どうして気付けたのか、よくわからない。
だけど、絶対に何か変だっていうことだけはわかった。



















「お前、今日なんか変じゃないか?」
「・・・・そういうシンこそ。最近変わったよな」

朝の食堂で並んでいる時、不意に言われたシンの言葉にドキリとした。
すぐに切り替えしたけど、シンはむ、と眉間にシワを寄せる。

「話を逸らすなよ」
「別に逸らしてないけど・・・」
「逸らしてるじゃないか」

うーん。今日のシンは食いついてくるなあ。いつもなら無視するか放置だから、この反応は嬉しいけど、今回はあんまり突いて欲しくない。
理由が理由だから、特に。

「変って言われても、どこが違うのかがわからないよ。何が変なんだ?」

今日のメニューのカレーを受け取って、改めて聞く。卑怯だとは思うけど、素直に言うこともできないんだ。ごめんな。

「なんか、表情が固いっていうか。気持ち悪いんだよ」

俺へ真面目に答えたシンは、渋い顔のままで言う。

「気持ち悪いって、酷い言い草だなぁ。俺泣きそう・・・」
「だから茶化すなよ!」
「ん。ごめん。ありがとな」

見抜かれたのは驚いたけど、感覚的な答えだったから隠し通すことに決めた。
言ってどうにかなることじゃないし、正直、まだ誰にも話したくない。俺だけのことで収まるならまだしも、絶対に周りにも迷惑が降りかかる話だから。
「どうも朝から腹の調子が悪くてさ。寝冷えかな?」と、適当に言って誤魔化した。
シンは苦い顔のままだったけど、それ以上追究してはこなかった。

「でも、本当シン、変わったよな」
「なにが?」

同じカレーを食べつつ、俺はいつまでも眉間にしわの寄ったままのシンに微笑む。笑いかけるっていうより、嬉しくて仕方ないんだ。どうも俺はシンのことになると些細なことでも過剰になってしまう。

「俺を心配・・・っていうか、人のこと見る余裕とか、なかっただろ?ガチガチに自分のことガードしてたもんな」

ついこの間まで人を拒絶していたはずなのに。今のシンはずいぶん柔らかくなった。
多分、シンの本来の姿はこっちなんだろう。関わりをあまり持とうとしないけど、周りに異変があったら気になってしまう。人を遠ざけているのは、余裕がないからだ。だから余裕があればこうやって心配してくれる。

そこでふっと思い出したのは、同じく人を遠ざける奴だ。
レイも、人から遠ざかってる。だけど、あっちは完全に意図的にだろう。人に興味がないとしか思えない。
目に入れるのは本当に大切な人と・・・・・・・・・嫌悪を覚える人間だけ。
ついでに昨日のことも思い出して、早く忘れるために付け合わせのサラダを集中して租借した。
あれは今、考えるべきことじゃない。

「お前、人観察するの、趣味なのか?」

ようやくシンも話を逸れてくれて、ばれないように安堵する。

「そういう訳じゃないけど、俺が嫌だからかな」

そしてさらっと、答えた。
あまり深く考えないで言って。ああ、と自分で納得する。

「閉じこもる奴見ると、どうしてもダメなんだ。
 ・・・・・・・何もできないって、わかってるけどさ」

シンも、レイも、キラに被せてしまっている。気になるのに俺が二人に介入しきれないのは、あの時のキラを救えなかったことがトラウマになってるんだ。




















正直、「ふうん」と相槌するしかできなかった。慰めるなんて芸当できないし、他に話題を逸らそうにも思い浮かばない。
何もできないと言ったの笑顔は暗かった。こんな時まで笑うなよと思う。
よくよく考えればこいつ、怒鳴るとか泣くとか、激しい感情を見せない。
出会ってもうずいぶん経つはずなのに、やっぱりこいつは謎のままだ。

本当は、昨日の夜の方が暗かった。帰ってきて、一緒に夕飯食べてる時も少し上の空で、でもちゃんとこっちのことには気付いて答えてくれる。
レイと何かあったのか?って聞きたいけど、俺とこいつってそんなに何でも聞けたっけと疑問に思ったら、今の今まで聞けなかった。
そして、聞いたら聞いたで、はぐらかされた。

俺のことを指摘する前に、こいつも十分人を避けてると思う。誰とでもしゃべるけど、誰とも打ち解けてない。そういう距離の置き方の方が、重症なんじゃないだろうか。
プラント育ちなら、誰かしら知り合いとかいるだろうに・・・・
あれ?でもこいつがプラント出身って、聞いたことない。

