奇妙なことになったまま、監査は続いていく。 この研究施設では6機の試作型モビルスーツが現在開発されている。 そのどれもに特筆した箇所があり、それを重視して作られていた。 特化した機動力と可変機構があるX23S『セイバー』、X24S『カオス』、X31S『アビス』、X88S『ガイア』。 分離・合体機構を持つX56S『インパルス』とX55S。X55Sはまだ名付けられておらず、ナンバーだけだ。 監査官たちが機体の資料をくまなく調べ、詰問していくなか、別に俺に質問がある訳ではないのに自分自身が採点されている気分になる。 「君、このヴァリアブルフェイズシフト装甲というのは、どういうものなのかな?」 「あ、はい。これはフェイズシフトの電流量を調節できるようにした装甲で――――」 実際は議長への説明係だけど。 そのデュランダル議長は、俺の説明と一緒に周りの詰問も聞き取って、色々発言・質問していた。 門外漢って言っている割に、さすがプラントの顔というか。本当に頭の回る人なんだなと感心させられた。 それでも、有能だからといってこの人を信用することはできない。 どれどころかこの人の行動の不可解さがさらに不信を煽る。 「やはりX55Sは凍結だな」 「!」 監査側と整備側とで頭をつき合わせて、予算や人事、今後の軍内政治の話にまで盛り上がった時、ふいに発言されたそれに、俺は目を見開いた。 隣りにいる議長が俺を見ていたようだけど、気にならない。 そんな。凍結って・・・あの機体は完成しなまま消されるのか。 「機能も能力も、『インパルス』に似ているしそれに劣る。機動性があるといっても、あのモビルスーツとさして変わらんしな」 「あのって」 呟いた俺に「ふむ」と議長が呟いて、資料を捲った。 「君なら知っているかな? 約一年前に休戦となった先の戦いで貢献していたというクライン・オーブ側に着いていたアークエンジェルのモビルスーツ。『ストライク』。 これはあの機体によく似ているんだね」 「・・っ」 言われたその機体は、俺もよく知っているし、自覚もしていた。 『ストライク』の特徴は、装備換装機構。戦場の状況によって装備を変えることができることだ。 そしてその一つ一つにバッテリーが内蔵されており、換装さえ行えれば破壊されるまで戦うこともできる。 多彩な戦略に耐えられる、参考例としては貴重な機体だ。 それに似ていると言われたX55Sにも、装備換装機構が備わっている。 機動力は『ストライク』よりもはるかに上回る。だが、それは『インパルス』もまったく同じで、それどころか『インパルス』は分離構造がある分、生存率も撃墜率もX55Sに勝るものをもっている。 類似した機体だからこそ、問題点が際立ってしまっているのだ。 「それに、この火器は実験中の動力でも現実的にありえない。机上の空論だよ」 馬鹿馬鹿しいと吐き捨て紙面を叩く監査の言葉。それがX55Sの強みになる部分で、いまだ解決していない課題でもあった。 それも、あの装置が完成すれば解決される事柄のはずだった。 完成すれば、他の機体と遜色しない能力があるのに。 人殺しの道具だと分かっていても、結局俺は技術屋だ。作りかけの物を廃棄するのに大きな抵抗がある。 あの技術をこの世に生み出せないことが悔しい。 「そこのところは、どうやって解決するつもりだったのか、聞きたいね」 議長の問いに、フェルミさんたち開発側は顔を見合わせていた。 あの装置を見せるか見せないか、それを考えている。 あれを見せていいのか。 決断は、そうかからなかった。 「凍結するしかないですね」 フェルミさんの言葉で、X55Sは解体されることが確定してしまった。 足下が頼りなく崩れていく感覚がする。 そんな・・・苦労して開発してきたあれも、みんなダメになるのか? みんなで頭を突き合わせて、苦労して機動できる見込みまでたどり着いたのに。 終りに、なるのか。 日の目が遠くなるのか。 監査が無事に終わり、議長たちが帰った後、俺は茫然と廃棄されることになった機体を見つめていた。 「そんな顔するな。今じゃないってだけだ」 情けない顔をさらしていた俺の頭をわしゃわしゃとフェルミさんが撫でる。 「でも」 「でももくそも、決まっちまったんだから割り切れ。