SEEDIF







今、何をしている?






元気にしてる?

幸せでいる?

泣いている?

怒ってる?

笑ってる?






それとも・・・・・・・・・・






















「うえっ・・ううっ・・・・っ・・」
「ああ、ほら。泣くんじゃない」

父さんに抱き上げられて、俺は泣いていた。
いつまでも泣き止まない俺の背中をやさしく叩いて、辛抱強く慰めてくれる。
でも俺の涙は全然止まることがなくて。
それに父さんが心底困っていることは分かっていて。
でも、俺にはどうやってもこの涙は止められなくて。

「きらぁっ・・・きらは?」
「もうすぐ帰ってくるよ。だから泣かないで待ってような?キラも母さんもびっくりするだろう?」

寂しくて淋しくてあふれる涙は止められそうになくて。

父さんの言うことも分かってる。
ちゃんと分かってる。
きっとすぐ帰ってくる。
分かっているけど。

「おひるには、かえってくるって、いったよ??」

ぐずりながら、俺はそう言った。

昨日かわしたキラと母さんとの言葉。
「明日のお昼には帰ってくるからね」という言葉。

それを信じて、幼い俺は辛抱強くその日の昼まで帰りを待っていた。
お昼頃には玄関の前で待って、父さんと昼ごはんを食べた後は帰りがすぐ分かるように外で待って。

それでも、キラたちは帰ってこなかった。
夕方になろうとしている時刻になっても。

そんなに待たされ続けて、幼い子供が耐えられるだろうか?
父さんもそれが分かっているから、強く言えずにいるんだろう。
ただただやさしく背を叩いて落ち着かせようとしてくれる。

もうすぐ日が地平に沈みだす。

夜は怖い。
特に一人でいる部屋は怖い。
いつもキラと一緒に寝る自分の部屋は、一人の時とても広い。
その広さが怖い。
昨日は頑張って耐えたが、今日は?
本当に耐えられるのか?
あの無意味に暗い、底なしの闇の中で。

またボロリと涙が溢れて、俺は父さんの肩に顔を埋めた。
グズリと鼻を鳴らす。鼻水がついたかもしれない。

また影が、濃く大きくなる。





「ただいま〜」




玄関からの物音に、俺は弾かれたように父さんの腕から飛び降りた。
感情が動く前に、玄関へと全力で駆ける。

そして、いたのは


「あら、。あなたどうして泣いているの?」


大きなカバンを持った、母さんと、キラ。

母さんが俺の酷い顔を指摘してくるが、俺にはそれにかまっていられなかった。
ただ目の前の、段差のおかげで同じ所に目線のあるキラから目が離せない。

「ただいま。

キラが、微笑んで言う。

上からドシリと降ってくる柔らかな重り。
それがまた涙を溢れさせて、俺はポカポカとキラに殴りかかった。

「わあっ ??」

いきなりのことに驚くキラを、今度はがっちりと抱きしめる。
それまで頭の中は名前のない気持ちの塊がひしめき合っていたのに、何かがそれを優しく包んで胸の下にすとんと収めてくれた。

「キラがいなくて、寂しがってたんだ」
「本当にはお兄ちゃん子ね」

俺たちのじゃれあいに、父さんと母さんが苦笑しあってる。
キラはまだすがり付いてる俺を、抱きしめ返してくれた。
ただ、それだけで安心する。

もうさっきまでの不安はない。
寂しくない。



あたたかい、あたたかい

俺の、居場所だった。
































気持ち悪さに起こされて見上げた天井は、その気分の悪さよりもなんだか気持ちが悪かった。

いつもの、自分の部屋の天井だ。
何の変哲も無い。うっすらと灰色がかった白い天井。
いつもは気にしないその天井が、とても気持ちの悪い物に見える。
ふと、顔がバサバサしているのに気付いて顔を拭うと、自分が泣いていることに気がついた。
何で泣いてんだ?俺。
不思議に思って顔を擦る。
涙はすぐに止まって、ただ気持ち悪さが残る。

