「射撃は段突1位・・・ナイフ戦はもともと下手だったから置いといて。 モビルスーツ戦はあたしとの1位があったにもかかわらず、集中力に欠けて7位。 爆薬処理は余裕かと思ったら、ポカミスして危うく爆発させそうになって、防止処理に追われて4位。 情報処理も以下同文・・・っ」 ルナの評に、俺は「あ、はは」と苦笑した。 「しかもその理由が寝不足・・・」 ルナの手が震えている。 無言がまた迫力あるな。なんて現実逃避。・・・してもしょうがないのは分かってるんだけど。 「しんっじらんない!」 「ひっ」 ギンッと睨み上げられて、思わず腰が引けた。今まで怒られ睨まれてきた条件反射というか。 そしてルナは俺に詰め寄って、正座させんばかりの勢いで怒っていた。 「あんた本当何考えてるのっ!っていうか、馬鹿でしょ。馬鹿決定!」 「何もそこまで言わなくても・・・」 「お姉ちゃん、落ち着いて」 テーブルごしじゃなかったら、首絞められていたんじゃないかと錯覚するような勢いのルナを、メイリンが宥める。 ルナが顔をしかめるが、浮いた腰を椅子へ直してくれた。 ありがとうメイリン。と目配せすると、目が合った瞬間に伏せられてしまった。 ああ。この姉妹は相変わらず極端な反応をするなあ。 「と、いうか、ルナマリア。なんでお前が怒ってるんだよ」 ようやく落ち着いておさまるかと思ったその時、今まで傍観に徹していたシンが、ルナに突っ込んだ。 うわ、その質問は、地雷になる予感が・・・!! 「これが怒らずにいられますか!私はね、この試験で、を叩きのめすつもりで調整していたのよ」 案の定、一旦は収まったルナの眦がまた鋭くなった。 「それなのに・・・結果的には勝ててもぜんっぜん勝った気がしないわ!!」 「・・・まあ。ひょっとしたらもっと上の順位に行ってそうな成績だからな」 拳を握って歯ぎしりしそうな勢いのルナに、シンも同意して俺を見る目がなんか寒い。 ちなみにシンは総合2位。ルナは総合4位だ。 確かに順位から考えれば、俺ももっと上へ行けたかもしれないけど・・・ 「二人ともさ、深く考えすぎだよ。体調が万全でも、何かミスしてたかもしれないだろ?」 自分が結構うっかり者だと知ってるからこそそう言えば、今度こそ二人に白い目で睨まれた。 「え、え?なに、??」 ルナはさっきからだけど、シンにまで今までで一番の軽蔑に近い目をされてさすがに慌てる。 え。俺、地雷踏んだの? 「お前は、その過小評価をいい加減自覚して、やめろ」 「ほんっと腹が立つわ。あんたのその性格」 「え、え、えええ?」 「ごめんなさい。さん。フォローできないです」 「え?メイリンまで?」 二人の白い目とメイリンの残念そうな表情。 当事者の俺はどうすることもできず、ただ戸惑うだけだった。 そんな俺に2人ははあ、と大げさにため息を吐いて話題を変えてくれた。 「明後日からは、配属元へ移動か・・・」 「配属の書類は貰った?」 ルナマリアが手元の携帯を取り出して全員にたずねる。 それに頷き、 「ああ。俺の配属は、新型艦のクルーだって」 「へえ。私もよ」 「わたしもです」 「俺も」 へえ、みんな新型艦か・・・・ 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 ふとなんだか妙な空気が流れる。 これってひょっとして・・・・ 「ひょっとして・・同じところかしら」 「何かそんな気がしてきた」 俺と同じ考えに至ったんだろう。ルナが嫌そうに眼を細めて頬杖つく。 俺もそれに同意して、周りを見た。 これでお別れか、と心の中で思っていたことも確かで。別れたくないな、とも思っていたけど。 ・・・いざそうなると、何か微妙? 「あーあ。信じらんない。いい男と一緒ならともかく、この顔ぶれと一緒なんて」 「なんだと!」 「あ、あの。私はすごくうれしいです。