引きずっても無駄なんだからよ」 「そんな・・・」 今まで俺は、手がけてきたものを途中で切り捨てることをしたことがなかった。 どれにも愛着があって、作りたいと思ったから、作ったもの。 でも。ここは違うんだよな。 趣味じゃないんだ。仕事だから。不必要と却下をくらえばそれに従わなきゃいけない。 「上の・・・取ってきます」 「ああ。頼む」 おぼつかない足取りで、俺は装置を取りに上へ行く。 急いで隠すために隅に追いやっていたそれは、埃だらけの布に覆われて日に照らされていた。 こいつを壊す訳じゃない。 きっとこれはフェルミさんに預けられて、また機会があれば日の目を見る日もあるだろう。 初めてこいつを見た時は、胸がときめいた。 知らない技術で開発された、事実上作成不可能と考えられていた、重粒子を用いたドライブシステム。 地球では作ることはできないとされたトロポジカルディフェクトを作りだし、それによって半永久的にエネルギーを作り上げることができる、夢のシステム。 これがあれば、世界が変わると思った。人類の技術力が飛躍的に駈け上がる確信があった。 だけど、こいつが現れるのは、また当分先になる。 たった一度だけ見たあの光。 もう、見られないのか。 「くやしいな」 もう一度見たかった。 迷いを振り切って、俺はワゴンを操作して昇降機に乗り込んだ。 俺が持っていても宝の持ち腐れだ。 持つべき人の元に渡すことが一番いい。 「あーもう!!ウジウジするな俺っ!!」 頭を振って、落ち着こうとして。 バツンっと、何かが感電する音がして、目の前が真っ暗になった。 「え?」 停電?こんな時に? でも、昇降機、動いたままだよな。 「とりあえず、非常電話・・あれ?」 下に連絡しようとして、中が明るいことに気付いた。 光の元は、上の蛍光灯じゃない。 足元の。 「――――――――これって」 布の下から溢れ出る。 青い。碧い光の粒。 それが昇降機の中を明るく照らしていた。 「なんで?」 起動もさせてないのに。 なんで、動いてるんだ? 「!?」 光が溢れる。 俺は装置を見つめる。 粒子量が光の渦へと変わるまで増加して、目の前は真っ白に染まる。 人のざわめく声。 大きな物音。 何かを押してくるキャスターの回転音。 「!こっちに来い!!」 ふらふらと装置に縋りつこうとしていた俺は、後ろから誰かに引っ張られ、昇降機から降ろされた。 光の奔流は俺の視線を釘付けにする。 なのに、その光は一瞬でかき消えてしまった。 「今の数値、計測できたか!!?」 「信じられないっ!前回のものの比じゃないですよ!」 掴まれていた腕を乱暴に離され、誰かが俺から遠ざかる。 声から、たぶんフェルミさんだ。 でも確認しようという気が起きない。 昇降機の中の装置から、目が離せない。 「っ、お前一体何をした!?」 視界を変えさせたのは、フェルミさんだった。 俺は身体を動かすどころか指も、瞬きもできないほど固まっていて、両肩を掴んで顔を寄せてくるフェルミさんすらまともに見れなかった。 視線がぶれる。目が、焦点を合わせるのに必死だ。 「なにも・・・してないです」 苦労してようやく言えた声は、口の中でもごもご唸っていた。 周りが息も殺してこっちに集中していなかったら、聞き取れないくらいだ。 「俺・・・ただ、持ってきただけで」 視線が痛い。 どうして身体が震えてるんだろう。 だけど、怖いんじゃない。 いや、怖いのかもしれない。 「装置を出せ!」 俺を掴んだまま、フェルミさんが怒鳴るように指示している間も、俺は一体何をすればいいのかも考えられなくなっていた。 「起動してんのか!?」 「いえ、どこにもそんな形跡がありません」 目の前に、光の残像がある。 青い光。だけど眩い。白い光。 「。おい。しっかりしろ」 「・・・う・・っ」 手の甲で顔を軽く叩かれて、身体の中から飛び出してどこかへ行こうとしていた意識が、やっと戻ってきた。 「フェルミさん・・・すみませ・・・」 「ああ、いいっ。それより。あれ、起動させてみろ」 「え?」 指された方向を見れば、俺たちの前に装置が運ばれている真っ最中だった。 目の前に置かれ、布を取りはらわれた装置が、次々とプラグでつながれていく。 マークスさんがつないだ端末をいじり、首を横に振って、俺を手招いた。 手の中に押し込まれた端末は、起動用。 マークスさんを一瞥して、装置を見て。