「なあ、お前って・・・」
『――――――中でも特に被害の大きかった元オノゴロ司令部の位置は記念公園となり、戦死者の慰霊碑が置かれるそうです』

俺の質問を遮って耳に入ってきた報道に、が映像へ向き、俺は―――耳を塞ぎたくなった。

『一年前の悲劇を二度と起こさないよう、手を取り合っていくことが必要なのだと思います』

若い女の声が耳につく。
そいつが誰なのか、見なくても分かる。覚えたくないのに、嫌いなものっていうのはどうして記憶に残りやすいんだろうか。

「オーブね。たしか今の代表って、俺らと変わらない年の女の子だろ?大丈夫なのかよ」
「確かに若いけど、しっかりした人だよ。周りがきちんと固めてくれたら、オーブはいい方向に行くと思う」

周りの会話に、俺は耐えきれず立ち上がった。
食器がガチャン、と響く。それと同時に報道の音以外のすべてが消えた。

「なにが、いい方向だ。しっかりした人だ!」
「シン?」

隣から戸惑う声が聞こえる。
だけどその声は俺の耳を通り抜けるだけだ。
今の俺は、腹の底から煮えたぎる怒りの感情で一杯だ。

あの女の演説はまだ続く。
聞いていたくなくて、俺は食堂を飛び出した。


「シン!」


呼び止める声と、追いかけてくる足音。
誰かなんて分かり切ってる。
食堂から大分離れた人気のない廊下。その隅で立ち止まって、


「シン、どうした?」
「あいつらは、アスハは!何も守っちゃくれなかった!!」


俺は、に向かって今までため込んでいた怒りをぶつけた。



「正しいことを言って、自分の傲慢さをさらして、人を騙して!それを信じて入国した俺たちを、結局助けちゃくれなかった!
 俺の家族を、アスハが殺したんだ!!」

「シン?」

「戦争なんて起こさないって言ったのに。民間区域には及ばないって言ったのに!俺たちを騙して、あんな所に避難ルートを作って」

「シン、落ち着け」

「結局俺の家族は爆撃で死んだ!俺だって・・・死んでたかもしれなかった!!あんなに近くにいたのに!オーブは誰も気がついてくれなかった!!助けてもくれなかったっ!!」



衝動を抑えることができない。
ずっとため続けていた感情が身体の全部から溢れだす。
そして溢れれば溢れるほど、視界が歪みだす。


「守るために自決したからってどうだっていうんだ!!そんなことで俺の家族が戻るのかよ!自分自身でオーブをめちゃくちゃにしただけじゃないかっ!」


叫んで、わめいて、泣いて。

いつの間にか俺は、に縋りついていた。


は身じろぎ一つしない。俺のするがまま、受け止めてくれる。

そうしてくれる予感があった。こいつだったら、俺を突き放さないって予感が。
こんなこと言う奴、俺だったら面倒くさがるし逃げる。
だけどだったら、きちんと受け止めてくれるって、信じられた。



「あんな娘一人残して、なんになる。もっと・・・もっとたくさんの人を救う方法が、あっただろ・・・」



の肩を握りしめて、顔をうずめる。


なんであんなことになったのか。どうして、俺は取り残されてしまったんだろうか。
どうして助けることができなかったんだ。




「―――――――オーブが、憎い?」




コトリと、俺の頭にの頭が寄り添った。
俺はの肩に擦り付けるように頷く。




「アスハが許せない?」




もう一度の問いに、また頷く。




「許さなくて、いいよ」




の肩は、湿っていて、気持ち悪かった。
だけど俺は、顔を外したくなかった。




「許せなくていいんだよ」




は何もしない。
ただ立ったまま、俺に寄り添って。
俺へ言葉をかけてくれるだけだ。




「忘れられる訳がないんだ」




それだけでいい。俺には、過度な慰めも励ましもいらない。
俺はずっと、何かに自分の気持ちをぶつけたかった。
俺は目の前の身体をきつく抱きしめて、声を押し殺して泣き続けた。












  ****






学校があるっていうのは、正直だるい。
軍学校だから休めば休んだ分が倍になって帰ってくる。私生活部分の閉まりは緩いくせに、そういうところがきついのが今は面倒くさい。
にせかされて顔を洗って、あいつも上着を着替えることになって、急いで朝飯を片づけて、結局少しだけ遅刻して腕立てをさせられた。
は、俺のことを誰かに言ったりはしなかった。聞かれても曖昧にごまかして、俺をかばう。
ただ一言だけ、「これは後でシンに何かおごってもらわないとな」と、が言ってきた。俺は「お前が勝手に追いかけてきたんだろ。言い訳だって俺は頼んでない」と返す。「うわ、ひでえ」と嘆くはやっぱり笑ったまま。


