残された時間は少ない。 自分にできることをやり抜くために。 自分自身に構う余裕は、どこにもない。 「ねえ。この自動食事処理機、どうしちゃったの?」 「知らない」 こくりこくりと船をこぎながら、パンをかじる俺を見て言っているのか。ルナの疑問とシンの棒読みの答えが耳の中を素通りした。 「っていうか、なんで俺に聞くんだよ。本人に聞けよ。本人に」 ああ。シンが苛立ってる。 ところでなんで俺の視界、茶色に染まってるんだろ・・・・ 「ちょっ!なんでお皿に顔突っ込んでるのよ!!」 「おい!しっかりしろ!スープで窒息死とか笑いの種にしかならないだろ!!」 なんか息苦しいなあ。と思っていると、身体を起こされて顔を強引に拭われた。 痛いなあ。 あ、ルナとシンが覗き込んでる。 なぜだか嬉しくなって顔を緩ませると、二人に揃ってため息吐かれた。 「これは・・・駄目だ」 シンの残念そうな呟きが遠くて。それより俺はなんだか幸せで、ふわふわ浮いていく感覚が、夢の中にいるようだった。 ―――――――実際、極限に眠くて起きているのもしんどかったんだけど。 『アルケミス』とSドライブを預かってから、俺は毎日学業と作業に振り回されることになった。 基本的に卒業すれば軍に配属される。このコロニーにいられるのは学校を卒業するまでだろう。そう考えると完成はその前までに終わらせ、フェルミさんに連絡を入れないといけないし。 試験も差し迫って、明日から開始だ。 ・・・・・・どうして試験終了から1週間も経たないで卒業なのかが疑問だ。 そうでなければ、こんな眠気と戦うこともなかったろうに・・・ そんなこんなで、この数日、俺の睡眠時間は2時間程度だった。 2日目にこれくらいならいけるじゃん!とか思った俺。馬鹿だ。 でもこのペースじゃないと終わらないし。 「昨日も夜遅く・・・朝までか?なんかやってただろ。大丈夫なのか?」 「あーうん。平気へいき・・・・」 「ちょっと。よっかからないでよ重いわね」 「あーうん。平気へいき・・・・」 「・・・・・・この間、レイがお前のこと殺したいほど愛してるって言ってたぞ」 「あーうん。平気へいき・・・・」 ・・・・・・・・ 「――――――駄目だ。完全に飛んでるわ。シン」 「おう」 乾いた甲高い音が3回ほど打ち鳴った。 う・・・顔が、両頬が痛い・・・ 「シン、いたい」 「目が覚めたか?」 「うん。・・・ありがとう」 「まったく」 しょうもない。と睨んでくるシンに、俺は苦笑った。 「いつか話す」と約束してから、シンはもう俺へ追求してこなくなった。俺を信じてくれてるってことだけど、それでも気になるのは気になるから、時々すごい目で催促してる感じがする。 今も『突っ込みたいのを我慢してるんだからな』と目で訴えられてしまった。 隠しきれなくてすみません。本当。 「どうせ今日も終わったらすぐ出るんだろ?昼休みは寝とけ。起こしてやるから」 「うん。ありがとう、シン」 それでも見捨てないで世話を焼いてくれるシンが、大好きだ。 「ちょっと。私の存在無視してない?」 「あ。おはようルナマリア」 「・・・・・殴っていいかしら?」 ルナの冷たい目がとても怖い。 え?なに?俺何かした!? 「やめとけルナマリア。こいつは殴ったって疲れるだけだよ。それより、そんな調子で大丈夫なのか?試験は」 「あ。うん。別に俺トップ狙ってる訳じゃないし・・合格すればいいかなって思ってるから」 「何それ」 俺の発言に、ルナの眉が怪訝に歪む。 「あんた、何しにここにきたの?」 「うーん。後学というか、そんな感じ?」 「なによそれ」 今度こそルナは変なものでも見る様に顔を歪めた。 まあ、確かにそんな理由で軍に入ろうなんて思う奴はいないだろうから、仕方ないか。 でも他に言いようもないし・・・・ 「――――そんな思考なら、お前はすぐ戦場で死ぬな」 「・・・・レイ」 いつから聞いていたのか、後ろに座っていたレイに、俺は気分が沈んでいくのを感じていた。 レイは俺を睥睨(へいげい)する。 「遊び半分で軍に入ろうなど、ふざけている」 「ふざけてない」 「さっきの発言はふざけていないのか?」 言われて、確かにその通りだから、言い返せなかった。 でも、ここに来た時点で、それなりに覚悟している。そして、その後のことも。 「俺は何があっても生き残る。やらなきゃいけないことがあるんだ。