俺は、起動コードを入力した。 低く唸る回転音。 また溢れだす光の奔流。 「マジかよ・・・・」 誰かの呟きが、遠かった。 ******* 一連の騒ぎでまた呆けた俺を引き戻すため、フェルミさんが活を入れ、マークスさんにお茶を無理矢理飲まされて、ようやく俺は現実へ舞い戻ってくることができた。 装置はまた沈黙し、ラボの定位置に戻ってきている。 その外ではスタッフが走り回っていて、時折ちらちらとこっちを窺っていた。 なんとか落ち着いた俺の前には、フェルミさんが。そして今の顛末をデータに変換した人とマークスさんら数人が、俺からは見えない画面を見つめて語り合っている。 「いいか。。心して聞けよ」 一通り話し込んで、フェルミさんは俺へ真正面に身体を向け、俺は姿勢を正した。 後ろにいる人も、俺を真剣に見つめてくる。 「その装置を、お前に預ける」 「・・・・・・・・・・・え?」 「X55Sも、凍結はなしだ。お前が責任を持って仕上げろ。上への繋ぎはしてやるから安心しろ」 「ちょ、ちょっと待って!なんでそんな話に…!」 「そんなもん満場一致だ」 「お前にしか、そいつが使えねぇからだ」 「え?」 頭に入った回答が、俺を混乱させる。 聞き返しても、フェルミさんの態度は崩れない。 どうして、そんな。だってこれは。 「これは、フェルミさんの技術でしょう!?」 立ち上がって、俺は衝動的に叫んでいた。 確かに俺はこいつが完成してくれるのを待ってた。そのためにここで努力した。 だけど、それはフェルミさんがこれを作って、俺に手伝わせてくれたからだ。 俺はこの人がこれを完成させることを夢見て手伝ってきたのだ。 そんな横取りのようなマネ、出来るわけがない! 「―――――今まで言わなかったがな。そいつは、俺が作ったものじゃねぇ」 今度こそ、俺は言葉を失った。 嘘だ。 まさか。 「そいつは偶然発見された、置土産だ。俺はその作製図と材料を手に入れただけにすぎん」 「置・・・・・土産・・・?」 オウム返しに呟いて、眉を寄せる。 フェルミさんは分厚い束のようになったファイルを渡して見るよう促した。 作成日付が、一番上に書いてある。 その年号は30年前のものだ。製作者は、書かれていない。誰の名前もない。 中を開けばその作成図案や詳細、理論までが事細かに書かれていた。 紙のほとんどは古く、保存端末もだいぶ前の型だ。新しいのはベタベタ張り付けてある付箋位で、これはフェルミさんのメモ書きだった。 「誰が何の為に作ったのか、なんて知らねえ。作れる可能性があったから作った。だが欠点があった。 そいつは使うものを選ぶ」 「それ、どういう」 「そのまんまだ。同調率によって、そいつのエネルギー量が変わるんだ」 「なんでそんな。機械、ですよね?」 「ああ。だがそのファイルにも書いてある。俺も何のお伽話だと思ったが、事実、結果が出た。お前だ」 俺の手の中からページをめくり、紙面の1ページを叩いた。 確かにそこにはフェルミさんの言ったことが書いてある。 扱う人間によって変化する機械なんて、聞いたことがない。 自ら起動する機械なんて、見たことがない。 だけど、確かにそれは、現実に起きた。 「だからお前にやる。お前だけのものだ」 再度告げられて、だけど俺は承諾できないまま、どうすればいいのかわからなくてフェルミさんを見つめ続ける。 でもフェルミさんはそっけなく、立ちあがってラボから去ろうとした。 「組み立てまではやってやる。後はお前一人で仕上げろ」 「え」 「俺らは別のファクトリーに移ることになったんだ。お前の手伝いができねぇ」 消沈したような、安心したようなフェルミさんの声。 ずっと無表情だったフェルミさんは、最後に振り向いて苦笑していた。 「俺も、こいつが完成した姿を近くで見たかったけどな。お別れだ」 言い去ったフェルミさん。 俺は、その後を追いかけようとして。 「くん。ここに来てくれてありがとう」 「マークスさん?」 マークスさんに引きとめられた。 「あの人、ずっとあれを完成させようと必死になってたんだ。兵器に組み込んででも、ね」 マークスさんも、遠い目をしてフェルミさんと同じように同じ顔をする。 「あの人の手から離れたけど、これで完成できる。それがすごく嬉しいんだ」 「悔しいの間違いじゃ」 俺にはどうしたって、誰もが心の底から喜んでいるとは思えない。 