決意というものは、存外他人の手によって起こるものなのかもしれない。 少なくとも、レイは自分の内から自然に現れた決意を、体験したことはなかった。 己が決めた道には、必ず誰かの道を支えるための役目があった。 誰かと添えるための道しか。 それが自身の存在理念であり、存在意義だとレイは思っている。 生きる価値のない人間であったはずの自分に、生きる意味を与えてくれた人へ。存在すべてをかけて、レイは守り、戦い続けるだろう。 彼――――ギルバート・デュランダルの為に。 彼の姿を見た時、レイは動揺した。いつもの冷たい印象など吹き飛ばすような、はっきりと浮かぶ表情。 もしここにクラスメイトがいたなら、彼の事態に驚くことだろう。 あの人形に感情があったのかと。 「ギル!?」 「やぁ。レイ」 そのレイを揺り動かした存在―――ギルバートは、朗らかに笑みを作り手を掲げた。 ギルバートにとってはレイの行動は当たり前のことであり、意外なものでも何でもない。 レイにとって自分がどういう存在なのかも、そして周囲の人間がレイにとって意味をなさないものであることも知っているからだ。 そしてこの後の彼の行動すらも、ギルバートには手に取るように分かる。 「議長なぜこちらに?」 動揺を抑え、体面を変えたレイに、ギルバートは先ほどと変わらぬ対応をした。 「技術科の発表があってね。その審査員として頼まれたんだよ」 「貴方は遺伝子学の権威でしょうに」 「畑違いだからこそ、違う目線があると思ったんだろう」 溜息を吐いて「驚かせないでください」と呟くレイに、ギルバートは笑みを深めた。 この訓練校は外界から隔離されており、自由に連絡を取ることを禁止している。 たとえ学校であろうと軍の内部に組み込まれており、生徒は機密事項に触れやすい。 だからこそ迂闊に周囲に流れないよう規制を行い、校内の行事でもその科の人間でないと何をやっているか知らない。ということはざらにあった。 ギルバートとの繋がりがあるレイにも、それは当てはまる。もちろん、抜け道も多々あり、時折それで連絡を取り合ってはいるのだが。 「レイの驚く顔が見てみたくてね。すまなかった」 ギルバートがそううそぶくと、レイの顔がみるみる紅潮し、目を丸くさせた。 そのまま俯いて「・・・・・いえ」とか細く呟くレイ。 いつまでも自分を特別に想ってくれる少年へ、慈しむように肩へ手を置いた。 「それに、彼にも一目会ってみたいしね」 そして、家族のふれあいを霧散させる言葉を呟く。 見上げるレイの視線を受け止め、ギルバートは先程とは全く違う質の笑みを作った。 狡猾な、人を利用することを厭わない人間の顔を。 「どうしても彼が必要ですか?」 レイが批判の言葉を向ける。 レイは彼を嫌っている。正確に言うならば、彼の家族を。彼に繋がる遠く離れた関係者を。 自分達にとって仇の側にいる人間。そんな人間を抱き込むことを快く思う人間はいないだろう。 だが。 「必要かどうかは私が決める。お前が考えることではないんだよ。レイ」 人の感情など、立ち位置など、何かをなすことには必要ない。 役目を果たせるものを使い、なす。それが最も効率のよい方法だ。 人の感情さえも左右し操作する。その方法をギルバートは知っている。 忠実な僕は、「はい」と主人の言葉を受け取った。 考えることはない。 自分の道を教えてくれる人は目の前にいる。 そのために動く。 レイにとって、それがすべてなのだから。 ******* どうも最近、食堂が何かしらのきっかけ場になっている気がする。 鬼門とかそういうわけではないけれど。ただ単に人が集まる場所だからっていうこともあるんだろうけど。 あんまり歓迎できない事態とかも起こるから、気分的には微妙なわけですが。 