そういえば、さっきまでなんか夢見てたような・・・・・・

思い出そうとしても、夢というのはなかなか思い出せない。
そのまましばらくぼんやりしていたら、コンコンとノックの音がして、母さんが入ってきた。


「母さん?」

朝の挨拶も何もなく、どっちからも出ることがなかった。
俺を見る母さんの目が悲しくゆれてる。表情はいつもの、優しい笑顔なのに。
何でそんな顔をしているのか分からなくて、俺は首を傾げた。
そんな俺の、まだ出ていないベットの横まで来て、頬を撫でてくる。
その仕草が慰められてる気がして、俺はやんわりとその手から離れた。
軽い拒絶をしめす俺に、母さんはまた悲しそうに笑む。

「今日はゆっくり休みなさい」

そして突然そんなことを言ってきた。

「なんで?」

意味が分からない。
俺は別に具合なんて悪くないし、病気だったわけでもない。
大体コーディネイターだから下手に風邪なんてひかない。
でも、本気で不思議に思っている俺に、母さんは

「休まないといけないわ」

と、もう一度繰り返した。

やんわりと、強制する言葉。
なぜかそれに腹が立つ。

「だから何でだよ」

今度出た問いは口調に刺が出た。
母さんは変わらず悲しそうに―――違う。辛そうなんだ―――笑っている。
でも、今にも泣きそうに見える。
何でそんな顔してんだよ。
何でそんな風に俺を見てるんだよ。
悲しいことなんて、辛いことなんて・・・・・・ないだろ?



「・・・・・・・ぁ」



ふと、思い出す爆発の映像。
帰ってくる大勢の人々。
帰ってこない、あいつ。


待ち続けて、待ち続けて、何度も待ち続けて。何日も待ち続けて。


俺、倒れたのか・・・・・?


待つことに疲れて倒れた。
いつまでたっても連絡も所在も生死も何もかも分からないキラのことで神経をすり減らしたから。
そのせいでろくに眠れなくて、食べてもいなかったから。

状況がわかって、俺は自嘲の溜息を吐いた。

我に返ればどれだけ自分がアホだったかよくわかる。


?」

母さんが俺を覗き込んでくる。
その表情で、とんでもなく心配させてしまったんだなってわかった。

「もういいよ」

手を伸ばしてくる母さんの手を取って、俺は笑みを作る。

「大丈夫だから。俺は兄貴みたいにもう心配かけさせないよ」
「本当に?」
「約束するよ。ちゃんと休むからさ」

正直、母さんが苦しそうなのをもう見ていたくない。
父さんまで入ってこなくて良かった。マジでいたたまれないよ。

しっかりと約束して、母さんが部屋を出て行ってから、俺は大きく溜息を吐いた。

夢の・・・過去の記憶がよみがえる。
世界がキラで回ってた頃の記憶。
敵はクソ幼馴染で、一方的に敵意をむき出して、父さんや母さんよりもキラさえいればいいと思ってたあの頃。
執着に似た感情だった。
もう消えたと思った感情だった。

「まさかまだ残ってたとは・・・」

そんな自分にクッと自嘲してしまう。


キラがいればいい。
生きていればいい。
一緒にいられればいい。

そうだ。俺はキラと生きていたかった。
誰よりも、何よりも、キラの幸せを願ってた。
いつだって笑っていてくれればよかった。
たとえ俺と遠く離れていても、生きていてくれればよかったんだ。

どんなにしつこく絡まれて、うっとうしいと思っても、邪魔だなんて思ったことなんてなかった。
死んで欲しいなんて、考えたことすらない。

「――――――――っ・・・」

さっきまで溢れていた涙がまた溢れ出す。


自覚していなかった、認めるわけにはいかなかった想いも、気持ちも、願いも、絶望も、重く重くのしかかっていることに気付かされて、堪え切れなくなった。


「バカヤロ・・・・」


溢れる涙が手をすっかりと塗らして零れ落ちる。

ただ祈り、待つことしか出来ない無力さが、くやしくてくやしくて堪らなかった。















2007.12.8

す・・・進まない・・・・・・(汗)