「あああああっっ!そうか!そういうことか!!」 洗顔のまっ最中にふとひらめいた答えに、俺はいつになくすっきりした反動で大声で頷いていた。 どうも最近というか、だいぶ前からずっともやもやしていて、気分が落ち着かないというか、地に足付かないっていうか、何やっても空回ってるような意味分からない気分が自分の中にあった。 最初は環境のせいかなとも思ったけど、シンのことも解決して、最近はルナとも仲いいし、衝突することもなくなって。それなのに全然気分が落ち着かない理由が、ずっと分からなかった。 レイのこととか、あの議長のせいかもとも考えたけど、違う。 あまりにも言えないことが多すぎるからだ! 単純明快、俺はオーブを離れた頃から抱え込んでる事柄にうっ憤が溜まっていたのだ。 外との連絡とかあまりできないし、そもそも自分で家族と連絡を取ることを禁止してる。 その上に、うっかり他人に話してもいけないことだから誰にも言えず。ここにきてからもそのもやもやは頭の中で気付かない内に大きくなって、さらに煽る奴も現れて。 そりゃもやもやするわな! これだけ溜め込んだら処理できないって。 「オイ、。何一人で叫んでんだ?」 「あ!悪いシン」 何事かと覗き込んできたシンに謝って洗面所から出る。 「あんまり驚かせるなよ」と言われて、さらに「ごめん、て」と謝るけど、別にシンは怒っている訳ではなさそうだった。ああ、シンの空気が穏やかだと落ち着く。 「で、なにがそういうことなんだ?」 「えっ、あー、えーと・・・」 なんて、和んでる状況はすぐに消え去った。 一番突かれたくないことを突かれて、どうしようかとゆっくり目を瞬く。 「まあ、なんでもいいじゃん。な」 「気になるじゃないか。教えろよ」 「シン、最近絡んでくるよな」 「お前が秘密主義だからだろ。ほら、話せよ」 「え、ええー」 誤魔化してどうなるかは分かってたけど、うーん。本当絡んでくるな。出会ったころは空気か置物な扱いだったのに。 「あ、あー・・・・多分。聞いても分かんないと思うよ?」 「!」 苦笑いでそう言う俺に、一瞬、シンの顔が引きつった。 「まさか・・・また機械オタクか?」 「機械オタク。まぁ、その通りだけど。ん?聞く?」 にっこり微笑むとシンは「いい。無理」と俺から離れた。 よし。騙せた。 パイロット科に入ってから、機械に触れるのはこの部屋のPCと校内設備だけになってしまった俺だが、今まで好きだった機械工学に興味がなくなった訳じゃない。 むしろ飢えている。それはもう。電化店では癒せないほど。 その癒しを求めて整備科と語らうなんてしょっちゅうで、本当は整備科行きたかったとかは内緒の話だ。 適性がパイロット科の方が高かったし、そもそもの目的もそっちだったから。ただ、ずっと専門にしてたことの方が数値が低かったのを見た時は「なんでだ!!」って自分でつっこんだけど。 で、そんな至福の一時に、シンが「そんなに面白いのか?」と聞いてきたから、テンションフルだった俺は語った。 ものすごい語った。 素晴らしさを語りつくす勢いで語った。 もちろん周りはドン引いた。整備科もドン引いた。 目をキラキラさせて部屋に帰っても語り続ける俺は、シンのトラウマになっていただろう。 我に返って振り返れば、あれは間違いなくやりすぎだった。 反省している。・・・・ストレスは解消されたけど。 ルナ曰く「あれは百年の恋も冷める勢いだったわ」だそうだ。 ・・・そう言われても、キラは俺の語りについてきてくれるぞ? ・・・・まあ、あれもメカオタか。 「じゃ、街に行ってくるな。何か買うものとか、ある?」 「特にない」 「ん。わかった」 筋トレしているシンへ手を振って部屋を出て、ターミナルを目指す。 途中、集団で固まってささやき合っている奴らとか、教科書を並べて頭を抱えている奴らを見た。 そんなことしたって、後の祭りだろうにな。 まあ頑張れと心の中でエールを送って、オートカーに乗り込んだ。 今、学校は佳境に突入している。 これからの配属と自分の地位の決定を左右する最終試験が、もう目前なのだ。 階級の存在しないザフトだが、上下関係は存在する。 年功序列だったり、隊長と部下であったり色々だけど、一番強いのはエリートかそうじゃないか。 名門出ならそれなりに、能力値が高ければさらに評価に加算される。 そんな力関係の象徴により、エリートと一兵卒では待遇にけっこう差がある。 