そうしてまた今回も、放課後の食料調達をしにやってきていた俺の前に、事件が到来した。 「ヤマト、話がある」 「え」 「えぇー――――――――――――っっ!?」 掛けられた声の主に、まず一緒に買いに来ていたルナが意外そうに声を漏らし、それが引き金になって一瞬固まった俺が盛大に声を上げた。 「何であんたがそんなに驚いてるの」 「だって!なぁ!」 ルナに突っ込まれるが、そんなことよりもっと突っ込まなけりゃいけないことがあるだろう!? だって!だってさあ!! レイが俺に話しかけてきたんだぜ!!!?? これを事件と言わずなんというか! 「俺、お前にズタ袋以下の感情しか抱かれてないと思ってたんだけど!」 驚きの度合いが大きすぎて、間違いなく人前では口にしないだろう自分の気持ちを口にしてしまった。 ・・・でも実際事実なんだからどうしようもないんだけど。 そんなパニくった俺の発言で、レイの綺麗な顔はあからさまに不愉快に歪んだ。 ああ、それでこそ俺の知っているレイだ。 なんて嫌な顔されてホッとする自分は、やっぱり相当混乱してるんだろう。 そして思考はどんどん歪んで下降して、嫌な想像が浮かんだ。 「・・・・・ま・・・さか・・・・・・・・・このまま暗い場所に連れ込まれて・・・・・・正真正銘ズタ袋に・・・・・・」 本気でありそうで怖い想像しちまったあああああああ!! ひいいと最悪な想像に背中が凍りつく。 いや!まさか!!ないよ!ないっ!!うんっ 「そうされたいのならしてやろう」 「是非とも遠慮させてください」 想像の悪夢を真顔でレイに返されて、俺はきっぱりと首を横にふった。 危ない危ない!うっかり自分からこの世とのお別れ準備をするところだった! ・・・・・・・・・・でも。俺に何の用? 少し落ち着いた頭でも、やっぱりそこは何をどう考えても結びつかない。 いままで俺のことを完全無視。もしくは仇みたいに睨みつけるかのどっちかだったレイが、なんで俺と話がしたいなんていうんだろうか? いったいどんな事態になったらそんな流れに? ・・・・・やっぱ俺、酷い目に遭う気がしてきたんですけど。 「馬鹿やってないで早く行けよ。うっとうしい」 シンの冷たい一言が、どうすればいいのか迷っている俺へと降られる。 いつも思うけど、シンって冷たいよな。特に自分が関係ない時とか。 俺に関係ないこと巻き込むなよって顔するんだよ。 「うう!シン一緒に来てくれよ」 「嫌だよ」 「シンのケチ!」 そう言うだろうってわかってたけどさ! でもダメ元で言いたい俺の気持ちもわかってくれよ。だって怖すぎるんだ! 鉄面皮。ロボット。そんな風に言われてるレイだけど。俺にとっては触れたら怖い氷の女王だ。・・・男だから王様か? 「どちらにしろ、許可しかねる。お前だけと話がしたい」 どうにかしてシンを巻き込みたかったけど、レイの一言で完全却下された。 うう・・・俺に何が待ってるんだろ。 「・・・・・・・・・・・・・・・二人とも・・・・俺が帰ってこなかったら、この学校が俺の墓場だと思ってくれ・・・・・・」 意を決してそう言い、レイに同行することを決めた俺に。 「あ!おいルナマリア。お前なんでそのパン買うんだよ!」 「残念でした。人気だって知ってるんだから早めに取っておけば良かったでしょ」 友達だと信じてる二人は、見事に無視してくれた。 薄情者共め〜・・・・!! 二人に素無視されたまま別れ、レイと二人きり。もくもくと目的地のみを目指して歩くレイの後を着いていく。 正直、居心地が悪くて仕方なかった。 人間沈黙が苦になる相手と、そうじゃない相手がいる訳で。俺にとってレイは後者だ。 無口なのは前から知っているし、人と喋ってるところなんて見たことない。だから敢えて喋ろうとしなくてもいいとは思う。