さん」 「そういえば、メイリンとはあんまり交流なかったもんな。これからよろしくな」 「は、はい!!」 「ちょっと!うちの妹をたぶらかさないでよ」 「え?し、してないだろ??」 「お姉ちゃんっ!!」 でもこのメンバーだったら気楽でいられるなとも思えて、その時はただ純粋に喜んだ。 その夜はまた、ファクトリーで一人『アルケミス』の作成を続けていた。 「できた・・・・・・」 自分から漏れた感嘆の呟きと、溜息が洩れた。 碧い光の粒がディスプレイごしに映る。 何度見ても意識を吸い寄せられる。 誰かが呼んでいるような。そんな気になる。 それでもずいぶん慣れた感覚に、俺は自由を奪われることなく作業ができるようになった。 始めは一人の時、還ってくるのに時間がかかった。何時間も惚けてしまって、作業が滞らなかったこともあったな・・・・ どうしてそうなるのか、いまだにわからない。 その話を打ち明けると、他の人は同じ体験をしたことはないというし、逆に俺が選ばれた証拠だと言われもした。 それが嬉しいか嬉しくないかは、複雑な所だ。 自分にしか扱えない自分だけのもの、と独占欲が強くなるけど、俺は万人が使える機械のほうが好きだ。 誰しもが使えるから機械技術は進んでいったんだと、俺は思っている。 それに、俺が乗れるとは限らないんだし。 あとは、フェルミさんに連絡して・・・・これを返せば俺の仕事の終わりだ。 そう思って、俺はアルケミスのエンジンを停止させた。 粒子が収まり、照明だけの明りに戻る。 もう、こいつともお別れだ。 「――――――どうやら、間に合ったようだね」 「!」 届いた声に、俺は身を固くした。 あまり嬉しくない声。 それも、すぐ間近に。 いつの間にいたのか、それとも俺の意識が飛んでいるうちに入り込んでいたのか。 俺から少し離れた場所に、議長が立っていた。 「開発主任から聞かされた時はまさかと思ったが、本当に一人で完成させるとは思わなかったよ。 さすが、『モルゲンレーテ』の技術主任と懇意があるだけのことはある」 誰にも言った覚えのない自分のプロフィールを口に出されて、俺は不愉快に顔を歪めた。 その俺の反応も分かっていたんだろう。議長は平然としている。 そして、とうとう本性を現した。 「それとも・・・・・・・・・・・・・・・・その才能は、最高のコーディネイターの恩恵かな?」 ――――分かっててやっているのなら、大した悪役ぶりだ。 俺がその話題に触れられたくないと、知っているのなら。 射殺す気概で、議長を睨みつける。 議長は笑みを浮かべ、悠然と立っていた。 「やはり君は、知っているか。彼、君にとっては義理の兄であるキラ・ヤマトの出生を」 どこまで調べたのか。なんて、考えるだけ無駄なんだろう。 こいつは全てを知っている。『キラ』を。そしてそれを取り巻くもの全てを。 「あいつが何物だろうが、俺にはどうだっていい」 そして、『キラ』を利用しようとしている。 その為に俺を取りいれようとしている。 「あんたらみたいな、利用しようと考える奴らがいなきゃ、隠しもしないさ」 初めて会ったあの日から、この人は俺を試したいのか、揶揄いたいのか、挑発し続けていた。 俺が駒にふさわしいか、どれだけ利用できる存在なのか。 俺の反応を見極めていたように思う。 全ては、『キラ』を手に入れる為に。 「心外だね。私は何かをすると言ったかな?」 「何もないとも、聞いてないけどな」 確心なんて言葉は鈍い人間が言うものだ。そもそもこの人は始めから意図を隠しもしなかった。 母さんたちから話を聞かされて、しばらくしてから、俺はある可能性に気付いた。気付かされたと言うべきか。 『最高のコーディネイター』の存在が、使いようによっては何物にも優れた道具になると。 ある特定の人間にとって、何にも勝る武器になるんだと。 正直俺からすれば、あんな奴、まったくもってどうしようもないただのダメ兄貴だ。 