その為エリートを目指す人数は少なくない。 競争精神を盛り込んだ体制だ。 正直、結果がどうでもいい俺はあんまり気にしなていないんだけど、プラントの人達は競争心が強いらしい。 コーディネイターという存在として生まれてしまった故の性なのか。誰しもが本能的に持っているものなのか。 自分が優秀だと思ってるから、誰よりも負けたくないのかもしれない。 だけど必死になって頑張るということもしない。それも実に特徴的だ。 その生徒たちの特性を知っているのか、毎年の行事なのか。今回の試験前1週間、全ての訓練場を使用禁止にされた。 真面目に取り組んでこなかった奴らは大いに焦り、こつこつ頑張ってきた奴らは落ち着いて調整する、なんともよくできたシステムだ。 そんな訳で、休日はいつもより暇になってしまったのである。 まあ、最近は休日まで訓練してなかったから、いいんだけど。 「こんにちはー」 適当な所にオートカーを止めた俺が入ったのは、街の隅にあるガレージだ。 中も大したことはない、雑多な機材が転がってるだけ。それは表向きのブラフで、実はこの地下は軍事研究施設の一つになっている。 やってきた俺に手を上げて答えてくれたのは、ここの主任であるフェルミさんだ。白と灰色の刈上げた髪の下には頑固そうな眉間の皺とへの字の口がある。 一見ただの頑固親父だけど実はとんでもなく包容力のある人だ。人間的な面でも技術的な面でも、新しいことに対して抵抗感がない。その頭はよく回り、些細なことでも吸収する、天才的なメカニック。俺の父さんよりも年上なのに、この人の閃きの若さはすごいと、俺の中で尊敬する人だ。 なぜならこの人は ザフトのメイン開発部門総主任なのだから。 「よう。坊主。これから下に行く所だ」 「一緒に行っても大丈夫ですか?」 「今さら何言ってんだ。お前は優秀なスタッフだろ」 わしわしと俺の頭をかいぐって、肩を抱くフェルミさん。 認められ、受け入れてくれることはとても嬉しい。 フェルミさんの逆隣りに立つ30代位の糸目の男――マークスさんを見ると、にこりと微笑みながら頷かれた。 俺がここにいることは、誰もが認めてくれている。 それはすごく嬉しくて、同時に照れくさい。 そもそも、どうして開発部に入り込めるようになったかというと、フェルミさんにナンパされたからだった。 あ、いや。ナンパっていうか・・・スカウトに近いのか・・・? 電気屋でA.I.を物色していたところ、フェルミさんに絡まれ、かなり専門的なことを質問されてそれに答えると、「もっといいもの見せてやる」とよくわからないままこの施設に連れてこられた。 そして強制的に、ここで働かされることになりそうになったのだ。 包容力があるとさっき言ったが、この人はプロ意識が半端ない。『できる人間は口で言う前に行動で示せ』が格言で、頭でっかちでプライドの高い使えない人間は即刻叩き出すのだそうだ。 そのせいかスタッフは優秀だけど、人数は回すには負担が辛い位しかいない。 さすがに疲労で鬱憤溜まっていたマークスさん以下スタッフに「あなたのせいですよ」とキレられ責められ、「じゃあ俺がいい人材を見つけてきてやる!!」と逆切れし、啖呵を切って出て行ったフェルミさんの眼鏡にかなったのが俺だった。 そして、スタッフすべての目がある中で半強制的に行われた採用試験で、俺は見事に合格したのだ。 歓声と動揺のざわめきの中で就職の契約書にサインを書かされそうになった俺は、さすがにまずいと、自分が仕官学校のパイロット科だと告げた。 それで本採用は免れたが、バイトでもいいから手伝ってくれと泣きつかれた。上層部からの指令で開発しているもののせいで、全員精神衰弱となっているのだという。さらには、断ったら死んで呪ってやるとまで。 同情と脅しに負けて、俺はそれを承諾した。 以来、ここに休日だけ手伝いに来ている。普通にバイトするよりも良い意味で破格な給料を貰って。 人間、何が起こるか分からない。 ・・・・そういえば、ここのことも口外禁止だった。これも俺のストレスに少なからず影響してるのだろうか。 別のストレスの、メカ飢えは止まったけどな。 作業着に着替え、待っていてくれた昇降機で地下に下りる。地下の作業場に辿り着くと、フェルミさんはすぐさま部下の人に指示と激を飛ばしていく。 俺とマークスさんは挨拶してくれる人へ返しながら、奥の隔離ラボへと向かった。 