俺は、その笑顔に癒されていたんだって、ようやくわかった。




今日の訓練も終わって夕食も終わった後、他の奴らの誘いを断って、俺とは早々に部屋に帰った。
俺はあの思い出したくない惨劇からここに来るまでのことをに話した。
「無理しなくてもいいよ」とは言ったけど、聞いてほしかったから俺は無理にでも話した。

父さんのこと、母さんのこと。俺が守らなきゃと感じていた、妹のこと。

すべてをぶち壊した、白いモビルスーツのことも。

は黙ってそれを聞いてくれて、どんなに支離滅裂になっても最後まできちんと聞いてくれた。


「シンも、オーブ出身だったんだな」


終わった後、はそう切り出した。
いつの間に用意してたのかホットコーヒーを渡して、ベットに座る俺の前に自分の椅子を用意したは、瞬く俺に目を眇めて苦笑した。

「俺も。オーブ出身だよ」
「お前も?」

納得もあるけど、驚きの方が大きい。
同じ出身が同じ部屋って、そんな偶然あるんだろうか。いや、それともそう設定されただけか。
それに、なんでオーブの人間が戦争もないこの時期に、しかもプラントの軍に入隊するんだ?

「なんでプラントなんかに来たんだ」
「なんかって・・んーまあ、色々思う所があって」

もしかして俺と同じかと思ったけど、違うだろう。
喉を鳴らして苦笑うは、カップを玩んでまた言葉を濁した。
口元を結んで遠くを見つめて、しばらく沈黙が続く。

「俺も、あの戦争で大切なものを失ったんだ」

は重く、俺に告白した。

「シンと同じで家族を奪われた訳じゃないんだ。みんな本国でピンピンしてる。ただ、俺の家族の一人がさ、あの戦いで心底傷ついて、俺は、傍にいれなくなったんだ」

言うのが苦痛なのか、の表情にはもう笑みはない。

「馬鹿みたいに笑うあいつを取り戻したかったのに、できなかった。俺は、逃げたんだと思う」

はじめて聞くこいつのこと。俺とは違うけど、こいつも苦しんだ。
全部、あの戦争のせいで。

「その理由も多分、アスハ代表が関係してるのかな。でも俺は、あの人を嫌いになることはできないから」
「なんでだよ!!だってあいつは!俺の家族を!!その人だって、そうなんだろ!?」
「うん。でも、俺にとっては違うから」

俺の中に許せないものが膨れ上がる。俺には何かに向かって怒りをぶつけないといられない。
だけど、こいつは、全部自分の中に閉じ込めて。

「お前が嫌いだから、俺も嫌いになるなんて、変だろ?人それぞれ、見方は違うんだから」

こいつの笑顔の意味を、今、理解した気がする。
こいつは、諦めてるんだ。
諦めて。しょうがないことを笑顔でごまかしてる。
だけど諦めたその先を、きちんと見てる。
起こってしまったことを諦めて、だけど自分の為に前を見てる。

「だからシン、その怒りはお前の物で、お前の感情なんだよ」

こいつはどこまで、心が深いんだろう。
なんでこんなに、俺たちは違うんだろう。
だけど、こいつみたいになりたいとは思わなかった。
絶対に無理だし、俺は俺の怒りを手放したくない。それでいいって、こいつも言ってくれた。

「ありがとう。話してくれて。ありがとう。聞いてくれて」

の礼に、俺は首を振った。俺だって、聞いてもらえてよかった。だからおあいこなんだ。

「俺も・・・」と呟いて、部屋の明かりがすべて消えた。
どうやら消灯時間まで話し込んでいたらしい。
は俺からカップを引き取ってテーブルに置き、自分のベットへ潜って行った。

「明日もよろしくな」

と言ってきて。その背中に。

「ありがとう」

とさっき言いきれなかった続きを放った。
からの返事はない。
正直言った後の恥ずかしさが上回っていたから、返ってこない方がありがたかった。

ああくそ。なんであいつはこういうこと恥ずかしげもなく言えるんだ?!

ルームメイトはすでに静かで、俺も無理やり眠ることに集中する。気恥ずかしさは無理やり散らすことにした。














俺は、いつになったら前を向くことができるだろうか。


いつこの怒りが収まるんだろう。








それは本当の意味で世界が平和になった時だ。



こいつの大切な人との仲が、戻った時なんだ。

















びっくりするほどシン視点。
でもかけてよかった!

2010.2.3