それまで死ぬわけにはいかないんだ」 レイの冷めた目を睨み据えて、俺は言い放った。 「精々あがくんだな」 レイは冷めきった表情で言うと、さっさと去っていった。 俺の言い分はきっとレイには届かなかっただろう。 正直分かるとも思ってない。 俺自身、まだまとまりきれていないものを他人に伝えることはできない。 それに、レイの言う通りなんだ。 俺は、軍人としての覚悟なんて何一つ、できていない。 現実は甘くないと分かっていても、遠く離れた死という概念が自分に襲ってくる状況が、考え付かない。 俺の知りたいことは、そういうものと隣り合わせのはずなのに。 試験に向けて、訓練は苛烈を極めている。 疲れが溜まっている今の身体だといつも以上に厳しいけど、不思議とへばる事はなかった。 それよりも、この先をどうしていくか。それを考えている。 講義室でコツコツと机を叩いて思案していると、前から影が降りた。 見上げればシンがいて、俺が目線を上げると同時に手前に椅子を持ってきて座った。 「シン?」 まっすぐに見つめてくるシンの強い眼差し。 こういう時のシンは、いつも相手に嘘を許さない。 そして、俺にとってあまり介入してほしくない話題を持ってくる。 「なぁ、お前が入ったのって、前に言ってた家族のためなのか?」 案の定、今回の質問も答えに困るものだった。 シンに俺がここに来た理由を、オブラートに包んでいるとはいえ、話したことは後悔していない。 だけど、話すのには少しだけ時間がいる。 もし、シンが何気なく聞いてきてるだけならはぐらかすけど、シンは俺を理解しようとして聞いている。 その気持ちがとても嬉しい。そして、きつい。 「知りたかったんだ。あいつが何を見ていたのか。何を見せられたのか。・・・・・・・・・・・・・やっぱ、不純かな」 自分の気持ちをさらけ出す。そしてその思考に苦笑した。 動機は不純。自分が決めたことへの覚悟も中途半端。 こんなことでやっていけんのかな。 「そうだな」 自嘲する俺へ、シンは遠い目をして肯定した。 わずかに苦悩に歪められるシンの顔。 「俺はここに来るしかなかった。それに比べたら、贅沢な選択だろ」 言われて、俺はシンの状況を思い出した。 もう、シンには家族も何も、いないんだ。 来たくて来た訳じゃ、ない。 何かをしてやりたいと望む家族も、いない。 「ごめん」 反射的に謝ると、「謝るなよ」と返された。 謝ったってどうしようもない。そんなことわかってる。 どうにかなる事だったら、どんなによかったか。 「うん。・・・・ごめん」 もう一度、頭を垂れた。 「この馬鹿!」 今度は頭を叩かれた。握りこぶしで殴られたおかげで本気で痛い。 頭を擦りながら上目でシンをうかがう。 シンは傷ついていない。俺を睨んで、どうしようもない奴と思ってるみたいな、そんな顔。 「はは、馬鹿って言われるの、なんか嬉しいな」 まだ痛む頭を擦りながら言った。今度は呆れられた。 「マゾかよ。むかつくだろ」 「いや。今のは、嬉しかった。ありがとう。シン」 シンは許してくれている。俺を。俺のわがままを。 こんなにいい奴が、俺の傍にいてくれる。 「なにがあったって、シンは俺が守るよ」 衝動的に、完全に本気で俺はそう言った。 「やめろよそういうの。大体同じ隊かもわからないのに」 またシンが嫌そうに返すけど、俺には関係ない。 「守るよ。絶対」 冗談じゃない。冗談にはしない。 だって、大切なんだ。 大切なものに、なったんだ。 「そんなこと言って、逆に俺に守られるなよ」 「えー?守ってくれないのか?」 「バーカ」 返された対応から、俺の言葉が冗談にされても構わない。 守りたいから守る。 欲深い人間だから。 「後、射撃と撃墜数絶対勝つからな!絶対手を抜くなよ」 「手抜かないとシン勝てないんじゃないか?」 「ぜってぇ勝つ!勝ち逃げなんて許さないからな!」 「はいはい。頑張れ。あ、模擬戦闘俺とあたったら手加減してくれな」 「はぁ?誰がするか」 「うわぁ、ひでー」 遠く離れた人たち。・・・あいつ以外に、大切にしたいと思うもの。 自分の中に増えたものは、絶対に重荷なんかじゃない。 この先にあるものが、どうなっても、俺の気持ちは変わらない。 それが俺の行き先にどう作用するのか、分からないけれど。 試験は滞りなく進んだ。 眠気と疲れとも戦った俺の成績は総合6位。 エリートと呼ばれる赤服を受け取る事になった。 |