そこにあるのは、骨組みだけで横たえられたモビルスーツ。それと、研究段階のある装置だ。 システム的には一応完成系であるはずなのだが。 「また、動かないんですか?」 「ああ、エネルギーは足りてるはずなんだけど」 そもそも稼働しないという、致命的な欠陥がこの装置にはあった。 「困ったもんだね」と肩をすくめるマークスさんは、所定位置について何度も続けただろうシステムチェックを実行させた。 機械から返ってくる答えは『CLERA』。問題なしだ。 起動したのは一度きりで、それ以来ぱったりと何も示さなくなった。 エネルギー内蔵量は十分にあるはずなのに。 「ワガママなお姫様だよな。何が気にいらねぇんだか」 いつの間にか来ていたフェルミさんがぼやく。 本当に・・・何がいけないんだろう・・・? この装置は、フェルミさんの発案で開発された太陽光エネルギーを変換して使うエネルギーパックだ。 一般家庭ならともかく、大量消費が激しい兵器なんかに使用できるような太陽エネルギーの技術は、公表されているものでは、存在しない。 そもそも太陽発電は発電量が他のものと比べて乏しく、備蓄もしにくい。他にも色々不都合が多く、エネルギー燃料としての開発は対して進んでいないのが現状だ。 それを、フェルミさんはいったいどんな不思議能力を使ったのか、あらゆる面をクリアして作り上げてしまったのだ。 さすがに戦艦などの大きなものを動かすことは不可能とみなされ、モビルスーツの動力部に組み込まれることになったが、この技術を発表すればかなりの向上になることだろう。 これも俺がフェルミさんを尊敬する一つの理由だ。 ただ、この装置はさっきも言ったとおり稼働させることが難しい。 その為軍上層にはこの兵器のことは申告しておらず、ほぼフェルミさんのポケットマネーで賄われていた。 実際に使用可能になった時、申告して予算をもぎ取るらしい。 「仕方ねえな。やっぱX55Sは既存のパックの方で組み替えるか」 隣に横たえて鎮座していた機体を叩いて、フェルミさんは周りに指示を飛ばす。 俺は、沈黙したままの装置を見て。 「フェルミさん、こいつ掃除してもいいかな?」 「はぁ?」 俺の発言に、フェルミさんは眉間にしわを作った。 「ずっと地下に置きっぱなしだったし、細かいところ埃付いてるし・・・天日干ししたら、気持ちよくて機嫌良くなったりして」 最後はちょっと冗談だったが、いったいどう取ったのかフェルミさんは呆れた溜息を吐いて、「勝手にしろ」と言ってくれた。 「じゃあちょっと上に行ってきます!」 そして俺はワゴンに乗せた装置を連れて、地上に上がった。 一応ここは軍事施設と表向きには公表されていないので、作業はガレージ内でする。 光源がほしいからガレージの壁にある上の窓から太陽が差し込んでくる場所に置き、布で表面を拭いた。 細かいところも布の端か綿棒で、繊細な部分はエアースプレーで吹き飛ばす。 中も汚れがないか確認して、一通り終わった時は結構汗が噴き出していた。 「よし、綺麗になった」 ピカピカになった胴体を撫でる。太陽の光を反射して輝くフレームについつい笑みもこぼれる。 俺がここで働くことになって、担当になったのがこの装置と、機体ナンバーX55Sだった。 以来ずっと、みんなで頭を捻ってこいつと付き合ってる。 改良して改良して、初めてこいつが起動したときも、俺はその場にいた。綺麗で透明な海のような青い光を発してたこいつは、本当にきれいで。噴き出したエネルギーも半端なくて。 だけど、 「オレは、お前に人殺しの道具になってほしくないな・・・」 なんでこんな素晴らしい技術の初披露が、軍の武器なんだろう。 もっと、もっと違う形でこの世に生まれることができただろうに・・・ ガラス越しの日の光に照らされた装置は黙したまま。動いてくれないのは悲しいけど、それでもいいんじゃないかとも思ってる。 綺麗事ばっかりだ。俺の進む先だって、人を傷つけることになるものなんだろうに。 「ん?」 しばらくじっと装置と対峙していたとき、電気自動車の音とタイヤの擦れる音が複数聞こえてきて、俺はとっさにそこらにあった大きな布で装置を隠し、隅に寄せた。 ここ以外の人間に趣味と実益で作ってるものを見られるのは、さすがにまずい。 予想通りここへやってきた訪問者は、軍人だった。緑服を着ている先頭の若い男4人の後続は3人、全員厳つい、偉そうな顔をしている。中年が多いから、上層の人達なんだろうか。 