俺だって、もし同じ立場なら喜べない。 どんな形であれ、一度自分の物になったものを、最後まで見届けられないなんて、悔しくてたまらない。 「いや。嬉しいんだよ。君だからね」 なのに、否定する。 どうして。と目で訴える。 「知ってた?あの人社交性はあるけど、すっごい人嫌いなんだ」 今度のマークスさんは、きちんと目を向けて困ったように笑った。 「だから君連れてきた時はみんな驚いたんだよ」なんて言って笑うフェルミさんはいつも通りの声だ。 決別しようとしてると、やっとわかった。 自分から手を離して、信用できる相手へ渡したんだと、割り切ろうとしているんだって。 なら、俺はそれに応えなくちゃいけない。 「完成させてくれ。俺の夢も」 納得はできない。 内心喜んでいた。 でも、どれだけ力を入れていたのかを知っている。 それが心苦しくて。 「はい。ありがとう、ございます」 俺を信じてくれて。 ファイルを握りしめて、深く頭を下げた。 この人たちの努力を無駄にしないようにしよう。 「言い忘れてた!、こいつらの名前、お前が広めろ!」 遠くでフェルミさんが叫ぶ。 「試作品X55S、『アルケミス』!その動力の名は、Sドライブ!間違えるんじゃねえぞ!!」 俺の持てる技術をすべて使って、使い果たしてでも、完成させる。 「――――っはい!」 その後は移動の準備と残った『アルケミス』の構築とで、俺は遅くまで施設で作業し続けた。 Sドライブはどういう訳か完全に安定している。 本当に俺が最後の鍵だったとでもいうのか。未だに信じられない。 けれどこれで、後は『アルケミス』との接続と伝達具合。各出力の調節など起動パロメータやプログラムをどうにかするだけだ。 未知の試みだけに、試運転なんかきっちりやらないと駄目だな。 フェルミさんがほとんどを作ってくれていたとはいえ、ファイルも読み込まないとプログラムをたてるにも苦労する。 寮の門限に間に合う時間ギリギリまでそこで読み込むことにして夢中になり、結局消灯ギリギリになるまで帰ってこれなかった。 こっそり帰ってくるのも、何回目だろう・・・・ 案外不良学生だよななんて思いながら、部屋の窓を開ける。鍵がかかってなくてよかった。 部屋の中は真っ暗で、シンはベットで寝ている。 布団をかけもしないで寝て寒くないのかな。と下で丸まっていたそれをかけてやると、シンは目を覚ましたようだった。 「ん・・・?」 「ごめんな。起こしたか」 「いや、うとうとしてただけだから。お前が帰ってくるまで」 言って身体を起こすシンは、完全に寝てたせいかだいぶ舌足らずだ。 「俺に用?」と聞くと、「いや、そういう訳じゃなくて・・・」と見つめられ。 「どうかしたのか?」 逆に聞かれた。 「いや、どうもしないけど」 むしろどうしたはこっちなんだけど。 内心でそう思えば、シンは眉を潜めて溜息を吐く。 え、なんで? 「お前、いい加減隠し事できなくなってるって気付けよ」 「え?」 ドキリと心臓が跳ねる。 なんで、何かあったかって分かるんだろう。 「毎日顔つき合わせて、嫌でも分かるようになるよ」 「そっか・・・うん」 案外俺は、シンのことを侮っていたらしい。 でも、そっか。シン、気付くのか。 嬉しいけど、やっぱり言えないことだから、俺は困った笑みを作るしかなかった。 大量の秘密ごと。言えない重荷。 言ってどうにかできることじゃない。 きっと言えばシンは理解してくれるだろう。 でも、やっぱり巻き込みたくはない。 「また言えないことなのか」 「うん」 肯定する俺に、シンは目をすがめる。 やっぱり言うことはできない。 「いつか、言える時に言うから」 もしも言える日が来たなら、きちんと話す。 シンは信用できる。 「・・・わかった。絶対だぞ」 「うん」 納得はできてないだろう。 それでもシンは引き下がってくれた。 心の中でごめんとありがとうを繰り返して、俺も寝る準備をした。 今日は、そんなのばっかりだ。 沢山の人が、俺を信頼している。 なにも持っていなかった俺に託されたもの。預けた想い。 重いな。と思う。 期待に堪えられるかと不安に思う。 でも、委ねられてしまったから。 ――――――――持つに相応しい強さを持とう。 信じてくれた人を、失望させないように。 |