「よ!ラッキーマン!聞いたぞこの間の訓練。チームに恵まれたんだってな」 「ヴィーノ・・・・」 訓練の終わった次の朝、食堂にいた俺とシンは、ヨウランとヴィーノに出くわした。 あいさつ代わりに言われた言葉で、なんだか気分が落ちた。昨日までの拒否が嘘のようにシンが一緒にいてくれるもんだから、ちょっと嬉しくて鼻歌でも歌いそうだった俺を一瞬で下降させてくれる。 昨日腐るほど聞いた評価に対する話題の上に、冷やかし混じりに肩に乗り掛かられた。 あんまりいい気分になれなかったし重いしで、避けるために身を引く。それに気付いているのかいないのか、ヴィーノは俺の隣へ腰掛けた。 過大評価する訳じゃないけど、そうあからさまに俺の実力がないって言われると、むかつく。 俺だって頑張ったんだぞ・・・一応。 訂正しろよと睨んでみるがにやにや笑っているヴィーノを一瞥し、不可能だと嘆息した。 だってこいつ、気付いてても揶揄いそうだもんな。 「で、活躍したのはシンか?レイか?」 そしてまた、いい加減耳にタコな言葉だ。 くそ。悪かったな。評価の低い人間で!!なんて内心で不貞腐れる。 そのまま言いたいだけ言わせようと沈黙し、 「やめろよ」 その一方的な会話を止めたのは、傍観すると思っていたシンだった。 意外だ、とシンを見ると、シンは俺を一瞥して、ヴィーノへ目を眇める。 「こいつなら、俺たちと組まなくても生き残ってたさ」 「シン・・・・」 うそ・・・シンが俺を褒めてる・・・・? あの他人に興味なくて、周りなんて見てなかったシンが・・・・・ 「な・・・なんだよ。その顔」 「俺・・・・手放しでお前に褒められたの・・・初めてだ」 感動で間抜けな顔をしているであろう俺は、シンに問われて今思っていたことを口に乗せた。 本当は胸の内だけにしておこうと思ったのに、ポロリと思った事が外に零れてしまった。 言われたシンは、俺から目を逸らす。 でもそんな態度も、何をされても、今の俺には効果ないだろう。 だって!だってさぁ! いっつも俺のことその他その1か、うざい人間としか見てなかったのに、この変わりよう!! もしこいつの母親だったら「すっかり成長しちゃって!」と涙ながらに呟きそうなくらいだ。 ・・・・・やばい、なんか嬉しすぎて本気で涙が出てきそうになってきた。 さすがにそれは恥ずかしい。堪えようと俯く。 だけど顔は火照っていくし、目頭は熱くなってくるし。 うわあ。・・・・シンの顔が見れない。他の奴にもだけど。 ああ、でも、ちゃんと素直に伝えたい。 そう思って顔を上げて、自然と口元がが釣り上がっているのを自覚して。 「見つけたーっ」 せっかく上昇した俺の気分をぶち壊したのは、今日は聞きたくない声だった。 「げっ!ルナマリア」 気分もぶち壊されて、俺は思わず盛大に拒否反応を露わしてしまった。 「なにが、げっ!よ!納得いく説明してもらうまで離さないわよ」 しまったと思う間もなくルナは掴みかかって、俺を睨め付ける。 ああ、俺の馬鹿・・・ 「だ、だから偶然だって。俺ルナの班のリーダーなんて知らなかったしぃ痛っ痛いっ」 なんとか機嫌を損ねさせないようにと言葉を選んだのに、結局俺は耳を引っ張られる刑を受けてしまう。 じ、地味に痛い。ルナマリアさん。両耳は止めて・・・ 強引に振り払ったらまた何かされそうだから、目だけで訴えてみる。 でもルナの青紫の目はギラギラと燃えたぎっていて、絶対に納めてくれそうになかった。 「どうせあんた、あたしと戦うの避けたんでしょ!」 「いや・・・まあ確かにできるだけ戦いたくないなって思ったけど・・・」 昨日も、これで一足触発ムードになったんだった。 その時は丁度演習が終わって帰ろうとしていた矢先のことで、いきなり突っかかってきたルナに、俺は本気でビビった。 鬼の形相とはよく聞くけど、美人が怒るとそれに近い恐怖が襲ってくる。 本能で感じた恐怖と訳が分からないので茫然とした俺は、激怒したルナの攻撃を見事に食らった。 ・・・・・気絶しなかっただけ、いいと思おう。 それくらい見事なボディブローだった・・・・ ルナを怒らせた原因は、ルナのチームリーダーを俺たちの班が倒してしまったから。 しかも、ルナが丁度班から離れていた時だったらしい。 何も知らないまま、いつの間にか脱落していたなんてルナには許せなかったのか、八つ当たり同然に俺へ怒りが向けられたのだ。 理不尽な話だと思う。 演習だったんだし、俺たちの班じゃなくても当たって戦闘して、運が悪ければ敗退してたかもしれないのに。 これ、絶対俺がいたとこだったからこんな扱い受けてるんだ。 俺の人望ってこんなになかったのか・・・・ショックだ。 