思うけど・・・・ こう、耐えられない沈黙っていうのがあるじゃないか! 何とか話題はないものかと考えてみるけど、こういう時ほど浮かばない。 「お前に会わせたい人がいる」 うんうん心の中で唸っている俺に、レイが話しかけてきた時、俺は驚いて・・・・・不信感が前に出た。 「・・・・・裁判官?」 「・・・・・常々思っていたんだが、お前は俺がそんなに人非人だと思っているわけか?」 「いや!そんなこと、ないぞ?」 「なぜ疑問になる」 うん。ちょっと、自分でもそう思う。 なんで俺はこんなにレイに対して不信なのか。・・・まあ、原因は尋ねた人にあるんですけど。 俺のことが嫌いで信じてない人間に、こっちは信じてます好きです〜と思うのは、涙が出るほどのお人好しか頭のないやつか。 少なくとも俺はそんな部類じゃない。嫌ってくる人間には疑ってしまう。 嫌いかって言われたら、否定するくらいにはこいつのこと気に入ってるんだけどな・・・ 「じゃあ、こっちからも聞くけどさ。なんでお前俺にだけ敵意むき出しなんだ?」 多分、理由もなく人を嫌いになれる人間って、いないと思う。 生理的に嫌いって言われたら、それまでなんだけどさ。 それでも俺は、理由がないと納得できない。 嫌いなら、何かある筈なんだ。 だって無関心じゃない。俺のことを見逃せないから、目から離せないから感情が現れるんだ。 「・・・・・・・なんでもいいだろう」 レイは途端に憮然と顔をしかめ、切り捨てる。 でも俺はひかない。 これを逃したら一生俺はレイのことを知らないまま過ごして行きそうだった。 それは、なんだか嫌だ。 「良くないだろう。俺が気持ち悪い」 「それは結構。俺は気分がいい」 今度は清々すると言いたげな、皮肉な笑みをよこしてきた。 それが胸にしくりと違和感を起こす。こいつにそんな顔で見られることが悲しい。 こいつにとっての俺が、変えられない枠の中に入っているのが悲しい。 「やっぱ嫌いなんだな。俺のこと」 俺の評価をもう一度口にするのが、さっきより辛かった。 表情に現れてしまうくらい傷ついて、俺はこいつが思っていたより好きだったことに気付く。 「お前の利点は知っている。短所も」 レイが先を紡ぐ。 「俺にはそれ以上も以下もいらない」 初めて聞くレイの心だ。 「馴れ合いは嫌だって言うことか?」 「必要ない」 また悲しさで、胸がきしんだ。 話はそこで止まってしまった。 俺が止めてしまったし、レイも俺を観察したまま何も言わない。 「レイ」 第三者の声に、俺たちは顔を上げ、進行方向を見た。 その人物に俺は息を飲む。 隣のレイを見れば、レイも目を丸くしていた。初めてみる顔だ。 「議長。部屋で待っていて下さいと」 駆け寄るレイに、目の前の人―――ギルバート・デュランダル議長は柔和な笑みをたたえてレイを見下ろした。 先日就任したばかりの、プラント最高評議会議長が。 うっそ・・・なんでこんな人が? プラントの最重要人物じゃないか!なんでこんなところにいるんだ。 「あまり時間もないし、私個人の為に足を運ばせるのも悪いと思ってね」 「だからといって、貴方が来られることもないでしょうに・・・」 レイの対応に、議長は微笑んだ。悪戯を見つけられてしまって愛嬌で誤魔化すみたいに茶目っ毛を帯びて。 「まったく貴方は・・・もう少しご自覚なされてください」 「そう言わないでくれ。レイ。私だってただの人間なんだ」 茫然とする俺の前で、二人の会話は親しげに続く。 この二人・・・知り合いなのか? こんなに喋ってるレイを見るの、初めてだ。今日はレイの知らない顔を良く見る日だな・・・ その議長が俺の方へ向いて、俺はドキリとなった。 「君が、・ヤマト君だね」 「え」 どうして俺の名前を?というのは、レイに聞かされたと続いたのですぐに解消された。 