けれど他の人間が見れば、そんな風には映らない。 最高の能力を秘めた戦士にも、何らかのカリスマにもなりえる。 そういうものを持った存在なんだと。 そしてその証明は、既に一年前に実証されている。 学校にいる間でも、キラの名前自体は出なかったが、その偉業は噂になって駈け廻っていた。 ザフトの新型モビルスーツ『フリーダム』を駆り、ラクス・クラインの剣となって戦った、最強のパイロット。 赤服でもエリートの中のエリートだった、アスラン・ザラさえ上回る実力の持ち主だと。 そんな、ある種英雄のような扱いの人間がこの世界に及ぼす影響は、俺にだってわかる。 だから俺は、キラに対することをどんなことでも自分から漏らさないように心掛けた。 もてはやされないようにしたかった訳じゃない。 そういう噂で自分が評価されるのが嫌だったからでもない。 俺を通じて、キラを利用しようとする考えを持つ人間が、現われないようにするためだった。 二度とキラを、世界のゴタゴタに巻き込ませない。 あいつを、もう二度と苦しませたりしない。 やっと手に入れた平穏を、壊させることはしない。 ―――――――――自分が招くなんて、冗談じゃない。 俺と議長のにらみ合いは続く。 睨んでいるのは俺だけで、議長はただ対峙しているだけが。 この人にとって俺なんて、簡単にひねりつぶせる子ネズミのようなものなんだろう。 だけど、相手がどんな怪物だろうと、怯みはしない。 「私が何をしに来たのか、わかっているのかな」 「・・・・どうでしょう。少なくとも、こちらに得になる話だとは思えないですが」 威嚇を含めて言えば、「ふふふっ」と声を立てて議長が笑った。 「そう威嚇するのはやめなさい。・・・まあ、確かに君にとって得かどうかは分からないがね」 そしてその視線が動いた方向は、『アルケミス』だった。 訝しんで、俺もそっちを向く。 「君が手がけたこのモビルスーツ、『アルケミス』だったかな。私はこれを回収しに来たんだよ。パイロット共々・・ね」 「パイロット?」 「君の他に、誰かいるかね?」 首を傾げて笑う議長は、どこか道化のようにも感じられた。 やはりこの人は、俺を抱き込む気なのか。 それとも・・・俺を駒の一つとして手元に置きたいのか。 「そもそも君以外のパイロットで乗れる人間を探すのも手間だ。それに君は赤服を手に入れた。託すには十分の逸材だよ」 この人の真意が、読めない。 それなのに、あからさまに俺を利用しようという気配はどこまでもあって、それが自分の中で相手を不快なものにさせていく。 「何のために、俺を抱き込む気ですか」 この人に心を許せない。 不愉快な違和感で表情も硬くなる。 そんな俺に、議長は呆れ顔でため息をついた。 「純粋に能力を買っている・・・というのは、君には通用しないのかな。 今の君は、敵愾心と疑心で視野が狭まっているようだ」 仕方がないかもしれないがね。と見下ろす議長は、俺を憐れんでいるようにも見えた。 なんなんだ? それとも、俺は何か勘違いをしているのか? 「確かに、君のお兄さん、そしてオーブ国家元首へのカードとして君が使えるか。と考えたこともあったがね」 議長は自分の手の内を見せてくる。 俺の知りたい真相を言う。 それともそんなもの、真相でも何でもないのか。 ・・・そもそも真相ってなんだ? 「本当はね、こんな取引のようなことは言いたくはないのだが。 君がNOと答えるのなら、その機体も、君のお兄さんについても、私が好きなようにしてしまうよ」 自分の中のくすぶっていた敵意が一気に膨れ上がる。 「と、いうのが、君の望む私なのだろうね」 「っ・・・なんなんだあんた!」 いい加減にしてほしい。この人は一体自分をどうしたいんだ。 俺の混乱を、この人は楽しんでいるようだ。 「そう目くじらをたてないでくれ。