「そこのお前」 「え、あ、はい!」 「下に取り次げ」 緑服の人に命じられて、俺はすぐにフェルミさんに連絡を入れた。 これって、あれかな。監査っていうのか?? フェルミさんに通すよう言われ、監査官一行を地下に送ると、フェルミさんと副主任、他数名の人が出迎えていた。 「このような場に御足労頂き―――――」 フェルミさんが今まで聞いたことのない滑らかな尊敬語で話しかけるなか、役目を終えた俺は、端で俺へ視線を向けていたマークスさんの所へ視界に入らないように近付いた。 マークスさんは「お疲れ」と小声で労ってくれた後。 「あの装置、見られなかったよな?」 「あ、はい。入ってくる前に、布をかぶせておきました」 上に放置されている物の確認をしてきた。 俺の答えにマークスさんはほっと息を吐く。 「くんの思い付きが思わぬ形で幸運になったな。あれがここにあったら隠しようがなかった」 「あの監査、予告されてなかったんですか?」 「予告されてたら、君もここにいさせなかったと思うよ」 「突かれて痛いものは全部隠さないと。何を言われるかわかったものじゃないからね」と言われ、息を飲む。 そんなに厳しいんだ。監査って・・・ これはますます目立たないように注意しよう。 今回は人事でなく開発の方なようなので、悪目立ちさえしなければしのげるだろうと、マークスさんは言い、絶対に離れないように俺に言い含めてくる。 俺もそれに頷いて。 「おや?君は・・・」 背後から聞こえた声が、全てを終わらせてくれた。 「―――――――・・なっ」 監査官はあれだけじゃなかったのか。いつの間にかやってきていた2組目の団体の中の人物に、俺は目を向いた。 その人も完璧に俺を目で捉えている。 なんで、この人がここに。 「ああ。やはりくん。久しぶりだね」 「お久しぶりです。議長」 柔和に笑みを湛えた、俺がプラント内で最も会いたくない人物、デュランダル議長がいた。 隣りで「面識あるの?」と小声で驚くマークスさんに、「話したことがあるだけです」とこっちも小さく答える。 俺の素性を知っている人間がいたことで作用する問題も気になるが、この人がいることが、俺の中で砂を噛んだような不愉快さに変わる。 「どうしてこんな所に?」 「社会見学です。ここの人たちと偶然知り合って、頼み込んだんです」 当然の質問に、俺は今思い付いた嘘を答えた。 「今話を聞いていたんですよ」とマークスさんに笑顔で促すと、マークスさんも演技に乗って肯定してくれた。 「なるほど、だがあまり感心しないな。ここはまだ公式に発表されていないものの開発を行っているんだ。むやみに関係者以外の人間を入れないように」 最初は俺に、後の方はマークスさんへ向けて注意してくる。 俺たちは揃って謝罪し、早く事なきが終わってくれるように祈る。 はやく向こうに行ってくれ! 「まあ、説教もこれくらいにして。君も一緒に行こう」 「え?」 なのに事態は一向に俺の願い通りにはならない。 「正直堅苦しいし、齧ってはきているけど機械は専門外だからね。君が説明してくれると助かるよ」 「ちょ・・」 息を飲む俺の腕を掴み連れて行こうとする議長。外そうと思っても意外に強く掴まれて、無理にほどこうとしなければほどけない。 思わずマークスさんに助けを求めれば、マークスさんもどうしていいのかとうろたえていた。 そして気がつけば、地位と立場の力に動きを封じられて、俺は議長の隣りを歩くことになってしまった。 周りの護衛も戸惑って止めようとしているのも気付かず、俺を連れて前の監査官たちと合流する。 「議長、そちらは?」 「近くの士官学校の生徒だよ。見学に来ていたんだそうだ。一緒に見せてもいいだろう?」 「はあ・・・しかし」 「あ、あの、やはり帰らせて・・・」 「気にする必要はないよ。君にもいずれ関わりあいになる場になるかもしれないだろう?」 ―――――――・・・どういうつもりなんだこの人! 空気を読めないっていうより、あえて無視している気がする。 にこにこと笑顔でこの場にい続けられるこの人が、本当に理解しがたい。 誰でもいいから俺をこの場から放してほしいと願っても、結局このまま監査が続けられることになった。 フェルミさんと目が合って、憐れむように目をすがめられる。それを何とか笑顔で大丈夫と伝えて、無理する自分に失笑した。 うう・・ほんと、なんでこんなことに・・・・・・ |