その後の握手が、違和感を残す。事態においてけぼりのまま話は進んでいく。 「とても優秀だそうだね。評判もいいと聞いたよ」 「・・・・・・・それは、レイのことだと思います」 まだ取り戻せない中で、俺は即座に否定した。 俺の成績は優秀とは言い難い。シンにも、ルナにも・・・レイになんて勝ったことすらないのに。 「いや。君のことだよ。この間の演習では大活躍だったそうじゃないか」 そんな所まで話が回ってるのかよ・・・ でもあれだって俺が、じゃなくて、メンバーが良かっただけなのに。 「謙遜は時に、何よりも悪く見えるものだよ」 俺の表情を読み取って、議長は言葉をついてきた。 「他人に興味のないレイが、君のことを褒めていたよ。あの指示力、戦略は自分にはないとね」 「議長・・・!」 「なんだい?自分で言っていたじゃないか」 指示力・・・?戦略・・・・? えええええええ? また自分から外れた内容が聞こえるし。 これが銃の腕、とか言うんだったら、もおタコと豆ができるくらい練習した成果だって素直に頷けるけど・・・何それ? しかもレイ・・・・なんか頬が染まってる。 うちの母さんがちょっと可愛いかも。とか言いそうな感じだな・・・ 「もしかして、自分で分かっていないのかな?」 また俺の反応を読み取って訪ねてくる議長に、俺はぎくしゃくしながら頷いた。 さらに置いてけぼりにされた気分だ。 レイと議長の目にさらされて、俺は異世界に来たのかと思った。 そんな様子がおかしかったのか、議長はくすくすと声をたてて笑った。そして俺の肩を叩いて来る。 「なるほど。謙遜ではなく無自覚か。なかなか厄介な子だね」 「は・・はぁ・・・・・」 なんなんだ?一体・・・ 「君のような人間が軍に来ることはいいことなのか、悪いことなのか。難しいが、期待しているよ」 「・・・・ありがとう、ございます・・・?」 結局混乱のまま話が終わらせられて、議長はレイに「では帰るよ」と告げた後、俺の肩をまた叩いて通り過ぎた。 その瞬間に、 「君の、その存在価値にもね」 ――――――――俺の中に、警報が鳴り響いた。 「どういう意味でしょうか?」 背中しか見えないその人へ、俺は見えないスイッチを入れられたみたいに混乱を解き、強く見つめた。 睨む訳ではない。だけど、その身体を貫かんばかりに見つめる。 議長は、顔だけ振り返って、底の見えない笑みを向けた。 「なんのことかな?」 なかったことにする気か・・・この人。 「なんでもありません。気のせいだったようです」 喧嘩を売ってきた。と感じた。 絶対に俺が負ける喧嘩を。 そしてそれは、あながち間違っていない。 去っていくその人の背中を見送った後、俺はレイへ目を向けた。 いつも通りの、無表情。ほんの少しだけ見える、敵意の感情。 もしも、今よぎったものが答えだとするなら・・・・ 俺は、どうすればいい? 「会わせたい人って、あの人だったのか?」 「ああ」 「つかめない人なんだな」 「ああ。あの人は、いつもああだ」 「そうか」 また会話が途切れた。 続ければ今度はレイとの戦いになる気がした。一方的な口論に。 だから俺は、とびきり気の抜ける笑顔をレイに向けた。 「頼むからさ〜、もうやめてくれよな〜。俺政治家に会うのなんて初めてで緊張しちゃったよ」 レイの顔は変わらない。 「悪かったな。俺も呼び出せと言われた時は相当驚いた」 「あーレイも被害者だったのか。あの人振り回すの好きなタイプ?」 「ああ」 俺はいつも以上にテンションを上げてる。 「お互い今日は災難だったってことかな」 「あの人を悪く言うな」 「ごめんごめん」 今の心の内を出す訳にはいかなかった。 俺の周りを――――――――― キラのことを知っている可能性のある人物に、胸の内をさらすことは。 |