その時のルナの暴走は教官によって止められたけど、絶対引きずっているのは分かってたから、今日はなるべく避けていようと決めていたのに。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・不可能だっていうのは、分かってたけどさ・・・・・ 「この卑怯者!!」 「なんでー?!」 俺の答えに、今度はガツンと拳が連打してきた。しかも急所!急所ばっかり狙ってきてる! さすがにそれは無理!死ぬ! 俺は避けて防御する。 仲いい奴と敵対したら、情けが入ってくるのはしょうがないじゃないか!! そんな俺の思考はルナには伝わらず、さらに攻撃を繰り返してくる。 うわー!もーほんと勘弁してくれ〜!! 「ルナマリアがあんなに怒ってるってことは、本当にが活躍したんだな」 二人がの一方的な攻撃を見ながら、ヨウランが意外そうに呟いた。 俺はいつもよりかは白熱したじゃれあいを眺めながら、昨日を振り返っていた。 「まさかがそんなに強いと思わなかったな。良くて真ん中位だと思ってた」 それがたぶん、あいつに対する全体の評価なんだろう。 俺だって知らなかった。あいつがあんなにできる奴なんて。 昨日の訓練。 あれは、がいなかったら最後まで残れなかった。 ・・・・いや。たぶん、序盤でいなくなっていた。 足手まといだと思っていたが、やる気を出した後。今までチーム戦なんて面倒くさくて煩わしい。その考えを覆された。 たった一人いるだけで、今までの自分の能力が、格段に上がった気がした。 やりやすかった。 あいつが後ろにいるだけで。 たった一言もらうだけで。 今までの俺のやり方が、子供みたいに思えた。 「・・・あいつは自分を主張しないから」 知ろうとしなかった俺がそんなことを言うのはどうかと思う。 けれど、あの演習中感じたのは驚きと悔しさ。 それと、疎外感。 ずっと一緒にいたのに、俺はあいつのことを何も知らないんだって気付かされた。 毎日帰りが遅いことも、汗だくだったり、硝煙の匂いを纏わせて帰ってきたり。 そういうところを見ていて、無駄に頑張っているな。とは思っても、どれだけだったか、なんて知らなかった。 同じクラスで、同じ授業を受けて、あいつがいつも近くによるから、知った気になっていた。 だけど俺は知らなかった。 それを思い知った。 成績だけじゃない。あいつの人となり、家族、出身、どうしてここにいるのか。そんなことも俺は知らない。 知っているのは 「シン助けてくれ・・・・・」 どうしようもない世話焼きで、人にばっかり気を配っているってことくらいだ。 「勝手にじゃれてろ」 「うわ、ひど!」 突き放す俺へ、は一瞬だけ傷付いた表情をする。それだって、本気で傷ついている訳じゃないってすぐにわかる。 そして笑うんだ。しょうがないなって、言うみたいに。 お前はそうやって、どんなに困ってても、俺が突き放しても、微笑ましく俺を見る。 そういう時に、俺とお前の間の距離が垣間見える。 痛感する。 悔しい。 なんでお前は、そんなに余裕があるんだよ。 なんでお前は、何もかも受け入れられますって感じでいられるんだよ。 それとも、俺のことを馬鹿にしてるのか? 同情してるのか? 優越感? いいや、お前は俺の境遇なんて知らないはずだ。 俺のことなんて何一つ言ってないのに、知る訳がない。 知っているのは入学する時に援助申請した役所の人間だけだ。 わからない。 どうしてそんなに人に優しくなれる? 俺には無理だ。 ずっと感じていた、突き放していた優しさや労り。 それが今になって眩しく映って、俺は目を逸らさずにいられなかった。 ****** 彼が嫌いだ。 それが、レイの本心だった。 あの男の弟だから。 自分と正反対の境遇だから。 自分にないものを持っているから。 嫉妬。 その感情を嫌悪に代えて、レイは彼を嫌い続けた。 彼よりも格上であること。 それが自己を守ることに繋がっていた。 この世で最も大切な人が、彼を注目していても。 彼を引き入れたいと呟いても。 彼など必要ないと思わせるために、レイは自分を高めることに固執した。 誰にも負ける訳にはいかなかった。 向かう者は、どんなものでも払いのける。 仲間など、必要なかった。 存在価値などなかった。 けれど。 「俺は、何かを見落としていたのか?」 決して自分に備わらないもの。 彼にあって、自分にないもの。 それを、見つけてしまった。 自分では進めない道を、立ち位置を、見てしまった。 「ギル、貴方には見えていたのですか?」 だから、彼が欲しいと言ったのか? 「なら・・・・」 なら、自分は、動かなければなるまい。 彼の手足として。 駒として。 それが自分の、役目なのだから。 |