からかってすまなかった」 俺の神経を逆なでておいて、「私は別に、君を取って食おうという気はないよ」と、この人は困った顔で俺をなだめようとする。 信じられるか。と拒絶の意を表すと、諦めるように首を横に振った。 「信じられないのも仕方ないか。君にとってお兄さんは、本当に逆鱗なんだね」 議長の空気が和らぎ、俺を気づかう様な雰囲気に変わる。 「確かに君のお兄さんは厄介な存在だが、私は本当にどうこうしようと思っていない。どころか、扱いが難しくて手が出せない」 そして、議長は俺を安心させるように言葉を紡いていった。 「『フリーダム』のパイロットは伝説的な存在だ。年齢も性別も公式には何一つ知らされていない。 噂にはオーブもしくはクライン派の懐刀。連合の強化人間。はたまた最新鋭のOSだなどというのもあるな。時にはただの一般人だと確信に迫ったものもあるが、所詮噂だ。 そもそも本人どころか、抱えているオーブが彼を隠したがっている上に、無理に出せば国際問題にもなりかねる位置にいる。 そんなリスクをおってまで彼を取りこむことに、一体何の価値がある」 『キラ』を巻き込むことはしないと。 あいつを利用しないと。俺に説明する。 「もしもまた戦乱になった時は?またあいつを巻き込んで、戦わせるんじゃないのか?」 だけど絶対に信用できない。 強い力は勝つための大きな手段だ。 あいつはまさしくトランプのジョーカーの位置にある。その存在を知っていて、本当に巻き込まないって保証はあるのか? 「戦場に立たせる気は、さらさないよ。むしろ、いてくれない方が助かる」 議長はまた、否定した。 「彼がいることで、確かに勝利を手にすることができるだろう。 しかし、彼は・・彼らはイレギュラーだ。 何物にも属さず、自らの考えで行動し、決起したあの戦いを見る限り、自分たちの意にそぐわないと認めれば、たとえ味方だったものだろうと牙をむくだろう。 そんな不安要素を抱いてしまうことは、やはりリスクが大きい。 それにね。彼らがオーブにいるからこそ、成り立っているものもあるのだよ」 成り立っているもの? 「ナチュラルとの確執を和らげる緩衝剤。それがオーブだ。 そしてナチュラルもコーディネイターも関係なく奮起した集団が彼ら。 ユニウス条約は、彼らが中立であるからこそ、締結されたと言ってもいい。 もしもどちらかに与すれば、戦火は再び上がってしまうだろう」 そう・・・なのだろうか? 「誰も、戦争など望んではいないよ。 国にとってのリスクも高い。 なにより、自分の周りにいる知り合いが、家族が、愛する人が死んでいく。 そんな世界など望む人間は、狂っている」 少しずつ、俺の中の議長への敵愾心が薄れていくのを感じていた。 この人は、敵じゃないのか? そんな思考が、身構え疑う心を削いでいく。 「そして私は、そんな世界にはしたくないのだ」 そんな俺の思考を読み取っているのか、議長の表情は、どんどん穏やかになっていった。 「君が唯一恐れる事態にはしない。だから、そうすべてを警戒しないでほしい」 「本当・・ですか?」 俺は、この人を信用していいのか? 大丈夫なのか? 「誓おう。―――そして君も、どうか私に力を貸してくれないか」 手が差し伸べられる。 目を逸らさないまっすぐな瞳が、柔和に俺に注がれている。 俺は、この手を取って大丈夫なのか? 誰かが犠牲にならない世界を。 誰かを悲しませない世界を。 誰かが苦しまない世界を作ると。 この人は、努力すると言った。 その言葉に、嘘はないのか? 何度も何度も、反芻し、考える。 慎重に考える。 もしも、この人が裏切るのなら。 「貴方がキラに危害を加えた時は・・・・貴方を、許しません」 「わかっているよ。その時は私をどうしようと、受け入れよう」 差し伸ばされた手へ、腕を伸ばす。 その手がしっかりとつかまれた時。 ―――――――――何かが始まり、俺は軍へ囚われた。 |