こんな役回りじゃなかったら、はやく倒されて早々に引っ込みたかった。 この訓練が今後の進路に関わるとか言われなければ・・・・ パイロット科って言ったって、全員が全員すぐにMSなどに乗れるようになる訳じゃない。 成績が悪ければ下っ端扱いからの這い上がり。 成績が良ければトップと呼ばれるエリート街道だ。 俺はエリートになりたい訳じゃないけど、レイはずっとそれを狙ってる。 だから負けるわけにはいかないんだと、嫌いな俺を何度も助けた。 シンは、よくわからないけど、レイをライバル視してる節があるから負けたくないんだろう。 意見の合致した二人は、奇妙な連携を取っているが、その空気はすさまじく悪い。 シンの出たがりを何度もレイがたしなめ、反発する。を繰り返していた。 正直、こんな最悪なチームでどうにかなると思えない。 シンとレイがクラスのトップにいなければ、最初の戦闘ですぐにつぶれていた。 それくらい最低なチームだ。 今だって・・・ 「それよりも、さっきから先を行き過ぎだ。もっと固まれ」 「うるさいな。相手を見つける目は広い方がいいに決まってるだろ」 シンとレイの言いあいに、俺は気付かれないように溜息を吐く。 無理だ。こんなんじゃ。 「お前ら、言いあいをやめろよ。それだけでもこっちの位置が知れるだろ」 「足手まといは黙っていろ」 あああもう!!なんなんだよ!! なんか俺、悪いことしたのか!!!? なんでこんなぐだぐだした気持ちでいないといけないんだ!! 「・・・・・・・・・わかった」 俺は、進む足を止めた。 もう嫌だ。こんなチーム。心の底からそう思った。 だったら、今、俺がするのことはただ一つだ。 腰のホルスターから銃を出す。 構えた先の相手が身構えた。 「おい・・・・?」 相手の顔色なんか見ない。 俺はその頭へ目がけ、銃口を向け、トリガーを引いた。 乾いた音。 木の葉のすれる音。 何かが落ちる音。 その後に、さして近くない場所で電子音が鳴り響いた。 「・・・・・・・・・な?」 顔すれすれを掠めさせられたレイは、音の方――つまり自分の背後を振り返った。 シンもそっちを向いている。 「なんで・・・」 そして、俺に撃たれた別チームのリーダーが、驚きと焦りで戸惑い、俺を凝視していた。 その手には俺と同じ型の銃。 肉眼程度の距離しか飛ばない。手持ち銃だ。 「油断禁物。俺は、近接が苦手なだけだ」 俺を見上げる相手へ言いやって、腕章を奪い取る。相手はまだ信じられないと顔に張り付けて「嘘だ」と繰り返しつぶやいている。 腕章に触れる直前、草陰から二つの影が別方向から飛び出した。 腕章を取った俺はその一人を横目で悟り、正面に移さないまま撃った。 俺の銃声とほんの少し重なって、ドカっと鈍い音。 「ありがとな。シン」 弾を頭に掠めて昏倒させた相手を見ないまま、俺はシンへ礼を言った。 シンはやっぱり無言だったけど構わない。っていうか、もう慣れた。 本当は本気でレイを狙っていたけど、途中で相手に気付いて銃口の先を変えたのは正解だった。 たった一発で一グループを片づけた事実。 別に自慢する訳じゃないけど、それは強烈な印象を持つはずだ。 「これでも俺が足手まといだっていうか?」 レイへ向かって首を傾げて見せる。 驚いていたのか、俺をしばらく凝視していたレイは、その綺麗に整った顔を冷たくさせ、睨みつける訳ではなく、俺を見る。 「偶然倒せたからといって、威張るな。近接になったら不得意なのは変わらないだろう」 へいへい。分かってますよ。 お前の常の態度から「すごいな!」なんて言われる方がびっくりするって。 ふと、視線を感じて見ると、シンがこっちを凝視していた。 「どした?シン」 「・・・・・・・なんでもない」 なんでもなくはないだろうに。穴があきそうだったぞ。さっきの視線。 問い詰めたいけどまあそれは後でもできるので、俺は倒したグループの回収要請をした後に、ここから離れることを提案した。 仕切るなと一人に睨まれたけど、異論はない為すぐに行動する。 さて・・・・あとどれくらいいるんだか・・・・ この訓練の終了時間は日没まで。 まだ日は高いから、まだ戦闘に出くわすのは目に見えている。 敷地広いから、逃げ隠れていれば起こらないかもしれないけど。 ・・・・・・・まあ、この二人は絶対反対するよな。 そうすると、他のグループを叩き潰していくのが一番近道かもしれない。 まあ、全員の場所が分かる訳もないから、そう簡単には行かないだろうけど。 「レイ、シン」 見えた先の景色へ指を指し、俺は二人へ合図した。 俺たちは小高い丘を目指して進み、近くに誰もいないことをくまなく確認してから死角になった場所で腰を落とした。 「俺たちが連携をとれないのはよーく分かった。だけど、いい加減これからの行動を考えよう」 俺の言葉に、やはりレイは不満に顔を歪ませる。 「教官の差し金だろうが、くじだろうが、一応俺がリーダーだ。それとも、嫌いな奴とでも綺麗に連携がとれるほどできた奴なのか?」 「任務なら何だってする」 「とりあえずそれ、過去の自分に言ってろ」 レイの反抗を受け流して、俺は先に進める。 「で、だ。連携云々の前に俺たちのこれからの行動だ。 俺としてはこのまま訓練が終わるまでなりを潜めたいところだけど・・・」 「駄目だ。誰よりも多く撃退しなければ」 「言うと思った。シンは?」 「・・・俺も、同意見だ」 「ん。分かった」 正直、なんでこの二人がそんなに勝ちにこだわるか分からないんだが、頷いておく。 ひょっとしたらシンは、ただの対抗心だけかもしれないけど。 俺はザックから電子地図を出し、このあたりを広域で表示した。 「今までのルートと当たった戦闘の数からして、もうこの辺に配置されたグループはいないと思う」 俺たちのいるポイントを指し、次にまだ行っていない範囲をぐるっと囲むように指した。 あと何グループが残っているかを計算し、行動範囲を絞る。 絞り方は・・・見渡しやすい場所、その逆、後は高低差が大きくて進みにくい場所などだ。一番最後は除外範囲。 それと俺たちの今の装備を確認する。 手持ち銃3丁とその予備弾倉3つ。給水用の水。今回は食べ物はない。 電子地図1機と後は自分たちの能力のみ。 訓練じゃなかったら死ねって言ってるもんだなこれ。 「銃はそれぞれで持ってるとして・・・」 「俺のはお前が持てよ」 言って俺へ投げてよこしたのは、シンだった。 意図が分からずにシンを見れば、シンは真面目に俺を見ている。 「俺は射撃はあんまり得意じゃない。お前はそっちの方が得意なんだろ」 「シン・・・・でも丸腰って危なくないか?」 「俺がこいつ以外に体術で負けたの見たことあるかよ」 言って、嫌そうにレイを指す。もちろん俺は見たことがないので首を振った。 振ったけど・・・最悪三人一度に相手することになったらどうするんだろう。そんな状況にはもちろんさせないけど。 いや。でも・・・ありがたいけど・・・・・ 「・・・・・・・・・・なら、俺は後方支援だな。しっかり後ろは守ってやるから」 結局、俺はシンの意思を汲み取ってシンの分の銃と弾倉を受け取った。 シンは黙って頷き、俺から視線を外す。 頼りにされているのかそうじゃないのか、よくわからない。 「俺はフリーだな」 「レイだからこそ。だな。よろしく頼む」 それからしばらく打ち合わせを続けていた時、遠くからアラーム音が伝え聞こえた。 「行くぞ」 「ああ」 「・・・」 レイの号令と同時に、俺たちは走り出した。 その訓練は、性格も能力も行動もバラバラだった自分たちが、初めて連携を取れた瞬間だった。 |